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院政鎌倉期作品における「さらば」と「しからば」の用法

ドキュメント内 古代日本語の因果関係を表す接続表現 (ページ 102-111)

第三章 接続詞「しからば」 「さらば」の発生と交渉

第二節 接続詞「しからば」と「さらば」について

三 院政鎌倉期作品における「さらば」と「しからば」の用法

三・一 『今昔物語集』における「然ラバ」の用法

『今昔物語集』の「然ラバ」について、岩波日本古典文学大系本の解説では、「サラバ・

シカラバのいずれに従うべきか遽かに決定することをさしひかえた」と記してある。「然ラ バ」は「シカラバ」と「サラバ」と二通りの読みが考えられるが、二節までに述べたよう に、両者は文体上、さらに用法上の区別があるため、その訓みについて改めて検討する必 要がある。そこで、その用法を具体的に確認する上で、その訓みを推定し、この語に関す る文体的解釈を提示する(8)

○然ラバ……意志表現

(11)和上ノ云ク、「我ガ力ラ更ニ不及ズ。汝ヂ速ニ我ガ大師、佛ノ御許ニ詣テ問ヒ奉レ。

然ラバ我レ、汝ヲ具シテ佛ノ御許ニ将参ルベシ」ト。(今昔・巻三ノ23)

(12)此ノ佛師ノ喜サニ、「然バ此ヲ与ヘテム」ト思テ、自引出シテ与ツ。(今昔・卷十 六ノ5)

○然ラバ……命令表現

(13)僧ノ云ク、「然ラバ、神、近ク坐シ給ヘ」ト。(今昔・巻七ノ19)

(14)天皇、「實ニ然ラバ、誓言ヲ可立シ」ト被仰ケルニ、……(今昔・巻二四ノ26)

○然ラバ……疑問表現

(15)問テ宣ハク「然ラバ何ヲ以テカ功徳ニ非ズト可知キ」ト。(今昔・巻六ノ3)

(16)五位ノ云ク、「然ラバ我レ其ノ佛ノ名ヲ呼ビ奉ラムニ荅ヘ給ヒテムヤ」ト。(今昔・

巻十九ノ14)

○然ラバ……推定表現

(17)國王ノ宣ク、「然ラバ此ノ人定メテ物知タラム」トテ、(今昔・巻四ノ12)

(18)僧、……其ノ時ニ思ハク、「然ラバ、彼ノ煮テ食ツル猪ハ、観音ノ我ヲ助ケムガ為 ニ、猪ニ成リ給ヒケルニコソ有ケレ」ト思フニ、(今昔・卷十六ノ4)

『今昔物語集』において、「然ラバ」には上記の四つの用法が見られる。これらの用法の 巻ごとの用例数を【表2】に示した。

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【表 2】『今昔』における「然ラバ」の用法

意志表現 命令表現 疑問表現 推定表現 小計

巻一 0 2 1 1 4

巻二 0 1 0 1 2

巻三 1 1 1 2 5

巻四 1 2 1 2 6

巻五 4 3 2 2 11

巻六 1 3 2 1 7

巻七 0 2 2 1 5

巻九 2 4 2 3 11

巻一〇 2 6 3 3 14

小計(比率%) 11(16.9) 24(36.9) 14(21.5) 16(24.6) 65(100.0)

巻一一 3 2 0 1 6

巻一二 0 4 0 1 5

巻一三 2 0 0 0 2

巻一四 1 0 0 0 1

巻一五 1 1 1 1 4

巻一六 3 3 1 1 8

巻一七 3 1 0 0 4

巻一九 4 4 2 0 10

巻二〇 2 1 0 4 7

小計(比率%) 19(40.4) 16(34.0) 4(8.5) 8(17.0) 47(100.0)

巻二二 0 1 0 0 1

巻二三 3 4 0 1 8

巻二四 1 6 0 1 8

巻二五 4 0 0 0 4

巻二六 0 4 0 0 4

巻二七 7 3 2 1 13

巻二八 5 7 1 1 14

巻二九 6 12 0 2 20

巻三〇 0 2 0 0 2

巻三一 1 2 0 0 3

小計(比率%) 27(35.1) 41(53.2) 3(3.9) 6(7.8) 77(100) 計(比率%) 57(30.2) 81(42.9) 21(11.1) 30(15.9) 189(100.0)

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【表 2】に示したように、『今昔物語集』において、「然ラバ」の用例は、天竺震旦部に

65例、本朝仏法部に47例、本朝世俗部に77例あり、全巻にわたって平均的に分布して いることがわかる。これは、「然ラバ」が山口佳紀(1966b)の指摘した本集全体に一貫し て存在する「文体基調」にかかわることを示唆している。つまり、「然ラバ」は出典の文章 様式を撰者固有の文章様式に改めるさいに生じたものと認められる。「然ラバ」が文体基調 にかかわるとすると、「然ラバ」に両様の訓みがあることはまずありえないことであり、そ れを「シカラバ」と「サラバ」のどちらかに統一したほうがよいと考えられる。

