第 9 章 積分の応用 133
10.10 関数と無次元量
既に学んだように, sinxは,以下のように無限次の多 項式でマクローリン展開できる:
sinx= x 1!−x3
3! +x5 5! −x7
7! +· · · (10.53) ここで, もしxに何らかの次元があれば, 困ったことに なる。実際,xがもし「長さ」という次元を持ち, mとい う単位で表されるなら,x3はm3という単位を持つ。と ころが, mという単位を持つ量とm3 という単位を持つ 量を足すことはできない(異なる次元の量は足せない)。 従って,式(10.53)の右辺が意味を持つのは,xが無次元 量(単位を持たない量)であるときに限る。従って,現実
的には, sinxのような関数の引数(関数に入れる数, つ
まり独立変数)は, 無次元量でなければ意味がないので ある。そこで, 現実的な問題を扱う科学では, このよう な関数の引数を無次元にするために, 何らかの定数を掛 けたり割ったりして,つじつまをあわせる必要がある。
例10.11 P.110では,単振動の式:
x(t) =x0cos(ωt+δ) (10.54) を学んだ(tは時刻, ωは角速度,δは適当な定数)。既に 学んだように, cosθもθに関する無限次の多項式でマ クローリン展開されるので,引数θは無次元量でなくて はならない。ところがtは「時間」という次元を持ち,
「秒」などの単位で表される。そこで, それを無次元に する(単位を消す)ために,ωという係数が必要なのだ。
このことから,ωが「1/時間」の次元を持ち, s−1などの 単位で表されるということがすぐわかる。同様にδも無 次元量である(「初期位相」と呼ばれる)。(例おわり)
もちろん, ωは角速度という, 立派な意味を持つ量で あり, 単なるつじつまあわせの為だけに存在するのでは ない。しかし,数学的な形式と,量の次元(単位)の整合 性だけに着目しても, このようにいろいろなことがわか るのである。
演習問題
演習26 あるお菓子は半径Rの球形をしており, 中の 方が甘い。お菓子の中の砂糖の濃度をCとすると,Cは 中心で最大値C0をとり, 表面で0である。中心から表 面までは,Cは中心からの距離rに関する一次関数で表 されるとする。このお菓子に含まれる砂糖の全質量を表 す式を導け。それは,このお菓子と同じ形・大きさで,砂
10.10 関数と無次元量 153 糖が濃度C0で均一に存在するような別のお菓子に含ま
れる砂糖の全量の何倍に相当するか? ヒント: 中心から 半径r,厚さdrの球殻に含まれる砂糖の質量は? それを 足し合わせれば(すなわち積分すれば)よい。
演習27 テーラー展開を直接せずに(式(10.10)などを 使って),次式を示せ:
1
1 +x = 1−x+x2−x3+x4−x5+· · · (10.55) ln(1 +x) =x−x2
2 +x3 3 −x4
4 +· · · (10.56) 1
1 +x2 = 1−x2+x4−x6+x8− · · · (10.57) arctanx=x−x3
3 +x5 5 −x7
7 +x9
9 − · · · (10.58) 1−1
3 +1 5 −1
7+1
9 − · · ·= π
4 (10.59)
ヒント: 式(10.55)は,式(10.10)をちょっと工夫。式(10.56)
は式(10.55)の両辺を不定積分してx= 0でつじつまが合う
ようにすれば出てくる。式(10.55) のxにx2 を代入すると 式(10.57)。式(10.57)の両辺を不定積分してx= 0でつじつ まが合うようにすれば式(10.58)。式(10.58)の両辺にx= 1 を代入すると,式(10.59) (x= 1は,もとの式(10.10)の収束 半径のぎりぎり端っこであって,内側ではないが,式(10.58) の収束半径の内側には入っている)。
演習28 テーラー展開を直接行なって, 式(10.55), 式 (10.56),式(10.57),式(10.58)を示せ。
