第 5 章 CFA 協会の示す公正価値測定の本質
VI. CFA 協会の示す公正価値測定の本質
2. CFA 協会の示す「将来指向の情報」
(1) 将来指向の情報の財務諸表への取り込み
特定の負債証券と持分証券に対して公正価値の適用を拡大したSFAS第115号「特定の 負債証券および持分証券への投資の会計処理」(Accounting for Certain Investments in Debt and
Equity Securities)(1994年公表)、金融商品の公正価値の開示を拡大したSFAS第119号「デ
リバティブと金融商品の公正価値に関する開示」(Disclosure about Derivative Financial Instruments and Fair Value of Financial Instruments)(1995年公表)、株式報酬に付随する費用 は、オプション・プライシング・モデルを用いて見積り、費用処理することを定めたSFAS 第123号「株式に基づく報酬の会計処理」(Accounting for Stock-Based Compensation)(1996 年公表)、公正価値の測定方法を規定したSFAS第157号「公正価値測定」(2007年公表)、 他にもまだあるが、これらはすべて、将来指向の情報を提供する会計基準である。各基準 の公表年からわかるように、FASBが規定する会計基準は、過去25年余りの間に、将来指 向の情報を財務諸表に含めることを定めるものが増えている(CFAI[2014d], p.14)。
このような会計基準の進化が、将来指向の情報を財務諸表に含めることに対する変遷を 表している一方で、「将来指向の情報」の定義が広義でありすぎるがゆえに、財務諸表には すでに将来指向の測定値や開示が含まれていることを、多くの人は見落としているとCFA 協会は主張する(CFAI[2014d], p.14)。では、どのような情報が将来指向と見なされるのか。
131
それに対するCFA協会の見解は、1995年に成立した私的証券訴訟改革法(Private Securities Litigation Reform Act of 1995, PSLRA, 以下、「1995年改革法」とする)における将来指向の 記述(forward-looking statement)の定義と一致しているという(CFAI[2014d], p.10)91。
(2) 私的証券訴訟改革法における「将来指向の記述」の定義とCFA協会の示す「将 来指向の情報」
アメリカでは、不公正な取引をした者に対して、刑事罰、差止命令、民事制裁金や民事 責任を科すことによって、健全で公正な証券市場が保たれている。この民事責任は、投資 家が被った損害の賠償だけでなく、SECのエンフォースメント・アクション(法執行手続 き)を補完するという役割も担っている。
民事責任に関する中心規定は、SECが規定したRule10b-5であり、1970年代後半以降、
最高裁判所は、Rule10b-5に基づく私的訴権の成立要件を厳格に解釈してきたものの、民事 責任を問う訴訟、すなわち、私的訴訟が後を絶たず、被告側の企業は、勝訴することが明 らかであっても、訴訟に要する時間や費用を避けるために和解に応じる傾向にあった。こ のような濫訴の防止を目的として、1933年証券法(Securities Act of 1933)や1934年証券 取引所法(Securities Exchange Act of 1934)の修正法である1995年改革法が成立した(小川 [2009], pp.17-18, 栗山[1997], pp.1-2, pp.7-8, 辰巳[2006], p.228)。
1995年改革法は、大きく分けて、①民事責任・損害賠償額の制限、②プロ原告・原告側 弁護士に対する制限、③プリーディング(弁論)の厳格化、そして、④会計士の義務の強 化という4つの事項で構成されている(栗山[1997], p.8)92。
SECは、伝統的に、企業の業績予測のようなソフトな情報(soft information)を投資家に 開示することは禁止してきた。しかし、1972年以降、SECはこのような情報を投資家に提
91 2014年1月、FASBは概念フレームワーク・プロジェクトの作業を再開し、同年3月に、財務会計概念
書案(Proposed Statement of Financial Accounting Concepts (Exposure Draft))「財務報告のための概念フレー ムワーク:第8章 財務諸表に対する注記」を公表し(川西[2014], p.13)、その後、2018年8月に、SFAC 第8号「財務報告のための概念フレームワーク:第8章 財務諸表に対する注記」(Conceptual Framework for Financial Reporting- Chapter 8: Notes to Financial Statements (FASB[2018]))を公表した。このFASBによる 開示フレームワーク・プロジェクトは、FASBが財務諸表の注記に関して、一貫したフレームワークを有 していないこと、また、現在の財務諸表に対する過剰な注記が、財務諸表作成者にとって負担であり、財 務諸表利用者は重要な情報を読み落とすリスクを抱えているという問題があったため、開始された(岩崎 [2017], p.78)。
FASB[2018]は、財務諸表本体ではなく、財務諸表の注記にかかわるものであるが、その中で、将来指向 の情報(future-oriented information)について述べている。FASB[2018]で示された有用な将来指向の情報と は、財務諸表本体で表示されている測定値のインプットとして用いられた見積りや仮定に関する情報と、
経営者の支配下にある実在の計画や戦略に関する情報である(par.D38, par.D39)。なお、公開草案では、特 定の将来の変動の影響に関する情報も、有用な将来指向の情報として掲げられていた。
FASBは、将来指向の情報をfuture-oriented informationとよんでおり、1995年改革法で定義されている
forward-looking informationとは異なるものとして位置付けようとしているが、これらを比較したときに、
1995年改革法で規定されているforward-looking informationとFASBが規定するfuture-oriented information には、情報の特性に明確な違いはないとCFA協会は述べている(CFAI[2014d], pp.27-28)。
