第3章 エスキースを生かした作品の制作
第1節 エスキースに用いる画材の考察
第1項鉛筆
エスキースを描く時に使う画材の中で一番ポピュラーな画材は恐らく鉛筆であろう。鉛 筆は描いたり消したりが自在に出来る。また、筆記用具でもあり、手軽に思いついた形を かき付ける二とが出来る。西洋においては、鉛筆、木炭の発達はエスキースに大きな影響 を与えたようであるが、目本画の制作においても鉛筆や木炭のような描いたり消したりが 自由にできる画材の発達はその制作やエスキースに多大な影響を与えた。そこで、代表的 なエスキース画材である鉛筆の歴史を『鉛筆と歴史』からまとめてみる。
エジプトの遺跡で発見された石墨の五つの小さな破片は、鉛筆の起源をB C1400年 にまで遡らせる。それらは精製されたモノではなく、書いたり描いたりというよりは、染 料として使われたと、信じられている。看墨についてのもっとも古い記録は、紀元140
0年だが、そこにはヨーロッパヘの供給が途絶えたり少なかったりしたことが明確に書か れている。木製鉛筆の歴史はドイツ系スイス人であり、博物学者でもあったコンラート・
ゲスナーが1565年にチューリッヒで出版した化石についての本に登場する。
しかし、「最初に、いつ、どこで、石墨の鉛筆が作られ、使われたのかは、多くの技術に 関する年表と同様、記録されていない。ゲスナーの書いた本からすれば、看墨の発見を、
早ければ1500年頃、おそくとも1565年と主張することは出来る」1)となっている。
1586年には、例えば、イギリスの考古学者で歴史家でもあるウィリアム・カムデンが ボローデールについてrここにはまた、鉱物に富んだ土や、輝く固い石がある。黒鉛と呼 ばれ、画家がスケッチをしたり、濃淡をつけるのに使っている」2)と書いた。看墨はイギ
リスのボローデールのカンバーランド荘園において発見され、16世紀の終わりまでには ヨーロッパ中によく知れ渡っていた。1599年には、イタリアの自然史家であるフェラ ナンテ・インペランテが、「グラフィオ・ピオンビノ」について「ペンとインクよりも描く のにずっと便利で、筆跡は白いものにばかりでなく、光沢があるために黒いものでも現れ る。書いたものはのこすことも、消すこともできる。跡をペンでなぞることも出来るが、
鉛や木炭ではそういうわけにはいかない」3)と書いた。
この記述では、石墨が、ペンとインクよりも描くのにずっと便利である、とある。また、
消す事ができるということにも言及している。これらの事は鉛筆の特徴であろう。これら の特徴から、鉛筆がエスキースに用いられるようになったのであろう。一枚の紙でいろい ろと形や構図を探り出すことが出来るわけであるし、また、記述されているようにあとを ペンでなぞることも出来る。このことから、一枚の画面の中において石墨とペンを併用す る事も可能となり、ペンの扱いも複雑になる。この点においては木炭や鉛よりも鉛筆の方 が勝っていると言えよう。また、木炭にくらべて、鉛筆は画面への定着がよく、作品の保 存も比較的しやすい。これらのことを理由に鉛筆をエスキースに使うこともあった。
けれどもゲスナーがその20年もまえにあきらかにしているように、黒鉛を使うことに 関心を示したのは芸術家ばかりではなかった。それはほどなく、描くことと同時に書くた めの道具としても発展していった。鉛筆は17世紀の終わりに現在の形につくりあげられ た。鉛筆が登場する前は鉛の尖筆が使われていた。「スケッチに適した必要な道具」を「黒 鉛の鉛筆」とよんでいる。ペンは書くことにも描くことにも使われたが、鉛筆は大体、描 くことや、考えてメモをとるための道具のようだった。芸術家や作家たちにとって、鉛筆 はペンのための案内人となった。現在もその傾向は変わらないであろう。つまり鉛筆はペ ンに比べて親しみやすく、直接的な意味を持つ。
現在の形がどこで作られるに至ったのかはわからない。黒鉛の破片が針金でまかれたり、