『今昔物語集』の「然ラバ」は全巻に亘って会話文のみに分布している。これは今昔撰 者が「然ラバ」を日常会話語として用いることを示していると考えられる。また、『今昔物 語集』における「然ラバ」には、意志表現と命令表現が続く用例が全用例の73.1%を占め ているが、これは和文に定着した「さらば」の使用傾向と一致している。一方、前述した ように、「シカラバ」は、漢文訓読文において勢力が弱く、用法が極端に疑問・推定に限定 されていることから、「然ラバ」を「シカラバ」と訓む可能性は低いと考えられる。これら のことに鑑みれば、『今昔物語集』の「然ラバ」はおそらく「サラバ」であろうと推測され る。

ただし、「然ラバ」は『今昔物語集』の文体基調を反映する要素の一つであるにもかかわ らず、その後続表現の内訳を見ると、個々の用法の分布する傾向が異なることが注目され る。天竺震旦部、本朝仏法部、本朝世俗部において、意志表現と命令表現が続く例が全体 に占める比率はそれぞれ 53.8%、74.4%、88.3%であり、部を追って増加している。それ に対して、疑問表現と推定表現が続く例が全体に占める比率はそれぞれ 46.1%、25.5%、

11.7%であり、部を追って減少している。つまり、「然ラバ」の後続表現は部を追うごとに、

意志表現と命令表現が多くなることがわかる。一方、「然ラバ」は、漢文訓読調がより強い 天竺震旦部においては、疑問表現と推定表現が続きやすいことが窺える。その原因を明ら かにするために、天竺震旦部における「然ラバ」の出典とのかかわりを確認しておきたい。

ここでは、これまで確実な出典として認められている『冥報記』『三宝感応要略録』『孝子 伝』(10)と比較してみた結果、「然ラバ」はこれらの文献を出典とする説話に16例見られる。

そのうち、出典に「然ラバ」と対応する表現がある用例は見られない。つまり、訓読調が より強い巻において、「然ラバ」はいずれも今昔撰者が付加した例である。具体的には、次 のように、出典には「然ラバ」と対応する漢字は見られないが、対応する後続表現がある 場合が挙げられる。

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a 『……汝ヂ、速ニ裟婆ニ還テ、毎日ニ四十八巻ヲ誦セヨ。然ラバ、一千日ノ後、當ニ

上品ノ地ニ可生シ』ト……(今昔・巻六ノ44)

a’ 汝早還娑婆。毎日誦四十八卷。一千日後方生上品地。(三宝感応要略録・巻中)

b 比丘、此レヲ受テ、天ニ問テ云ク、「天上ニ般若有リヤ无ヤ」ト。天答テ云ク、「天上

ニ般若有リ」。比丘ノ云ク、「然ラバ、般若、天ニ有ルニハ、何ノ故ニ来テ供養スルゾ ト。」(今昔・巻七ノ7)

b’ 問天曰。天上有般若否。答云有。比丘問云。若有經卷何故來下。(三宝感応要略録・

巻中)

このように、今昔撰者が「然ラバ」の部分のみを付け加えたと見られる用例が8例見ら れる。そのうち、用例に示したように、出典にすでにある疑問表現と推定表現の前に「然 ラバ」が付加された例が7例あることが注目される。すなわち、原文に疑問表現と推定表 現がある部分では、「然ラバ」を付け加えることによって、漢文訓読文に典型的に見られた 表現を作っている。これは天竺震旦部に疑問表現と推定表現が続く用例がより多く生み出 された原因と推測される。また、次のように、出典には「然ラバ」から文末までに該当す る表現が存せず、下線部全体が今昔撰者によって付加された用例が8例見られる。

c 廻璞ガ云ク、「我レ、行歩ニ不堪ズ」。使ノ云ク、「然ラバ、馬ニ乗テ可参シ」ト。廻璞、

家ノ内ニ有ル馬ヲ曳出デヽ乗テ、二ノ人ニ従テ行ク。(今昔・巻九ノ32)

c’ 璞曰。我不能歩行。即取璞馬乘之。隨二人行。(冥報記巻中)

d 「……願クハ、師、我レニ恐ルゝ事无カレ」ト。僧ノ云ク、「然ラバ、神、近ク坐シ 給ヘ」ト。神、僧ト近ク坐シ給テ、語ヒ給フ事、人ノ如シ。(今昔・巻七ノ19)

d’ 願師無慮。僧因延坐。談説如人。(冥報記巻中)

8例のうち、意志表現と命令表現が続く用例は7例を占める。すなわち、内容がより漢 文出典から離れるときは、「然ラバ」に意志表現と命令表現を続ける用法が用いられやすい と考えられる。

