陛十一――型 魔 K13
図
50
青葉 山遺跡E地点第2次調査 出土遺物 Fig.50 VariOus implements from AOE2部の破片で、口縁端部 には刻 みが施 されている。外面には、連続 した刺突が、横方向に
2列
、やや傾いた方向に 2列認 め られ る。2も 口縁部で、端部 には刻みが認 め られ る。内外面 とも貝殻条痕である。3は回縁部か ら体部 上半の破片で、日縁部 は波状 を呈す る可能性がある。口縁部か ら6 cm程下の ところに、下か ら上向 きに施 した刺 突が、横方向に並んでいる。4・ 5は体部破片で、内外面 とも貝殻条痕が認 め られ る。図示 しなかった残 りの資 料 は、体部 の小破片で、基本的に内外面 とも只殻条痕が認められる。なお早期の上器 は、翌年度に今回の調査地 点の北側で調査 を実施 した第3次
調査 において、同様 の資料が多量 に出土 してお り、詳細な型式内容 については、この第
3次
調査の報告 を行 う、次の年報12において検討 したい。中期 の上器 と考 えられ るものは、
B‑10・
11区の、 ピッ ト3の周辺で9点
が まとまって出土 している。図50‑
6は、突起の下 に、隆帯で囲 まれた文様があ り、その隆帯の内側 に沿って刺突がめ ぐる深鉢である。中期末の大 木10式と考 えられる。図
50‑7〜
9は、確証 は無いが、同 じく中期の上器 の可能性が考 えられ る。図示 しなかっ た5点
は、図50‑7と
類似 した地文のみの破片な どである。石器 は、
B‑11区
か ら石鏃が1点
出上 している。無茎の凹基の ものである。良質な頁岩製で、両面全体 に2次
加工がおよんでいる。縄文中期 の土器が まとまって出土 している範囲の中か ら出土 してお り、 この出土状況か ら は、縄文時代中期の ものである可能性が考 えられる。弥生土器 は
B‑3・ 4区
で出上 している。5点
出上 しているが、全て同一個体 と考 えられ る。図示 した図50‑
11は、底面 に木葉痕 を残 し、底面の脇 の体部下端 に無文の部分が存在せず、地文が底面 との境 まで施 されている 点か ら見て、弥生時代後期の可能性 を考 えた。
上師器 は
B‑10区
とB‑11区
でそれぞれ1点出上 した。 ロクロ土師器 の邪で、図50‑12は
口縁部で、内面 は黒 色処理 されている。図50131ま、高台付不の高台部分の破片である。いずれ も細片のため、詳細 な検討 は困難であるが、平安時代 の もの と考 えられる。
畿∞ Cm
\
表
75
青葉山遺跡E地点第2次調査出土遺物観察表 Tab,75 Notes on various implements from AOE2No 出 上 場 所 種
類 特 徴 等 図 図
版
1
B3区 b層
弥 生 土 器 底 部 木葉底 地文L撚
糸文 50‑‑11 171‑‑11B3区 b層
弥 生 土 器 底 部木 葉 底
地 文
L撚
糸 文1と
同一 個 体 333区 b層
弥 生 土 器 1と 同一 個 体 か4
B3区 b層
弥生 土 器 底部付近 地文L撚
糸文1と
同一個体5
1号
土 坑埋 土 縄 文土 器 貝殻条痕文 口縁部 外面刺突
50‑‑5 171‑‑5
6
B5区
縄 文 上 器 貝 殻 条 痕 文 50‑‑1 171‑―]7
B6区
縄 文 土 器 貝殻条痕文8
B4区 lb層
弥 生 土 器 1と同 一 個 体 か 91号
土 坑埋 土 縄 文土 器 員殻 条 痕 文
B8区 2層
上 縄 文土 器 貝 殻 条 痕 文B8区 2層
上 縄 文 土 器 貝殻 条痕 文50‑‑4
171‑‑4B9区 2層
縄 文 土 器 貝殻条痕文B10区 2層
上 縄 文 土 器 貝殻条痕文B8区 2層
縄 文 土 器 員殻 条痕 文口縁 部
小 波状
50‑‑2
171‑‑2B8区 2層
縄文土器 貝殻 条 痕 文B9区 2層
縄 文 土 器 貝殻 条 痕 文B10区 2層
縄 文 土 器 貝殻 条 痕 文B8区 2層
縄 文土 器 貝殻 条 痕 文B9区 2層
縄 文土 器 貝殻条痕文B8区 2層
縄 文土 器 貝殻 条痕 文810区 2層
縄 文 土 器 中期? 底部28と
同一個体BH広 2層
土師器 ロ クロ土 師 器紳
高 台 部 小 片 50‑‑13 171‑‑13
810。 11区
2層
縄 文 土 器 中期? 30と
同一 個 体B4区 2層
石 鏃 買岩長 2 6cn・ 幅1 5cm。 厚 さ0 4cm。 重 量
1 lg
50‑‑10 171‑‑10B10区 2層
縄 文 土 器 只殻 条 痕 文B ll区 2層 縄 文 土 器 中期? 風化・ 詳細 不明
B ll区
2層
縄 文 土 器 大木10式 口縁部 突起50‑‑6
171‑‑6B10区 2層
縄 文土 器 中期?
