1980年代半ば以降,例えば「○金○ビ」や「勝ち組・
負け組」という表現(渡辺・タラコプロダクション,
1984)の流行にも見られたように,不平等・格差の現 代的な諸相が出版界・マスコミで注目されるようになっ たが,特に2000年代以降,貧困・格差が新たな社会問 題として浮上し(藤田,2008),多数の図書が公刊され,
マスコミを賑わし,国会等でも取り上げられるように なった(2006年1月25日参議院本会議など)。
以来,貧困・格差は,現代社会を読み解くキーワード の一つになったが,その重大性は次の3点にある。第1 に,その影響は,子ども・若者から高齢者まで全世代に 及んでおり,また,領域的にも,福祉・生活保護,労働・
ワーキングプア,教育・学力形成や心身の健康,社会的 弱者・ホームレスや社会的包摂の問題など,社会生活の さまざまな領域に及んでいる。第2に,その全世代性と 多面性は,貧困・格差が複合的・構造的な問題現象とし て現出・展開していることを示している。第3に,そ の全世代性・多面性・構造的複合性のゆえに,日本の社 会と教育をどのように構想し再編成していくのかが理論 的・政策的な重要課題となっている(Esping-Andersen, 1990 / 2001; Giddens, 1998 / 1999; 藤田,2011)。本稿で扱 うのは,子どもの貧困と学力形成及び児童虐待を中心に,
そのごく一部でしかないが,その背後には,こうした問 題の構造的複合性と理論的・政策的な課題があることを 念頭に置いておくことが重要である。
貧困の実態
現代の貧困や格差の実態が所得統計データに基づいて 分析的に論じられるようになったのは2000年前後から であるが,特にその傾向が顕著になったのは,管見によ Figure 1 発達の諸側面と環境諸要因との関係の概念図(○□枠を結ぶ矢印は影響関係,曲線は部分的な重なり・
共変傾向を示す)
れば,所得格差指数として従来から用いられてきたジニ 係数などに加えて,相対的貧困率(等価可処分所得中央 値の50%以下の人口比率)という指数も用いて国際比 較を行ったOECD(経済協力開発機構)のワーキングペー パー(Föster & dʼErcole, 2005)とそれに基づくOECD『対 日経済審査報告書 2006 年版』(2006年7月)や橘木(2006)
などが公表・公刊されてからである。その国際比較によ れば,2000年の日本の貧困率は15.3%,子どものいる 世帯の貧困率は12.9%で,1990年代半ばと比べて,そ れぞれ1.6ポイント,2.7ポイント増加し,OECD諸国 中で,前者がメキシコ,アメリカ,トルコ,アイルラン ドに次いで5番目,後者はメキシコ,アメリカ,イタリ ア,イギリス,ニュージーランド,ポルトガルに次いで 7番目に高かった。
Table 1は,相対的貧困率と,等価可処分所得,就学
援助の推移を示したものである。等価可処分所得の値も 示したのは,相対的貧困が実際にどの程度の貧しさなの かをイメージしやすいだろうと考えたからである。なお,
厚生労働省が相対的貧困率を初めて算出・公表したのは 2009年10月であるが,Table 1は『平成22年国民生活 基礎調査の概況』(厚生労働省2011年7月)その他に基 づくものである。
このTable 1より,以下の諸傾向を確認することがで
きるであろう。
(1)表示期間中の相対的貧困率は,相対的貧困率(全 世帯員),子どもの貧困率,子どもがいる現役世帯の貧 困率とも,趨勢としては上昇傾向にある。その上昇傾向
は特に1990年代後半から目立つようになり,2009年時 点の貧困率は15%前後になっており,子どものいる単 親世帯(大人が一人)では50.8%にも達している。
(2)相対的貧困率計算の基になっている等価可処分所 得(世帯の可処分所得を世帯員数の平方根で割った値)
の中央値も貧困線の値(中央値の半分)も,1997年をピー クに,それ以降は低下傾向にあり,2009年時点の中央 値は250万円,貧困線の値は125万円となっている。
(3)就学援助の受給率も貧困率以上に顕著な増加傾向 を示しており,2009年の受給率は14.5%,受給者数は 149万人で,1997年の約2倍となっている。
以上より,今や子どもの貧困は常態化した構造的問題 になっていると言えよう。
貧困と学力格差
