2.3 P2P トラフィック制御手法
2.3.1 関連研究
P2Pコンテンツ配信による冗長化トラフィック削減を目的とした研究は,2つに大別され る.一つは,一度配信したコンテンツを配信ネットワーク上でキャッシュする「ネットワーク キャッシュ」,もう一つはAS,ISP,および,地域ネットワークなど同一セグメント内で配信 を行う「トラフィック局所化」である.
ネットワークキャッシュ
文献 [63]では,トランジットISPが下位のネットワークとの接続点にキャッシュを 設置する場合を対象に,総P2Pトラフィック量を最小化する,動的計画法を用いた最 適キャッシュ設計法を提案している.また,文献 [27]では,ISPネットワークの境界 ゲートウェイにキャッシュ装置を配置させることで,ISP間の冗長化P2Pトラフィッ クを削減することが可能な,ネットワークレイヤのパケットレベルのキャッシュ手法を 提案している.
トラフィック局所化
トラフィックを局所化するために,ネットワーク情報を与えネットワークトポロジ を認識させる仕組みが必要である.ISPとASPが連携しトラフィックを同一セグメン トに局所化させる手法として,DCIA(Distributed Computing Industry Association) がP4Pアーキテクチャを提唱した.P4Pとは,「Provider Portal for P2P」,または,
「Proactive network Provider Participation for P2P」の略称である.P4Pの構成を 図2.8に示す.iTrackerには,info, policy, capabilityの3つのインターフェースを設 けることで,ISP内,ISP間通信の最適化を促すことができる.infoはISP内のネッ トワークトポロジと状態を提供するためのインターフェースである.policyは,ISP間 のピアリングの入出トラフィックのバランス,時刻毎の利用制限,回線利用率に関す るポリシーを示す.そして,capabilityは,コンテンツプロバイダやピアに対し,その ISPのサポートするサービスのレベルを提供する.P4Pの有効性はPlanetLab [28]や
Verizon等の商用ネットワーク上を用いた実証実験で確認されている.また,本提案
は,IETF(The Internet Engineering Task Force)のALTO WG(Application-Layer Traffic Optimization) [29]で標準化のための議論に移行している(2.3.3章参照). また,文献 [30]は,AS間トラフィックを削減するためにASパスや地理的な位置 を基にしたピア選択アルゴリズムを提案した.この手法は,GeoIP [31]など公開され ているサービスを用いてトポロジ情報を取得する方法である.さらに,文献 [33]は,
BitTorrentのTrackerとクライアントの両方のソフトウェアを改修し,ISP内にトラ フィックを局所化させた.
本論文で提案するトラフィック削減手法は,トラフィック局所化に関した手法である.
info policy policy
capability
iTracker-A
appTracker
ピ ア ピ ア ピ ア ピ ア 1
capability
ピ ア ピ ア ピ ア ピ ア 2 iTracker-B
ISP-A ISP-B
policy
info policy
図2.8.P4P構成図
2.3.2 海外・国内動向
P2Pトラフィックの制御を目的として,日本のみならず,海外でも各種取り組みが行われ ている.国または地域単位で標準化団体が発足し,P2Pトラフィック制御方式標準化のため の検討が進められている.以下に米国,ヨーロッパ,および,日本で行われているP2Pトラ フィック制御の動向について説明する.
米国
ISPのComcast [34], BitTorrentにおける中立性問題を受けて,DCIAが P4PWG [36]を発足した.この動きを受け,IETF 72会合でALTO/TANA BOF(Techniques for Advanced Networking Applications)が開催され,IETF 73会合でALTO/LEDBAT がWGとして発足した.
これまでに,ネットワークトポロジ情報を提供するISPのシステムと,トポロジ情 報を持たずにP2P配信を行うP2Pシステムとを分離させ,これらを相互に連携させる P4Pアーキテクチャ[6]が提案されており,各種実証実験が行われた[6] [37] [38] [39]. Pando Networksが実施したP4P実験では,10日間に渡り,20MByteのコンテンツ を延べ100万人へ配信した[38].またComcastは,実験期間15日間で,21MByteの コンテンツを約15,000件ダウンロードした[39].これらの実験結果は,P4Pアーキテ クチャの導入効果を裏付けるものとして有用である.
2.3 P2Pトラフィック制御手法 21
ヨーロッパ
英国BBC放送のP2P技術を利用したKontiki配信システム [40]による配信サービ
スiPlayer [41]の利用者が急速に増加し,ISP の負担が大きく問題となった.このた
め,国の支援(FP7)でP2P-Next [42]やNAPA-WINEの取組みを実施している.
日本
日本では,平成19年に総務省後援のもと,「P2Pネットワーク実験協議会」が発足し た.平成21年に,名称を現在の「ネットワーク高度利用推進協議会」[43]に改名した.
この協議会では,P2P利用者の安心安全を実現するための事業者によるガイドライン の策定,および,ネットワークを効率的に利用するP2P配信モデルの検討および検証 を行っている.現在,協議会で構築したヒントサーバを用いて,日本全国に約100台の ダミーノードを配置し,トラフィック局所化に関する評価実験を実施している.このヒ ントサーバで扱うネットワーク情報は,現在一部の国内ISPで管理するネットワーク トポロジ情報を使用し実験を行っている.
