6:40
7:00
【S⽒宅訪問】
呼吸困難著明。痰・唾液を常に吐き出し、SpO2=70%
台 酸素1Lから3Lに増量するが改善せず。内服困難、
PEGは漏れがあり使⽤できず。H医師に電話で状態報 告。H医師
S⽒
ご主⼈
急遽必要な物品を準備するため何度か診療所を往復 (⾞椅⼦・鎮静⽤薬剤・⼿配できるだけの酸素ボンベ9 本)
【出発前の処置】
アンペック®20mg挿肛、 ロセフィン®1g、リン デロン®2mg+ロピオン®1A+⽣⾷50ml、ビーフ リー®ド500ml+塩モヒ®5mg(0.5A)をCVポートよ りカフティポンプ®にて点滴。
【出発】ご主⼈が運転するワンボックスカーの後部座席に布団 を敷き、娘さんが隣に付き添う。娘さんにはお⺟さん のいのちの時間が短いことは伝えられていない。お⺟
さんをうちわで扇いだり、吐き気があれば背中をさ すってあげたり、氷を⾷べたいと⾔われたら出してあ げるように、またお⺟さんがしんどいと⾔えばお⽗さ んにそれを伝えるよう娘さんにお願いする。
お姉さんの家族と医療スタッフの⾞の3台が連なって 出発。
こんな状態で出かけても 苦しいだけではないか?
でも、⾏かなければ病院 で最期を迎えることにな るのか?(H医師と直接話してもら う際)きっと「⾏く」と おっしゃるだろうとけれ ども、もし「⾏かない」
と⾔ったら,
後で後悔してしまうので は?
診療所と密に連絡を取り、
しっかり症状緩和してい くこと、事故のないよう に安全に留意することに 専念しよう。
娘さんにお⺟さんが約束 を果たすためにいのちを 燃え尽くそうとしている ことを⾔葉ではなく、肌 で感じてもらえればいい が・・・。
167
8:5010:00
11:10
11:50
【新名神⼟⼭SAで休憩】
SpO2=50%台 末梢チアノーゼ著明、酸素4㍑
に増量、HR120台 意識レベルクリア、引き返 すか病院で診てもらうことを提案するも「坐薬 はまだいい。頑張って⾏く」と。
【⻑島SAで休憩】
SpO2=50%台 アンペック®20mg挿肛 痰 は多いが意識クリア、
医師に状態報告。もし急変があっても病院には
⾏かず、家に引き返して看取りをすることを確 認。ご主⼈に携帯⽤トイレも準備していただく。
【安久井PAで休憩】
⾞椅⼦でトイレへ(酸素ボンベ1Hごとに交 換)【スーパーで昼⾷購⼊(いつも購⼊している場 所)】⾞中でO看護師と⼆⼈に、看護師の肩に寄りか かり、涙しながら話される。
酸素が不⾜してしま う。酸素が切れたら、
呼吸も事切れてしま うだろう。何として も⼿配しなければ。
ここでモルヒネを使 うことで意識レベル や呼吸状態の悪化を 招いてしまうのでは ないか?しかし、何 もしなければ苦痛に 喘ぐことになってし まう。
⽣きていることがど れだけ素晴らしいこ とか、⽣きていれば できることがあると いうことを⾔葉では なく⾝をもって娘さ んに伝えたいのだろ うな。何としてもい い時間を作らなけれ ば。
⽗親が同じ⾷道がんで、最期に死にたいと⾃殺を図ったけど ダメだった。
⾃分も同じ⽴場になり理解はできるようになったが、⾃分は⾃
らいのちを終わらせることは絶対にしないというつもりでやっ てきた。⼈間ってなかなか死ねそうで死ねないんですね・・・。
娘に、いのちが⼤切なんだということ、⾃分のいのちもまわ りのいのちも・・・、
なかなかあの⼦はそういうことが分かってくれない。
みんなが(○⾷堂で)⾷事に⾏ったとき、⾃分は⾷べられない し、その間に⼿紙を書こうと思っている。でも、そんなものを 形に残さない⽅がいいのかな・・・
病院は⾏かない、
⼦どもとの約束、娘が海で泳ぐ姿を
⾒たい・・・
168
12:1013:30
16:05
【潮⼲狩り場に到着〜昼⾷〜】
それぞれ⾞の中で昼⾷。S⽒はかき氷を⼝に される。アンペック®20mg挿肛(潮⼲狩りに⾏く前 に)。⽔着に着替える。
【潮⼲狩り】
⾞椅⼦で家族とともに、遠浅でとても美しい セントレア空港が遠望できる浜へ。フクダラ イフテック中部⽀社が酸素ボンベ10本現地ま で配達。時期外れでいつもとれるバカ⾙やハ マグリアサリはとれず、⼦カニやハマグリ1 個、ヤドカリ3匹。⼦ども達はお⺟さん置い て、泳いだり、探したりと楽しそうに遊んで いる。S⽒は,最後まで⺟親として「あの⼦
