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33 6)季節の食事

ドキュメント内 年間献立の可視化(大山地区) (ページ 36-44)

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季節の食事(図

34)は,春にはイワシ,イナダ,アジ,サバ,イワシ,ヒジキで,

キュウリ,カボチャを食べる。夏はところてん(暑い時のデザート),カツオ(刺身や 煮付け),イワシ。秋はワラサ,イナダ,大根,ゴボウ,菜っぱ,カボチャの料理。冬 はキンメダイ,アンコウ。アジとイワシは一年中獲れる。

7)シンボル

家の味は魚料理と鰹節であると感じている。郷土の味としては,なめろう,イナダ・

アジのたたき,アジの開き。また,漁船で働いていた時に船で食べていた水なます(ご 飯になめろうをのせ氷水をかけた物),まご茶(ご飯になめろうをのせ湯などをかけた 物)は地域(漁船)の味だと感じている。食事に欠かせない料理はご飯,味噌汁,漬物,

魚,野菜料理。これを3食食べる。出汁は煮物の時は鰹節を使い,魚料理の時は魚自 体に出汁があるから出汁は使わない。

8)行事の食事

行事食は寿司や五目寿司が多い。モノ日(行事,ハレの日の意)には御神酒を神棚,床 の間,地神様を供える。

正月は餅を機械で搗く。以前は杵と臼で搗いた。正月前に餅をついたときにはから み餅(大根おろしと醤油),あんこ餅にする。最近お供えには丸餅を買ってくる。以前 は雑煮には自分で採取して乾燥させた海苔を揉んでかけたが,今は自分達で採取して 作ったハバを揉んでかける。雑煮は里芋,大根,鶏肉,ハバ,鰹節の出汁で作り焼い た切りもちを入れる。ここ

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年息子が鶏肉も入れてみてはどうかと言ってきたので 入れるようになった。本来,動物は雑煮に入れないし正月料理には使わなかった。以 前の雑煮は,里芋,大根,鰹節だった。三が日は朝だけお雑煮を食べる。昼食,夕食 は餅ではなくご飯を食べる。お雑煮は三が日に作って食べて,4日からは通常の食事 になる。

昔は七日過ぎないと青物を食べてはいけなかった。七日に初めて青物を使う。雑煮 に七草を入れる(図

35)。七草にはこだわらず,小松菜や山東菜,花が咲く前の菜花等

を使うことが多かった。最近ではハクサイも使う。母の代までは七日まで青物は食べ なかったが自分達の世代からは七日より前でも青物を食べるようになった。七日に七 草粥ではなく七草雑煮を作って食べる。小松菜や葉物一種類を入れる。おせちを昔は 作ったが,息子の友人が料理屋なので,おせちは息子夫婦が購入する。しかし,人が 来た時足りなくなるので,ハス,ニンジン,大根などの煮しめ,田作りを作る。数の 子,かまぼこ,昆布巻き,は購入して,タコの刺身,トコブシ煮は採ったのを冷凍し ておいて正月に出す。雑煮は里芋,大根,出汁は鰹節の厚削りで,ハバを焼いて揉ん でかける。以前はハバを全て出荷していたが,ハネモノ(傷がついたり失敗した物)を雑 煮に入れる。正月は奥さんがご飯,雑煮を作る。1 月

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日の鏡開きは雑煮を食べる。

飾りを下げる時に食べる。雑煮は男性が作らず,女性が作った。三が日に供えるお供 えも女性が作る。正月朝のお供えも,女性が行う。昼はご飯を炊いている。大根とニ ンジンなますを作る。ご飯と大根とニンジンなますを供える。

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お飾りは玄関前に3日まで飾る。お飾りは親戚の知り合いから藁を貰って手作りし た。ダイダイは代々繁栄,シダは白髪がはえるまで長生きできるように飾る。神棚,

仏壇,居間,お勝手,地神様に鏡餅を供え,ユズリハ,ダイダイを飾る。雑煮は三が 日供える。正月には,神棚,仏壇,床の間などに榊をお供えして波切り不動のお札を 貼る。以前は神棚前に豊漁を願って鰹節を吊るしていた。

七草雑煮(小松菜,ハバ,餅,鰹節出汁) 数の子

大根とユズの漬物 イワシの開きの胡麻干し タコの刺身

煮物(かまぼこ,ネギ,卵) ハクサイ漬け

節分には柊を家の四方(4隅)に刺す。家の入口にイワシの頭とヒイラギ,イワシの頭 は大豆の木に刺す。これは魔除けなので玄関,入口の所,神様の所,物置き,外に面 したトイレの窓,大神宮様など十ヶ所位に飾った。ヒイラギは畑に植えている。今年 は炒った大豆を買ってきてまいた。

一升で足りないので2升買った。前,船に乗っていた時は清澄寺の節分に毎年行っ ていた。船に乗っている人は信仰心が強く,妙見信仰があるから,清澄寺の上の妙見 様にも豆を撒きに行っていた。今年は清澄寺には行かずに,家で孫達と豆撒きをした。

