第 5 章 CFA 協会の示す公正価値測定の本質
IV. CFA 協会の示す利益概念の理論的整合性の検討
4. CFA 協会の示す利益概念とヒックスの所得概念の理論的整合性の検討
公正価値会計や資産負債アプローチの支持者が、その理論的根拠として用いるものがヒ ックスの所得概念だといわれている。しかし、かかる見解を示している Bullen and Crook[2005]は、ヒックスの所得概念を適切に引用しておらず、誤って適用していると指摘 されていた。そこで、Bullen and Crook[2005]が依拠したであろう公表物とそれに関連する 出来事を整理したものが図表5-5である。
結論を先に述べると、Bullen and Crook[2005]は、(1)包括利益の報告にかかわる基準設定、
(2)金融商品にかかわる基準設定、そして、(3)原則主義会計という3種類の議論で示さ れた利益観と同様の見解に立脚しており、規制当局、基準設定主体、職業会計士団体のす べてが、資産負債アプローチにおける利益、すなわち、1 会計期間における企業の純資産 の変動額とヒックスの所得概念を結びつけていたといえる。
81 Schipper and Vincent[2003]は、利益の質を検討する際に、利益の質は、ヒックスの所得概念に近似するほ
ど高いとしていた。これに類似する見解として、Ball and Brown[1968], Beaver et al.[1980], Easton et al.[1992],
Ball et al.[2000]があり、そこでは、経済的所得の代理変数として、資本の市場価格の変動額が用いられて
いる。これらも、Bullen and Crook[2005]に影響を与えたと考えられる(勝尾[2018], p.91)。
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図表5-5:Bullen and Crook[2005]で示される利益観と同じ見解に立脚する公表物とそれに関連する事柄
注:グレーで塗りつぶしている事柄は、利益概念がヒックスの所得概念を基礎としている事柄である。
(出所)AIMR[1993], Bullen and Crook[2005], CFAI[2007], FASC[1996a], p.1, FASC[1996b], pp.2-3, FASC [1997], p.120, FASB[2002], p.1, FASB[2004a], FRS第3号, par.36, par.37, p.21, the development of the standard, par.iii, par.iv, JWG[2000], par.6.3, Rayman[2007], p.217, Schipper and Vincent[2003], SEC[1990], pp.29-32, SEC[1992], p.1, SEC[2003], SFAS第130号, par.34, par.40, par.41, par.42, 石井[2012], p.63, 大石[2012], p.177, 勝尾[2018], p.90, 杉本[2017], p.71, pp.257-258, 徳賀[2016], pp.111-112, 宮田・吉田[2002], p.3よ り作成。
Schipper &
Vincent[2003]
FASB理事:シッパー ロバート・モリス・
アソシエイツの 会計政策委員会の
見解
FASB・IASB 会計基準のコンバージェンス
2004年 FASB SEC研究報告書へ回答 2003年
SEC研究報告書 2002年7月
SOX法 第108条第d項 2000年・2001年
エンロン・ワールドコム事件 2002年2月 IASBトゥイーディー議長
連邦議会で原則主義の 優位性について発言
1986年 FASB 金融商品プロジェクト
開始
SFAS第115号、SFAS第119号等、金融商品にかかわる会計基準の公表
(全面公正価値会計の適用を目標)
2016年 FASB ASU第2016-01号
「金融資産と金融負債の認識 及び測定」公表
(混合属性測定モデルを適用)
1980年代 S&L危機
1990年9月 ブリーデンSEC委員長 金融商品の時価評価を支持する発言で
金融商品プロジェクトが加速 会計基準の調和化
1989年7月 IASCのフレームワーク
公表 1980年12月
SFAC第3号 公表
1997年 IASC ディスカッション・ペーパー
「金融資産および金融負債の会 計処理」公表
1992年 ASB FRS第3号
「財務業績の報告」公表 メンバー:トゥイーディー(議長)
クック 他
1996年10月・1997年7月 AAAの財務会計基準委員会による見解
委員長:リンズマイアー 1996年7月
IASC 公開草案
「財務諸表の表示」
1992年 ブリーデンSEC委員長
からの書簡
1996年6月 FASB 公開草案
「包括利益の報告」
公表
Bullen &Crook[2005]
ビューレン(FASB)
クルック(IASB)
2007年~
CFA協会の 利益に対する見解 1997年6月
FASB SFAS第130号
「包括利益の報告」
公表 理事:レイゼンリング 1993年
AIMR AIMR報告書
公表
Bromwichet al.[2010]
1989年 IASC 金融商品プロジェクト
開始
IAS第39号、IAS第32号等、金融商品にかかわる会計基準 公表
(全面公正価値会計の適用を目標)
2014年 IASB IFRS第9号
「金融商品」公表
(混合属性測定モデルを適用)
2000年 JWG 金融商品にかかわる基準案 公表 メンバー:レイゼンリング(FASB)
ビューレン(FASB) クック(ASB)他
(全面公正価値会計を提案)
1985年12月 SFAC第6号 公表
FASBおよびFASB関係者による見解
2002年10月 ノーウォーク合意 IASB議長:トゥイーディー
