波を 引き 起こ し︑
︹池
一面に︺優しく広がっては︑遅か
らず か速 らず
︑
ゆるやかに巡っている︒その波は計り
知れないほど多くの︑極楽にふさわしい妙なる音を生 み出し︑︹誰であれ︺その人に適した︹教えとしてその 波音を︺耳にしない者はいないのである
︒ある時は仏
を︹称讃する︺声に聞こえ︑また仏の教え(法)を︹称 讃する︺声にも聞こえ︑また仏の弟子たち(僧)を︹称
讃する︺声にも聞こえるのだ︒
また ある 時は
︑︹ 煩悩 を
叩
滅した︺浬集寂静の︹境地を顕す︺声に聞こえ︑︹あら ゆるものは互いに支えあって存在しているという︺空 無我 の
︹真 理を 顕す
︺声 にも 聞こ え︑
︹有 縁無 縁を 問わ ず慈しむという︺大慈悲の
︹心 顕を す︺ 声に も聞 こえ
︑
︹覚りの境地に到るという︺波羅蜜の︹修行を顕す︺声
にも聞こえるのだ︒
またある時は︑︹仏に異わる十種の 智慧 の力
︺十 加︑
︹何 もの にも ひる まな い四 種の 智慧
︑四
︺ 無畏
︑︹ 仏の みが 具え る十 八種 特の 性︑ 十八
︺不 共法
︹を
研究成果報告
顕す︺声にも聞こえ︑様々な神通力︹を顕す︺声にも
聞こ
え︑
︹迷 いの 世界 では
何かによって何かが実際に
作り 出さ れる わけ では ない とい う真 理︺ 無所 作︹ を顕 す︺
声にも聞こえ︑︹覚りの世界は不変という︺不起滅︹を
顕す
︺声 にも 聞こ え︑
︹真 理の あり ょう を示 す︺ 無生 忍︹ を
顕す︺声にも聞こえ︑そしてついには︹菩薩の頭頂に
そそ甘露の水が濯がれて仏になれる証しとなる︺甘露濯頂
︹といった︺様々な教えを顕す声︹として聞こえてくる
ので
ある
︺
︒このような︹水波の︺諸々の音声は︑その
︹一人一
人に
︺聞 こえ るま まに 響く ので
︑︹ 耳に した 者の
︺
喜びは計り知れない︒
︹そ の声 を耳 にし た者 は︺ 澄み 切っ
た心の清らかさ︑欲望から離れること︑心の静けさと
いう覚りの本質になじむようになり︑︹仏・法・憎の︺
三宝・
︹十
︺力
・︹ 四︺ 無畏
・︹ 十八
︺不 共法 とい
った 教
えになじむようになり︑︹様々な︺神通力・菩薩や声聞
たちが実践する修行になじむようになるのだ︒
︹極
楽世
界には︺苦難に満ちた地獄・餓鬼・畜生という名称す
らな く︑
︹そ の世 界に
︺自 然と 響い てい る音 は︹ 聞く 者を
︺
心地よく幸せに満ちた気分にさせるものばかりなのだ︒
それ故︑この世界を安楽と言うのである︒
阿難よ︒かの︹無量寿︺仏の︹極楽︺世界に往生す
る者はみな︑確かにその姿形は清らかで︑︹口から発せ
られ る︺ 音声 は妙 なる 響き であ って
︑神 通力 や︹ 様々 な︺
功徳を具えている︒
︹ま た︺ 住ま いと する 宮殿
︑衣 服︑ 食べ 物飲 み物
︑︹ あ
たりの︺花々や香︑美しさを演出する装飾品は︑まる
で他化自在天に自ずと具わっているもののようである︒
食事を摂りたいと思えば七宝でできた食器が忽然と目
の前に現れる︒︹それらは︺金でできたもの︑銀ででき
たもの︑瑠璃でできたもの︑碑喋でできたもの︑時間咽
でできたもの︑珊瑚でできたもの︑現柏でできたもの︑
明月真珠でできたものなどであって︑それらの食器は
︹極楽の住人の︺思うがままにやってきて︑様々な食べ
物や飲み物が自ずと山盛りになって現れる︒
とは
いえ
︑
このように食事が目の前に現れても︑実際に