子どもの教育達成や職業達成が家庭の経済力や出身階 層によって左右されるという傾向は,「社会階層と社会 移動に関する全国調査」(SSM調査)1)に基づく研究な どが早くから実証的に明らかにしてきたところである
Table 1 貧困率・可処分所得・就学援助の年次推移
西暦年 1985 1988 1991 1994 1997 2000 2003 2006 2009
相対的 貧困率
(%)
相対的貧困率(全世帯員) 12.0 13.2 13.5 13.7 14.6 15.3 14.9 15.7 16.0 子どもの貧困率 10.9 12.9 12.8 12.1 13.4 14.5 13.7 14.2 15.7 子どもがいる現役世帯 10.3 11.9 11.7 11.2 12.2 13.1 12.5 12.2 14.6 大人が一人 54.5 51.4 50.1 53.2 63.1 58.2 58.7 54.3 50.8 大人が二人以上 9.6 11.1 10.8 10.2 10.8 11.5 10.5 10.2 12.7 等価可処分所得
(名目値)
中央値( a ) 216 227 270 289 297 274 260 254 250 貧困線( a/2 ) 108 114 135 144 149 137 130 127 125
就学援助 受給者数(万人) 78 98 126 141 149
受給率(%) 6.6 8.8 11.9 13.6 14.5
注.1) 1994年の数値は,兵庫県を除いたもの。
2) 貧困率はOECDの作成基準による算出。 貧困線は等価可処分所得の中央値の半分,相対的貧困率は貧困線以下の%。
3) 大人とは18歳以上の者,子どもとは17歳以下の者,現役世帯とは世帯主が18歳以上65歳未満の世帯。
4) 等価可処分所得金額不詳の世帯員は除く。
5)就学援助受給者は要保護児童生徒(生活保護費の受給者を除く)と準要保護児童生徒の合計。
出所:厚生労働省『平成22年国民生活基礎調査の概況』2011年,「表16 貧困率の年次推移」より抜粋・作成。
就学援助の1997– 2006については鳫咲子「子どもの貧困と就学援助制度」,参議院調査室『経済のプリズム』No.65(2009年2月), pp.28-49,及び小林庸平「就学援助制度の一般財源化」,参議院調査室『経済のプリズム』No.78(2010年4月),pp.31-51より。2009年に ついては参議院調査室「平成21年度要保護及び準要保護児童生徒数について(学用品費等)」より計算。(2012年9月21日13時34分 再確認アクセス)http://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/keizai_prism/backnumber/h23pdf/20118704.pdf
1)日本社会学会のメンバーが中心となって1955年以来10年ご
とに実施されてきた全国調査で,Social Stratification and Social
Mobility の頭文字をとってSSM調査と略称されてきた。社会階
層・社会移動,教育,職業,社会意識,生活様式やそれらを左右 する関連諸項目について調査してきた(本稿筆者は1975年,85年,
95年の調査に参加)。本文及び巻末の文献には教育を主に扱った もののみ言及・記載しているが,1985年調査と1995年調査の成 果は『現代日本の階層構造』(全4巻:直井優ほか編,東京大学
出版会,1990),『日本の階層システム』(全6巻:盛山和夫ほか編,
東京大学出版会,2000)として刊行されている。
(安田1971;富永,1979;菊池,1990,近藤,2000など)。
しかも,この傾向は,日本だけでなく,高学歴化(学校 教育の拡大)と近代化・産業化の進んだ社会では共通に 見られるものである(藤田,1983;石田,1999, 2000)。
教育達成が家庭の経済力によって左右されることは,
例えば高校や大学への進学には授業料や放棄所得など相 当の経費がかかることを考えれば当然のことであり,上 記SSM調査研究その他も明らかにしてきたところであ るが,家庭の経済力と学力との関係は,教育達成の場合 ほどには直接的なものでない。また,経験的事実として は知られていても,データの取りにくさもあって,特に 日本では比較的最近まで実証的な研究は少なかった(藤 田,1982参照)。しかし,1990年代後半以降「学力低下」