ら、⽔分とらんとあかん」と気配り。
⾞に戻り、ぐったりとする。かなり体⼒を消 耗している様⼦。
このまま家に帰ろうという問いかけに「(○⾷
堂に)⾏って」と。
アンペック®20mg挿肛。ビーフリー®ド 500ml+塩モヒ®5mgを点滴
何とか海にたどり着き、
「娘の泳ぐ姿を⾒たい」
という⽬的が達成され安 堵。⾃らも⽔着に着替え、
お⺟さんとして家族のこ とを思いやる・・・これまで してきたように当たり前 のことをしようとするそ の気⼒に脱帽。
今帰路につけば、無事に 家にたどり着けるのでは ないか?でも本⼈の思いは尊重し たい。
海岸の⻑さは町内⼀。広くてゆったりとした海⽔浴場。沖合200mまで出現す る砂浜は、県下最⼤の潮⼲狩り場として賑います。
海⽔浴シーズンでも潮⼲狩りができ、海岸はすべて砂浜で深みがありません。
空いているためプライベートビーチ感覚で遊べます。⽳場中の⽳場の海⽔浴場 です。最も海岸の⻑い海⽔浴場です。全⻑2,500メートルの海岸線は決して海⽔浴 客で埋まることはありません。
またこの海⽔浴場も若松海⽔浴場と同じ絶好の潮⼲狩り場です。
沖合200メートルまで出現する砂浜は、県下最⼤級の潮⼲狩り場として多くの 観光客で賑わいます。
海⽔浴の期間でもこの潮⼲狩りを楽しむことができます。
近くには、南知多ビーチランド・おもちゃ王国もあり、中部国際空港に向か う⾶⾏機も近くで⾒ることができることから、⼩さなお⼦さま連れのかたに最 適です。
奥⽥海⽔浴場
169
17:0017:30
18:00
19:30
【○⾷堂到着】
本⼈は⾞の中に残ると。ご家族は⾷事と⼊浴へ。
ロピオン®1A+ロセフィン®1g点滴
【⾞内で痙攣様発作】
泣きだし興奮状態となる。ポートよりセルシン
®0.5Aiv。
呼吸状態悪化、努⼒様呼吸著明、全⾝チアノ-ゼ、
SpO2=40%。問いかけに反応あいまい、座位に なり、落ち着かない様⼦。
ご家族をお呼びする。意識が混濁する中、「先⽣、
先⽣・・・」と私たちのことを呼んで、しっかり私 たちの⽬を⾒て、
H医師に連絡、このまま⾃宅に戻る話をする。
お姉さんは「こんな状態で動かして⼤丈夫か?」
と⼼配される。
不安な中、娘さんが 、
【⾃宅に向けて出発】
ご主⼈に後ろから抱き抱えられて、娘さんとお姉 さんが後ろに同乗、M看護師が運転し、O看護師 が助⼿席へ。45分ごとに酸素ボンベを交換
【御在所SAでトイレ休憩】
レベル低下傾向だが努⼒呼吸に対しご主⼈と相談 した上で、アンペック® 20mg挿肛。
その後、呼吸は平静となるが無呼吸が次第に⻑く なる。
看取りまで残された 時間は短いだろう。
このままこの思い出 の場所で看取りをさ せてあげた⽅がよい のか、それとも急い で帰宅した⽅がよい のか?娘さんの⼀⾔に後押 しされて・・・あの⾔
葉がなかったら・・・。
とにかく安全運転 で・・・家までたど り着くことだけを考 えよう。
170 21:10
21:30
21:57
【⾃宅に到着】
数⼈で抱きかかえて⾞から降ろし、ベッドに 臥床してもらう。
【K医師、H医師到着】
CSI塩モヒ®60mg/⽇(0.25/h)開始。⾎圧 90台もSpO2=40台、無呼吸続く。
【旅⽴ち〜ひまわりのワンピース姿で〜】
ご家族に囲まれて、⼤好きなおうちのベッ ドで旅⽴たれる。
最後はみんなで洗髪し、娘さんがドライヤー で乾かし、娘さんが選んだ⼤好きなひまわり のワンピースを着せて、みんなでお化粧をす る。S⽒は思ったことをはっきり⾔う⼈だった ようで、死化粧でちょっと⼝紅がはみ出した 際に、姪御さん:「こんなんだったらSちゃんに何 してんねん!って⾔われるわ。お⺟さんだっ たらはみ出しても怒られないけど」
ご主⼈:「早すぎるわ、こいつ(娘さん)の こと、どうしたらええねん・・・」とぽつり とつぶやかれる。
23時40分に退室。
何とか無事に家までたど り着いて本当に良かった。
最期まで意思を貫いたお 姿は本当に素敵だ。
ただ、こんなに慌ただ しい看取りで、予期悲嘆 も不⼗分と思われる中、
これからご家族はどのよ うな悲嘆に襲われるの か?