それ を口
にする者は誰もいないのである︒
その 色形 を見 たり
︑
香りを楽しんで︑心に﹁これが食事である﹂
と思
えば
︑
それだけで自然と満腹になるのである︒身も心も満ち
足り︑食べ物に執着することがない︒そうして食事が
済め
ば︑
︹食
べ物
を山
盛り
にし
た食
器は
︺消
え去
り︑
︹や
がてまた食事の︺時間になれば再び現れるのである︒
かの
︹無
量寿
︺仏
の︹
極楽
︺世
界は
清ら
かに
澄み
わた
り︑
穏やかな安らぎに満ち︑喰えようもない幸福に包まれ
てい
る
︒︹そこにいる者は︺迷いなき覚りへと歩むこと
となるのである︒
その
︹極楽世界にいる︺声聞や菩薩︑天人や人々は
すぐれた智慧を持つ︹と同時に︑あらゆる︺神通力を
すっ
かり
具え
︑
みな
一様に同じ姿であって異なること
ー
: 3
0
・ ヵ
φ山
旬︑ も
ただ︑もといた世界にちなんで︑天とか人と
いう名があるのみである︒顔立ちは︹極めて︺端正で
今まで誰も見たことがないほどなのだ︒その容姿は喰
えようもなく端麗で︑︹名こそ天・人とはいっても︺実
際には天でも人でもなく︑そもそも︹霊気楼のように︺
つかみ︑ところがなく︑物質的な肉体を持たない存在な
ので ある
︒﹂
46
︹ま た︺ 釈尊 が阿 難に 仰せ にな った
︒
﹁たとえば世の中の︑貧困に端ぐ人々が帝王の隣に並
んだとして︑どうしてその見た目や身なりを比べるこ
とができようか︒﹂
︹私
︺阿 難が 釈尊 に申 し上 げた
︒
﹁そうした人々と帝王の姿を比べようにも︑彼らのや
つれ切った姿は帝王の百千億分の一︑いやそれ以下に
も及びません︒なぜかと申しますと︑貧困に端ぐ彼ら
は劣悪な境遇にあって︑衣服は︹破れたまま︺体を包
み切れず︑食事はなんとか︹今日の︺命をつなげられ
る程度しか得られないからです︒
飢え
と寒
さに
苦し
み︑
人としての営みが潰えようとしています︒
︹私︑阿難が思いますに︑︺彼らはみな前世において
善根を修めず︑財産を築いても施すこともせず︑裕福
になればなるほど物惜しみし︑ただやたらと欲しがり
貧るばかりで︑決して善行に親しもうとせず︑悪行を
犯しては山のように積み上げてきたのです︒そのよう
研 究 成 果 報 告
な生 涯を 送っ たと ころ で︑ 命尽 きれ ば︹ せっ かく 蓄え た︺
財宝も︹次の世に︺持ち越すことはできません︒
苦し
い思いをして蓄えた︹財宝を失うまいと︺思い悩んで
きたとしても︑︹もはやその財宝は︺自分で自由に使え
るも ので はな く︑
ただ他人の物になってしまうだけな
のです︒︹まして︺頼りとすべき善根も功徳もありませ
ん︒だからこそ死後には︹地獄・餓鬼・畜生の︺悪し
き世界に堕ちて︑永い聞苦しみを受けるのです︒
罪の
報いが尽きて︑︹悪しき世界から︺抜け出ることができ
たとしても︑︹人間界に︺生まれた時には︹まずは︺身
分の低い者となり︑教養を得たり品性を磨く機会もまっ
たくなく︑人間らしい暮らしが送れないのです︒
世間の帝王が人々の中で誰よりも尊ばれている理由
は︑みな過去世で積んだ功徳が︹現世で︺花開いてい
るからです︒︹過去世において︺慈悲心に満ちた智慧
があり︑分け隔でなく施しをし︑思いやり深く︑
人
も漏らさず手を差し伸べ︑︹友を大切にして︺信頼を裏
切らず︑善行に励み︑人と争うことがなかったのです︒ そういうわけで︑命を終えた時︑︹その︺福徳によって善き世界へと生まれ変わることができるのです︒天界
