﹃私
︹ 法
蔵 ︺
はこれまでこの世にはなかったような
すぐれた誓願を建てた
必ずやこの上ない覚りの境地へと到達したい
これらの誓願がすべて満たされない限りは 完全なる覚りの境地には決して入るまい
恵 私 み はを 〔 施 た す と 大 え な 無 主宮劫る生量 とν を な 経り よ と
っ
も
貧困にもがき苦しむあらゆる人々を
すべてみな救わない限りは
完全なる覚りの境地には決して入るまい
私が覚りの境地へ到達した時
︹仏としての我が︺名があらゆる世界を超えて︹響
きわたり
その響きが︺その果てに聞こえなくなるようなこと
がある限りは
完全なる覚りの境地には決して入るまい
欲望から離れ深遠な正しい思念を保ち
清らかな智慧を具え︹尊い︺究行を修め
この上ない覚りの境地を得ょうと志して
あらゆる天人や人々を導く師に︹私は︺なりたい
︹世自在王仏よ︑あなた様のように仏たる者は︺
人知を超えた強大な力を用いて大いなる光を放ち
無限の彼方の世界までことごとく照らし出して
︹貧
り・
眠り
・愚
かさ
とい
う︺
三種の煩悩の閣を取り除き
あらゆる世界のいかなる苦難︹に哨ぐ人︺にも救い
の手を差し伸べる
︹迷
い深
き者
に︺
智慧
の眼
を聞
かせ
たり
視界を遮る暗黒︹の煩悩︺を除いたりする
︹地 獄・ 餓鬼
・畜生の︺三悪道︹に堕ちていく道︺
を閉ざして
善行によって赴く︹人々や天人の︺世界へ通じる門
をくぐらせる
︹仏
とし
て具
える
べき
︺功
徳を
すべ
て具
え
︹その身体から︺発せられる光はあらゆる世界で輝
太陽の光も月の光も︹その輝きに︺飲み込まれ き
神々の光も打ち消されて輝きを失う︹ほど︺である
人々のために仏法の蔵を開け放ち
︹仏 の︺ 功徳 とい う宝 玉を 分け 隔で なく 施し
常に人々の中にあって
32
日獅子が肌えるように︹雄壮に︺法を説く
あらゆる︹世界の︺仏を供養し
様々な行を修めて功徳を積み
誓願も智慧もことごとく完成させ
臼迷いの世界の人々を導く師となる
仏が具えている智慧︹の光︺というものは
何ものにも妨げられず
︹あ
らゆ
る世
界に
︺行
きわ
たり
照らし残すということはない
願わくは私
︹が
仏と
なる
から
には
︺
功徳と智慧のはたらきは
このような最もすぐれた尊者(最勝尊)と等しくあ
りた
い
こうした誓願が成就するならば
あらゆる世界が揺れ動くように
空に舞う諸々の天人が妙なる花を雨降らすように﹄﹂
︹再
び︺
釈尊
が︹
私︺
阿難
に仰
せに
なっ
た
︒
研究成果報告
﹁法蔵菩薩がこのような詩句を詠じおえると︑まさに その時︑あらゆる世界の大地は様々に震動し︑︹虚空か ら︺天人が妙なる花を雨降らし︑その︹会座の︺上に
舞い散らせた︒
︹そして︺心地よい調べが自ずと奏でら れ ︑
﹃︹そなたは︺必ずやこの上ない覚りを開くことと
なる
﹄
という︹法蔵︺を褒め讃える声として空中に響 きわ たっ た
︒
ここにおいて法蔵菩薩はこの
︹四 十八 の︺ 大願
︹の 建立︺について
一つ残らずなしおえた
︒
︹法
蔵の
誓い
は︺
必ず実現すべく真実に満ち︑これまで乙の世にはなかっ た︹ようなすぐれた︺もので︑︹法蔵は︺覚りの境地を
心の底から糞ったのである︒
阿難よ︑その時︑法蔵菩薩は世自在王仏のもとに︹集 まって来ている欲界の主である︺魔王や︹色界の主で ある︺荒天王をはじめとする諸々の天人︑および龍神 など︹仏教を守護する︺八部の神々︑︹さらには︺多く
の仏弟子たちに固まれる中でこれら︹四十八の︺誓
願を発した︒
︹そして︺これらの誓願を建ておえると︑
︹自身の︺仏国土がこの上なく素晴らしい世界として建 立で きる よう に︑
