⑩
植物遺存体
内藤俊彦
(東
北大学理学部附属植物園) 出上 した種子類 は、カボチャ、 ウ リ科の一種、モモ、ウメ、アンズ?、
セイヨウ ミザクラ、オニグル ミ、カナ ムグラ?の8種
類であった。ウメには普通 の大 きさの核 の もの と河ヽ型の核 の もの とがあ り、大 きい核 のほうはいわゆる大 ウメで、小型の核 の ものは小 ウメである。ウメに似た核で平たい ものはアンズであろう。サクラ類 とした ものは在来種のサクラで、
種類 については同定で きなかった。カナムグラは窒素分の多いやや湿 った所 に生育する蔓性の植物で、道ばたや 林縁 な どに見 られ る。 この場所が沢 に面 した所であ り、いわゆる雑草 として生育 していた ものであろう。
セイヨウ ミザクラ とした ものはサ クラの核 としては大 きく、在来のサクラとは異なるので、セイヨウミザクラ としておいた。
ここに出上 した種子類 は、食べ淳 として捨て られた ものであろう。
表
67
仙台城 二の丸跡第 12地点 出土植物遺存体 Tab.67 List of plants from NM12地 区 層 位 出 土 植 物 遺 存 体
E‑4区 3a層
(皮の層) ウ メ コウメ カ ボ チ ャウ リ科 枝 不 明 不 明
E‑4区 3a層
モ モウ リ科
F‑4区 3a層
(骨の 層) サ ク ラ類セ イ ヨウ ミザ ク ラ
?
不 明F‑4区 3a層
ア ンズE‑5区 3a層
(皮の層)モモ
カポチャ
ウリ科
オニグルミ
不 明E‑5区 3a層 カボチャ
?F‑5区 3a層
(骨の層) ウ メコウメ
アンズ
サクラ類
セイヨウミザクラ
カナムグラ
? 木 片E‑6区 3a〜 3C層 カボチャ
ウリ科
E‑6区 3d層
最 下 部オニグルミ
カナムグラ
?⑩
小結
近代 の遺物 の報告の最後 に、材質 は異なるが、用途が共通すると考 えられる遺物間での比較検討 を行い、い く つかの気づいた点を指摘 しておきたい。層位的な検討にあたっては、
3層
については、東区の層位 の認識 には不 確定な部分が残 っているため、西区の3a層
・3b層
。3C層
。3d層
を利用す る。以下では、特 に記 さない限り、
3d層
とは西区の3d層
を示す こととす る。異なる材質 に、最 も多 くまたが っているものは、食器である。今回出上 した近代の遺物 は、軍隊が使用 してヤゝ た ことが確実であ り、食器 も軍隊で使 われた もの と考 えて良い。軍隊 という性格上、多人数が同時に同じものを 食べた と想定 され、将校用な ど少数の例外 を除 けば、個々人で使われ る食器の種類 と量が異なることは想定 し難 い。 したがって、主体的に出上 した食器 は、軍隊の日常的な食事に使われた食器の、種類 と量の割合 を反映 して いる可能性が高い と考 えられる。
食器 として使われた と考 えられ る遺物 は、磁器・ 軟質磁器 。陶器・ 妬器・ 硬質陶器・金属製品 。木製品に認め られ る。なお、箸・ スプー ン・ フォークな どの容器以外の ものは、 ここでは取 り上 げない。 この内、軟質磁器 と 妬器 については、ごく少数の出上で、全体 の傾向には影響が無い と考 えられる。金属製品については、把手付碗・
琺瑯引 きの皿 などが認 められているが、出土量 はご く少ない。 これ らの金属製の食器 は、かな り薄い金属板で作 られてお り、腐食が進みやすい と考 えられ、 これが本来の出土量 を反映 していない可能性 もあるが、縁の重ね ら れた部分な どは確認 されて も良いのに、 それ も認 め られない。 もともとの数量が僅少であった と考 えて良いだろ う。 したが って、金属製品 も、食器 の中では主体的な位置 を占めない。木製品では、白木の椀、漆器の椀がある が、いずれ もごく少量 の出上で、全体の傾向に影響 を及ばすほどのものではなぃ。