FASB議長:ハーズ
SEC
(3)
原則主義会計にかかわる 事柄
(2)
金融商品にかかわる 基準設定に関する事柄
(1)
包括利益の報告にかかわる 基準設定に関する事柄
【図表で示されている矢印について】
・同一の見解が示されている場合:
・同一の見解が、後続の事柄へ踏襲あるいは影響している場合:
・同一の見解が、後続の事柄へ踏襲あるいは影響している可能性がある場合:
・見解が後続の事柄へ影響を与えている場合:
・見解が後続の事柄へ影響を与えている可能性がある場合:
・同一人物が関与している場合:
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図表 5-5の検討に入る前に、当該図表ついて簡単に説明しておく。まず、図表5-5で示 した事柄に関連性がある場合、実線、二重線、点線のいずれかで事柄間を結んでいる。ま た、グレーで塗りつぶしている事柄は、かかる事柄の利益概念がヒックスの所得概念に基 づいているものである。
図表5-5の中心軸になるのが、CFA協会の利益に関する見解である。本章の第3節にお いて、CFA協会の利益に対する見解は、1993年に公表されたAIMR報告書から今日まで一 貫していることがわかった。
AIMR報告書では、利益について、SFAC第3号の置き換えであるSFAC第6号を引用 して説明していた。その後、AIMRをはじめとする財務諸表利用者の見解を受けて、FASB は包括利益の報告に関する会計基準を開発することになった(Yen et al.[2007], p.57, 若林
[2009], p.14)。1996年公開草案、および、1997年6月に公表されたSFAS第130号では、
包括利益の定義としてSFAC第6号での規定を引用している(FASB[1996], par.8, SFAS第 130号, par.8)。そして、Bullen and Crook[2005]において、包括利益とは、SFAS第130号で 規定されているものを指すと明示されている(p.7)。AIMR報告書公表以降、CFA協会の 利益観が一貫していることを踏まえると、包括利益、すなわち、CFA協会が有する利益概 念について、「SFAC第3号⇒SFAC第6号=AIMR報告書⇒1996年公開草案⇒SFAS第130 号=Bullen and Crook[2005]=2007年以降のCFA協会の利益概念」という構図が成り立つ。
この包括利益の観点からBullen and Crook[2005]と同じ見解に立脚しているのが、1996年 公開草案に対するAAAの財務会計基準委員会の見解と、Schipper and Vincent[2003]である。
(1) 包括利益の報告にかかわる基準設定に関する事柄の関連性
包括利益の報告に関するプロジェクトは、AIMR報告書での提案や、ロバート・モリス・
アソシエイツの会計政策委員会(Accounting Policy Committee of the Robert Morris Associates) がFASBとの会議で示した利益に対する見解を受けて開始された(SFAS第130号, par.40, par.41)。
包括利益の報告に関する会計基準に関して、FASB が基準開発に取り組み始める前の 1992 年、英国会計基準審議会(Accounting Standards Board, ASB)は、英国財務報告基準
(Financial Reporting Standard, FRS)第3号「財務業績の報告」(Reporting Financial Performance)
を公表している。FRS第3号では、業績指標として、包括利益にあたる総認識利得損失の 表示が求められている(par.36)。また、リサイクリングは行われず、情報セットアプロー チが採用されている(par.37, the development of the standard, par.iii, par.iv)。このFRS第3号 での規定は、AIMR報告書で示された見解と整合している。
包括利益主義概念の導入という国際的な動向を踏まえ(SFAS第130号, par.42)、AIMR がFRS第3号の見解を踏襲しているならば、FRS第3号での規定が、AIMR報告書を通じ
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て、FASBの基準設定に影響を与えていたことになる。とすると、AIMRが基準設定におい て強い影響力を有していたことが示唆されるが、その理由を示す1つが、SECの委員長が AIMRに送った書簡であろう。
AIMRは、AIMR報告書をSECに送付しており、それに対して、SECのブリーデン(Richard
C. Breeden)委員長(当時)から書簡を受け取っている。かかる書簡には、当時、基準設定
主体と規制当局が直面していた困難と機会をAIMR報告書が識別しており、ゆえに、AIMR 報告書は、財務諸表利用者の見解を会計基準設定と規制のプロセスに取り入れるための素 晴らしい例であること、そして、財務会計財団(FAF)に対し、FASBの空席となる委員の ポジションに財務諸表利用者を任命することを提案したことが綴られていた(SEC[1992], p.1)。
当該書簡があることによって、AIMR 報告書で示された見解は、1 財務諸表利用者の見 解ではなく、「SEC の委員長の支持を受けた」財務諸表利用者の見解と見なされることに なる。その結果、SECという規制当局の支持を受けたAIMR報告書での提案が、FASBの 基準設定に反映されていったと考えられる。ブリーデン SEC 委員長の支持だけでなく、
AAAの財務会計基準委員会も、AIMR報告書で示された見解を支持していることを、1996 年公開草案に対して寄せたコメントで示されていることも(AAA’s FASC[1996a], p.1)、
FASBの基準設定に作用した1つであろう。
