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( C  小学校 5 年,男,ベトナム)

ドキュメント内 1.「子どもの貧困」の発見 (ページ 64-68)

お金と関わる人間関係の構造

インタビュー例 8 ( C  小学校 5 年,男,ベトナム)

インタビュアー:どんなふうにお金もらっていますか。

子:週に1回もらいます。それは朝食代とか,おやつ を食べるお金とか,週に合わせて10,000(約50円)ド ンくらいです。

インタビュアー:家に手伝いをしてお金をもらったこ とがありますか

C:ないです。

インタビュアー:家の手伝いは何かしたことがありま すか。

C:ありますね。掃除,茶碗洗いとか,掃除したりとか,

時々。

インタビュアー:そういうことをした時,代わりにお 小遣いがほしいなあと思ったことはない?

C:ないですね。

インタビュアー:あー,思わない,偉いね。

日本の高校生のKは,お手伝いをしてその報酬とし てお金をもらうことは普通の感覚であり,自分が持って いるお金は自分のお金であることを示している。韓国の Sと中国のKは,自分が手にしたお金は,必ずしも自分 のお金ではないとし,その理由として「親の人間関係」

が絡んでいることをあげている。また,中国のKとベ トナムのCは,家のお手伝いは当たり前なので,報酬 としてのお金をもらわないという感覚があることを示し ている。

質問紙やインタビューの例を総合すると,日本では,

親からもらったお金でもいったん子どもに渡った後は子 どものお金,お手伝いをしたら親からお金がもらえると いうのは,ある種の「子どもの権利」のように,子ども の分を親の分から「分離」して考える感覚に近く,親と 子を「個」の義務と権利のように分化して捉えられてい ると思われる。

一方でベトナムでは,子どもに「自分の金」という所 有意識があまり強くなく,お小遣いや家事などの手伝い の報酬に関して「権利」のような感覚も少ないように思 われる。家族全体の生活のなかで,「使用の必要性があ るところにお金が移動する」という感覚に近いかもしれ

ない。従って,自分で運用して自分がほしいものを購入 したいという消費欲求も相対的に少なく,お金と関わる 親子関係において,個に分化されてない形で捉えられて いると思われる。

お わ り に

以上,質問紙調査やインタビュー調査の結果を用いて,

日本・韓国・中国・ベトナムにおける子どもたちのお金 の支出経験や善悪・許容度意識から, 子どもたちの消費 生活への広がりと規範意識を捉え, また, お金を媒介に する人間関係の構造(友だち関係・親子関係)について 検討してきた。国ごとの特徴を簡単にまとめると,次の ようになる。

日本の子どもは,小学校の段階から自分で払う「子支 出」の項目が多い。自分の金で遊びに小遣いを使うのは 良いとされている。友だちとの間ではおごり貸し借りは 好まず,自分に限定されたお金の使い方を好む。親から もらったお金は,いったん自分の手元に来たら自分のお 金と思う意識が高く,自分の分としてのお金を確保しよ うとする意識が高い。

韓国の子どもも小学校の時からある程度のお金を支出 している。遊びにお金を使うことを良いとする感覚は日 本よりは低いが,中国やベトナムよりは高い。友だちと の間では貸し借りやおごり合いをすることを良いことと している。日本に比べると 自分の金は親の金 と思う 傾向が強いが,一方では自分のお金も確保しようとする。

自分が持っているお金は,親の人間関係の関連でもらう こともあるので,自分の金だけれども親のお金でもある と考える。

中国の子どもは,小学校の時は自分で支払をすること は少ないが,高校になると増えていく。学校納付金,食 材なども子どもが払うこともある。遊びよりは生活・学 習にお金を使うことを良いとし,自分のお金は親のお金 だと認識する傾向が強い。

ベトナムの子どもは,小学校の時は,子支出は少なく 高校になって少し増えているが,消費世界の広がりは最 も少ない。遊び関連にお金を使うのは良くないと捉え,

生活や学習に関連して使うことを良いとする。自分のお 金は親のお金だと思う傾向が最も強く,その分,自分の 分を確保しようとする意識も相対的に低い。

4か国の結果を合わせて概観すると,子どもの消費生 活への参与度は,日本,韓国,中国,ベトナムの順で低 くなり,また同じ順で遊びにお金を使うのは良くないと 認識する傾向が強くなる。お金を媒介にする友だち関係 の形成に関しては,ベトナム,韓国,中国,日本の順に 互いに密着した形をしており,お金を媒介にする親子関 係の形成に関しては,ベトナム,中国,韓国,日本,の 順に密着した形をしている。消費領域が最も広がった世

界に生きている日本の子どもは,友だち関係においても,

親子関係においても,所有の領域を分化した形で認識し,

行動する傾向が強かった。

本研究の結果から読み取れる,4か国における子ども たちのお金・お小遣い・金銭感覚は,子どもたちの生活 の豊かさ・貧しさと関連して考えるとき,どう捉えるこ とができるだろうか。

