Italic: Maximum traffic amounts
4.5 考察
これまでにP2Pトラフィック局所化を目的として多くの研究が行われてきた.関連研究は ISPとASP視点から3つのアプローチに分類することができる.
最初のアプローチは,ASPと ISPが協調しP2P システムを展開することでISP 間トラ フィックの削減を行う手法である.文献[6]は,ISPからASPに提供されるネットワーク情
4.6 まとめ 61
報を利用しピア選択においてネットワークトポロジの認識を可能とするP4Pアーキテクチャ を提案した.このアーキテクチャは,ISPがiTrackerを使用し,ピア選択ポリシーやネット ワーク情報を制御することが可能である.iTrackerはappTracker対し特定回線のトラフィッ ク制限,OSPFコスト,BGPプリファレンス,キャッシュなどのISPの機能を通知する.ピ ア選択ポリシーに基づき,同一エリアネットワークおよび同一ASからそれぞれ70%,80%の ピアが選択された.アーキテクチャの効果は,PlanetLab [28]やフィールド環境で,シミュ レーション実験により有効性を検証した.しかし,本アプローチは,複数のISPとASPの協 業が必要で,直ちに展開することは難しい.さらに,本アーキテクチャは集中制御を必要とす るため拡張性に欠ける.
第2のアプローチは,第三機関が得したネットワーク情報を使用し,ネットワークドメイン 内にトラフィックを局所化する手法である.これはISPとは独立したアプローチであり,か つ,トラフィック局所化の目的は,ISP間のトラフィック削減ではなく,ユーザのダウンロード 速度向上のためである.文献[33]では,ISP内にトラフィックを局所するために,BitTorrent
のTrackerとクライアントの両方のソフトウェアを修正した.ピアは,リモートピアが同一
ISP内に存在するか否かを基に選択される.また,文献[30]では,AS間トラフィックを削減 するためにASパスや地理的な位置を基にしたピア選択アルゴリズムを提案した.この手法 は,トポロジ情報はGeoIP [31]など公表されているサービスから取得するものである.
第3のアプローチは,ISP自身のネットワークにキャッシュを配置させることでISP間ト ラフィックを削減する方法である.文献 [68]では,コンテンツを局所化させ,他のISPへの 送信トラフィックを削減する方法を提案した.また,文献 [27]では,ISPネットワークの境 界ゲートウェイに双方にキャッシュを配置させ,ISP間の冗長性を取り除くことが可能な,パ ケットベースのキャッシュ手法を提案した.
本章の提案は,最初のアプローチに分類される.しかし,各セグメントにn-Trackerを配置 させ,セグメント内部情報のみを使用しピア選択制御ができるため,スケーラビリティ問題が 解決する.さらに,本提案手法は,ISPが管理するネットワークトポロジ情報を公開すること なく,ISPのネットワーク運用ポリシーに従い,非効率なP2Pトラフィックを削減できるた め,ISPにとって導入が容易な手法である.
4.6 まとめ
P2Pコンテンツ配信アーキテクチャは,費用対効果に優れており,ASPにとって有益な配 信手法であることから,商用分野での利用が急速に増加している. その反面,P2Pの冗長化し たトラフィックがISP間のリンク帯域を浪費し,ネットワーク輻輳を発生させている.
本章では,このISP観点の課題を解決するために,適切なネットワークセグメント内にP2P トラフィックを局所化させることでISP間トラフィックを削減するNetwork-aware P2Pアー キテクチャ手法を提案した.
本提案手法はP4Pアーキテクチャと似ているが,次の利点がある.P4Pアーキテクチャと 比較すると,P4PはISPが管理するネットワーク情報をASPに提供しなければならず,ISP
にとってはネットワーク構成情報の開示は望まない.これに対し,本提案手法は,ISP自身で 収集・管理するネットワーク構成情報に基づきリモートピアの優先付けを行うn-Trackerを導 入するため,ISP自身のネットワークトポロジを外部へ公開しなくてよい.また,n-Tracker をISPで運用・管理することで,ISPポリシーに従った制御が可能となる.さらに,商用で既 に運用しているソフトウェアの改修を最小限とし,シンプルでASPに応用に導入可能な仕組 みとした.
本提案手法の有効性を評価するため,P2PソフトウェアのAzureusのTracker部分を改修
し,n-Tracker機能を実装した.そして,Azureusクライアントソフトウェアをインストール
した48台のクライアントPCと,商用ネットワークの一部を模擬したネットワーク装置で構 成した実験環境を構築し,トラフィック局所化に関し評価を行った.
この結果,約半数のユーザをFTTH回線とし,同一セグメントピア選択率Srを100%と設 定した時,伝搬遅延時間に関わらず,約82%以上のトラフィックを同一セグメント内に局所 化することに成功し,高い局所率を得る事ができた.また,シーダが各セグメントに存在する 場合,局所率がより増加した.さらに,この局所率は,クライアントソフトウェアを改修する ことなく,Trackerソフトウェアの改修のみで得られた.これは,n-Trackerを配置するため に,ISPのみならずASPにとっても望ましい結果である.