ポルタ・クレヨンにはさまれて、ロンドンの市民に直接売られていた一方で、木製の鉛筆 もまた、17世紀の終わりには使われていたようである。このように黒鉛を木製のケース に収めるという着想が、17世紀の終わりには形をなしていたのは確かである。画家は恐 らく木炭のかわりにスケッチのはじめの段階でつかい、描いた線を消しゴムで消し、後か らインクや絵の具で塗りつぶしていたのであろう。鉛筆の描画材としての効用は16世紀 の終わり頃にすでに現在と大して変わらない認識を持たれていたようである。形状の上で は17世紀の終わりに形をなしていたようである。
「石墨の棒にのりをつけて、マツやシダーの木にはさみこむことで、石墨はさやにしっ かり固定された。芯はナイフで削って露出させた(芸術家や作家はペンナイフで羽根や葦 のペンを削っていたから、このやり方で鉛筆を削るのは新しい事ではなかったし、鉛筆に とってとくに不都合なことにも思われなかった)。木のさやは芯を保護したから、きれいな 線が書けるように石墨を細くすることができた」4〉このように17世紀後半には形状の上 では現在の鉛筆とよく似たものが出来上がっていた。初期の鉛筆は、芯が四角で木は八角
形であった。
ここまで、鉛筆の歴史をざっと調ぺてみた。そのことから鉛筆の登場によりエスキース がどの様に変化したのかを考察してみる。
まず、鉛筆の特徴を挙げてみる。それは、消しゴムで消すことが出来る、と書うことで ある。そうして、単色である。また、木炭と違って鉛筆で描いた上からペンやインクでな
ぞることも出来る。そして、木炭の感触に比べて硬質で鋭い線を描くことが出来る。また、
ペンやインクに比べて線の強弱や太さ細さの加減をっける事が出来る。消しゴムで消せる、
と言うことは描き直しが出来ると言うことである。これらのことから、鉛筆はそれまでの 素描画材に比べて比較的扱いやすい画材であると判断できる。このことから、鉛筆によっ てエスキースを描く場合、気に入った形が見つかるまで、一枚の紙の上で執拗に形を探す ことが出来る。ペンやインクではこうはいかない。描き直しが出来ないのであるから、気 に入った形が出てこなかったら、また次の紙の上でエスキースを描くこととなる。
これらのことから、対象を正確に写し取る細部のスケッチなどに鉛筆は適している。比 較的固く、そして細い芯も細部の描写に適している。しかし、欠点もある。それはあまり にも扱いやすすぎるという点である。この扱いやすさから、鉛筆は日常生活においてもポ ピュラーなものになったのであろうが、そのため、制作者の意図や意志がストレートに出 やすい画材である、とも言える。つまり、偶然との折り合いをつける場所がない。きわめ て計画的な制作に向いた画材である。これは鉛筆の長所でもあり、欠点でもある。あまり に計画的で偶然性の余地のない画面は制作者の観念の範囲で描いた画面に陥る危険性もあ る。画面に奥行きや余裕がなくなってしまう揚合があるということである。そのような時 鉛筆においても自由に扱えない部分をっくる、もしくは制作者の意図しない形を作り出す という工夫をする場合もある。これらの長所と短所を使い分けて、エスキースに鉛筆を用 いると、効果的であると思われる。
『アートテクニック大百科』では鉛筆について次の様に書かれている。
r鉛筆はもっともシンプルな、もっとも手っ取り早く使える素描画材で、強い線から繊 細な線まで幅広く描けます。『鉛筆』の『鉛』とはじつは黒鉛の意味で、粘土と鉱物の黒鉛 を棒状にかためて、通常シーダー材の軸に納めています。鉛筆は非常に硬いものからごく 柔らかなものまで等級がありますが、硬い物は素描の表現力に欠けるので、画家は一般に
は使いません」5)。
r黒鉛の鉛筆は硬い8Hから軟らかな8BまでありEBはその中間にあたります。実際
には2B,4B,6B,8Bの中から選ぶのが良いでしょう。この他、水彩鉛筆があります。これ は豊かな黒い色がっき、水で溶かすと、透明なウォシュになります」6)とある。筆者の場合、エスキースの大きさが、大きくても27×21c mくらいであるため、あ まり柔らかかったり、太い芯の場合、シャープな表現が出来なくなる。とはいえ、黒鉛の