演習29 以下の関数で,xが無次元量でなければ意味を 持たないものを選び, その理由を述べよ。 ヒント: 1は 無次元量である。
(1) x2 (2) 1/x (3) 1 +x
(4) 1/(1−x) (5) tanx (6) expx (7) lnx
問題の解答
答221 式(10.2) で, x2以降の項を無視すると, 線型近 似の式に一致する。すなわち, 式(10.2)は,線型近似の 式に,さらに高次の項を付け加えたものと見ることがで きる。
答222 f(x) = exと置くと, f(0) = e0 = 1, f′(0) =
e0 = 1, f′′(0) = e0 = 1, · · · であるので, これらを式 (10.3)に代入すると,
ex= 1 0!+ 1
1!x + 1
2!x2+ 1
3!x3+ 1
4!x4+ · · ·
= 1 0! + x
1! + x2 2! + x3
3! + x4 4! + · · ·
f(x) = sinxと置くと, f(0) = sin 0 = 0, f′(0) = cos 0 = 1, f′′(0) = −sin 0 = 0, f′′′(0) = −cos 0 =
−1, f′′′′(0) = sin 0 = 0 · · · であるので, これらを式 (10.3)に代入すると,
sinx= 0 0!+ 1
1!x+ 0
2!x2+(−1) 3! x3+ 0
4!x4+ 1
5!x5 + · · ·
= x 1! − x3
3! + x5 5! − x7
7! · · ·
f(x) = cosxと置くと, f(0) = cos 0 = 1, f′(0) =
−sin 0 = 0, f′′(0) = −cos 0 = −1, f′′′(0) = sin 0 = 0, f′′′′(0) = cos 0 = 1 · · · であるので, これらを式 (10.3)に代入すると,
cosx= 1 0!+ 0
1!x +(−1) 2! x2+ 0
3!x3+ 1
4!x4+ 0 5!x5 · · ·
= 1 0! − x2
2! + x4 4! − x6
6! + · · ·
答223式(10.6)の両辺をxで微分すると, (ex)′= 0 + 1
1!+2x 2! +3x2
3! +4x3 4! + · · · (ex)′= 1
0!+ x 1!+x2
2! +x3 3! · · · (ex)′=ex
式(10.7)の両辺をxで微分すると, (sinx)′= 1
1!−3x2 3! +5x4
5! −7x6 7! + · · ·
= 1 0!−x2
2! +x4 4! −x6
6! + · · ·
= cosx
式(10.8)の両辺をxで微分すると, (cosx)′ = 0−2x
2! +4x3 4! −6x5
6! + · · ·
=−x 1!+x3
3! −x5 5! + · · ·
=−sinx
答224式(10.6)にx= 1を代入すれば与式を得る。
答225f(x) = 1/(1−x)とする。
(1) 合成関数の微分によって, f(x) = (1−x)−1
f′(x) = (−1)(1−x)−1−1(1−x)′ = (1−x)−2 f′′(x) = (−2)(1−x)−2−1(1−x)′ = 2(1−x)−3 f(3)(x) = 2(−3)(1−x)−3−1(1−x)′
= 2×3(1−x)−4
f(4)(x) = 2×3(−4)(1−x)−4−1(1−x)′
= 2×3×4(1−x)−5
· · ·
f(n)(x) =· · ·=n!(1−x)−(n+1)
となる。これらにx = 0を代入して, f(0) = 1, f′(0) = 1, f′′(0) = 2,f(3)(0) = 3!, f(4)(0) = 4!,
· · ·, f(n)(0) =n! となる。これを式(10.2)に代入 すると,
f(x) = 1 +x+2 2x2+3!
3!x3+4!
4!x4+· · ·+n!