に生まれて︑︹多くの︺幸福を得るのです︒
︹そ
して
過
去世に︺積んだ善根には︹使い切れなかった︺福徳が
余り︑今︹まさに︺人としての命を授かり︑幸いにも
王家に生まれ︑生まれつき貫く気品に満ちているので
す︒品行方正にして容姿端麗︑人々から敬われ︑思い
のまま︑美しい衣服を身に着け美昧なる食事を摂るこ
とができます︒︹これらはすべて︺過去世で︹積んだ︺
功徳によるところであり︑それ故にこうした状況に至
れたのです︒﹂
︹そ こで
︺釈 尊が 阿難 に仰 せに なっ た
︒
﹁そ なた が
言う通りだ︒
︹た だ上 には 上が あっ て︑
︺帝
王が人々の中で尊ばれ︑どれほど容姿端麗であったと
しでも︑︹全世界を統治するという︺転輪聖王に比べ
ればはるかに貧相で見劣りし︑貧困に端ぐ人々が帝王
の隣に並んでいるようなものである︒転輪聖王の威厳
溢れる気高い姿は︑全世界で最高であるけれども︑切
利天を支配する帝釈天(切利天王)と比べればそれで
も醜く︑もはや喰えようもないが︑︹あえて喰えれば︺
万億分の一にも及ばない︒
︹そ
の︺
帝釈
天は
︹欲
界の
頂点に位する︺他化自在天(第六天王
と比
べれ
ば︑
百
千億
分の
一もなく︑足元にも及ばない︒
︹さ
らに
その
︺
他化自在天は無量寿仏の︹極楽︺世界にいる菩薩や声
聞と比べれば︑︹その︺光り輝く顔や姿においてまった
く及ばず︑百千万億分の一
も ︑
いやそれ以下にも及ば
ないのである︒﹂
︹続 けて
︺釈 尊が 阿難 に
仰せになった︒
﹁無
量一 寿
仏の︹極楽︺世界にいる諸々の天人や人々に
は︑
︹そ
の︺
衣服
︹の
大き
さ︺
︑食
事︹
の量
︑仏
に捧
げる
︺
華や香︑身に着ける装飾品︹の色や形︑頭上に浮かぶ︺
天蓋︹の大きさ︺︑櫨幡︹の大きさ︑耳にする︺妙なる
調べ︑起居する住まいや宮殿や楼閣に︑︹それぞれ︺高
低・
︹多
少︺
・大
小︹
等々
︺︑
彼ら
の身
体的
な個
人差
や個
性に
応じ
て︹
多様
性が
︺あ
る
︒
︹ま
た彼
らが
︺望
むま
まに
︑
一つ
でも
二つでも︑あるいは数え切れないほどの宝玉 が︑念ずればたちどころに出てくる︒また諸々の宝玉
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を編み込んだえも言われぬ布が︹織訟のように︺地面
に敷き詰められており︑︹彼ら︺天人や人々はみなその
上を歩いて行くのである︒
︹空
には
︑様
々な
︺宝
玉で
織り
成さ
れた
網が
無数
に︹
張
り巡らされ︑極楽︺世界を覆っている︒
︹そ
の網
は︺
金
の糸
で︹
編ま
れて
おり
︑そ
こに
︺極
めて
貴重
な真
珠や
様々
な宝玉を付けてきらびやかに飾り立てているのだ︒
︹ そ
してその網は︺四方八方︑ぐるりと︹極楽世界を︺覆
い尽くし︑︹網目からは︺宝玉でできた鈴がつるされて
いるのである︒
︹見 わた す限 り張 り巡 らさ
れた網は︺明
るく輝き︑どこを見ても麗しさを極めているのだ︒
︹そ乙には︺様々な功徳を具えた風がどこからともな
く︑おもむろに吹き始めるのだ︒その風は爽やかで︑
寒からず熱からず肌に心地よく︑また強くもなく弱く
もな
い
︒︹その風が︺天空を飾る網や宝玉でできた樹々
を揺らして︑仏の教えを数限りなく顕す妙なる音を響
きわたらせる︒︹またその風に︺運ばれてくる何万種も