2.3.3 標準化動向
P2Pトラフィック制御に関する標準化のために,IETF(The Internet Engineering Task
Force) [44]のアプリケーションエリアおよびトランスポートエリアに属するワーキンググ
ループで議論が行われている.各ワーキンググループの目的は以下の通りである.
(a) アプリケーションエリア
1) ALTO WG(Application-Layer Traffic Optimization)
ネットワーク情報を用いたアプリケーショントラフィックの制御プロトコル 2) DECADE WG (Decoupled Application Data Enroute)
In-Networkストレージの制御プロトコル
(b) トランスポートエリア
1) LEDBAT WG (Low Extra Delay Background Transport)
less-than-best-effortの輻輳制御を行うトランスポートプロトコル.
2) PPSP WG (Peer to Peer Streaming Protocol)
PPliveなどのP2Pライブストリーキングのアーキテクチャ
以下に,本論文のアプローチに関連するALTO WG (a)1)の標準化動向について説明する.
ALTO WGでは,P2PアプリケーションがISPのネットワーク帯域を効率的に利用する
ことを目的とし,ネットワークトポロジやネットワーク構成情報を用いたトラフィック制御 方式,ALTOプロトコルについて議論している.ALTOプロトコルは,P4P WGが提案し
たP4P手法[6]をベースとしたALTOクライアントとALTOサーバ間のプロトコルであり,
ISPとASPが協業することを前提とした手法である.ALTOサーバはISPなどのネットワー ク情報を提供するサーバであり,ISPが運用管理することを想定している.また,ALTOクラ イアントは,ALTOサーバにネットワーク情報を問合せするクライアントであり,一例として ハイブリッド型P2Pで代表的なBitTorrentのTrackerに相当する.
ALTOプロトコルを用いたハイブリッド型P2Pコンテンツ配信の処理手順は次の通りであ る(図2.9).従来の P2Pコンテンツ配信は,ピアがコンテンツをダウンロードするために,
Trackerに対し候補ピアのリストを要求すると,Trackerはネットワークトポロジを考慮せず
候補ピアのリストを作成していた.このため,ネットワーク情報が反映されず,ネットワーク に非効率な配信が行われていた.
ALTO Server ALTO要求( 例:Network Map)
ALTOプロ ト コ ルプロ ト コ ルプロ ト コ ルプロ ト コ ル P2Pプロ ト コルプロ ト コルプロ ト コルプロ ト コル
ALTO応答( 例:Network Map) ALTO Client
ex) Tracker ピ ア
ピ アピ ア ピ ア
ピアリスト応答 ピアリスト要求
ISP管 理管 理管 理管 理 ASP管 理管 理管 理管 理
図2.9.ALTOアーキテクチャ
これに対し,ALTOプロトコルを用いる場合,ピアがTrackerに対し候補ピアのリストを要 求すると,ALTOクライアントであるTrackerは,さらにALTOサーバに対してネットワー クマップなどのALTO要求を行う.ALTOサーバは,図2.10で示すALTOサービス情報を 持つ.この中で,サーバ情報を提供する「サーバ情報サービス」とネットワークトポロジ情報 やコスト(ホップ数,帯域,地理的距離など)(図2.11)を提供する「マップサービス」は必 須であり,他はオプション機能として提供される.マップサービスはさらに,ISPが管理する ネットワークアドレスをロケーション毎にグループ化しID付けした「ネットワークマップ」
と,このID対のソース,ディスティネーション間のホップ数,帯域,地理的距離などを定義 したコストの一覧「コストマップ」が存在する.ALTOサーバやALTO要求に対する情報を ALTOクライアントに提供し,ALTOクライアントのTrackerがこの取得したネットワーク 情報を用いて候補ピアのリストを作成し,これをピアへ通知する仕組みである.
しかし,この手法は,ISPはISP自身が管理しているネットワーク構成情報を,配信アプ リケーション側(ASP)へ公開しなければならず,ISPにとっては企業戦略観点から望まない.
また,ネットワーク情報を提供しても配信アプリケーション毎に適用方法が異なるため,ISP のポリシーに従った制御が行えるとは限らない.
2.3 P2Pトラフィック制御手法 23
ALTO Protocol Structure
Server Info Service
Map Filtering Service
Endpoint Property
Service
Endpoint Cost Service
Network Map Cost Map Map Service
ALTO Info Services
必須サービス オプションサービス
図2.10. ALTOプロトコル構成
Src-1 , Dst-1, cost-11 Src-1 , Dst-2, cost-12
:
Src-1 , Dst-m, cost-1m Src-2 , Dst-1, cost-21 Src-2 , Dst-2, cost-12 Endpoint: 198.51.100.100 :
198.51.100.0/25
Endpoint: 192.0.2.34 192.0.2.0/24
NetLoc: PID-1 NetLoc: PID-2
・・・
NetLoc: PID-3
・・・
NetLoc: PID-4
・・・
Network Map Cost Map
図2.11.Map Service
そこで,本論文では,ISPが管理するネットワーク情報を公開することなく,ISPのネット ワーク運用ポリシーに従い,非効率なP2Pトラフィックを削減させるP2Pコンテンツ配信手 法である,Network-aware P2P手法を提案する.