実験は,様々なテスト条件で局所化に焦点を当てた実験を実施し,高い局所率を得られるこ とが検証された.このことは,ISP間トラフィックを削減するために,ISPに非常に望ましい 事である.しかし,これはISP視点の評価であり,ユーザに対する効果についての議論ではな
い.NaP2P導入時のユーザに対する効果分析・評価は5章で行うこととする.
63
第 5 章
実運用加入者数を想定した ISP およ
びユーザ視点における Network-aware P2P 配信手法の効果に関する分析
4章では,ネットワーク構成情報を用いてトラフィックを AS,ISP,または,地域セグ メント内で配信を行うNetwork-aware P2Pアーキテクチャを提案し,提案手法の有効性に 関し,約50台規模の実機を用いた実験によるISP視点の評価・検証について述べた.提案
Network-aware P2P配信手法を実用規模のユーザ数で評価するために,相当数の実機材を用意
することは難しい[61].そこで,大規模ユーザ数の評価を可能とするために,Network-aware アーキテクチャとBitTorrentベースのP2Pプロトコルを実装したNetwork-aware P2Pシ ミュレータを構築した.本章では,構築したNetwork-aware P2Pシミュレータの設計方針,
システム構成,システム性能について述べる.そして,このシミュレータを用いて,ISP視 点における提案Network-aware P2P配信手法が有効であることを検証する.実用化のために は,提案手法がユーザ視点においても効果的でなければならない.そこで,ユーザ視点おける 評価として,本提案手法を導入した時にコンテンツ配信時間が短縮されることを検証し,さら に,ストリーミング視聴可否についての評価も行う.
5.1 はじめに
P2Pアーキテクチャは,CDNを用いたクライアント/サーバ型と比較すると,コスト効率 性,拡張性,耐障害性に優れていることから,近年商用利用が増加している[46] [56] [58].一 方,P2Pアーキテクチャは,ネットワークトポロジを意識せずに通信相手であるピアを選択す るため,本技術の普及によりISP間を横断する非効率な通信が多量に発生する問題が生じてい る.本課題を解決するには,P2Pトラフィック削減を目的に,ISP内部あるいはISP内の地域 ネットワーク内部にトラフィックを局所化させる仕組みが必要であり,前章でネットワーク構 成情報を用いてトラフィックをISP,または,地域ネットワーク内で配信するNetwork-aware P2Pアーキテクチャ(NaP2P)を提案した.そして,提案手法の有効性に関し,約50台規模
の実機を用いた実験による評価・検証を行い,トラフィックが局所化できることを確認した.
しかし,実用化のためには,アクセスが集中し大量のトラフィックが発生するケース,例えば 人気あるコンテンツやゲームソフトウェアの販売開始時など,多数のユーザが一斉にアクセス をする場合[59] [60]を想定した大規模なユーザ数における評価を行うことが重要である.こ の評価を行うために,相当数の実機材を用意することは,設備コストや設置場所などの問題か ら難しい.
そこで,実用的規模 (万のオーダーを想定) のユーザに対する配信を評価するために,
Network-awareアーキテクチャとBitTorrent [46]ベースのP2Pプロトコルの動作を実装し たNetwork-aware P2Pシミュレータ(以下,「NaP2Pシミュレータ」と呼ぶ)を作成した[62]. 本シミュレータは,アクセス,中継ネットワークを模擬するクラスタと,各クラスタ間のリン クを定義することで,任意のネットワークトポロジを作成可能とした.
本シミュレータを用いて,ネットワーク情報をアクセスリンの帯域1Gbps,遅延20msec や,セグメント内の配信率が80%などの様々な条件を想定し,同様のアーキテクチャで,数 千人〜1万人規模のユーザにほぼ同時にP2P配信を行い,大量のトラフィックがバースト的 に発生する場合の特性を評価することとした.
この結果,ISPがISP内のトラフィックを60〜80%となるように設定した際に,BitTorrent 独自の制御による影響はあるものの,ほぼ設定通りにトラフィック量を制御可能であることを 確認した.また,2AS間の配信においても同様の制御が可能であることも確認した.
上記評価は,提案手法の効果をトラフィックの局所化に重点を置いたISP視点での評価で あった.しかし,本提案手法を実用化するためには,ユーザに対しても有効であることが要求 される.そこで,ユーザ視点で評価することが重要と考え,ユーザへのコンテンツの配信時間 に関し実験・評価を行った.その結果,ネットワーク情報を使用しない場合と比較し,Srが 90%の時,2AS間配信において配信時間が平均32.7%短縮され,本提案手法が有効であるこ とを検証した.
これらISPおよびユーザ双方の視点における評価結果から,本提案手法の有効性を分析 する.