字転落の危機
08年 度 後 半 の 急 激 な 景 気 後 退 に 伴 っ て、
企業の財務内容の安全性は著しく悪化してい る。損益分岐点比率(実際の売上高に対する 利 益 が ゼ ロ に な る 売 上 高 の 比 率、図 表29)
をみると、大企業(全産業、季節調整値)は 08年7〜9月の76.2%から10〜12月には90.8%
へ急上昇し、98年10〜12月(89.9%)の水準 を 突 破 し た(図 表30)。09年1〜3月 は88.9%
と若干低下したが、厳しい状況が続いてい る。一方、中小企業(全産業)は、09年1〜3 月に94.8%に達しており、92〜93年のバブル 崩壊時や98年の不況時をも上回る危険水域に ある。大企業は、売上高があと10%程度落ち
込むと、赤字に転落する寸前の事態に陥り、
中小企業は赤字まで5%程度の余裕しかない。
中小企業は、08年度に固定費の削減が損 益分岐点比率の押下げに寄与したものの、売 上高の減少が経営の安全度を大幅に悪化させ た(図表31)。大企業は、変動費率の上昇と 売上高の減少が損益分岐点比率の上昇をもた らしている。
売上高が減少すると、赤字の危険性が高ま るうえ、債務返済や利払いの負担などから、
資金繰りが悪化し、倒産に追い込まれる可能 性が高まる。日本政策金融公庫『中小企業景 況調査』の資金繰りD.I.(余裕−窮屈)をみ ると、08年初めは△2程度であり、資金繰り に余裕がある企業と窮屈である企業の割合が ほぼ拮抗していたが、09年初めには△20程 度にまで悪化した(図表32)。資金繰りの悪 化と呼応する形で、中小企業(資本金1億円 未満)の倒産件数は、06年度に入ってから
図表29 損益分岐点比率の概念図
(備考)信金中金総合研究所作成 100
90 80 70 60 50 40 30 20 10 0 費用・利益
損益分岐点売上高 実際の売上高
45度線
利益 費用
変動費率 変動費
実際の売上高
損益分岐点売上高 固定費
売上高 0 10 20 30 40 50 60 70 80 90100
図表30 損益分岐点比率(規模別全産業)
(備考)1 .資損益分岐点比率=損益分岐点売上高÷実際の売上高 2.損益分岐点売上高=固定費÷(1−変動費率)
3.固定費=人件費+減価償却費+営業外損益とした。
4.変動費=売上原価+販管費+営業外損益−固定費とした。
5 .実線は信金中金総合研究所が算出した季節調整値、破線は4期移 動平均
6.財務省『法人企業統計季報』より作成 96
94 92 90 88 86 84 82 80 78 76 74 72 70
(%)
安全度が低い
安全度が高い
大企業
中小企業
80 82 84 86 88 90 92 94 96 98 00 02 04 06 08(年)
上昇基調で推移している(図表32)。建築確 認申請の厳格化や原材料・燃料価格の高騰な どの影響で体力が衰えているところに、世界 同時不況の波が押し寄せ、08年には倒産の 増加ペースが速まった。政府は、08年10月 31日から10年3月31日まで、『緊急保証制度』
として、信用保証協会が100%信用保証する 30兆円規模の保証枠を設けており、中小企 業の資金繰りを支援している。
10年前にも『中小企業金融安定化特別保
証制度』という30兆円規模の資金繰り支援 対策が実施された(実施期間は98年10月〜
01年3月)。実施前には月1,700件規模の倒産
(季節調整値)があったのが、実施後の99年 2月には月1,000件を下回る水準に一気に減少 している(図表32参照)。特別保証制度の導 入が倒産件数を減らしたインパクトは大き く、中小企業庁では、特別保証制度により、
99年度に中小企業(資本金1億円未満)7,700 社、大企業(資本金1億円以上)100社程度 図表32 中小企業の倒産件数と資金繰りD.I.(月次)
(備考)1 .倒産件数は資本金1億円未満、個人企業を含む。
2.負債額1,000万円以上の企業
3.倒産件数は信金中金総合研究所による季節調整値 4.資金繰りD.I.は日本政策金融公庫調べ(季節調整値)
5.シャドーは景気後退局面
6.東京商工リサーチ、日本政策金融公庫資料より作成
-40 -35 -30 -25 -20 -15 -10 -5 0 5 10 1,800
1,600 1,400 1,200 1,000 800 600 400
90/1 92/1 94/1 96/1 98/1 00/1 02/1 04/1 06/1 08/1
(件)
中小企業金融安定化 特別保証制度
倒産件数(左目盛)
倒産件数(左目盛、すう勢循環成分)
資金繰り D.I.(右逆目盛)
緊急保証制度
図表31 損益分岐点比率の前年差寄与度(全産業)
(備考)1 .売上高、固定費、変動費を4期移動合計した後に算出した損益分岐点比率の前年差寄与度 2.財務省『法人企業統計季報』より作成
12 9 6 3 0 -3 -6 -9
-1200 01 02 03 04 05 06 07 08 09
(%ポイント)
中小企業 大企業
12 9 6 3 0 -3 -6 -9 -12
(%ポイント)
(年) 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09(年)
売上高 変動費率
利子負担(純)を除く固定費 利子負担(純)
損益分岐点比率前年差
売上高 変動費率
利子負担(純)を除く固定費 利子負担(純)
損益分岐点比率前年差
の倒産が回避されたと分析している。
