米国
米国においては,国際規格 IEEE 519[53]が高調波に関する標準規格として認識さ れている。IEEE 519は,低圧系統を含むすべての需要家に対して,高調波発生限度 値を定めている。しかしながら,実質的には住宅などの小規模需要家に対して強制す ることができていないのが現状である[54]。文献[55]は,2012年時点での非線形住宅 負荷の普及状態において,IEEE 519が定めた電圧ひずみ率の目標値を超過する可能 性があると指摘している。すなわち,米国においても低圧配電系統から発生する高調 波電流は,無視できる状態にないと思われる。
文献[56]は,エアーコンディショナーやLED照明などの住宅負荷から発生する高 調波電流の測定結果を報告している。その結果では,ほぼすべての機器において,発 生する高調波電流の中で3次高調波電流が支配的であった。発生量が多いものでは,
基本波成分の75%もの大きさの3 次高調波電流が発生していた。文献 [54]内では,
米国の変電所にて行われた高調波電流の実測結果が報告されている。測定は,主な負 荷が異なる二種類のフィーダ(1: 住宅, 2: 単相可変速駆動システム)にて行われた。
表2.1は論文中の実測結果を一部抜粋したもので,各相電流および中性線を流れる電 流に含まれる基本波,3次,5次,および7次高調波成分をまとめたものである。表 2.1からわかるように,調査対象となったフィーダに流れる高調波電流に関して,3次 高調波成分が支配的であることがわかる。特に,中性線には多量の3次高調波電流が 流れている。以上より,米国においては3次高調波成分が他の次数調波と比較して非 常に大きく,その抑制は重要な問題となっている。ただし,上記の報告内容は単相負 荷が多く接続された系統を対象としており,負荷状況が異なる系統においては高調波 の状態も異なるものと思われる。
表2.1 米国の実系統における高調波電流(文献[54]より抜粋)
フィーダ1 (住宅負荷)
フィーダ電圧 測定線 電流(A)
基本波 3次 5次 7次
24.9 kV
a相 126 15.4 7.7 5.9
b相 132 14.5 6.6 5.3
c相 127 14.9 7.6 5.7
中性線 2.3 44.5 1.6 1.6 フィーダ2 (単相可変速駆動システム)
13 kV
a相 90 18 5 4
b相 100 27 6 5
c相 95 24 5 4
中性線 9 68 3 2
欧州
欧州においては,国際規格IEC 61000-3-6 が高調波電圧の目標値を定めた標準規格 であり[57],国際規格IEC 61000-3-2[58]が低圧機器に対する標準的な高調波規格と なっている。IEC 61000-3-6,特別高圧·高圧系統における電圧ひずみの目標値を定め ているが,個々の需要家や機器に対する具体的な規制に関しては述べていない。IEC
61000-3-2は入力電流が相当たり16 A以下の機器に対して高調波限度値を規定してい
る。すなわち,低圧機器に対しては,各機器の製造メーカーが高調波抑制を行う必要 がある。
文献[59]内では,エストニアにおける低圧配電系統の電圧ひずみ率について報告さ れている。エストニアにおける,電圧ひずみの平均値は2.7%であり,目標値である 5%に対して低い値となっている。しかしながら,測定対象エリアの 30%の地域に おいては,規格における目標値である5%のひずみ率を超えており,さらに,全体の 15%の地域では8%以上の電圧ひずみを有していると報告されている。文献[60]は,
スイスにおける低圧配電系統の電力品質に関する調査報告であり,系統電圧の高調波 含有量が示されている。その報告によると,2012年以降,9次および15次高調波電
圧ひずみが急激な増加傾向にある。結果として,都市部の一部地域における9次およ び15次高調波電圧ひずみが,電力会社側が定めた制限値を超過してしまっている。以 上より,欧州においても高調波に関する問題は顕在化しつつある状態にあり,一部の 地域では9次と15次が問題となっている[61][62]。
2.2.1にて述べた米国の状況と共通して言えることは,高調波の中でも3の倍数次の