n!xn· · ·
= 1 +x+x2+x3+x4+· · ·+xn+· · ·
となる。 ■
(2) x= 2とすると,左辺=1/(1−2) =−1だが, 右辺 は1 + 2 + 4 + 8 +· · · であり,無限大に発散する。
従ってこの式は成り立たない。
(3) 式(3.97)でr=xとすると,
1 +x+x2+· · ·+xn=
n
∑
k=0
xk= 1−xn+1 1−x
(10.60) となる。ここでnが無限大に行くときを考える。
右辺の分子のxn+1 は, |x| < 1 のときであれば, 0に収束するので, 右辺は1/(1−x)に収束する。
|x|>1であれば, xn+1は発散する(1 < xなら正 の無限大に発散するし, x <−1なら正負に振動し ながら正か負の無限大に発散する)ので, 右辺は収 束しない。x=−1ならば,xn+1は1と−1の間を 振動するので, 右辺は収束しない。x= 1なら右辺 の分母が0になるので式(10.60)は無意味になる。
以上のことから, 式(10.60)の右辺が収束する(も しくは意味を持つ)のは|x|<1のときだけである。
答226z=a+biとする(a, bは実数)。
z=a+bi (10.61)
z=a−bi (10.62)
これらの辺々を足せば, z+z= 2a
従って,a= (z+z)/2となる。すなわち式(10.12)の第 1式が成り立つ。一方,式(10.61)から式(10.62)を辺々 引けば,
z−z= 2bi
従って,b= (z−z)/(2i)となる。すなわち式(10.12)の 第2式が成り立つ。
答227 (1)(2)略。
(3)eiπ = cosπ+isinπ=−1 + 0i=−1。 従って,eiπ+ 1 = 0。
答228
eiα×eiβ = (cosα+isinα)(cosβ+isinβ)
= cosαcosβ+i(sinαcosβ+ cosαsinβ) +i2sinαsinβ
= cosαcosβ−sinαsinβ+i(sinαcosβ+ cosαsinβ) 一方,
ei(α+β)= cos(α+β) +isin(α+β) 実数部と虚数部をそれぞれ比べて,与式を得る。
答229f(x) =eix, g(x) = cosx+isinxとする。
f′(x) =ieix=i(cosx+isinx) =icosx−sinx g′(x) =−sinx+icosx
従って,f′(x) =g′(x)。 答230
eix= cosx+isinx (10.63)
e−ix= cosx−isinx (10.64) 辺々を足せば,
eix+e−ix= 2 cosx 従って,
eix+e−ix
2 = cosx (10.65)
一方,式(10.63),式(10.64)より, eix−e−ix= 2isinx
10.10 関数と無次元量 155 従って,
eix−e−ix
2i = sinx (10.66)
答231
(sinx)′=(eix−e−ix 2i
)′
=ieix+ie−ix 2i
= eix+e−ix
2 = cosx cosの微分も同様(略)。
答232 (1)
cos3x=(eix+e−ix 2
)3
= e3ix+ 3eix+ 3e−ix+e−3ix 8
= e3ix+e−3ix
8 + 3×eix+e−ix 8
= 1
4×e3ix+e−3ix
2 +3
4×eix+e−ix 2
= cos 3x+ 3 cosx 4
従って, cos 3x= 4 cos3x−3 cosx。 (2) 略(上と同様)。
答233図10.5のとおり。注:(2)は原点対称。(5)は90 度だけ左回り。
-3 -2 -1 1 2 3 4
-3 -2 -1 O 1 2 3Re
Im
z
−z
1+z z−i iz
z2
1/z
図10.5 問233の答え。
答234
(1)
√2 exp(π 4 i)
(2)
2 exp(π 6 i)
(3)
exp(3π 2 i)
(4)
√1 2+ i
√2 (5)
−2
(6)
1 +√ 3i
答235
(1) ei7π/12 (2) e−iπ/12 (3) ei3π/4 (4) eiπ/2 (5) 8eiπ
答236 z=r1eiθ1,w=r2eiθ2とする(r1, r2, θ1, θ2は実 数。r1とr2は0以上)。式(10.26)と式(10.29)より, 絶対値と動径は同じである。従って,|z|=r1,|w|=r2
である。
zw=r1eiθ1r2eiθ2=r1r2eiθ1eiθ2 =r1r2ei(θ1+θ2) (10.67) この最後の項を極形式とみれば, その動径はr1r2であ る。絶対値と動径は同じなので, |zw|=r1r2 =|z||w|, すなわち式(10.33)が成り立つ。 ■ 答237複素数z, wについて,