今回の『緊急保証制度』における保証承諾 額は、08年10〜12月に3.9兆円、09年1〜3月 に5.3兆円であり、日本政策金融公庫による セーフティネット貸付(注)3は、08年度下期で 1兆3,922億 円 に 達 し た(図 表33)。08年 度 下 期の資金繰りD.I.をみると、戦後最悪の不況 にもかかわらず、過去の景気後退局面ほどに は悪化していない。足下は、09年1月を最悪 期として改善基調にある。『緊急保証制度』
などの資金繰り対策実施後の倒産件数は、月 1,400件を下回って推移している。ちなみに、
前回の景気後退期においては、01年11月に 1,800件を超えていた。政府の対策が倒産件数 をある程度抑制しているものと考えられる。
ただ、10年前の『特別保証制度』では、代 位弁済(98年10月〜06年3月、累計)が22.2 万件、2兆3,468億円(事故率8.1%)に達して おり、保証制度の拡充などの施策は、企業の 一時的な延命措置にとどまる恐れも否定でき ない。景気はすでに底打ちしたとみられる が、後退前の経済レベルを回復するまでには 3年以上かかるとみられ、先行き企業倒産が 再び増加に転じる可能性もある。
本稿では、08年度の中小企業の財務内容 を、主に雇用・設備・債務の3点から検討し
てきたが、05年度頃に一旦は解消した「3つ の過剰」が再び懸念される状況になっている ことが分かった。しかし、今回の「3つの過 剰」は、世界同時不況に伴う売上高の急速な 減少などで、付加価値や利益といったフロー が急激に縮小することによって一時的に過剰 となった側面が強く、従業員数、機械設備、
債務残高といったストックの水準自体が必要 以上に拡大したというわけではない。02〜
07年の景気拡大局面においても、設備投資 の重点選別化、債務の圧縮などを着実に実施 してきたため、景気が循環的な回復軌道に戻 り、生産量や売上高が増加するにつれて、大 幅な過剰状態は徐々に是正されていくと予想 される。
(注)3 .日本政策金融公庫が、①社会的・経済的環境の変化によって一時的に売上高や利益が悪化した(経営環境変化対応資金)、
②取引金融機関の破綻などで一時的に資金繰りが苦しくなった(金融環境変化対応資金)、③関連企業の倒産で経営が困難に なった(取引企業倒産対応資金)企業を対象に資金を貸し付ける制度のこと。資金繰り支援策として、08年8月の『安心実 現のための緊急総合対策』から09年4月の『経済危機対策』までの経済対策で、日本政策金融公庫によるセーフティネット 貸付枠は12兆円規模に拡大した。経営環境変化対応資金の貸付限度額(中小企業)を4.8億円から7.2億円に引き上げたり、
金融環境変化対応資金の貸付期間(運転資金)を7年以内から8年以内に延長したり、特に業況が厳しい企業は貸付(運転資 金)金利を基準利率より0.3%引き下げたり、雇用の維持・拡大をする企業は金利を0.1%優遇したりするなどの拡充が実施さ れている。
図表33 緊急保証制度の保証承諾額と日本政 策金融公庫によるセーフティネット貸付
(備考)日本政策金融公庫資料より作成 35,000
30,000 25,000 20,000 15,000 10,000 5,000 0
緊急保証制度 セーフティネット貸付
(億円)
08年10月 08年11月 08年12月 09年1月 09年2月 09年3月 09年4月
〈参考文献〉
石崎、川本『近年の製造業の設備投資増加について』日銀レビュー(No.06-J-17)日本銀行調査統計局(2006)
奥本佳伸『季節調整法の比較研究』「経済分析」経済企画庁経済研究所(2000)
中小企業庁『中小企業白書』中小企業庁(2009)
日本銀行『「X-12-ARIMA」操作マニュアル(概要編)(実践編)』日本銀行調査統計局(1997)
(キーワード) 農業、農政改革、地域金融機関、ABL、信用保証、農業法人、農商工連携、
地域貢献
(視 点)
厳しさを増す経済社会情勢の中で、さまざまな方面から「農業」を見つめ直す動きが着実 に拡がっている。地域経済に立脚する信用金庫などの地域金融機関においても、身近な産業 のひとつとして農業分野へ着目し、融資開拓を図る動きも定着しつつある。
そこで本稿では、わが国農業と地域金融機関を巡る最近の動きをあらためて概観するとと もに、躍進を遂げる気鋭の農業法人の事例などを紹介する。
(要 旨)
わが国の農業は、「担い手」の減少や高齢化の進展、あるいは耕作放棄地の増加など、産業 としての存亡にもかかわるような危機的状況にある。しかし、農政を改革する流れの中で、
新たな「担い手」への台頭期待などから、農業を 成長分野 として認識する動きが各方 面に拡がっている。
地域経済を金融面から支える立場にある信用金庫などの地域金融機関においても、リレバ ンの流れも追い風となって、地域における主要な産業のひとつとしてあらためて農業分野 に着目し、農業者向け融資の拡大を図る動きが顕著となっている。
地域金融機関が農業者向け融資を推進するにあたっては、農業関連情報不足の克服に加え て、担保不足をカバーしていくためのABL(動産・債権担保融資)の活用や、農業信用基 金協会による信用保証の活用促進などが課題となっている。
農業者向け融資に取り組む地域金融機関は、農業者のピンポイントな動きに着目するとと もに、「農商工連携」に注力する食品加工業や流通業、あるいは飲食業までも含めた広い意 味での農業関連産業をターゲットとし、 地域貢献 の視点を持って取り組んでいく必要が あろう。
調 査
農業者向け融資を巡る最近の動向
−重要性を増す 地域貢献 の視点−
信金中央金庫 総合研究所上席主任研究員