第 5 章 CFA 協会の示す公正価値測定の本質
III. 包括利益に関する CFA 協会の見解
2. AIMR 報告書以降における見解
いる。市場価値による会計を導入する際の主な障害の1つとして、報告利益の変動を大き くする、つまり、ボラティリティが発生することが考えられる。しかし、市場価値の変動 を実現、未実現問わず、営業活動の成果とは別にそのまま数字で報告することにより、ア ナリストは、より多くの情報を得ることができ、また、情報が、純利益や1株当たり利益
(EPS)といった1 つの数値に集約されることによって生じることの多い市場の動揺を避 けることができるとAIMRは述べている(AIMR[1993], p.63(八田・橋本訳[2001], p.96))。 さらに、AIMRは、「『クリーンサープラス』方式として知られる包括主義の損益計算書 様式を一貫して支持」(AIMR[1993], p.63(八田・橋本訳[2001], p.96))している。
SFAC第6号では、包括利益を次のように定義している。
「〔包括利益:引用者〕とは、出資者以外の源泉からの取引その他の事象および環境要 因から生じる一期間における営利企業の持分の変動である。〔包括利益:引用者〕は、出 資者による投資および出資者への分配から生じるもの以外の、一期間における持分のす べての変動を含む。」(SFAC第6号, par.70(平松・広瀬訳[2002], p.320))
AIMRの考える利益とは、「株主との取引から生じるものを除いて、企業の富の変動をす べて含むもの」(AIMR[1993], p.62(八田・橋本訳[2001], pp.95-96))である70。
SFAC第6号で示される包括利益の定義とAIMRのいう利益を比較すると、AIMRのい う利益が包括利益を指していることは明らかである。その上で、富の変動が損益計算書で 開示されることを回避する事例が増加していること、そして、個々の項目が異なって解釈 される可能性があることを理由に、性質の異なる構成要素を個別に表示し、評価できる包 括利益を表示することが必要だと主張している(AIMR[1993], p.63(八田・橋本訳[2001], p.97))。
以上をまとめると、(a)AIMRは、純利益やEPSの報告に対して懸念を抱いており、(b) AIMR のいう利益は包括利益を指しており、(c)財務諸表の様式に関しては、クリーンサ ープラスの概念を維持した包括主義の損益計算書様式を支持しているという点が、AIMR 報告書で示された見解といえる。
2. AIMR報告書以降における見解
70 CFA協会は、現在、利益(income)を次のように定義している(CFAI[2018c])。
持分の増加をもたらす、インフローの形による経済的便益の増加、あるいは、資産の増加、もしくは 負債の減少(ただし、株主に帰属する増加を除く)
(Increases in economic benefits in the form of inflows or enhancements of assets, or decreases of liabilities that result in an increase in equity (other than increases resulting from contributions by owners)
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上記、AIMR報告書で示された(a)~(c)の見解を軸として、1993年以降今日までに、
AIMRおよびCFA協会がFASBやIASBへ寄せたコメントレターで示した主要なポイント をまとめたものが図表5-2である。なお、図表中の矢印は、CFA協会がそれぞれの見解を 後の公表物でも示していることを表している。
図表5-2:AIMRおよびCFA協会が提出したコメントレターで示された主要なポイント
(出所)AIMR[1993], pp.62-63(八田・橋本訳[2001], pp.95-96), AIMR[2003b], p.2, p.4, CFAI[2005], pp.15-16, pp.30-34, CFAI[2007], p.12, pp.24-29, CFAI[2010d], p.2, pp.4-5, CFAI[2011b], p.3, CFAI[2014c], pp.10-12, CFAI[2016c], p.1, CFAI[2016d], pp.1-2より作成。
結論を先にいうと、CFA 協会の見解は1993 年から今日に至るまで変わっていない。し かし、報告モデル公表後の 2010年以降、CFA 協会は、同協会の主張にかかわるアプロー チ方法を変更し、代替案を示しているように見受けられる。
(1) 2003年:IASBの包括利益の報告プロジェクトにおいて示された見解
2003年、AIMRは、当時IASBが実施していた包括利益の報告(Reporting Comprehensive
Income)プロジェクト71に対してコメントを寄せ、次のような見解を示している。
1 つ目に、リサイクリングに反対だということである。リサイクリングとは、一部の資 産と負債の変動を、将来の事象が発生するまでは貸借対照表の持分で認識し、将来、事象 が発生した時に、損益として貸借対照表の持分から損益計算書へと移行し、そして、残余 利益として持分へ戻る会計の実務である(AIMR[2003b], p.2)。
71 IASBは、当初、業績報告(Financial Performance Reporting)プロジェクトという名称でプロジェクトを
開始したが、その後、包括利益の報告プロジェクト、財務諸表の表示(Financial Statement Presentation)プ ロジェクトへと名称を変更している。
AIMR 報告書
[1993]
AIMR [2003b]
報告モデル
(ドラフト)
[2005]
報告モデル [2007]
CFAI [2010d]
CFAI [2011b]
CFAI [2014c]
CFAI [2016c]
[2016d]
リサイク リング に反対
純利益と OCIの 境界線が
恣意的
OCIと 財務諸表 の表示は 優先して 取り組む べき事項 AIMRのいう利益
= 包括利益 純利益・EPSの
報告に懸念
包括主義の 損益計算書
純利益と OCIを 区別する
規準が 必要
