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Ⅱ ‑8区  2層

ドキュメント内 東北大学埋蔵文化財調査年報11 (ページ 146-149)

紐 愛 斗

88,1 *955,6

163,1  ■134,1

登録番月 出 上 場 所 器 笹 口径 ミ径 畢言 胎 土 嵯 地 O1441・ 備考

V区 保健管理センター西側配管掘削時撹召 Ju4N

「寿」字文

 

縦筋文

ζ通 ユ削

17C前 半

VI‑4区     

不明 ギ碗

37

単花文 一副

18C後半

I―S区

   

表採 卜中皿

95

丸文散 らし

 

高台内銘有 り ζ通 一刊

17C中

C004 5区間

 

撹乱 大皿 盾軍文

 

縁内四方欅文 旨遇 一削

区南

   

黒色土層 小中皿 10 唐草文

 

見込松竹梅文

 

高台内銘有 り ゛や

?

一剛 18C後半 饂 き

区南   黒色土層 卜中皿 13 75 割菊花文 見込五弁花(コンエャク判

)高

台内「太明年製

J?銘

 口紅 やや寇 ユ副 18C後 半

I 区南

   

黒色土層 猪 日 尊涌 一団

警録番掲 出 土 場 所 器種 器 高

 

 

 

冶■ 生産地 製作年代

 

VI‑4区

   

黒色土層 中 顔

40

腰部刻線文 灰和(淡緑灰色)掛け分け 対Щ 亥軍弓色) 太堀相員18C後半 灰釉貫入顕著

461S

‑5区

   

黒色土層 典仙儀滸身色) 不 明 18C後? 地元産?

登録 番 号 出 上 場 所 瓦 当文様 瓦 当直径 見 当 内径 周 縁 幅 図 版

T001 VI‑5区

 

黒 色 土 層 三 引両文 17 0 13 8 丸瓦 劉落部 分 に櫛 目(円周 方 向)

[I‑8区   Pit]

九曜 文

23

73 

仙台城 二の丸跡 第 14地点出土軒平瓦類観察表

Tab.73 Notes on flat eaves tiles at NA/114

登録 番号 出

  

  

  

所 瓦

 

 

文 様 瓦当形 状 瓦 当垂 長

 

図 版

T003

‑4区

 

黒 色 土 層 三 枚 笹

2a+唐

la類

T004 II‑2区   2層

?十唐 草

74 

仙 台城二 の丸跡 第 14地点出土 その他の瓦観察表

Tab 74 Notes on various roof tiles at NA/114

登録 番 号 出 上 場 所 図 版

T005 II‑2区   2層

面 戸 瓦 長 さ

8 8cm 

短 辺 を 曲線 に加工

T006 IV‑2区   Pit l

棟 瓦 全長

34 0cn 

きき足30 1cnI 桟幅

7 2cm(上

端) 濤有 り 角桟伏聞瓦

T007

‑7区

 

黒 色 上 層 袖瓦 ? 端面に刻印有 り 第

5地

点の

T168(年

7の

26)と

同様 の ものか

126

た際に、それ以前の小規模 な破壊 のため、検出遺構の評価が困薙になって しまっている例 も多い。地下の状態を 詳細 に把握することが可能であれば、で きるだけ攪乱部分 を利用するな どして、破壊 を最小限に くい止めること がで きるはずであ り、そのような対応 を追求 してい くべ きであろう。 したがって、イヽ規模な掘削であって も、綿 密 な対応 を行い、攪乱の有無、江戸時代 の層位 の深 さな どのデータを集積 してい くことが、今後 も必要であろう。

そうい う観点では、特 に今回、川内北地 区について、貴重なデータが得 られた。

二の丸北方の武家屋敷地区にあたる川内北地区では、江戸時代の遺構面が確認 されたのは、 ごくわずかに留 ま つた。特 に、講義棟か ら厚生会館 の間では、 ほ とん どの範囲が、既に削平 された り、攪乱 を被 っていた。川内北 地 区は、現在 い くつかの

5m前

後の段差があ り、それぞれの段差の上がほば平坦な地形 となっている。講義棟の 西端近 くにも、現在大 きな段差が存在す る。 これ は、 もともと西か ら東へ向かって、緩やかに傾斜 していた場所 を、高い側 を削平 し、低い所へ盛土す る形で、平坦面が広げられてきた結果 と思われ る。そのため、段差のす ぐ 上では、本年報の第

H章

で報告 した第12地点のように、盛上が極 めて厚いが、段差 の下では削平が著 しい とい う 結果 となっているのであろう。そして、 さらに東へ行 った体育館付近では、削平 は少な く、江戸時代の地層が保 存 されているもの と考 えられ る。川内北地 区では、 まだ調査 を実施 した範囲が少な く、遺跡の保存状態は、あま り良 く判 っていなかった。今次調査 によって、現状の地形 と保存状態 との関係 を、ある程度推定できる端緒が得 られた ことは、今後 の開発行為への対処 を考 える上での成果であった と言 えるであろう。

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第Ⅳ章   青葉 山遺跡 E地 点第 2次 調査

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