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#〃 4Ⅷ 熱

ドキュメント内 東北大学埋蔵文化財調査年報11 (ページ 154-159)

陛十一――型    K13

50 

青葉 山遺跡E地点第2次調査 出土遺物 Fig.50 VariOus implements from AOE2

部の破片で、口縁端部 には刻 みが施 されている。外面には、連続 した刺突が、横方向に

2列

、やや傾いた方向に 2列認 め られ る。2も 口縁部で、端部 には刻みが認 め られ る。内外面 とも貝殻条痕である。3は回縁部か ら体部 上半の破片で、日縁部 は波状 を呈す る可能性がある。口縁部か ら6 cm程下の ところに、下か ら上向 きに施 した刺 突が、横方向に並んでいる。4・ 5は体部破片で、内外面 とも貝殻条痕が認 め られ る。図示 しなかった残 りの資 料 は、体部 の小破片で、基本的に内外面 とも只殻条痕が認められる。なお早期の上器 は、翌年度に今回の調査地 点の北側で調査 を実施 した第

3次

調査 において、同様 の資料が多量 に出土 してお り、詳細な型式内容 については、

この第

3次

調査の報告 を行 う、次の年報12において検討 したい。

中期 の上器 と考 えられ るものは、

B‑10・

11区の、 ピッ ト3の周辺で

9点

が まとまって出土 している。図

50‑

6は、突起の下 に、隆帯で囲 まれた文様があ り、その隆帯の内側 に沿って刺突がめ ぐる深鉢である。中期末の大 木10式と考 えられる。図

50‑7〜

9は、確証 は無いが、同 じく中期の上器 の可能性が考 えられ る。図示 しなかっ た

5点

は、図

50‑7と

類似 した地文のみの破片な どである。

石器 は、

B‑11区

か ら石鏃が

1点

出上 している。無茎の凹基の ものである。良質な頁岩製で、両面全体 に

2次

加工がおよんでいる。縄文中期 の土器が まとまって出土 している範囲の中か ら出土 してお り、 この出土状況か ら は、縄文時代中期の ものである可能性が考 えられる。

弥生土器 は

B‑3・ 4区

で出上 している。

5点

出上 しているが、全て同一個体 と考 えられ る。図示 した図

50‑

11は、底面 に木葉痕 を残 し、底面の脇 の体部下端 に無文の部分が存在せず、地文が底面 との境 まで施 されている 点か ら見て、弥生時代後期の可能性 を考 えた。

上師器 は

B‑10区

B‑11区

でそれぞれ1点出上 した。 ロクロ土師器 の邪で、図

50‑12は

口縁部で、内面 は黒 色処理 されている。図50131ま、高台付不の高台部分の破片である。いずれ も細片のため、詳細 な検討 は困難であ

るが、平安時代 の もの と考 えられる。

畿∞ Cm

75 

青葉山遺跡E地点第2次調査出土遺物観察表 Tab,75 Notes on various implements from AOE2

No 出 上 場 所

  

 

1

B3区 b層

弥 生 土 器 底 部 木葉底 地文

L撚

糸文 50‑‑11 171‑‑11

B3区 b層

弥 生 土 器 底 部

 

木 葉 底

 

地 文

L撚

糸 文

 1と

同一 個 体 3

33区 b層

弥 生 土 器 1と 同一 個 体 か

4

B3区 b層

弥生 土 器 底部付近 地文

L撚

糸文

 1と

同一個体

5

1号

土 坑

 

埋 土 縄 文土 器 貝殻条痕文 口縁部 外面刺突

50‑‑5 171‑‑5

6

B5区

縄 文 上 器 貝 殻 条 痕 文 50‑‑1 171‑―]

7

B6区

縄 文 土 器 貝殻条痕文

8

B4区 lb層

弥 生 土 器 1と同 一 個 体 か 9

1号

土 坑

 

埋 土 縄 文土 器 員殻 条 痕 文

B8区  2層

上 縄 文土 器 貝 殻 条 痕 文

B8区  2層

上 縄 文 土 器 貝殻 条痕 文

50‑‑4

171‑‑4

B9区  2層

縄 文 土 器 貝殻条痕文

B10区 2層

上 縄 文 土 器 貝殻条痕文

B8区 2層

縄 文 土 器 員殻 条痕 文

 

口縁 部

 

小 波状

50‑‑2

171‑‑2

B8区 2層

縄文土器 貝殻 条 痕 文

B9区  2層

縄 文 土 器 貝殻 条 痕 文

B10区  2層

縄 文 土 器 貝殻 条 痕 文

B8区 2層

縄 文土 器 貝殻 条 痕 文

B9区 2層

縄 文土 器 貝殻条痕文

B8区 2層

縄 文土 器 貝殻 条痕 文

810区  2層

縄 文 土 器 中期? 底部

 28と

同一個体

BH広 2層

土師器 ロ クロ土 師 器

 

 

高 台 部 小 片 50‑‑13 171‑‑13

810。 11区

 2層

縄 文 土 器 中期

? 30と

同一 個 体

B4区 2層

石 鏃 買岩

 