171
7⽉28⽇(サイボウズliveの語り)
本当に劇的な⼀⽇でした。今もまだドキドキが⽌まらない臨場感と、あの⼀⽇が遠い⽇のことだったような感覚とが⼊り混じった、不思議な精神状態です。ただ、こんな貴重な場に⽴ち会わせていただけたことに感謝の気持ちでいっぱいです。
どうしても娘の泳いでる姿が⾒たい
…
とその意思を貫き、Mちゃんとの約束を果たしたSさん。本当に⾒事としか⾔い様がありません。私たちもSさんの思いをサポートするために必死で、多くの場⾯で迷ったり悩んだりしましたが、結果的に全てSさんの闘魂が解決してくれたように思います。私は⼥性の特権で、Sさんとは⾞の中で⼆⼈きりになる場⾯が多くありました。Sさんは、呼吸をするだけでも苦しく、声がかすれて出ない中、ポツリポツリと語ってくださいました。お⽗様を同じご病気で亡くされた時のこと、娘さんに対する思い、そしてこの年齢で命を失う悔しさ・ ・ ・ ほんとに気
丈なSさんでしたが、⼀度だけ私の肩に寄りかかり、涙を流してくださいました。そして、今回のもうひとつの⽬標を話してくださいました。それは、ご家族に宛てた⼿紙を書く事。ご家族が、まるは⾷堂で⾷事や⼊浴をしている時に⾞に残って書きたいとのことでした。ただ、そのようなものを形として残したほうがいいのか、残さない⽅がいいのか迷っておられました。結局その時点で状態が悪化し、その⽬標は叶えられませんでしたが
・ ・ ・
今回の旅⾏で命を燃え尽くされたSさんですが、旅⾏の決⾏⽇はこの⽇しかなかったのではないかと思えました。もっと症状が楽なうちに⾏っておけばという思いもあるかもしれませんが、それでは意味がなかったのかもしれません。Sさんが⾝をもって命の尊さと我がままに
( ⾃分らしく︶⽣きる
ことの⼤切さを周囲の皆に伝えてくださったように思えます。
実は前⽇、誰が同⾏するかもめたのですが、結果的に
3⼈で良かった
・ ・ ・ ⼀⼈
⽋けてもどうにもならなかったことでしょう。これも運命でしょうか。森⼭さんは本当に繊細に状況を⾒つめ、先⽣⽅への報告のタイミングをアドバイスしてくださったり、先を⾒越して物品を準備してくださったり、かゆいところに⼿が届く対応をしてくださいました。そして最後はS家の⾞のドライバーも
・ ・ ・ Oさ んも、ドライバー以外にも昼⾷やかき氷・ジュースの買い出しをしてくださったり、カメラマンになったりして下さり、⼤活躍でした。O さんとのたわいのない会話が緊張感をほぐしてくれたりもしました。けれども、こうして
3⼈が
知多まで⾏って汗と涙を流せたのも、バックに⻄賀茂診療所の皆さんのサポートがあったからこそ。翌⽇出勤すると、サイボウズの森⼭さんの記事を⾒て多くの⽅が労いの⾔葉をかけて下さったり、個別にメールをくださったりして、本当に皆さんに⾒守っていただけていることを実感できました。チ
ー ム⻄賀茂いいね!
本当にありがとうございました。