磁器 の中での各器種 の比率で は、② で指摘 した ように、
3b層
以下では中碗 と皿 の合計が、食器・酒器全体 の8〜 9割
を占めている。中碗・ 皿 とも、手描 きと招絵で文様が付 けられた ものが主体 を占めている。 これに対 し て、3a層
では中碗 と皿の合計が6割
を切 る。個体数で も、中碗が3d層
で2501点 出上 しているのに対 して、3
a層
が199点と激減 している。皿 は、3d層
が954点に対 して、3a層
が174点と、これ も大 きく数が減少す る。こ の磁器 の中碗 と皿の減少 と正反対 に、3a層
段階で突如 として大量 に出土す るようになるのが、硬質陶器である。硬質陶器で は、全出土量の
4〜 5割
が、3a層
で出上 してお り、3b層
以下の層序での出土 は、 ごく少数 に留 ま る。陶器の碗・ 皿類 はご く少量で、妬器 には碗・ 皿類 は認められない。 したがって、磁器の中碗 と皿が、硬質陶 器の碗・ 把手付碗・ 鉢 に転換 していった可能性が考 えられるであろう。硬質陶器 の碗・ 把手付碗 。鉢 は、出土点数がほぼ近 い数であるため、 これ ら
3器
種 は一人 につき1点づつ使用 された食器であると推定 された。碗 は、飯碗 として使われた ものであろう。把手付碗 は、その形態か ら味噌汁や スープ状 の液状の ものを飲 むための食器であろう。鉢 は、おかず類 を盛 る食器であると推定できる。 このような 推定 をもとに、 さらに類推 を重ね るな らば、磁器 の中碗が硬質陶器の碗 と把手付碗 に、磁器の皿が硬質陶器の鉢 に相 当す る可能性が考 えられ る。3b層
以下での磁器 の中碗 と皿の比率 は、1.5:1〜 2.5:1で
あ り、 ほぼ中碗 の数が、皿の倍前後である。硬質陶器では、碗 と把手付碗 を合わせると、鉢 との比率がほぼ2:1と
なる。 この ことは、磁器 の中碗が、硬質陶器の碗 と把手付碗 に対応する可能性 を示唆する。 そう考 えると、磁器中碗 には、飯碗 と味
IIg汁
な どの液体 を飲 むための食器 の両方が含 まれ ることになる。東北地方で も漆器生産が盛んでない山 形県や新潟県では、最近 まで磁器碗 で味噌汁 を飲 む風習が残 っている地域があった。 したがって、磁器碗で味噌 汁な どの汁物 を飲んでいた可能性 は、考慮 されて良い。今回の調査では、白木椀や漆器椀がほ とんど出上 してお らず、汁物用の食器が他 に見出せ ない ことも、磁器中碗 に汁物用の食器が含 まれていた と推定する傍証 となる。煎茶器では、小碗 十小不 と湯呑みの比率が、
3d層
以下では前者が多 く、3C層
以上では逆転 して湯呑みが多 くなる。陶器 の小碗 も、全体 の数 は多 くないが、3d層
以下が多 く、それ より上層では減少す る。磁器の湯呑み では、その中で自磁 の ものの占める割合が、3d層
で50.0%、3C層
61.8%、3b層
71.4%、3a層
では90.4%
と、上層へい くほ ど増加 し、特 に
3a層
では大多数 を占める。陶器 にも湯呑みが、さほど多 くはないが存在 して いるが、 こち らは3d層
で最 も多 く、3C層
以上では減少 してい く。 したがって3d層
段階では、磁器 の小碗・小邪が主体であるが、湯呑 み も存在 し、 しか も磁器・ 陶器の両方があったのが、上層へい くほど白磁の湯呑みに 統一 されてい くと捉 えることが可能であろう。
以上のような検討 をもとに、軍隊での食事風景 を想定すると興味深い。
3b層
より下層の時期 には、食卓 に並 ぶ食器 は、1人あた り中碗2点