ただひたすら修行に励んだのである
︒
修行︹の功徳を積み上げて︑建立︺しようとする仏国 土は限りなく広大で︑︹またその素晴らしさは︺他の仏 国土の追従を許さず独り際立っていた
︒
︹そ して ひと た び︺建立された限りは︑永遠不滅であり衰えることも
変化することもない
︹よ うに しよ うと いう
︺ ので ある
︒
︹だからこそ法蔵菩薩は︺不可思議兆載永劫︹という想 像を絶するほど永い時間︺にわたり︑菩薩として修め るべきあらゆる仏道修行に励み︑功徳を積み重ねていっ
た︒
︹しかも︺愛欲や悪意や害意を満たそうという衝動 にか られ るこ とも なく
︑
またそうした想いを懐くこと
すらなかった︒さらには色や形・音声・香り・昧・感
触など(色声香昧触法)のすべてのものにとらわれる
こともなかったのである︒
︹そ して
︑ど のよ うな こと に も︺ 耐え 忍ぶ 能力 を獲 得し て︑ 様々 な苦 難を 意に 介さ ず︑ 欲すること少なくして︑心︹晴れ晴れと︺満ち足りる
ことを知り︑貧り・眠り・愚かさがなくなって︑精神
を集中させて︑常に静寂な境地を保ち︑︹その境地から
涌き出る︺智慧は何ものにも妨げられることはなかっ
た︒
︹また法蔵菩薩は他人に対して︺偽りやへつらいの心
など はま った くな く︑
その表情は穏やかに微笑み︑語
りかける言葉は優しく響き︑相手の気持ちを察して話
しかけるのであった︒
︹さらに仏道を歩むにも︺何事にもひるまず勇気を出
し︑︹浄土を建立し衆生を救おうという︺志のくじける
ことがなく︑︹私利私欲とは無縁の︺清らかな法をひた
すら求めて︑多くの人々に恵みをもたらした ︒
︹仏
・法
憎の
︺
三宝を篤く敬いながら︑︹喜んで︺師や目上の人
に仕え︑︹そうした行をあたかも︺すぐれた荘厳として
具えて︑あらゆる仏道修行を実践し︑すべての人々に
功徳を積ませた︒︹法蔵菩薩は︺すべての存在はうつり
かわ り( 空)
︑︹ それ 故︑
︺定 まっ た姿 形も なく (無 相)
︹従
って
︺何
事に
も執
着し
ない
(無 願) とい う︑ 心乱 れ
ぬ境地にあって︑あらゆる存在はかりそめのまま︑夢 幻のようであると見て取った︒
︹ま た︺ 荒々 しい
言葉遣
34
いや︑自分を傷つけたり他人を傷つける振る舞い︑・自
分も他人もともに傷つける振る舞いから遠ざかり︑優
しい
言葉
遣いや︑自分を大切にしたり他人を大切にす
る振る舞い︑自分も他人もともに大切にする振る舞い
を身につけ実践したのである︒
︹阿難よ︑法蔵菩薩は︺国を捨て王位も捨て︑財欲や
情欲も断ち切り︑自ら︹望んで︺六波羅蜜を修め︑他
の者にもこれらの行を修めさせたのだ︒
︹こ
のよ
うに
し
て︺計り知れない永い年月にわたって功徳を積み重ね
た︒
︹その問︺どこに生まれ変わろうとも︑意のままに無
尽蔵の宝が自ずと出現し︑︹そして︺数限りない人々を
この上ない覚りの世界に安住させるべく︹財宝を施し
て正しく︺教え導いた︒ある時は人徳者に︑ある時は
事業家に︑ある時は司祭に︑ある時は王族に︑ある時
は国王に︑ある時は︹世界を統治する︺転輪聖王に
ある時は六欲天の王に︑ある時は党天王に生まれ変わ
研究成果報告
り︑︹その間︺常に︹衣服や食べ物や寝具や医薬の︺四
事をもっ
て︑あらゆる仏を供養し恭しく敬った
︒
それ
らの
功徳
は︑
言葉ではとても説き尽くしょうもないも
ので あっ た
︒
︹また法蔵菩薩は︑その︺口からは
青蓮華のような清
らかな香り︹が漂い︺︑体中の毛穴という毛穴からは栴
日檀の香りがして︑それらは数限りないすべての世界に
普く広がり︑︹その︺姿は︹まことに︺端正で︑どこを
