ライムス・メイエル・コレクション ,ベルゲン
この作品は油彩である。先に挙げたパステルの素描が1893年に制作されており、こ こに挙げたものの中では一番最初に描かれたものである。その次に描かれたのが、グワッ
シュと鉛筆で描かれたもので1894年となっている。その次にこの1895年に描かれ
た油彩画がある。1896年にも同じ構図同じ主題でリトグラフの作晶が制作されている。1894年に描かれたグワッシュの作品が他の作品と少し違った構図となっている。この グワッシュの作晶では画面右側の群像は他の作晶と似ているが画面左側にも人物が登場し ている。また他の作晶では横たわっている人物がこのグワッシュの作晶では上半身を起こ
した状態になっている。同じ主題で新しい展開を求めたのであろうか。
ムンクの作晶によく見られる事であるが、一っの主題をいろいろな画材で描いたり、少 し構図を変化させたりして、繰り返し描いている。画面の中の部分だけを切り取って拡大 して飽の画材で描いたりもしている。上に挙げた作晶も画集に掲載されているものだけで
も1893年から1,895年までの3年間かけてくり返し描いている。そしてその間にも
他の主題で作品を描いている。その作品も何年もかけて同じ構図で画材を変えたり画面を 変えたり、少し構図を変えたりしながらくり返し描いている。このようにムンクの作品の 中にあってはエスキースと本制作の区別はあまりされていない。素描画材で描いたものも 油彩で描いた物も同じ扱いを受けている。しかし素描画材で描いて後に油彩に取りかかる という順序はあるようだ。そして油彩で描いた後にリトグラフか木版を用いて同じ主題を 同じ構図で追求している。それらは相互に影響しあっている。また、一つ一つの主題も密 接な関係を持っている。その関係が他の画家に比べて顕著である。全ての制作活動が連作 形式をとっている。そのため、全ての作品が次に描く作品のエスキースになっているとも言える。
第5項ポール・デルボー
筆者の手がける油彩の大きなものは非現実的な設定の作晶が多い。そこで、シュールレ アリスムの作家として美術史の中で位置付けられているポール・デルボーの作晶とエスキ ースを検証し、参考にしたい。
デルボーはときおり木炭でもエスキースを描いているが、ペンとイン久そして水彩(透 明水彩、不透明水彩)によってエスキースを描いている場合が多い。ペンだけで描いてい る場合もある。しかし、ペンと水彩絵の具の併用が一番多いようだ。また、水彩とペンの 併用の素描のためにペンだけでエスキースを描いている場合もある。絵の一部分を拡大し たエスキースや、全体のエスキースがある。さすがに、描き込みや、絵肌などは油絵の完 成作の方が勝っているが、エスキースのほうが、かまえていない部分があり、親しみやす
い。
《海は近い》の作晶とエスキースを見てみる。
図32《海は近い》のための習作
1965年水彩・紙50×61cm
G.ド.ベステル夫人蔵
エスキースは右端の横たわった女性の部分を拡大したものである。女性が横たわってい ることと、ランプが在ることは共通しているが背景などは本制作において随分変更してい る。恐らく、エスキースにおいては実際にモデルを見て制作したのではなかろうか。どう も想像だけで描いたようには思えない。例えば、机の上のランプや小物などは実際のモチ ーフのあったことを感じさせる。本制作の画面設定は、実際にはあり得ない空間である。
まるで古代のギリシャや、ローマの夜の風景である。しかし、それにしても家の壁が一面 もなく、家の内部が丸見えであったり、一糸まとわぬ女性が歩いていたりと、作ったよう な設定である。しかし不自然さは感じない。
図33《海は近い》1965年 油彩・キャンバス 140×190cm
個人蔵
エスキースにおいて世界を練り込んでいるからであろう。エスキースにおいて実際に見 て描いた物を参考にして画面を構築していったものと思われる。完成作を見てみると絵を 進めていく段階でいろいろと形を変えていく制作スタイルをとっているとは思えない。恐
らくエスキースにおいてほとんどなにをどこに描くか決めておいて、本制作においては小 さな変更と描き込みを主として行うのであろう。画面全体のイメージを変更するようなこ とは、本制作においては行っていないと見ていい。それは、エスキースの段階に終わらせ ている。そのような方法がポール・デルボーの表現にあっていたのであろう。
また、デルボーと言う画家は構図の上では天と地をハッキリさせた構図をとっている。