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AIMRは、評価や再測定の結果として生じたすべての変動は、クリーンサープラスの概 念を維持するために、直接、包括利益に算入し、また、これらの変動は発生した、もしく は、識別された会計期間に反映するべきだとしている。そうすることによって、当該期間 における経済活動に関して、より公正に表現できると考えるからである(AIMR[2003b], p.2)。
2 つ目に、包括利益の合計は、企業のその他の業績を調整するために適したベンチマー クであり、企業の業績の分析や評価に用いることができるスタートポイントであることで
ある(AIMR[2003b], p.4)。ここには、純利益やEPSという財務情報に重要性を置く、もし
くは、依存することに対するAIMRの反対がある。
通常、財務諸表利用者は、財務分析を行う際、純利益を基礎として、当該数値に調整を 加えている。この調整を行うにあたり、財務諸表利用者が着目する項目は、利用者ごとに 異なる上、分析の目的によっても異なる。そのため、株主との取引を除いた取引による企 業の純資産の変動のすべてが単一の財務表で報告され、さらに、資産の再測定による変動 と 、 再 測 定 に よ ら な い 変 動 が 区 別 さ れ て 報 告 さ れ る こ と が 重 要 だ と 述 べ て い る
(AIMR[2003b], p.4)。
そこで3つ目の点が、包括主義の損益計算書への支持である。具体的には、IASBが提案 していた表形式による包括利益計算書である72。これは、包括利益を、(1)合計(Total)、
(2)再測定前利益(Profit before re-measurements)、そして、(3)再測定(Re-measurements, representing the adjustments to the carrying values of assets and liabilities)という3つの項目に 分けて報告するというものである。この方法は、企業の活動と、市場の状態や仮定によっ て発生した変動の影響を区別するために最も優れた方法であり、財務諸表の利用者は、1会 計期間の貸借対照表項目の変動を識別、理解することに役立つと、AIMR は述べている
(AIMR[2003b], p.3)。
(2) 2007年:報告モデルでの見解
2005年に報告モデルのドラフトが公表され、2007年に報告モデルが公表された。すでに 述べた通り、CFA協会は、純資産の変動のすべてを単一の財務表で報告することの必要性
72 IASBは英国会計基準審議会(ASB)と共同で2001年7月に業績報告プロジェクトを開始し、2002年
12月の段階では、下図で示す様式の業績報告書を提案していた。
再測定前収益
(Income before Re-measurements)
再測定
(Re-measurements)
合計
(Total)
営業(Operating) XX XX XXX 財務(Financing) XX XX XXX
XXX XXX
包括利益(Comprehensive Income) XXX
(出所)藤井[2006], p.17, p.19より作成。
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を概念フレームワークの第8の概念で定め、純資産変動計算書を提案している。
AIMR報告書において、公正価値による報告を導入する際の主な障害として、報告利益 の変動が大きくなることがあげられていた。これに関して、CFA協会は、公正価値による 報告がボラティリティをもたらすならば、それは、存在している経済的実態の実際の姿を 表現していることだという、プラスの見解を示している(CFAI[2007], p.9)。
また、純資産やEPSを重視することに反対する理由を次のように述べている。すなわち、
純利益やEPSを計算する際に分子となる利益は、会計による人為的な構成概念であり、経 済を基礎としたものではない。そのため、操作の影響を受けやすく、さらに、経営者に会 計方針の選択にかかわる柔軟性が与えられていると、経営者は、投資家ではなく、自身の ニーズを満たすように利益数値を操作する(CFAI[2007], p.12)。つまり、純資産のような利 益数値は、経済を基礎としておらず、経営者の意図が介入する可能性があるため、CFA協 会は、これらの数値を重視することに反対しているのである。
(3) 2010年:FASBとIASBが公表した公開草案「その他の包括利益の項目の表示」
で示された見解
2010年、CFA協会は、FASBが公表した公開草案(Accounting Standards Update, ASU)「包 括利益(Topic220)、包括利益計算書」(Comprehensive Income (Topic 220), Statement of
Comprehensive Income)、および、IASBが公表した公開草案「その他の包括利益の項目の表
示」(Presentation of Items of Other Comprehensive Income)に対してコメントを寄せ、その他 の包括利益(OCI)は投資家にとって目的適合的な情報である一方で、純利益とOCIの境 界 線 が 恣 意 的 で あ り 、 根 底 に あ る 経 済 の 違 い を 反 映 し て い な い と 指 摘 し て い る
(CFAI[2010d], p.2)。
1993年のAIMR報告書から2007年に公表された報告モデルに至るまで、CFA協会の見 解は、純利益という利益数値に焦点を置くことに対して否定的な見解を示し、その表示を 報告モデルでは排除しようとしていた。その一方で、当該コメントレターでは、純利益を 表示することに対する否定的な見解を示すのではなく、OCIの重要性を説くことに焦点が 置かれている。ここで、包括利益に関連するCFA協会の主張に対するアプローチが変わっ ている。
リサイクリングに関して、CFA協会は、当該コメントレターにおいても反対の立場であ ることを示しており、その理由を次のように説明している。すなわち、リサイクリングを 行うことにより、投資家が次に示す2つの困難に直面するからである(CFAI[2010d], p.4)。
(a) 一部の項目がリサイクリングされるのに対し、その他の項目はリサイクリングさ れない理由を理解すること