昭和59(1984)年 ・2月、全国花卉生産者大会の参加者820人が本町の産地を視察[7]。・和歌山県は、桃・李・枇杷の出荷規格を策定、施行[和 歌山県青果物標準出荷規格実施要領]。
昭和60(1985)年 ・桃山町の桃栽培は200㌶、収穫量4300㌧、那賀郡内の過半数を ・1月10日、世界人口は48億人と発表[国連統計の報道]。 占めるまで増え「あら川の桃」は名実ともに戦前を 凌 駕して回復。 ・6りよう が 月、県果樹園芸試験場紀北分場(山下重良分場長)が
・桃山町の世帯数2,319戸、人口9,567人[17]。 県農協連合会の支援を得て、桃の海外市場開拓を目指
・4 月、桃山町の桃産地を内外に PR するため、「もも」を町の花 し安楽川丸百選果場の完熟桃を 3 ℃に予冷、日本航空 として制定、第一回「桃山まつり」を開催[7]。 でロンドンのヒースロー空港に空輸試験、フランクフ
・6-7 月、桃山町農協から初めて桃を航空輸送で鹿児島・宮崎の ルト・アムステルダム・チューリッヒ・コペンハーゲ 市場に42.5㌧を出荷[30]。 ンに空輸配送、各都市のバイヤーによる商品評価で好
評博す[30]。
・8 月 12 日、日航ジャンボ機が御巣鷹山に墜落、520 人死亡[46]。
・那賀郡 6 町の世帯数/人口合計 24,866 戸 92,132 人
[17,34]。 昭和61(1986)年 ・11月、町営乗合いバス運行開始[46]。同月、調月保育所竣工[46]。
・同62年5月、新竹房橋が竣工[46]。
昭和62(1987)年 ・国鉄に代わって JR和歌山線を電車走り、[しもいさか]・[きいな ・那賀郡内各所に自動販売機が設置されジュース・コ がた]の無人駅で乗降出来るようになる[34]。 ーヒ類・酒・ビール・タバコも売られるようになる
[34]。
昭和63(1988)年 ・3 月、貴志川の下流、貴志川町丸栖-桃山町調月間に桃山大橋の ・県果樹園芸試験場はミカン・柿・桃の非破壊品質選
架橋竣工[7]。 別法の研究開発に着手、近赤外線電磁波利用で見通し
・3月、桃山町の深山渓谷が「紀の国名水」に選定される。5月、 得る[県果樹園芸試験場研究成果]。
細野渓流キャンプ場完成[46]。 ・山梨県の前田茂吉氏が白鳳の枝変わりから「八幡白や はた
・11 月 5 日、桃山町市場の杉原成和氏が桃山白鳳(通称モモハク) 鳳」、山梨県の橋場達夫氏が白鳳の枝変わりから「橋場は し ば を選抜、品種登録[農水省品種登録データベース,7]。相前後して「日川白鳳」 白鳳」等、多くの早生系白鳳が選抜、育成される[58]。
・「桃山白鳳」・「八幡白鳳」等が導入され桃山町内全域に普及[58]。
昭和64(1989)年 ・1月8日、「平成」に改元。
平成元(1989)年 ・5月、山下忠男氏、桃山町農協組合長に就任。 ・三菱重工㈱は近赤外線を用いた桃の非破壊糖度選別
・6 月、全国モモ研究大会が和歌山市で開催、桃山町段新田の桃 機を開発、岡山市の一の宮農協に導入。・同じ頃、三井
園を視察[同研究大会資料]。・6月、桃山町文化協会発足[46]。 金属工業㈱が開発した同様な装置を山梨県西野農協選
・県立那賀高校の農業課程が廃止され県立紀北農芸高校(伊都郡か 果場が導入[15]。 つらぎ町妙寺)に併合される[34]。
平成2(1990)年 ・3月、細野小学校は児童減少で休校となる[46]。 ・4月1日、大阪で国際花と緑の博覧会[花の万博]が開
幕(9 月 30日まで)[44]。 都道府県の展示コンテストが行 われ、山下重良が審査員に委嘱され審査にあたる。
・6 月9 日、1989 年における女性が一生涯に産む子ど も数の合計特殊出生率が史上最低の1.57 と発表[厚生省人 口動態統計,44]。
平成3(1991)年 ・6月、国道424号線バイパス(調月南部- 市場間)完成[7]。 ・9 月 28 日、台風 19 号が襲来、青森のりんごが大被