底 部50‑‑9
171‑‑9B ll区
2層
縄 文 上 器 中期? 30と
同一 個 体B10区 2層
縄文 土 器 中期? 沈 線地 文
RL縄
文50‑‑7
171‑‑7Bl区 2層
縄 文土 器 貝殻条痕文A8区 2層
縄 文 土 器 貝 殻 条 痕 文 か底 部(平底 )細 片
B8区 2層
縄 文 土 器 貝 殻 条痕 文A8区 2層
縄 文 土 器 貝 殻 条反 文口縁部細 片
A10区 2層
縄 文 土 器 貝 殻 条 痕 文B8区 2層
縄 文 土 器 貝殻条痕文A9区 2層
縄 文 土 器 只 殻 条 痕 文39区 2層
縄 文 土 器 貝殻条痕文A8区 2層
縄 文 土 器 風 化・ 詳 細 不 明B9区 2層
縄 文 土 器 貝 殻 条痕 文A8区
縄 文 土 器 貝 殻 条 痕 文nに
接 合BH区
縄 文 土 器 中期? 風化・詳細 不明B8区
縄 文 土 器 ? 風 化・ 詳細 不 明B10区 2a層
縄 文 上 器 風 化・ 詳細 不 明B10区 lb層
土 師器 ロク ロ土 叩器 コ ヽ 内黒口縁部 小 片 50‑‑12 171‑‑ 12
Bn区 lb層
縄 文 土 器 中期?
底 部50‑‑8
171‑‑81号
土 坑埋 土 縄 文 土 器 貝 殻 条 痕 文
48に
接 合Bl区 2a層
縄 文上 器 貝 殻 条 痕 文口縁部
外 面 刺 突
50‑‑3 171‑‑3
Bl区 2a層
縄 文 土 器 貝殻条痕文5。 ま とめ
今回の調査 は、面積 も小 さ く、明確 な遺構 もほ とん ど検出で きなかった。 しか し、縄文時代か ら古代 にか けて の
4時
期の遺物が、青葉 山地区で確認 された意義 は、小 さ くない もの と考 えられ る。特 に、縄文時代早期の遺物 は、今回が初 めての発見である。早期の資料 は、宮城県内では良好な資料が少な く、不明な点が まだ多い。今回 の調査地点の北側で、翌1994年度 に実施 した調査では、 この時期 の遺物が多量 に出土 してお り、今後 の基準資料 となるだけの内容 を持 っている。詳細 は、次の年報12にゆず るが、今回の調査が、 この ような発見への端緒 とな つた とい う点で、重要な調査であった と言 えよう。また、縄文時代早期以外 にも、縄文時代 中期・ 弥生時代後期 。平安時代の遺物が出上 した。先述 したように、
青葉 山地 区では、1984年度 に調査カミ行われた
B地
点 において、縄文時代・弥生時代・古代 の遺物が出土 していた。B地
点の調査で も、今回の調査で も、出上 した遺物の量 は少な く、恒常的に利用 された場所 とは考 え難い。ただ し、弥生時代後期 と平安時代 の遺物 は、両地点でほぼ同 じ時期の ものが出上 している。遺跡の性格の解明は、今 後の課題 として残 っているが、 これ らの時期の遺物 の分布域が、思いの外、広い範囲に渡 っている可能性が出てきた と言 えるだろう。
旧石器時代の遺構・ 遺物 は、今回は発見 されなかった。調査地点が、沢 に落 ち込む斜面 に近い部分であ り、火 山灰層の堆積状況があまり良 くない場所であった ことも関係 しているだろう。今後 も、意識的に、旧石器時代 の 遺物の有無 を追究 してぃ く必要がある。
今回の調査区では、地滑 りの跡が発見 された。1984年に調査 された青葉 山遺跡
E地
点の第1次
調査地点 におい て も、南北方向に延 びる細かな地層のずれが検 出されてお り、地滑 りの亀裂 によるもの と指摘 されている。位置 関係か ら見て、今回発見 された地滑 りと、一連 の同 じ地滑 り痕跡の可能性が考 えられ る。 この地区での、細か校 地形変化・ 環境変化 を検討す る上で、興味深いデータが得 られた と言 えよう。0じ
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