論が盛んになる中で,とりわけ2007年から文部科学省
「全国学力・学習状況調査」(以下,文科省・全国学力テ ストとも表記)が実施されるようになって以降,種々の 調査研究が行われるようになった(苅谷・清水・志水・
諸田,2002;苅谷・志水, 2004;志水・高田,2012;苅 谷,2012など)。それらの研究成果は著者たちが関西圏 や関東圏で独自に行ったこ調査のデータに基づくものだ が,文科省の委託研究として行われ,その成果をまとめ た耳塚(2009)は,上記の文科省・全国学力テストのデー タに基づいている。そこで,ここでは,耳塚(2009)の
分析結果に基づいて学力格差の実態を確認する。
Table 2に示されているように,家庭の経済力によっ
て学力に一貫した格差があることも,貧困が低い学力の 背景要因となっていることも歴然としている。国語のA・ B,算数のA・Bとも,世帯年収が多いほど正答率が高く なっているが,例えば「200万円未満」と「1200万円以上」
とでは約20ポイントの差,「200万円未満」と中位の「600 万円以上〜800万円未満」とでも10ポイント強の差と いう,大きな差になっている。
紙幅の都合で表示はしないが,同様の格差は学校外 教育支出の多寡による平均正答率の違いにも表れてい る( 耳 塚,2009, 表2)。 例 え ば, 学 校 外 教 育 支 出 が
①「まったくない」(該当児童431人,以下同様)では 国語A:58.9%,国語B:45.6%,算数A:64.9%,算
数B:44.4%,②「5千円未満」(732人)ではそれぞれ
63.4%,49.2%,68.9%,51.4%であるのに対して,③
「5万円以上」(366人)ではそれぞれ83.9%,70.3%,
87.6%,71.2%,④「3万円以上〜5万年未満」(585人)
でも78.4%,64.8%,83.0%,64.7%となっている(例 えば①と③の差は,算数Aが23ポイント,それ以外は 約25ポイントという大きな差になっている)。
なぜこのような大きな格差が生じるのだろうか。この 点について,耳塚(2009)はTable 2と同じデータを用
Table 2 世帯年収水準別の平均正答率(平成20年度全国学力・学習状況調査・小学校6年)
世帯年収 人数 平均正答率
国語 A 国語 B 算数A 算数B
200万円未満 207 56.5 43.2 62.9 42.6
200万円以上〜300万円未満 295 59.9 44.2 66.4 45.7 300万円以上〜400万円未満 417 62.8 47.3 67.7 47.6 400万円以上〜500万円未満 539 64.7 50.9 70.6 51.2 500万円以上〜600万円未満 652 65.2 51.6 70.8 51.2 600万円以上〜700万円未満 591 69.3 55.1 74.8 55.5 700万円以上〜800万円未満 608 71.3 57.6 76.6 57.1 800万円以上〜900万円未満 449 73.4 59.6 78.3 60.5 900万円以上〜1000万円未満 399 72.8 58.4 79.1 59.7 1000万円以上〜1200万円未満 571 75.6 62.5 81.2 62.8 1200万円以上〜1500万円未満 314 78.7 64.9 82.8 65.9
1500万円以上 280 77.3 64.3 82.5 65.6
合計 5322 69.4 55.5 74.8 55.8
注.1)データは,文部科学省「平成20年度全国学力・学習状況調査」(小学校6年生)のデータと,5政令指定都市の 児童数21名以上の公立小学校100校(各市20校)を無作為抽出し,その該当児童の保護者と学級担任教師を 対象に行った補完調査のデータを結合したものである。保護者調査は,該当児童8093名の保護者を対象に行わ れ,調査に同意し回答した有効回答数は5847,有効回収率は72.2%だった。教員調査は該当する256学級の担 任教師を対象に行われ,有効回答数は244,有効回収率は95.3%だった。
2)表中の「合計」セルの人数が有効回答数より少ないのは当該項目「非回答」による。
3)国語,算数とも,問題冊子は「知識」学力を問うA問題と「活用」学力を問うB問題からなる。
出所:耳塚寛明(2009)「お茶の水女子大学委託研究・補完調査について」の表1の形式を調整。