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漢文訓読文における「ユヱ」の用法

ドキュメント内 古代日本語の因果関係を表す接続表現 (ページ 64-68)

第二章 原因理由の接続表現「 (が)ゆゑ(に)」

第二節 原因理由の接続表現「 (が)ゆゑ(に)」について

二 漢文訓読文における「ユヱ」の用法

まず、平安時代の漢文訓読文における「ユヱ」の用法を確認する。築島裕編『訓点語彙 集成』(汲古書院、2007~2009)によると、訓点資料における「ユヱ」は主に「故」と「所 以」の訓として用いられるが(3)、「故」の用例数は「所以」の五倍以上となる。その中で、

用言接続の場合では、「所以」は、基本的に「活用語連体形+φ ユヱ(所以)」の形をとっ ているのに対して、「故」は、平安初期点の『西大寺蔵金光明最勝王経古点』『高山寺蔵觀 彌勒上生兜率天経贊古点』に「活用語連体形+φ ユヱ(故)」の形が一部集中的に見られ るが、それ以降の訓点資料では「活用語連体形+ガユヱ(故)」の形が殆どである(4)

次に、訓点資料によって得られた用例をもとに、「ユヱ」の用法を確認しておく。なお、

管見の限りでは、訓点資料における「ユヱ」の体言接続のものは、

(1)三宝を信経する聖戒力の故に、九十五の諸の外道の衆に勝(れ)たること、多百千 倍なり。(地蔵十輪経・巻五)

(2)佛の神力の故に、皆悉ク能(く)語(モノ)いふ。(地蔵十輪経・巻七)

のように、すべて「体言+ノユヱ」の形を取っており、漢文訓読文に定着した用法である と考えられる。したがって、以下では用言接続のものに絞って検討していく。

二・一 「故」の用法

訓点資料では、接続助詞的に用いる「ユヱ」は、「VP1故、VP2」と「VP2 、VP1故(也)」 と二種類の文型に見られる(以下では、原因の部分を「VP1」で表し、結果の部分を「VP2」 で表すことにする)。「VP1故、VP2」は、まず原因理由を説明し、次に結果を述べるパタ ーンであり、「VP2 、VP1故(也)」は、逆にまず結果を述べ、次に原因理由を補足するバ ターンである。

【表1】は訓点資料における「(ユヱ)故」を訓法によって分けて用例数を示したもので

59 ある。

【表 1】から、言語量の多少にもかかわるが、句末に位置する「故」は漢籍に現れにく

く、仏典を中心に現れることと、「VP1故、VP2」のパターンが「VP2、VP1故(也)」より 多いことがわかる。また、今回の調査範囲では『大慈恩寺三蔵法師伝古点』の存疑例を除 き、「活用語連体形+φ ユヱニ」と「活用語連体形+φ ユヱナリ」は、平安初期の『西大 寺本金光明最勝王経古点』のみにそれぞれ39例、6例見られる。これに対して、平安中期 以降の訓点資料では、「活用語連体形+ガユヱニ」と「活用語連体形+ガユヱナリ」の訓法 が固定化して見られる。このことから、「活用語連体形+φ ユヱ」の訓法は初期の漢文訓 読文においては用いられたが、次第に淘汰され、平安中期から「(活用語連体形)ガユヱ」

が「故」の定訓として用いられるようになったと考えられる。

①「VP1故、VP2

(3)無相の思惟と解脱と三昧とを遠クヨリ修行する故に、是の地清静にして、障礙あ(る)

こと無し。《無相思惟解脱三昧遠修行故、是地清淨無有障礙。》(金光明最勝王経・巻 四)

(4)諸の〔應被 〕殺セラル〔らる〕ベキヒト〔及〕囚メ繋トラハルル者ヒトは、光明に照(ら)

サル(る)ガ故に、皆解脱することを得ツ。《諸應被殺及囚繋者、光明照故、皆得解脱。》

(大乗大集地蔵十輪序経品・第一)

(5)五陰(と)いふは、是(れ)苦集の體なるが故に、亦は是(れ)道諦(なる)が故

【表 1】漢文訓読文における「故」の用法

VP1故、VP2 VP2、VP1故(也)

活用語連体形

+φユヱニ

活用語連体形

+ガユヱニ

活用語連体形

+φユヱナリ

活用語連体形

+ガユヱナリ

金光明最勝王経 39 54 6 5

地蔵十輪経 0 35 0 0

無量義経 0 5 0 7

三蔵法師伝 1 7 0 1

法華経玄賛 0 197 0 42

法華義疏 0 136 0 8

不空羂索神呪心経 0 17 0 0

論語 0 0 0 0

史記 0 0 0 0

白氏文集 0 0 0 0

40 451 6 63

注:『大慈恩寺三蔵法師伝古点』では「活用語連体形+φユヱニ」の存疑例が1例ある(5)

60

に、論(の)如(く)解る可(し)。《五陰是苦集體故、亦是道諦故、如論可解。》(法 華経玄賛・巻第三)

上記の三例は、原因理由を表す叙述内容が先行し、「故」は文中に位置する用例である。

例(3)は「活用語連体形+φ ユヱニ」と訓じた例であり、例(4)と(5)は「活用語連 体形+ガユヱニ」と訓じた例である。

②「VP2、VP1故(也)」

(6)所以者何とならば、此の甚深の法を聞(く)こと得ルに由ル故になり。《所以者何、

由得聞此甚深法故。》(金光明最勝王経・巻二)