92 なお、1995年改革法の概要については、栗山[1997]を参照いただきたい。
132
供することを認めるだけでなく、推奨する姿勢をとるようになった。その例が、1933年証 券法の開示規定に適用されるRule 175や1934年証券取引法の開示規定に適用されるRule 3b-6である(Till[1980], pp.608-609, 栗山[1997], p.8)。
Rule175やRule3b-6はセーフハーバー規定(safe harbor)を定めており、当該規定を遵守
していれば、SEC のエンフォースメント・アクションによる責任は免れるとされていた。
そして、1995年改革法の成立により、企業の業績予測等、将来指向の記述と実際に相違が 生じたとしても、セーフハーバー規定を遵守していれば、民事責任も免れることになった
(栗山[1997], p.8)。すなわち、企業が予測した将来の情報が大きく間違っているリスクが あることを投資家に警告している限り、企業は証券訴訟から守られることになった(辰巳 [2006], p.228)。
1995 年改革法では、「将来指向の記述」を次のように定義している(Authenticated U.S.
Government Information[1995], Sec 102)。
(a) 収益、利益(損失を含む)、1株あたり利益(損失を含む)、資本支出、資本構成、
もしくは、その他の財務項目に関する予測にかかわる記述。
(“a statement containing a projection of revenues, income (including income loss), earnings (including earnings loss) per share, capital expenditures, dividends, capital structure, or other financial items”)
(b) 将来の事業に関する経営者の計画と目的に関する記述。ここには、発行人が提供 する製品やサービスに関連する計画や目的も含まれる。
(“a statement of the plans and objectives of management for future operations, including plans or objectives relating to the products or services of the issuer”)
(c) 将来の経済的な業績に関する記述。ここには、経営者による財政状態の分析に含 まれる情報や、SECが定める規則や規制に準じた事業活動の結果に関する記述も 含まれる。
(“a statement of future economic performance, including any such statement contained in a discussion and analysis of financial condition by the management or in the results of operations included pursuant to the rules and regulations of the Commission”)
(d) 上記(a)、(b)、(c)で示される報告の根底にある、もしくは、関連する仮定に関 する記述。
(“any statement of the assumptions underlying or relating to any statement described in subparagraph (a), (b), or (c)”)
(e) 発行人に雇用された外部レビュワーの発行する報告書。なお、これは、かかる報
133
告書が、発行人によって作成された将来指向の記述を評価する範囲に適用される。
(“any report issued by an outside reviewer retained by an issuer, to the extent that the report assesses a forward-looking statement made by the issuer”)
(f) SECの規則や規制で規定され得るその他の項目に関する予測もしくは見積りを含 んだ記述。
(“a statement containing a projection or estimate of such other items as may be specified by rule or regulation of the Commission”)
FASBが公表する会計基準に準拠して作成される財務諸表は、1995年改革法で規定され ているセーフハーバー規定が適用されない(FASB[2018], par.D35)。そのため、ほとんどの 企業は、将来指向の情報を財務諸表本体に含むことを要求されるより、各自の判断で、財 務諸表本体ではない箇所に記載することを選好する。しかし、このようなアプローチは、
情報が投資家の投資意思決定に必要不可欠であるにもかかわらず、開示が企業の裁量によ って行われるという影響をもたらす。それだけでなく、提供される将来指向の情報が、ポ ジティブな情報を伝えるために歪曲される可能性があり、また、多くの情報が、投資家に とってより有用である定量的な形式ではなく、定性的な形式で提供されているということ も起こりうる。このような理由から、投資家は、将来指向の情報を財務諸表本体に含める ことを望んでいる(CFAI[2014d], p.12)。
上述した 1995 年改革法で規定されている将来指向の記述の定義を簡潔に表現するなら ば、(a)は、財務諸表に含まれる数値の予測、(b)は、将来の企業活動に関する経営者の 計画と目的、(c)は、将来の経済的業績の予測、(d)は、(a)~(c)を導き出す際に用い る仮定、(e)は、たとえとして監査報告書、そして、(f)はその他、財務諸表で報告が必要 となる項目に関する予測もしくは見積りに関する記述といえるだろう。これらのうち、財 務諸表で表示される数値に直結するものは、(a)、(c)、(f)であるが、これらの数値はすべ て、将来の予測もしくは見積りである。CFA協会は、将来指向の測定値として公正価値を 掲げているので(CFAI[2014d], p.16)、「将来指向の情報=将来の予測もしくは見積り=公正 価値」となる93。