・6月、調月北島に郡民スポーツレクレーションセンター竣工[46]。 害を受ける。全国で44人が死亡、6人が行方不明。
・10 月 16-17 日に全国園芸試験場長会(会長山下重良)
現地研究会を青森県で開催。
平成4(1992)年 ・6月、桃山町野田原の薄木神社例祭に「ホタル祭り」始まる。 ・6月6日、1991年の全国の出生率が1.53で史上最低
・10 月、那賀郡内の 5 農協が合併し JA 紀の里農協となり[7]、桃 と発表[厚生省人口動態統計]。
山町農協はJA紀の里農協桃山支所となる。 ・県果樹園芸試験場はミカン・桃・柿の非破壊で糖酸
・この年、桃山町の桃栽培面積244 ㌶、生産量4千549㌧となり の選別手法を確立、雜賀技術研究所(和歌山市)がミカ 県内収穫量の32.5%を占める[近畿農政局生産統計]。 ンの光センサー選菓機を製品化、1 号機を長崎県西海
・町内で桃の摘蕾・摘果・袋掛け・剪定作業等に高所作業台車が 農協選果場に設置する。以来、全国主要ミカン産地の
使われるようになる[58]。 選果場に普及。
平成5(1993)年 ・4 月 1 日付けで山下重良、推されて研究法人青果物選別包装技 ・5月18日、アメリカのマイクロソフト社がパソコン 術研究組合理事長に就任。理事/株式会社マキ製作所堀居哲士社長、基本ソフト「ウインドウズ3.1」日本語版を発売[44]。 理事/白柳式撰果機株式会社鈴木栄一社長、富士通株式会社社長、 ・6月4 日、厚生省は92年人口動態統計を発表、1年 幹事/石崎政彦氏(元和歌山県果樹園芸試験場長)。青果物の選別包 間の離婚が約18万組と過去最高に、1 人の女性が産む 装機器、施設の改良開発を推進[同研究組合議事録]。 子供は1.5人と過去最低になったことが判明。
・4月、桃山小学校野田原分校が休校[46]。 ・8 月 31 日、気象庁が 1954 年以来の冷夏になったと
・5月、桃山町市場にふれあいコミュニテイセンター完成[46]。 発表。
・バブル経済の崩壊が波及し、加えて輸入穀物の増加・パン食の ・9 月28日、冷夏のため9 月 15日の時点の米の作況 普及・輸入果実の増加・政府の稲作減反政策により、水田の果樹 指数が戦後最悪の80 と公表される(最終的には74ま 転換や緑化樹栽培に転換する農家が増える[34,58]。 で落ち込む)。
・那賀郡打田町西三谷に近畿大学理工学部が開学。5 学科、募集 定員は1学年380人[34]。
平成6(1994)年 ・1月、山下忠男氏、桃山町長に就任。 ・1月29日、中国山東省の前漢時代の集団墓地跡から
・7月29日、桃山町農協申請の「あら川の桃」が商標登録[同振興協 発掘した人骨の多くが九州北部や山口県の弥生遺跡出
議会資料]。 土人骨の特徴と似ていることが判明、弥生人の大陸渡
・9月29日、台風26号が紀伊半島に上陸、桃や農作物に被害。 来説に有力な証拠となる[報道,44]。
・7 月、和歌山マリーナシティで世界リゾート博開催
[46]。
・9月4日、関西国際空港が開港[46]。
・12 月 27 日、電子メールに乗って感染するマクロウ ィルスの新型が日本で初めて発見される[報道,44]。 平成7(1995)年 ・4月、桃山町で第1回桃源郷マラソン大会開催、750人参加[46]。 ・1 月17日、兵庫県南部地震。午前 5 時46 分、淡路
・同月、調月観音寺跡の木造観音菩薩立像が県指定文化財に[7]。 島を震源とするマグニチュード 7.2 の直下型地震が起
・この年、桃山町内で桃のせん孔細菌病が多発、商品性を損なう。 こり淡路島と神戸で震度 7 を記録する。家屋倒壊と広 その後防風対策やボルドー液散布が徹底される[35]。 範囲の火災で死者 5500 人、行方不明 2 人、負傷 2 万 6815人、家屋損壊10万9464棟[新聞報道,44]。阪神淡路大 震災。
・モモのネコブセンチュウ抵抗性台木の筑波4・5号の 実生台木の矮化効果を実証[農業技術50巻3号]。
