第 4 章 包括的ビジネス報告モデルの有用性の検討-普通株主が利用可能な純資産変動
III. 全面公正価値会計への移行期および適用期における純資産変動計算書の様式の変化
と、そこから浮上するCFA協会が有する公正価値の概念に対する疑問
報告モデルで提案している1組の財務諸表は、公正価値が最も適切な測定基礎であると いうCFA協会の見解を反映しており、また、混合属性測定モデルが適用されている現在だ けでなく、全面公正価値会計への移行期にも、投資家の意思決定に役立つ財務諸表である と、CFA協会は考えている(CFAI[2007], p.26)。
CFA協会が提案する4つの財務諸表のうち、全面公正価値会計への移行にあたり鍵とな る財務表が純資産変動計算書である58。本節では、全面公正価値会計への移行期、および、
全面公正価値会計の適用期における純資産変動計算書の様式を検討することによって、当 該財務表が含意する公正価値の概念を見出し、そこから浮上する疑問を述べる。
1. 会計モデルの変化に伴う純資産変動計算書の様式の変化
財務諸表の作成に適用される会計モデルが混合属性測定モデルから全面公正価値会計へ 移行するにつれて変化が見られる純資産変動計算書の箇所は、図表4-4における第②列「見 積り」と第③列「資産と負債に関連する公正価値の変動」である。
混合属性測定モデルが適用されている現在、第③列には、報告日に資産と負債の帳簿価 額を公正価値に調整することで生じる、取引にはよらない評価調整額が計上されているが、
全面公正価値会計への移行期には、次に示す金額が計上される(CFAI[2007], p.28)。 まず、混合属性測定モデルが適用されている現在も公正価値で貸借対照表に計上されて いる項目に大きな変更はなく、報告の対象となる会計期間に生じたピュアな公正価値の調 整額が第③列に計上される。次に、現在、歴史的原価で測定され、減価償却等の調整がな されている項目に関して、第③列には、現在の歴史的原価を基礎とした帳簿価額を公正価 値に調整するために必要な金額が計上される(CFAI[2007], p.28)。言うまでもなく、全面公 正価値会計への移行に伴い変更が生じる項目は、現在、歴史的原価を基礎としている項目 である。
公正価値測定の適用範囲が拡大し、公正価値で測定される資産や負債が増加すると、現 在、歴史的原価で測定されている資産や負債に関する見積りや配賦の必要性がなくなる。
58 CFA協会は、純資産変動計算書について、全面公正価値会計モデルに対しても適切であり、適用可能で
あるとの見解を示している(CFAI[2007], p.26)。
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CFA協会は、公正価値測定の適用範囲が拡大することにより、売掛金や固定資産、法人所 得税といった項目に変更があるとしている(CFAI[2007], p.28)59。
たとえば、売掛金の場合、売掛金が公正価値で測定されることにより、回収不可能額で ある貸倒費用が計上されなくなり、第③列には、期首と期末の間に生じた売掛金の公正価 値の変動額が記録される。また、固定資産の場合、固定資産が公正価値で測定されると減 価償却費が計上されなくなり、法人所得税に関しても、繰延税金負債もしくは資産の公正 価値の変動額が、第③列に計上されることになる(CFAI[2007], p.28)。
一言でいうと、混合属性測定モデルから全面公正価値会計へ移行するにつれ、現在、図 表4-4の第②列で表示される項目は、第③列に移行することになる。ということは、全面 公正価値会計が完全に適用された時には、第②列に計上される項目がなくなるため、純資 産変動計算書は、図表4-7の右側で示す様式になると考えられる。
図表4-7:適用される会計モデルの変化に伴う純資産変動計算書の様式の変化
(出所)CFAI[2007], pp.27-28より作成。
2. 全面公正価値会計の移行期において純資産変動計算書で表示される公正価値の概念 とそれに対する疑問
(1) 「全面公正価値会計への移行期」として考えられる2つの状況
これまでの検討からも明らかであるように、CFA協会は、報告モデルにおいて、財務諸 表の様式、つまり、会計プロセスにおける「表示」に関する提案をしており、認識や測定 に関する提案は行っていない。すなわち、認識と測定に関して、CFA協会は、基準設定主 体の規定する会計基準に準拠することを前提としている。その場合、第③列に計上される 公正価値の変動額は、現在Topic820としてコード化されている財務会計基準書(SFAS)第 157号「公正価値測定」や、国際財務報告基準(IFRS, IFRSs)第13号「公正価値測定」に 準拠した値となるはずである60。
59 その他の例として、CFA協会は、棚卸資産や株式報酬、外貨換算等をあげており、CFA協会は、ほとん どの見積り項目が、第②列から第③列に移行することを望んでいる(CFAI[2007], p.26, pp.28-29)。
60 現に、CFA協会は、公正価値測定に関するCFA協会の見解は、SFAS第157号と整合していると述べて いる(CFAI[2007], p.8)。
① ② ③ ④ ① ③ ④
当期取引 見積り
資産と負債に 関連する 公正価値の変動
純資産の変動 当期取引
資産と負債に 関連する 公正価値の変動
純資産の変動
事業活動 事業活動
財務活動 財務活動
純資産の変動 純資産の変動
<混合属性測定モデル適用時> <全面公正価値会計適用時>
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しかしながら、全面公正価値会計への移行期おける純資産変動計算書の様式に関する CFA協会の説明に基づくと、財務諸表に表示される公正価値は、SFAS第157号やIFRS第 13号で規定されている公正価値よりも広義な概念を有する可能性がある。それだけでなく、
「全面公正価値会計への移行期」がどのような状態をいうのかという疑問も生じる。
公正価値測定が適用される場合、当初認識時の測定であれ、当初認識後の測定であれ、
資産や負債は常に公正価値で測定されるため、第③列に計上される測定値は、「ピュアな公 正価値の変動額」となる。これは、上述の通り、混合属性測定モデルが適用されている現 在において、公正価値測定が定められている項目にも当てはまる。ここに疑問の余地はな い。