と皿1点。中碗の片方にはご飯が盛 られ、もう片方には味噌汁な どの汁物が入 り、皿 におかずが盛 られ る。お茶 は河ヽ碗 に注がれる。 これ らの食器 は、大 きさや形 はほぼ似通 っているが、手描 きや 招絵で、にぎにぎし く様々な文様が描かれていた。軍隊 という、一般 に想定 しやすい画一化 されたイメージ とは ほど遠い風景が、食卓 には展開されたであろう。 これが
3a層
段階 には一変す る。規格化 された硬質陶器が、食 卓 に並ぶ。碗で ご飯 を食べ、汁物 は専用の把手付碗で飲み、おかずは鉢 に盛 られる。お茶 を飲むのは白磁 の湯呑 みである。食器 に見 える文様 は、軍隊 を象徴する星印か、部隊名 を示す文字だけである。そこには、画一化 され た近代的軍隊 としての姿が窺われる。 このような変化 は、 日露戦争 を前後する時期 に起 こった ものであった。もう一つ、異なる多数の材質 にまたがって出上 しているもの としては、筆記具が上げられる。筆記具 としては、
次のような遺物があげ られ る。
磁器:水滴、ガラス製品:イ ンク瓶・ ガラス製ペ ン先、石製品:硯・ 石筆・石盤、骨製品 :筆柄、金属製品: ペ ン軸、木製品:鉛筆・ ペ ン軸。
さらに、鉛筆 な どに用い られた と思われるキャップが金属製品にあるの と、同様のキャップの可能性のあるも のがガラス製品に認 め られ るが、いずれ も確証が無いので、 ここでは取 り上 げない。上記 した遺物 を用途別 に分 けると、次のようになる。毛筆での墨書 に関わる資料 としては、水滴 。硯・ 筆柄が挙げられる。インクでのペ ン 書 きに関わる遺物 は、インク瓶 。ガラス製ペ ン先・ 金属製ペ ン軸・ 木製ペ ン軸がある。その他は、鉛筆 は鉛筆書
き、石筆 と石盤 は対 になって使われ るものである。
磁器の水滴 は全体で99点出上 してお り、 ほぼ半数の49点が
3d層
に集中す る。3a層
の出土点数 は11点に留 ま る。硯 は72点出上 してお り、その内の35%の
25点が3d層
出上で、3a層
出上の ものは13点で18%で
ある。また、1号
溝埋土か らも5点
出上 している。骨製品の筆柄 は、1点
のみのであるため、出土傾向は検討で きない。インク瓶 は、集計表では小瓶類 とまとめて示 しているので、主要な層序か らの出土点数をここで示 してお く。
インク瓶 は合計36点出上 している。
3a層
12点、3b層 7点
、3C層 5点
、西区3d層
1点、1号
溝埋±1点
で ある。3a層
に集中 し、3分
の一が ここか ら出上 している。ガラス製ペ ン先 は、4点が3a層
で、1点
が東 区の3d層
か らの出上である。金属製のペ ン軸 は3a層
か ら3点
出上 しているだけである。木製ペ ン軸 は、27点出土 してお り、3a層
が12点で44%を
占める。3b層
は2点
、3d層
も2点
だけの出上である。 このように、イ ンク でのペ ン書 きに関わ る遺物 は、先 に見た毛筆での墨書 きに関わる遺物 と、出土傾向が全 く逆になっていることが 明確である。鉛筆 は、154点中、
40%の
62点が3a層
出上で、3b層
は3点
、3C層 4点
と少な く、西区3d層
では18点出土 しているが、全体か ら見 ると12%に
留 まる。 この鉛筆 も、毛筆 による墨書 きに関わ る遺物 とは、出土傾向が反対 である。石筆 は、27点出上 している内、
3d層
が17点と63%を
占める。石盤 は19点出上 している内、58%の
■点が3d
層で出上 している。 この石筆 と石盤 は、毛筆の墨書 に関わ る資料 と同様 な出土傾向であると言える。
以上のように、
3d層
か ら3a層
へ と移 る過程で、毛筆 による墨書に関わる遺物 と、石筆・ 石盤が減少 し、 そ れに取 って変わ る形で、インクによるペ ン書 きに関わる遺物 と、鉛筆が増加 してお り、筆記具が毛筆・石筆か ら、ペ ン・ 鉛筆へ と移 り変わってい くことが見て取れる。