このように、『今昔物語集』の天竺震旦部における「然ラバ」は「サラバ」と訓む可能性 が大きいと推測されるが、「シカラバ」が持つ疑問表現と推定表現が後続しやすい特徴も併 せ持っている。つまり、「然ラバ」は意志表現と命令表現が続く用法が一般的であるが、漢 文訓読調がより強い巻においては、「然ラバ」に疑問表現や推定表現が続きやすいことが確 認できる。このような特徴は次節でのべる鎌倉期作品における「さらば」にも認められる。

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三・二 鎌倉期作品における「さらば」と「しからば」の用法

鎌倉期になると、和文、軍記物語、説話集などの作品において、「さらば」は中古と同様 に広く見られる一方、「しからば」の用例も現れてくる(10)。それらの用法を後続表現によ って分類した結果を【表3】に示した。

鎌倉期作品における「さらば」の用法は次のようである。

○さらば……意志表現

(19)修行者、悦て、「道も知り候はぬに、さらば道までも参らん」(宇治・第十七話)

(20)「イザサラバ、仲兼ガ馬ニ乗カヘム」トテ、馬ノ下タ尾白カリケルニ乗替タリ。(延 慶本平家・第四ノ59オ)

○さらば……命令表現

(21)鎌田ことはりとや思けん、「さらばわ殿其やうを申給へ。」と……(保元・中 為義 最後の事)

(22)「実ニイミジク思給ヘリ。サラバ侍者ニナリテ、當寺ニヰ給ヘカシ」ト、……(沙 石集・巻六ノ9)

○さらば……疑問表現

【表 3】鎌倉期の作品における「さらば」「しからば」の用法

和文 軍記物語 説話集 仏書

計(比率%)

西

意志 1 16 2 5 20 2 0 5 10 0 0 0 61 (29.9) 命令 7 22 10 9 33 3 0 14 12 0 0 0 110 (54.7) 疑問 0 1 1 0 5 0 0 4 3 1 0 0 15 (7.5) 推定 1 2 0 0 4 1 0 4 2 0 1 0 15 (7.5) 9 41 13 14 62 6 0 27 27 1 1 0 201 (100.0)

意志 0 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 1 (6.7) 命令 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 (6.7) 疑問 0 0 1 0 0 0 1 0 0 0 0 0 2 (13.3) 推定 0 1 1 0 0 0 0 1 1 3 3 1 11 (73.3) 0 1 3 0 1 0 1 1 1 3 3 1 15 (100.0)

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(23)「サラバ、ナド初ヨリアリノ侭ニ申サヾリケル」ト、(沙石集・巻九ノ7)

(24)「サラバ云何セン」トハ仰有ケレドモ、(延慶本平家・第四ノ30ウ)

○さらば……推定表現

(25)「……入たまへ。さらばあつさにたへずしてはい出なん」といふ。(古今著聞集・六 九九話)

(26)サラハ諸宗ノイキトホリニハ、オヨフヘカラサル事也。(西方指南抄・下末六十六)

【表 3】に示したように、鎌倉期作品における「さらば」には、意志表現、命令表現、

疑問表現、推定表現が続く用例が見られるが、各用法の分布の様相は異なっている。すな わち、意志表現と命令表現が続く例は全作品において各々61例・110例が見られ、全体の 85.1%を占めており、用法上の偏りが顕著に見られる。ただし、和文、軍記物語、説話集 のうち、『堤中納言物語』『保元物語』『平治物語』のような和文調がより強い作品では、「さ らば」に意志表現と命令表現が続く用例が中心的であり、疑問表現と推定表現が続く用例 が僅少であるのに対して、訓読調がより強い『延慶本平家物語』『沙石集』『古今著聞集』

では、「さらば」に疑問表現と推定表現が続く用例が比較的に多く見られる。さらに、『歎 異抄』『西方指南抄』のような仏書では、「さらば」の語形を取っていても、意志表現と命 令表現が続く用例は見られず、疑問表現と推定表現の条件を表す用法のみに用いられる点 で用法は「しからば」に近い。このように、「さらば」は訓読調がより強い文体において、

疑問表現と推定表現が続きやすいことを反映している。これは『今昔物語集』の天竺震旦 部に見られた「然ラバ」の使用状況と同じ傾向である。

次に、鎌倉期作品における「しからば」の用例を確認する。ここで取り上げたのは、い ずれも「しからば」全体を仮名書きにした例、あるいは「しか」の部分を「爾」と表記す る例である。

○しからば……意志表現

(27)敵此ノ節女ヲトラヘテ、「汝ガ夫ヲ我ニ殺サセヨ。シカラバ君ニ伴ヒテ、春花明月 ノ詠ヲモナシ、山鳥白雪ノ興ヲモマサム。……」ト云。(延慶本平家・第二末ノ21オ)

○しからば……命令表現

(28)「明日卯辰の時に此御所へまいるべし。しからばかのともがらを相具して、ゆきむ かつて合戦あるべし。」(保元・上 新院御所各門々固めの事付けたり軍評定の事)

ドキュメント内 古代日本語の因果関係を表す接続表現 (ページ 102-111)