(1) z=reiθとする。eiαz =rei(θ+α)となる。これは もとのzに対して, 偏角がαだけ増えた式なので, 複素平面上では,原点を中心にαだけ左向きに回転 することに対応する。
(2) z=reiθ =rcosθ+irsinθだから, z=rcosθ−irsinθ
=r{cos(−θ) +isin(−θ)}=re−iθ
答238
(1) 複素平面にiをプロットすると, 動径1, 偏角π/2 であることは明らかなので, 極形式で表現してi= eπi/2。
(2) 前問の結果の両辺をi 乗すれば, ii = (eπi/2)i = eπi2/2=e−π/2。
(3) ii=e−π/2≒e−1.5708≒0.2079。
答239 (1) ∂f
∂x = 2x, ∂f
∂y = 2y (2) ∂f
∂x =yexpxy, ∂f
∂y =xexpxy (3) ∂f
∂x = x
√x2+y2, ∂f
∂y = y
√x2+y2 (4) ∂f
∂x =− x
(x2+y2)3/2, ∂f
∂y =− y (x2+y2)3/2
答240∂f /∂x=yexp(xy)より,
∂
∂y
∂f
∂x = exp(xy) +xyexp(xy) また,∂f /∂y=xexp(xy)より,
∂
∂x
∂f
∂y = exp(xy) +xyexp(xy) よって,
∂2f
∂y∂x = ∂2f
∂x∂y = exp(xy) +xyexp(xy)
答241
(1) ∂2f /∂x2=−(ey+e−y) cosx (2) ∂2f /∂y2= (ey+e−y) cosx (3) (1)(2)より明らか。
答242
(1) ρ=P/RT に値を代入しρ= 44.08 mol m−3。 (2) ρ= 43.96 mol m−3。
(3) それらの差をdρと書くと,
dρ = 43.96 mol m−3 − 44.08 mol m−3 =
−0.12 mol m−3。 (4)
∂ρ
∂P = 1
RT, ∂ρ
∂T =− P RT2 従って,全微分公式から,
dρ= ∂ρ
∂PdP + ∂ρ
∂TdT = 1
RTdP − P RT2dT
(5) dT=1 K, dP=1 hPa=102 Paとして上の式に代入 すると,dρ=−0.12 mol m−3。
答243
∫ 2
−2
(∫ 3 0
(x2+xy)dx) dy=
∫ 2
−2
[x3 3 +x2y
2 ]3
0dy
=
∫ 2
−2
(9 + 9y 2
)dy=[
9y+9y2 4
]2
−2= 36
答244 位置(x, y, z)にある, 体積dx dy dzの直方体の 中に含まれる砂糖の量dSは, C dx dy dz。これを積分 して,
S=
∫ c 0
∫ b 0
∫ a 0
C dx dy dz
157
第 11 章
ベクトル
第1.15節(P.11)で学んだように,平面や空間の中で, 大きさと向きをもつ量をベクトルと呼ぶ。本章では, ベ クトルについて,より深く学ぼう。
11.1 ベクトルの書き方
ベクトルを記号で呼ぶときは,上に矢印のついた記号 か, 太字のアルファベットを使う約束だった。ここで, ベクトルを記号と座標で表す時の書き方を確認してお こう:
例11.1 ベクトルの記号と座標の書き方
正しい: a= (2,−1) (11.1)
正しい: b= (x, y) (11.2)
間違い: a= (2,−1) (11.3)
間違い: a(2,−1) (11.4)
間違い: b= (x, y) (11.5)
間違い: b= (x,y) (11.6)
間違い: b= (x,y) (11.7)
式(11.3)は細字のaがダメ。式(11.4)は=が入ってい ないのがダメ。式(11.5)は細字のbがダメ。式(11.6) は成分まで太字で書いたところがダメ(ベクトルといえ ば何でもかんでも太字で書けばよい, というものではな い)。式(11.7)は全部ダメ。(例おわり)
よくある質問121 なぜベクトルは太字や上付き矢印で書く
のですか? ... スカラーと区別するためです。スカラーとベク
トルは, 本質的に違う量です。例えばa, b, cがスカラーの場 合,ab=cなら,両辺をbで割って,a=c/bとできますね(b は0でないとする)。ところが,aがスカラーでb,cがベクト ルの場合,ab=cだからといって,a=c/bとしてはいけな いのです(理由は後述)。「ベクトルでの割り算」は許されない のです。そのように,ベクトルはスカラーとは違った扱いをす る必要があるために,「要注意記号」として,太字や上付き矢 印で書くのです。