なお、IASCが1996年7月に公表した公開草案第53号「財務諸表の表示」(Presentation
of Financial Statements)は、ASBが公表したFRS第3号を受けて、会計基準の国際的調和
化(international harmonization)の一貫として、FASB、IASC、カナダ勅許会計士協会(Canadian Institute of Chartered Accountants, CICA)、オーストラリア会計研究財団(Australian Accounting Research Foundation, AARF)、そして、ニュージーランド会計士協会(New Zealand Society of
Accountants, NZSA)が包括利益の報告について議論し、公表された(SFAS第130号, par.43,
par.44)。当該公開草案での提案は、SFAS第130号およびFRS第3号での規定と類似して
いる(SFAS第130号, par.44)。つまり、当時、会計基準の国際的調和化の動きがあったの である。
AAAの財務会計基準委員会およびSchipper and Vincent[2003]で示された利益観は、ヒッ クスの所得概念を基礎に据えていたが、これらに共通することは、FASB 関係者の見解が 含まれていることである。
AAAの財務会計基準委員会の当時の委員長は、2006年7月から2016年6月までFASB の理事を務めたリンズマイアー(Thomas J. Linsmeier)であり、Schipper and Vincent[2003]の 著者の1人であるシッパー(Katherine Schipper)は、2001年9月から2006年6月まで、
FASBの理事を務めていた。さらに、SFAS第130号の基準設定において、FASBの緊急発
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生問題検討タスクフォース(Emerging Issues Task Force, EITF)の初代委員長を務めたレイ ゼンリング(James J. Leisenring)が理事として参画しており、SFAS第 130号を議決する 際、賛成票を投じていた(SFAS第130号, par.34)。
つまり、FASB関係者であるレイゼンリング、リンズマイアー、そして、シッパーが利益 観について、同じ見解を有していたことになる。そして、レイゼンリング、Bullen and
Crook[2005]の著者の 1人でFASB のシニア・プロジェクトマネジャーであるビューレン、
また、FRS第3号の基準設定に携わったASBのテクニカル・ディレクター(technical director) であるクック(Allan Cook)の3名が参画していたのが、金融商品にかかわるJWGである。
(2) 金融商品にかかわる基準設定に関する事柄の関連性
JWG基準案は、Bullen and Crook[2005]が依拠した公表物の1つと考えられるが、ビュー レンがJWGのメンバーであることを考えると、それは自然なことではないだろうか。
2000年に公表されたJWG基準案では、金融商品に全面公正価値会計を適用することが 提案されているが、当該提案は、JWG基準案で初めて提示されたものではない。1997年に IASC が公表したディスカッション・ペーパー「金融資産および金融負債の会計処理」
(Accounting for Financial Assets and Financial Liabilities)でも同様の提案がされていた。し かし、当時、IASCは、証券監督者国際機構(International Organization of Securities Commissions,
IOSCO)が承認できるコア・スタンダートを完成させる必要があったため82、IASCは、1999
年12月、暫定的な基準として国際会計基準(IAS)第39号「金融商品:認識及び測定」
(Financial Instruments: Recognition and Measurement)を公表した。IASCは、IAS第39号の 基準開発にあたり、別途、全面公正価値会計の導入を前提とした基準開発を継続するとし ていたため、JWG基準案はかかる流れを引き継いだものとなっている(宮田・吉田[2002], p.3)。
JWG基準案において、利益を決定する際に経済的所得概念を用いることは、会計の概念 フレームワークで受け入れられていると述べられており、そこで例示されているのが、
82 IASCは、アメリカ、英国、オーストラリア、カナダ、フランス、ドイツ、アイルランド、日本、メキ
シコ、オランダの会計士団体の合意によって、1973年に設立され、国際的な会計基準の開発を試みていた。
しかし、IASCは民間組織であったため、IASCが公表するIASには法的強制力がなかった。そこで、アメ リカや英国等の規制当局で構成されるIOSCOがIASCを支援することによって、IASに強制力をもたらせ ようとした。
1987年9月に、IOSCOはIASCの諮問委員会に参加したが、当時、IASは、同じ経済的事象に対して、
会計処理方法の選択肢に幅があることや、既存の IAS だけでは網羅性に欠けているといった問題があっ た。前者に対する取り組みが、IOSCOの支援を受けたIASCによる「比較可能性/改善プロジェクト」であ る。1987年から始まった当該プロジェクトは、1993年に完了したが、IOSCOはIASを承認しなかった。
その後、IOSCOの第1作業部会は、1994年に書簡を送付した。ここには、1993年にIOSCOがIASCに 送付し、合意に至っている40の基準からなるコア・スタンダードの承認のために、IASCが必ず検討しな ければならない項目等が示されていた。金融商品も、コア・スタンダードの一部であった(JICPA[2018], 杉本[2017], pp.249-259, pp.280-282)。