雛祭りは雛人形を飾る。雛人形は嫁の実家から送られた

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段の雛人形。2 月下旬~

3月3日まで飾り人に見てもらったり,お供えをしたりする。3 月

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日は雛休み3月 5日の午前中にしまう。混ぜご飯と雛あられ,綿菓子,バナナ,夏みかんを供えた。

孫・長女は総領(跡取りの意)なので,初節句(三歳の祝い)は,近所の料理屋で行った。

七つ子さん(七歳の七五三のこと)はホテルで行った。長女だけ仲人さんを呼んだ。

春の彼岸にはお墓参りに行く。シキビを供え,買ったおはぎを持ってお墓参りをし た。シキビは自分の畑に植えている。墓参りには生米(おさご)を持っていく。仏壇には 摘み団子,イチゴ,イヨカンを供えている。積み団子を作るのに

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個の団子を作りそ れを積む。この

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個という数は決まっている。摘み団子は海に流していたが今では禁 止されている。

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月のお盆に仏壇に供えるのはモモやブドウなど季節の果物で,迎え火の日には,

そう麺を茹でる。送り火の日には団子を米粉で作って作り,丸い団子位の小さいおに ぎりを

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個作って,おにぎりにカヤの箸をさす。送り火の次の日にはお供えした物 を海に流していた。今は,海が汚れるからと言われるようになったので,ゴミで捨て る。家族はお盆でも普段通りの食事で,頂いた物は一度仏壇にお供えしてから自分達 で食べる。

図 35 七草の食事

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お盆中いつ供えても良いナスのよごし(ナスを蒸して酢と味噌と砂糖かける)や小松 菜胡麻和え(胡麻は黒でも白でも良い),ヒラ(人参,ゴボウ,シイタケ)青豆,カボチャ の煮物の

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品を小鉢に入れて供える。ご先祖様は歩いてくるから,お迎えする時,「足 洗い粥」をあげていた。姑に教わった。今はお茶だけだが,10年位前まで御飯を粥み たいにして仏様に供えていた。積み団子は

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個作って積む。

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日は妙見様の祭りだった。船に乗っている乗組員はそのお祭りに毎年行って いた。8 月第一土日は浜荻地区の貴船神社の祭りでサラダ,稲荷寿司,太巻き寿司を 作り,寿司屋から寿司をとったりする。浜荻地区は西町,仲町,恵車,しらし町と

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つに分かれているが,西町ではキンメダイを供える。西町では御仮屋でカワハギ,マ グロの刺身,キュウリもみ,ナマス,トマト,そうめん,スイカ,酒などを出す。キ ュウリもみは祭りにつきもの。御仮屋で出すキュウリもみは青年長が作ることになっ ている。寿司は出前を頼む。お仮屋には笹で結界を作る。寿司やアワビ,トコブシ,

カボチャの煮物やキュウリもみ,刺身,焼き鳥など用意する。寿司屋で寿司をとる。

前は家で寿司を作っていた。稲荷寿司やイナダ,マグロ,タコ,貝の握り寿司。

お題目は正月(太鼓おこし),5月,9月は題目,12月

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日太鼓伏せを行う。題目は 日蓮宗のもので,日蓮宗は誰か亡くなった時に太鼓をたたく。家で,回り番で行う。

当番の人が寿司など食事を用意する。自分の家は真言宗だが,(近隣は日蓮宗の家が多 く,日蓮宗の家の葬式にも出るので)お題目のメンバーに入っている。お題目は組の

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軒で行っている。拝み終わると,寿司屋で買った

900

円位の寿司と,自家製の漬物,

ラッキョウ,ウズラの煮豆,干し柿など出す。これ以上は作らないと,組で決めた。

以前はからなます,煮しめなど作った。若い人は勤め人が多いからお題目をやらない ので行事がなくなってきた組もある。

9)食材入手方法

①自給食材

自給食材は釣った魚,解禁時に採る海藻類,貝類と,畑で栽培している野菜,野の 物を採取する。魚は天気が悪い日以外は毎日釣りに行っている。毎日行かないと落ち 着かないし,感覚が分からなくなる。孫も一緒に釣りに行く。海に入れない時は川で 網を持って行ってウキとナマリでフナ,アユ,ウナギをとっていた。家の下の海の岩 場にイワシが大きな魚に追われて,沢山逃げてきたのを,バケツでとることがある。

カラスやトンビがそのイワシを食べるために沢山飛んで来ているので,イワシが打ち 上がったことが分かる。海藻類はハバ,天草,海苔などを採取する。ハバ(図

36)は

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月中旬頃,解禁の回覧板や知らせが来て,採取する。漁業権がある人の家族は券を 買い,海藻を採ることができる。ハバは(各家で細かく刻み,いせて乾燥させたものを) 漁業組合が買いとって海苔の問屋が入札に来る。ハバの解禁は年

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回で,破れたり売 り物に出来ないハネモノがあると焼いても揉んで雑煮に入れる。ハバは生で味噌汁に 入れ食べるがめったに食べない。貝類はトコブシ(図

37),サザエ,アワビは 5

月中 旬から解禁になる。

ドキュメント内 年間献立の可視化(大山地区) (ページ 36-44)