高調波が比較的大きな問題となっている点である。一方で2.1.2で示したように,基 本的に三相機器からは3次高調波電流は発生しない。したがって,上記の結果は単相 負荷からの高調波発生量が無視できない状況になっていることを示す。近年多くの論 文が低圧負荷の特性や影響について報告していることからも,低圧系統から発生する 高調波への関心が高まっている様子がうかがえる[63]–[65]。
2.2.2 日本国内における高調波
日本では,高圧および特別高圧系統における電圧ひずみ率の高調波環境目標レベル を,それぞれ3%および5%と定めている。この目標を達成するために,以下の二つ の高調波規格が施行されており,これらを基準にして高調波電流抑制がなされている。
• JIS C 61000-3-2:2011 [66]
対象 : 一相あたりの入力電流が20 A以下の機器
• 高圧又は特別高圧で受電する需要家の高調波抑制対策ガイドライン 対象 : 高圧または特別高圧で受電する需要家
両規格の大きな差異は,前者は各機器に適用されるのに対し,後者は各需要家に対し て適用される点である。すなわち,IEC 61000-3-2とIEEE 519の複合のような状態 となっている。
文献[4]内では高調波次数別の,高調波含有率を調査した結果が示されている。そ の結果によると,測定時において支配的な高調波成分は5次高調波であった。また,
文献[67]内では2010年度に報告された高調波障害事例と,事故発生後の電圧ひずみ 率が報告されている。発生した障害の多くは5·7次高調波ひずみにより引き起こされ たと思われるものが多く,3次高調波が要因と考えられる障害は文献内では確認でき
[年] [%]
0 1 2 3 4 5
2000 2002 2004 2006 2008 2010
環境目標レベル
住宅地域 商工業地域
図2.10 実系統における高調波電圧ひずみの推移[67]
[年] [件]
0 20 40 60 80 100 120
1990 1995 2000 2005 2010
図2.11 1990–2010年における高調波障害報告件数の推移[67]
なかった。以上のように,日本においては3次高調波は5·7次高調波と比較して深刻 な問題になっておらず,先に述べた諸外国とは状況が大きく異なる。その理由として,
日本では欧米諸国とは異なり三相3線式配電系統を採用していることが挙げられる。
欧米で採用されている三相4線式配電系統とは異なり中性線が存在しない方式である ため,表2.1に示されるような中性線での3次高調波の影響も存在せず問題になりに くいものと考えられる。
図2.10は,2000年から2011年の高圧系統の電圧THD の推移を示す。グラフか ら,住宅地域・商工業地域の両方において,THDはわずかながら減少傾向にあり,近 年に大きな変化はないことがわかる。図2.11は,1990年から2010年までにおける,
高調波障害の発生件数の推移を示したグラフである。1990年代前半から2000年にか
けて,障害件数は減少傾向にあり,半分程度にまで減少している。一方,2000年以降 においては大きな変化はなく,ゆるやかに推移している。この事故件数の推移からも,
近年の高調波障害発生件数は,以前と比較すると低い水準で推移していることがわか る。以上の結果から判断すると,日本においては高調波の問題は大きな懸念事項では ないように見える。
一方で,文献[69]は,高圧系統の三相負荷から発生する5次高調波電流と,低圧系 統から発生する5次高調波電流の位相関係がほぼ反対であり,結果として5次高調波 電流が打ち消し合っている,と報告している。また,その続報となる文献[70]では,
現在は偶然にも高調波電流の打ち消し効果が最も大きくなる負荷状態になっていると 系統の電力需要のデータから推測している。したがって,現状の系統電圧のTHDが 低いとしても,高調波電流の絶対量が減少したとは限らない。さらに言えば,低圧系 統負荷もしくは高圧系統負荷の一方で高調波抑制が成されると,打ち消し効果が少な くなってしまい,結果として系統電圧ひずみは増大してしまう可能性がある。
以上のように,THDの推移のみに着目すると,現在の日本における高調波問題は深 刻な状態になく,現状の対策で十分なように思える。しかしながら,その安定した状 態は,打ち消し効果による偶然の産物である可能性があり,今後も高調波の動向を十 分注意していく必要があると言える。