人物は重力に逆らわずにまっすぐ立っている。ポール・デルボーの作品が静けさを感じさ せるのはそのような理由もあると思われる。その構図上の平凡さを補うためにいろいろな 工夫がなされている。そのためにデルボーは遠近法を有効に使っており、その具体的な参 考資料にするためのスケッチを多くとっている。それにしても、水彩と、イン久ペンを 上手く使いこなしており、本制作と同じくらいの魅力を感じる。このエスキースにおいて は、イメージや、画面の中の空気を探り出すために描いたのであろう。具体的にモデルを 見て描いたと思われるが、エスキースも本制作と同様、女性の目は大きく、何か物思いに ふけっているような表情をしている。結局、形を変えて同じような物を表現しているが、
かえってエスキースのほうが説明的でなく、のびやかな印象を受ける。
他に、具体的に本制作を作ることを意識していない様な水彩画も多数残しているようだ が、風景画が多い。
図34《オステンド》1948年 水彩 60×80c皿
《オステンド》はエスキースではなく、水彩を使ったスケッチもしくはデッサンであろ う。恐らく現場に行って描いたものと思われる。このスケッチは比較的細部まで描き込ま れている。デルボーの作品においてはその背景が重要な意味を持っている。しばしぱ背景 に登場する建造物などが画面の雰囲気を作り出すのに役立っている。このスケッチの画面 左よりの建造物などはデルボーの作品によく登場する。また、その背景においては多くの 場合少し極端な遠近法が使われている。やはり、スケッチにおいても遠近方を意識したも のが多い。これは直接本制作に関係はないが、ある程度は本制作を意識してのスケッチで あったことを窺わせる。デルボーのエスキースは大まかに4通りくらいに分類出来る。「建 物スケッチ」「人物スケッチ」「構成スケッチ」「本制作と変わらないエスキース」などであ
る。
まず、一つが画面の背景を構成する建物の参考にするためのスケッチである。これらの スケッチにおいてはモチーフを描写することを楽しんでいるという主観的な部分もあるが、
本制作のためのモチーフを集めているという印象もあるものである。従って、一つの作品 としても見ることができるが、本制作のためのエスキースと捉えることも出来る。上に上 げたスケッチは細部の描写や観察に比較的ウエイトが置かれており、調子は美しいのだが、
少し硬い印象を受ける。恐らく資料を集めるという意味が多かったのであろう。この他に 電車や駅のスケッチなども描かれている。電車や駅はデルボーの作品によく出てくるモチ ーフである。これらのスケッチは構想が決まってから描いたものではないと思われる。
日頃から自分の気に入ったモチーフを描き集めていたのであろう。その材料を組み合わ せてあの幻想的な背景を作り出していたと思われる。このように考えるとデルボーが素描 をエスキースとしても、そして独立した作品としても重要視していたことが解る。実際多 くの素描を描いており、素描家とも言える。これだけ多くの素描を行っていると素描画材 の可能性も追求することになる。r素早い達者な線、精密な描写、そしてデルボー芸術を特 徴づけている明暗の見事な処理法がここでも顕著に表されている」7)、もしくは「デルボ ーは、自由に描いた水彩やデッサンから、様々な絵画の領域を引き出したり、また表現の 可能性を求めている。油彩のための習作として描かれた水彩やデッサンでも、全くそうし た制限を受けず、一個の独立した作品とみなしうるものが多いj8)とある。
しかし、素描においても何となく、デルボーの描いた物だと納得してしまう部分がある。
それはデルボーの物の捉え方が反映されているからであろう。ソフトで伸びやかな印象を 受ける画面である。このスケッチには作家それぞれに捉え方があり、綿密に描き込んだも のもあれば、手遊びのような感覚で自由にかいたものなどさまざまなものがある。また、
特に本制作のために描いた物ではないが、いろいろなものによって構成されたデッサンも 存在する。こ.れは目頃のスケッチなどを参考にした素描に該当するものである。このよう なものも参考にして本制作の構想を練っていたようである。
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図35《フランノワーズ》 1980年 エッチング・紙 30・3×19・8cm
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