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食の豊かさとは?

ドキュメント内 1.「子どもの貧困」の発見 (ページ 31-36)

マクロな水準での食の豊かさについて

これまで論じてきたように,現代におけるフードシス テムは,経済的発展,科学技術の発展,効率重視の中で 生みだされたシステムである。このフードシステムは,

生産から消費までをコントロールしている巨大な食関連 企業には莫大な利益をもたらすが,労働者は悪条件で低 賃金の状況におかれており,貧困が再生産されている。

すなわち,発展途上国では飢餓状態にあるか,貧困の中 で栄養価の低い食品摂取により肥満が生みだされること となる。一方,先進国では飽食の中で栄養価の低い食品 を食べることを強いられ肥満化するか,痩身あるいは「健 康」のために食品を栄養素として身体に取り入れ,食を コントロールした人工的な飢餓状態を自ら起こしている のが現状である。人類の歴史を振り返れば,ほんのわず かな金持ちや身分の高い人たちだけが飽食にあり贅沢な 暮らしをしていたが,大多数の人たちは貧困の中で労働 をおこなってきた。そのような文脈で考えれば,現代に みられる貧富の差は,その程度の差こそあれ,人類がこ れまで歩んできた道のりの延長線上にあるのかもしれな い。しかしながら,科学的技術をはじめとして,永い間 の人類の叡智がこれだけたくさん蓄積されており,先進 国では成熟した社会が営まれているはずの現代におい て,様々なシステム上の問題を認識しつつ現状を容認す るという選択肢は避けなければならない。特に貧困によ る児童労働が余儀なくされたり,内紛や戦争が頻発して 飢餓状態にある国々では多くの人が最低限の人権すら保 障されていない劣悪な状況下で生きているといえる。 世 界の人々が豊かに生活できるためには,人権が保障され,

民主主義が根づくように支援することが何よりもまず必 要であろう。

マクロな水準における食の豊かさとして,以下の3点 を指摘する。第1は,生産と消費がより民主化されるこ

と(Patel, 2007 / 2010)である。筆者は,民主化のため

には,食に関わる労働者が尊厳をもって働ける環境を整 えることであると考える。20世紀初頭のアメリカの経

済学者Thorstein Veblenは,『産業が機械化されたから

といって,必ずしも労働者の知能が低くならないという わけではないが,視野の狭い機械的な思考方法が要求さ れ,それ以外のことが不要とされる』ことを問題視して いる(Galbraith, 1998 / 2006)。労働者が尊厳をもてる状 況とは,労働者自らが生活している社会において自らの 労働が人々に還元できていると肌で感できるということ ではないだろうか。具体的には,農民においては,これ まで論じてきた工業的農業ではなく,科学的な知見を取 り入れながらも伝統的な農業の知恵を融合させることに

よって,自然の食物連鎖を維持できるような農業を営む ことであるし,食品加工や販売に関わる者は単なる機械 的な労働ではなく,個人の知恵や工夫をいかすことがで きることであると考える。そのためには,先進国の国家 単位による支援のみならず,生産から消費までを司る巨 大食関連企業がこれまでおこなってきた資本主義経済の 論理のみでの利益追求だけでなく,貧困な発展途上国が 自国の食料をまかない,国家として独立したシステムが もてるように支援することが必要であろう。一方,フー ドシステムを飛び越え生産者と消費者が直接つながるこ とも大変重要なことである(Patel, 2007 / 2010)。近年,

フードシステムに関する様々な問題が浮き彫りになり,

先進国ではオルタナティブな流通や運動がおこなわれて いる。その代表的なものとしてファーマーズマーケッ ト(直売市場)や地産地消,イタリアから始まったス ローフード運動などである。このような流通や運動が再 びフードシステム下に取り込まれず,地域単位の小シス テムとして独立した立場を維持していかなければならな い。第2は,日頃,自らが食べている食品の生産から消 費までの来歴すら意識することがない消費者がフードシ ステムの現状を理解し,フードシステム下の食品とそう でない食品を自らが選択できる機会を提供することであ る。特に子どもにおいては,学校教育の中でフードシス テムについて学ぶこと,メディアリテラシーを学ぶこと が重要である。また,米国など栄養価の低い給食を提供 している国では,地産地消の栄養価が高い給食に切り替 えていく必要がある。第3は食文化の新たな創出である

(今田,印刷中)。今田は,人類の歴史において文化の対 立・衝突から多くの悲劇を生みだしてきているが,食文 化については,一方が他方を取り込む文化化や文化同士 が融合して新たな文化を創出する文化融合が生じやすい ものととらえている。伝統的な食を伝承するだけではな く,豊かに変容していく食の可能性が模索されるべきで あろう。

ミクロ水準からみた子どもの食発達における豊かさ これまで論じてきたように,フードシステム下で提供 されている食品は,甘味・塩味が強く,脂肪分が高く,

咀嚼を必要としないやわらかなものが多い。ヒトはこの ような食品のもつ特性を幼い頃から受容しやすい(レ ビューとして長谷川,2008)。一方,野菜などの微量栄 養素を多く備えた食べ物は,フードシステム下で提供さ れる食べ物の特性と大きく異なり,苦味があったり,よ く嚙まないと消化できないものが多い。長谷川・今田

(2001),長谷川・今田・坂井(2001)による幼児と大 学生を対象とした食物嗜好の発達の研究では,幼児期に は体によい健康的な食べ物は嫌われるが,青年期になる までに好むようになることが示されている。健康的であ るが嫌いな食べ物が好きになる契機となるのは,家族や

友人との想い出に残るような楽しい相互作用の中でこの ような食べ物を食べる場合が多いことが示されている。

すなわち,健康的であるが,味や食感が受け入れにくい 食べ物を受け入れていく過程には,人と人との相互作用 が影響していることとなる。現代社会の中で,幼い頃か ら容易に受け入れることができる簡便な食品ばかり食べ たり,不足している栄養素をサプリメントで補ったりす ることは,人と人の関わり合いの中で食べるということ を拒否しているようにとらえることも可能であると考え る。「日本での個人の食卓における『貧しさ』」で論じた ミクロ水準での食の「貧しさ」は簡便化された食べ物を 希薄な人間関係の中で食べるということになる。

これらのことを踏まえて,筆者は,子どもの食発達に おけるミクロ水準での豊かさとして,人と人とのつなが りの中で食べ物を食べることであると考える。文化人類 学者の石毛は文化をもつ人間の特徴,食の原点として,

「共食すること,料理すること」を指摘しており,食べ ることは快楽の一種であると述べている(石毛,1982)。

食発達において食べることの楽しさとは,子どもが家族 や仲間などから1人の人間として受け入れられている実 感を根底にもちつつ,互いに語り合いながら同じ食べ物 をともに食べることにとどまらず,動植物の命をいただ いくことによって自分たちが生かされていると感じるこ と,家族や仲間と一緒に料理をして自分たちが食べる「食 べ物」を作り出していくことでもあるのではないだろう か。食べ物が栄養素に還元され,それが健康につながる という現代の科学的視点から生みだされた食べ物の記号 的な意味にとどまらない,人と人をつなげる役割をもつ 社会文化的に豊かな食は,発展途上国の極貧家庭での生 きるための食であるわずかな主食のみの粗食であって も,家族や大切な人とのつながりさえあれば実現できる ものであろう。

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