とっても実に麗しかった︒その手からは︑常に財宝や
衣服︑飲み物や食べ物︑妙なる華や香︑︹身辺を飾り立
てる
︺
天蓋(インド風日傘)や瞳幡︑︹その他の︺装飾
品を尽さることなく出現させていた︒こうしたことは
多くの天人︹が具える能力︺をはるかに超えて
︹す
ぐ
てれ
︺ おり︑あらゆることについて思いのままにでき るのである
︒﹂
︹こ こま で聞 いた こと ろで
︑私
︺阿 難が 釈尊 に
尋
ねた
︒
﹁︹ それ では 釈尊
︑︺ 法蔵 菩薩 はす でに 仏と なり
︑も う
亡くなられてしまったでしょうか︒それとも︑まだ仏
となられていないのでしょうか
︒
ある
いは
︑
︹仏
とな
ら れて︺今現においでになるのでしょうか
︒﹂
︹す とる
︺釈 尊が 阿難 に仰 せに な
った︒
﹁法蔵菩薩はすでに仏となられて︑現に今︑西方に
おいでになる︒その仏の世界はここから︹はるか︺
十万憶の仏の世界を過ぎたところにあって︑名づけて
安楽という︒﹂
阿難がまた
尋
ねた
︒
﹁その仏が覚りを聞かれてから︑これまでい
ったいど
れほどの時を経ているのでしょうか
︒﹂
釈尊が仰せになった︒
︹﹁
その
仏が
︺
覚
りを 聞か れて らか
︑
およそ十劫とい
う︹永い︺時を経ている
︒
︹そ
して
︺そ
の仏 の世 界に
︹広 がる
︺大 地は
︑そ もそ も金 銀・ 瑠璃
・珊 瑚・ 泊琉
・陣 喋・ 時 硲の 七
宝
から
なり
︑
に︺
広々として際限がない
︒
︹そ
れら
︺すべて︹の
宝玉
︺ は互いに折り重なり混じり合っていて︑
︹そこから放た
れる︺光は舷く輝き︑そのきらびやかさは絶妙である
︒ ︹ 実
︹それら七宝の︺清らかで汚れのない厳かな光景は︑あ
らゆる世界をはるかに凌いでいるのだ︒
︹そ
れら
は︺
宝
の中の宝であって︑ちょうど他化自在天の宝玉が︹こ
の世で最も輝きがあるように︑あらゆる世界の中で最
も輝きがある︒︺
また︑その世界には須弥山や鉄囲山などの山や山脈
はまったくなく︑また海洋や湖沼や渓谷や窪地なども
ない
︒︹とはいえそれらを︺見てみたいと望めば︑︹そ
の︺仏の不可思議な力によってただちに出現するのだ︒
また︹さらに︑そこには︺地獄や餓鬼や畜生などといっ
た悪しき迷いの境涯もない︒加えて
春夏
秋冬という四
季もなく︑暑からず寒からず常に快適で心地よい︒﹂
この時︑阿難が釈尊に尋ねた︒
﹁世尊よ︑その仏の世界に須弥山がないというのであ
れば︑︹その須弥山の中腹や山頂に住んでいる︺四
天王
や切利天などの天人は一体どこを足場としているので
しよ うか
︒﹂
︹そこで︺釈尊が阿難に仰せになった︒ ﹁︹では︑そなたは須弥山の頂をさらに越えた天空の
世界に位置する︺夜摩天をはじめ色究克天に至るまで
36
の天
人た ちは
一体どこを足場にしているというのか︒﹂
阿難が釈尊に答えた︒
﹁・ :
︹それらの天人が今まで修めてきた︺行いの結果
は不可思議であって︑︹空中であろうとも︑彼らは過ご
すべきところで︺過ごしています︒﹂
釈尊が阿難に仰せになった︒
﹁︹
そう
であ
ろう
︒天人たちが今まで修めてきた︺行
いの結果は不可思議であっ
て ︑
︹空中であろうとも︑彼
らは過ごすべきところで過ごしている︺というのであ
れば︑諸々の仏の世界も︑また︹そのように︺不可思
議なのだ︒︹つまり︺その世界に住む者たちはみな︑こ
れまで修めてきた善行の功徳の力によっ
て ︑
︹たとえ空
中で あろ うと
も︺
しかるべきところで過ごすのである︒
それ
故︑
︹その世界に須弥山がなくとも
︺当
然なのであ
る︒﹂
︹こ
のよ
うに
言
われ て︑ 私
︺阿難は釈尊に申し上げた︒