(7)四に(は)依止深(と)いへり。法界(と)法性(と)は、諸佛の本(なる)が故 になり。《四依止深。法界法性、諸佛本故。》(法華經玄賛・巻第三)

(8)昔、涅槃(の)法を説(く)ことを明(す)こと者、佛慧に入(る)こと得令シム といふこと(を)「明」(す)ガ故なり〔也〕。《明昔説涅槃法者、意令得入佛慧故也。》

(法華義疏方便品・末)

この三例は原因理由を叙述する内容が後置される場合である。例(6)は「活用語連体 形+φ ユヱナリ」と訓じた例であり、例(7)と(8)は「活用語連体形+ガユヱナリ」と 訓じた例である。

以上、接続助詞的に用いる「故」は、「活用語連体形+φ ユヱ」と「活用語連体形+ガ ユヱ」と両様の訓法が存在したが、平安中期以降、前者は使われなくなり、後者の訓法が 定着していったことを述べた。この「ユヱ(故)」の文法機能は、いずれも原因理由を受け て、接続助詞「から」「ので」の意味を表すものであり、後述するように和文に見られる「活 用語連体形+φ ゆゑ」に影響を与えていると考えられる。

二・二 「所以」の用法

前節で説明した「故」と異なり、「所以」には、「活用語連体形+φ ユヱ(所以)」の形 が見られるが、いわゆる接続助詞的なものではない。「所以」は主として「所以VP2(者)、 VP1(也)」と「VP1、所以 VP2(也)」の文型に用いられる。前者の「所以 VP2 (者)」 は主語であるため、考察対象としない(6)。後者の「所以」は他の語句の上に冠して、「VP2

ユヱナリ」と返読する場合であり、形式上は後述する和文に見られる「活用語連体形+φ ゆゑ」と同様であるが、用法上は実質名詞である。

【表2】は訓点資料における「VP1、所以VP2(也)」の用例をまとめたものである。

61

【表 2】から、訓点資料

では、「VP1、所以VP(也)2 」 の文型は「故」とは逆に漢 籍を中心に現れることがわ かる。不安定の 2 例(『大 慈恩寺三蔵法師伝古点』と

『法華経玄賛淳祐古点』の 例)を除くと、いずれも「活 用語連体形+φ ユヱ(所以)

ナリ」と訓じている。

(9)己ヲ責ムルコト厚ウ シテ人ヲ責ムルコト薄 キ と き は 怨 咎 ニ 遠 ル 所以 ナリ。《責已厚責人

薄、所以遠怨咎。》(論語・衛霊公第十五)

(10)斯民也、三代ノ〔之〕直道ト而(シテ)行(ヲコナ)フ所以 なり。《斯民也、所以三代之 直道而行也。》(論語・衛霊公第十五)

(11)美ナルカナ[哉]君子。正言ヲ重(ムスル)カ所以 ナリ[也]。(D点では「カ」を抹消)

《美哉君子、所以重正言也。》(三蔵法師伝・巻第七)

上記の例はいずれも「VP1、所以 VP2(也)」の文型をとっており、「活用語連体形+

φ ユヱ(所以)ナリ」と訓じた例である。用法は前述した接続助詞的なものと異なり、「ユ ヱ(所以)」は結果を受けて、「(VP1は)VP2(という結果)の原因なり」という意味を表 している。即ち、この場合の意味は実質名詞の「原因・理由」と見てよい。

注意すべきところは例(11)である。この例について、築島裕(1965)は、この例では C点(筆者注:承徳三年<1099>)の「カ」をD点(筆者注:永久四年<1116>)で抹消し ているのであって、明らかに「ガ」の有無両様の訓法の存したことが知られると述べてい るが、これは「活用語連体形+φ ユヱ(所以)ナリ」と「活用語連体形+ガユヱ(故)ナ リ」の用法の相違に基づき、D点の加点者が「所以」は原因を受ける接続助詞的用法では なく、結果を受ける実質名詞用法であると気づいて修正したのではないかと考えられる。

これは「ガユヱ」が原因理由を受ける接続助詞的用法の「故」の定訓として用いるように

【表 2】漢文訓読文における「所以」の用法 VP1、所以 VP2(也)

活用語連体形

+φユヱナリ

活用語連体形

+ガユヱナリ

金光明最勝王経 0 0 0

地蔵十輪経 0 0 0

無量義経 0 0 0

三蔵法師伝 4 1 5

法華経玄賛 0 1 1

法華義疏 0 0 0

不空羂索神呪心経 0 0 0

論語 12 0 12

史記 1 0 1

白氏文集 0 0 0

17 2 19

注:「VP+ガユヱナリ」の2例は不安定の例である。その中、『大慈恩寺 三蔵法師伝古点』の例は例(11)に掲げ、『法華経玄賛淳祐古点』

の例は訓み間違えた例と考えられる(7)

62 なったことの傍証になると考えられる。

以上のことを要するに、漢文訓読文では「故」「所以」両者は「ユヱ」という訓み方を共 有するが、用法は異なっている。「故」は原因を受けるが、「所以」は結果を受ける。これ に対応して、平安中期以降では、「故」を「活用語連体形+ガユヱ」、「所以」を「活用語連 体形+φ ユヱ」と訓じる意識があったと考えられる。

ドキュメント内 古代日本語の因果関係を表す接続表現 (ページ 64-68)