一方、現在、「歴史的原価±見積りまたは配賦」として算出された値が帳簿価額として財 務諸表に表示されている項目について、全面公正価値会計への移行期において、純資産変 動計算書の第③列に計上される金額は、「現在の帳簿価額を公正価値に調整するために必 要な金額」だとされている(CFAI[2007], p.28)。
ここで、「全面公正価値会計への移行期」として、2通りの状況が考えられる。1つ目は、
FASB や IASB といった基準設定主体が公表する会計基準が改訂され、資産や負債の当初 認識および当初認識後の測定に公正価値測定が用いられる状況である。たしかに、従業員 ストック・オプションの会計基準のように、CFA協会が公正価値測定の適用を具体的に提 案している会計基準もあるため(CFAI[2007], p.29)、この状況を「全面公正価値会計への移 行期」として位置付けることも可能である。しかし、CFA協会は、すべての会計基準に対 して、個々に公正価値測定の適用を提案しているわけではない。
そこで、「全面公正価値会計への移行期」として考えられるもう1つの状況として、資産 や負債の当初認識時の測定は、歴史的原価のような公正価値以外の測定基礎を用い、当初 認識後の測定において公正価値測定を用いるという状況がある61。
(2) 全面公正価値会計への移行期に表示される公正価値にある2通りの解釈
上述した後者の状況が「全面公正価値会計への移行期」として位置付けられるならば、
ここで財務諸表に表示される公正価値には、2通りの解釈が考えられる。1つ目は、たとえ ば、IAS第16号「有形固定資産」(Property, Plant and Equipment)で規定されている再評価
61 原文で示されるCFA協会の説明より、「全面公正価値会計への移行期」として、当該考え方がより当て はまるのではないかと考える。原文は以下の通りである(CFAI[2007], p.28)。
“….. during the period of transition from the current mixed-attribute model to the fair value model, Column 3, the fair value adjustments column, will include pure current-period fair value adjustments for those items currently carried at fair value in the balance sheet. However, for those items carried at adjusted historical cost—that is, historical cost plus or minus an estimate or allocation such as depreciation—the number recorded in Column 3 will be the amount necessary to adjust the current carrying value to fair value.”
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モデルのように、当初認識後の測定に公正価値測定を適用することで求められた測定値で ある。この場合、財務諸表に表示される価額は、歴史的原価を基礎としていない。
もう1つは、歴史的原価といった公正価値以外の測定基礎で測定された帳簿価額を前提 として、何かしらの調整を行うことで求められた測定値である。
取引を行った時点における歴史的原価は取引価格であり、これは、入口価格であるもの の、多くの場合、出口価格としての公正価値と同じになる(IFRS第13号, par.58)62。ゆえ に、当初認識時の歴史的原価と公正価値を同一とみなすことも可能だが、取引価格と公正 価値が常に同じになるとは限らない(IFRS第13号, par.60)。そこで、当初認識時に測定さ れた歴史的原価と公正価値を同一視しないとすると、CFA協会は、歴史的原価を基礎とし て調整した価額も公正価値として捉えていることになる。
(3) 純資産変動計算書に含意される公正価値の概念とそれに対する疑問
第3章では、CFA協会が有する公正価値の概念を、CFA協会の示す公正価値の定義、お よび、有用な情報の質的特性を用いて検討した。その結果、CFA協会のいう公正価値とは、
SFAS第157号やIFRS第13号が規定する公正価値とおおむね整合しているが、そこで公 正価値として規定されている出口価格だけでなく入口価格も含む、広義な概念を有してい るという結論に達した。しかし、前述したように、CFA協会が、歴史的原価を基礎に調整 を加えた価額も「公正価値」として捉えているならば、CFA協会の有する公正価値の概念 はさらに広義なものとなり、以下の通りとなる。
① 測定の対象となる資産・負債と同一の資産・負債の市場価格
(公正価値ヒエラルキーのレベル1のインプットを用いた公正価値)
② 市場のインプットを用いることで調整可能な類似資産・負債の市場価格
(公正価値ヒエラルキーのレベル2のインプットを用いた公正価値)
③ 経営者の見積り
(公正価値ヒエラルキーのレベル3のインプットを用いた公正価値)
62 取得原価(historical cost)、すなわち、歴史的原価と公正価値は次のように定義されている。
測定基礎 定義
歴史的原価
・「資産は、それらを取得するために取得時に支払った現金若しくは現金同等物の金額又 は提供した対価の公正価値の金額」(概念フレームワーク, par.4.55)
・「負債は、債務との交換によって受け取った金額、又はある状況(例えば、法人所得税)
においては、通常の事業の過程において負債を決済するために支払うことが予想される 現金又は現金同等物」(概念フレームワーク, par.4.55)
公正価値 「測定日時点で、市場参加者間の秩序ある取引において、資産を売却するために受け取 るであろう価格又は負債を移転するために支払うであろう価格」(IFRS第13号, par.9)
(出所)IFRS第13号, par.9, 概念フレームワーク, par.4.55より作成。