・4月19日、円が1ドル79円台に突入[新聞報道,44]。
・9月8日、厚生省が全国高齢者名簿を公表、100歳以 上が全国で6千3百78人と発表[新聞報道]。
平成9(1997)年 ・県内桃生産者団体・関係技術者・出荷団体をはじめ県関係機関 ・4月、消費税が3%から5%に引き上げ[46]。
等を構成員として和歌山県桃研究協議会設立[同協議会規定]。 ・6月20日、環境庁が測定したダイオキシンの大気中
・7月、桃山町上水道2期拡張工事完成[46]。 濃度を地名別に公表、都市部は農村部のほぼ10倍の濃 度[44]。
・10 月 23 日、チリ気象庁が南極圏のオゾン層が過去 最大の規模で減少していると発表[44]。
・12月、京都で気候変動枠組条約第3 回締結国会議が 開催され温室効果ガスの総排出量の削減が取り決めら れる。大量排出国のアメリカ・中国は不参加[44]。
平成10(1998)年 ・6月、桃はじめ町内産物を直売する桃山特産センター完成[7]。 ・除草剤ラウンドアップが登録され、以後果樹園で使
・この頃から桃山町内の沿道各所に桃農家や出荷団体が桃の直売 用される。
所を数多く出店、桃の季節は多くの人々が来店して賑わう。 ・7月25日、和歌山市で毒入りカレー事件が発生、全
・12月、あら川の桃縁起踊りが桃山町無形民俗文化財に指定[46]。 国で毒物混入事件が相次ぐ[報道]。
・専業農家でも米を買う農家が増え、農耕用牛を飼う農家がなく ・黒川地区営農飲雑用水施設が完成[46]。 なり、耕耘機やトラクターで耕し、田植えも機械植えとなり稲作
を減らせば減反奨励金が出る[34]。
平成11(1999)年 ・4月、桃山町舎と公共施設にインターネット回線接続、町のホ ・8 月 13 日、国旗及び国歌に関する法律(国旗国歌法)
ームページ開設[46]。 が公布され、「第一条 国旗は日章旗とする(後略)。第
・7月14日、山下重良、推されて桃山町農業委員に就任。 二条 国歌は君が代とする(後略)」(法律第百27 号)と、
・和歌山県桃研究協議会編「桃栽培マニュアル」を策定、配布[県 日章旗が正式に国旗として、また国歌は旧来からの「君
桃研究協議会]。 が代」と定められる[44]。
・野田原地区に雨山観光農道完成[46]。
・那賀郡内各地の山林でマツクイムシによる松枯れが 多発、松茸が出なくなる[34]。
・各家庭で電化製品・冷暖房機が普及し、自家用車の 保有台数が増える。各地に食料品の大型スーパーや何
でも揃うホームセンターが増え、町の小売店が寂れる。
平成12(2000)年 ・11 月 3 日、JA 紀の里農協は大型農産物直売所「めっけもん広 ・7 月、全国モモ研究大会が和歌山県で開催され、桃 場」を開設[JA 紀の里資料]。桃山町内農家は、桃はじめ果実・野菜等 山町百合地区の桃園視察[同大会資料]。
を出荷、大勢の集客で繁昌[58]。 ・宅急便の利用が増え、郵便小包の利用が減る。
平成13(2001)年 ・11 月、桃山町は環境省の「全国かおり風景百選」に応募、「桃 ・4 月末現在、携帯電話の国内普及台数は 6 千 2 百 3 源郷一目十万本の桃の花」が選定される[7]。 万台。日本人口の半数以上が携帯電話を所有するよう
・この頃から桃山町の農家でも携帯電話を持つ人が増える。 になる[電気通信事業者協会資料]。
・8 月 24 日、チェリモヤ「粋豊=山下重良育成」が農 林水産省に品種登録される。
平成14(2002)年 ・1 月、桃山町・JA紀の里農協桃山支所・桃山町内の桃出荷団 ・1月21日、奈良県明日香村のキトラ古墳の壁面に、
体、及び出荷先卸売市場等、関係組織や桃生産者が協力し「あら 国内初の獣頭人身像が描かれていると、同古墳保存活 川の桃研究協議会」設立。・3月、桃山町誌完成、発刊[7,46]。 用委員会が発表[新聞報道]。同古墳は、天武天皇の皇女/但