4か国の一人当たりのGDP(US$基準)は,2010年 IMF発表基準で,日本42,820,韓国が20,591,中国が

4,382,ベトナムが1,174US$であり,GDPを手掛かり

にみると,日本の子どもが最も豊かな商品・ものの世界 に生きていると言えるし,調査結果からみる消費世界へ の参与の順もGDP順であった。様々な商品が手に届き,

小遣いの所有や使用が認められた世界に生きることがで きるということは,ある意味その国の発展,子どもたち の生活の向上という視点から捉えることができる。

しかし,一方では,近代化・市場経済化された社会の 中では,消費するなかにおいてのみ自己決定権があり,

消費のなかでのみ個性を発揮し(暉峻,2003),大人の 世界からは切り離された「子ども専用の世界」で,生活 の仕組みから離されて,子どもは勉強をし,消費するだ けの存在となりつつあるとし(例えば,小嶋,2001;小 嶋・森下,2004;高橋,1992;浜田・伊藤,2010),物 質の豊かさは必ずしも生活世界の豊かさには繋がらない とも指摘されている。また,高橋(1992)は,子ども 達の手伝いの作業などは近代化が進む社会のなかで前近 代的で時代遅れとして捉えられてきた面があるが,今や 必要不可欠なものとして捉えなければならないとしてい る。これらの視点からすると,お小遣いの制度がはっき りしていることを単に子どもの権利が守られて生活世界 が豊かであると捉えることも難しく,他の生活の領域と 関連して検討する課題が浮かび上がってくる。

消費世界への参与が多い日本の子ども達が,お小遣い は自分のお金という認識も強く,ある意味小遣いは子ど もの権利のように捉えられている現象と,一方の消費世 界への参与が少ないベトナムでは,お小遣いは親のお金 という認識し,自分の金を確保しようとする意識も相対 的に弱い現象に対して,どう解釈すべきであろうか。日 本の子どもは権利があって,ベトナムの子は相対的に権 利がないというふうに捉えるべきであろうか。または,

日本の子どもは親から離れて自分で使える自由の範囲が 多いので,日本の子どもは自立的で,ベトナムの子ども は依存的と捉えるべきであろうか。どう解釈するにせよ,

お金を媒介にする親子関係の様子は,日本は「親子が分 離した形」での認識が多く,ベトナムは日本に比べると 相対的に「親子が密着した形」であると言うことはでき るだろう。

また,お金を媒介にする友だち関係を見ると,日本の

子どもは自分のお金は自分に限定して使うことが多く,

韓国やベトナムは友だちとおごりや貸し借りの形で使っ ている。この現象はどう解釈すべきだろうか。日本の子 どもは独立的で,韓国やベトナムの子は依存的と見るべ きなのか,あるいは,日本の子は利己的で韓国やベトナ ムの子は他己的と捉えるべきだろうか。どう解釈するに せよ,お金を媒介にする友だち関係は,日本では「友だ ちが分離した形」の認識が多く,韓国・ベトナムは「友 だちがより密着した形」であると言えるだろう。

浜田(2009)は,ある文化の果てに,人が自然から与 えられた他者との関係性を離れて,人の世で「個」とし て屹立してしまうことは問題であり,現代という時代は,

個立を迫る文化が人々をおおい,その結果として子ども を早くからそのなかに取り込み始めると述べている。ま た,その中で個別性―共同性の両義性は,具体的な他者 と関係の歴史をとおして,私たちの「共同」性へと展開 する方向と,「一人」性の側に傾いて,これを浮き立た せてしまう方向の二つに分かれると指摘している。浜田 が指摘しているのは,本研究で取り上げた,友だち関係 や親子関係において,日本が「より分離した形」韓国と ベトナムが「より密着した形」を示したのと一脈通じて いるのかもしれない。言い換えれば,「個立」への方向 と「共立」への方向へ分化されているとも言えるかもし れない。

ま た, マ ー カ ス と 北 山 は, 自 己 観(construal of the self)に注目して,個人主義的自己観とも言える独立的 自己観と集団主義的自己観とも言える相互依存的自己観 という概念を提起し,従来の欧米(主として米国)にお ける実験社会心理学的研究の成果を相対化した(田島,

2008)。主に,独立的自己観は欧米人(とりわけ,西洋 民族的背景をもつ白人男性)に顕著であり,相互依存的 自己観はアジア諸国,アフリカ,ラテンアメリカ,南米 に顕著であると述べられている。マーカスと北山の主張 は,欧米対アジアが個人主義対集団主義に二分化し固定 的に捉えられた部分があるが,本研究で取り上げてきた,

お金をめぐる子ども達の認識を4か国で見た場合,日本 は比較的個人主義的自己観に近く,ベトナム,中国,韓 国は集団主義の自己観により近いとも言える。

浜田(2009)の視点やマーカスと北山(田島,2008) の視点を踏まえた上で,「一人性」「個立」「独立的自己観」

への方向づけられた世界に生きる子ども達と,「共同性」

「共立」「相互依存的自己観」へ方向づけられた世界に生 きる子ども達の生活世界はどちらかが豊かであると捉え るべきなのか,あるいは,それぞれの世界において,異 なる豊かさがあると捉えるべきなのかに関連して,今後 の議論・検討が必要である。

ドキュメント内 1.「子どもの貧困」の発見 (ページ 64-68)