長 2 6cn・ 幅1 5cm。 厚 さ0 4cm。 重 量

1 lg

50‑‑10 171‑‑10

B10区  2層

縄 文 土 器 只殻 条 痕 文

B ll区 2層 縄 文 土 器 中期? 風化・ 詳細 不明

B ll区

2層

縄 文 土 器 大木10式 口縁部 突起

50‑‑6

171‑‑6

B10区 2層

縄 文土 器 中期

底 部

50‑‑9

171‑‑9

B ll区

2層

縄 文 上 器 中期

? 30と

同一 個 体

B10区 2層

縄文 土 器 中期? 沈 線

 

地 文

RL縄

50‑‑7

171‑‑7

Bl区  2層

縄 文土 器 貝殻条痕文

A8区 2層

縄 文 土 器 貝 殻 条 痕 文 か

 

底 部(平底 )細 片

B8区 2層

縄 文 土 器 貝 殻 条痕 文

A8区 2層

縄 文 土 器 貝 殻 条反 文

 

口縁部細 片

A10区 2層

縄 文 土 器 貝 殻 条 痕 文

B8区 2層

縄 文 土 器 貝殻条痕文

A9区 2層

縄 文 土 器 只 殻 条 痕 文

39区 2層

縄 文 土 器 貝殻条痕文

A8区 2層

縄 文 土 器 風 化・ 詳 細 不 明

B9区 2層

縄 文 土 器 貝 殻 条痕 文

A8区

縄 文 土 器 貝 殻 条 痕 文

 nに

接 合

BH区

縄 文 土 器 中期? 風化・詳細 不明

B8区

縄 文 土 器 ? 風 化・ 詳細 不 明

B10区 2a層

縄 文 上 器 風 化・ 詳細 不 明

B10区 lb層

土 師器 ロク ロ土 叩器 コ ヽ 内黒

 

口縁部 小 片 50‑‑12 171‑‑ 12

Bn区 lb層

縄 文 土 器 中期

底 部

50‑‑8

171‑‑8

1号

土 坑

 

埋 土 縄 文 土 器 貝 殻 条 痕 文

 48に

接 合

Bl区 2a層

縄 文上 器 貝 殻 条 痕 文

 

口縁部

 

外 面 刺 突

50‑‑3 171‑‑3

Bl区  2a層

縄 文 土 器 貝殻条痕文

5。 ま とめ

今回の調査 は、面積 も小 さ く、明確 な遺構 もほ とん ど検出で きなかった。 しか し、縄文時代か ら古代 にか けて の

4時

期の遺物が、青葉 山地区で確認 された意義 は、小 さ くない もの と考 えられ る。特 に、縄文時代早期の遺物 は、今回が初 めての発見である。早期の資料 は、宮城県内では良好な資料が少な く、不明な点が まだ多い。今回 の調査地点の北側で、翌1994年度 に実施 した調査では、 この時期 の遺物が多量 に出土 してお り、今後 の基準資料 となるだけの内容 を持 っている。詳細 は、次の年報12にゆず るが、今回の調査が、 この ような発見への端緒 とな つた とい う点で、重要な調査であった と言 えよう。

また、縄文時代早期以外 にも、縄文時代 中期・ 弥生時代後期 。平安時代の遺物が出上 した。先述 したように、

青葉 山地 区では、1984年度 に調査カミ行われた

B地

点 において、縄文時代・弥生時代・古代 の遺物が出土 していた。

B地

点の調査で も、今回の調査で も、出上 した遺物の量 は少な く、恒常的に利用 された場所 とは考 え難い。ただ し、弥生時代後期 と平安時代 の遺物 は、両地点でほぼ同 じ時期の ものが出上 している。遺跡の性格の解明は、今 後の課題 として残 っているが、 これ らの時期の遺物 の分布域が、思いの外、広い範囲に渡 っている可能性が出て

きた と言 えるだろう。

旧石器時代の遺構・ 遺物 は、今回は発見 されなかった。調査地点が、沢 に落 ち込む斜面 に近い部分であ り、火 山灰層の堆積状況があまり良 くない場所であった ことも関係 しているだろう。今後 も、意識的に、旧石器時代 の 遺物の有無 を追究 してぃ く必要がある。

今回の調査区では、地滑 りの跡が発見 された。1984年に調査 された青葉 山遺跡

E地

点の第

1次

調査地点 におい て も、南北方向に延 びる細かな地層のずれが検 出されてお り、地滑 りの亀裂 によるもの と指摘 されている。位置 関係か ら見て、今回発見 された地滑 りと、一連 の同 じ地滑 り痕跡の可能性が考 えられ る。 この地区での、細か校 地形変化・ 環境変化 を検討す る上で、興味深いデータが得 られた と言 えよう。

引用・参考文献

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『明治・ 大正のガラス』別冊太陽骨萱 をたのしむ

平凡社 地学団体研究会仙台支部編

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『新編仙台の地学』

 

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坪井利弘

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理工学社

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