・桃山町で一般家庭に初めてインターネットに常時接続回線 馬内親王の墓であることが井上赳夫氏や池田仁三氏の (ADSL)が利用可能となる[58]。 画像解析で判明した[61,67]。
・地球環境保全と廃棄物の再利用が世界的に重要課題 となる[報道]。
・3 月 4 日、公立学校で土曜日を休日とする完全学校 週5日制を実施[文部科学事務次官通知]。
・除草剤「ラウンドアップ」が発売される。
平成15(2003)年 ・7 月、桃山町神田の桃園で果皮に小さな赤斑点を表す新病害が ・赤斑点の病害が福島県伊達地方の桃園でも1988年か 発生、県果樹試験場かき・もも研究所等が研究の結果、糸状菌の ら確認された「福島果樹試験場技術情報」。
一種を検出、平成20(2008)年に「モモ果実赤点 病せきてんびよう」と命名[同研究所 ・カイワレダイコンの
o
-157 汚染や無登録農薬問題か研究報告・日本植物病理学会報]。 ら農薬取締法、食品衛生法が改正される。
・JA紀の里は農産物の安全性を証明し紀の里ブランドを守る「安
全・安心」の農産物推進運動を開始[同農協資料]。
平成16(2004)年 ・6月21日、台風6号が近畿地方を直撃、桃山町で早生桃や白鳳 ・2月27日、地下鉄サリン等、13事件で27人の犠牲 に大きな被害を受ける。・台風後、桃のせん孔細菌病が多発、被害 者を出し殺人罪などに問われたオウム真理教元代表、
は県平均で40 ㌫、一部では80 ㌫を超えた[森本凉子他:関西病害虫研究報 松本智津夫被告(麻原彰晃 48)の判決公判で東京地裁死
告]。・桃のせん孔細菌病対策マニュアルを策定配布[県桃研究協議会]。・ 刑判決[報道]。
12月、桃山町神田に桃源郷学習体験館が完成、庭園に250品種300 ・7 月 1 日、紀伊山地の霊場と参詣道などがユネスコ 本のツバキ公園が開園[46]。 の世界遺産に登録[報道]。
平成17(2005)年 ・11 月、那賀郡内の打田町・粉河町・那賀町・桃山町・貴志川町 ・那賀の地名は那賀郡だけとなる。
が合併、紀の川市となり、中村慎司氏が紀の川市長に就任。10 月 ・和歌山県、及び桃山町の助成事業で昭和52年から平 の人口総数6万7千8百62人。・桃山町は桃産地を意識して紀の 成17年迄に設置された果樹園の防風網施設が延長22.6 川市桃山町の地名を残す。 ㎞、防風樹は1万3千本、延長13㎞[森本凉子他:関西病害虫
・インターネット光回線が桃山町の一般家庭で初めて利用可能と 研究報告]。 なる。・3月、桃山中学校閉校[46]。・同月、安楽川保育所竣工[46]。
平成19(2007)年 ・太陽光発電装置の設置補助金と電力買取り政策をうけ町内一般 ・7 月 31 日現在の紀の川市人口(外国人含む)は 6 万 9
家庭に太陽光発電装置の設置増える[58]。 千971人(前年比マイナス15人)。男3万3千360人。
女3 万6千611 人。世帯数2 万4千875世帯[紀の川市資 料]。
平成20(2008)年 ・3月、桃山町最上に桃源郷運動公園が完成、各種スポーツ競技 ・中国産ギョウザの輸入品に農薬(メタミドホス)が検
場として活用されるようになる。同公園にハナモモ・ハナウメ等 出され中国産食品の買い控え起こる。
97品種、約400本が栽植され憩いの場となる[紀の川市資料]。 ・農薬の基準値を超えた輸入米・カビ米が違法に販売 され農水省の米管理のずさんさが問われる。
平成21(2009)年 ・JA 紀の里農協が紀の川市竹房に西部流通センター建設、翌 22 ・西部流通センターの桃選果荷造り施設は予冷庫を備
年から桃山町内の桃をはじめ柿等の選果荷造りを開始[JA紀の里農協資 え個々の果実糖度を自動測定、1 日選果能力 70.2 ㌧、
料]。 渋柿のCTSD脱渋施設等も完備[同左]。
平成22(2010)年 ・桃栽培面積と生産量:桃山町229 ㌶、3千431 ㌧。那賀郡(紀の ・世界の桃生産量(㌧):1 位中国1,071万 8,048、2 位