第 9 章 積分の応用 133
12.9 対角化
先の例12.6(P.179)で,
A= [5 3
4 1 ]
(12.59)
という行列Aについて,
固有値が−1のとき, 固有ベクトル [ 1
−2 ]
固有値が7のとき,固有ベクトル [3
2 ]
であることが示された。すなわち,
[5 3
4 1 ] [ 1
−2 ]
=−1× [1
−2 ]
[5 3 4 1
] [3 2 ]
= 7× [3
2 ]
(12.60)
である。これらをひとまとめにすると,
[5 3 4 1
] [ 1 3
−2 2 ]
=
[ 1 3
−2 2
] [−1 0
0 7
]
12.9 対角化 181 とできる*13。すると,
[1 3
−2 2 ]−1[
5 3 4 1
] [ 1 3
−2 2 ]
=
[−1 0
0 7
]
(12.61) となることがわかる。ここで, 2つの固有ベクトルを列 ベクトルとして並べてできる行列をPとする。つまり,
P=
[ 1 3
−2 2 ]
(12.62) とすると,式(12.61)は,
P−1AP =
[−1 0
0 7
]
(12.63) である。このように, 与えられた行列(ここではA)に 対して, ある行列P によって, P−1AP とすることで, 非対角成分が0の行列(そのような行列を対角行列とい う)にすることを,対角化 という。上の説明でわかるよ うに,ある行列Aを対角化するには, 次のような手順を とる:
• Aの特性方程式を立てる。
• それを解いて,Aの固有値を求める。
• 各固有値に対応する固有ベクトルを求める。
• Aの固有ベクトルを列ベクトルとして並べてでき る行列をP とおく(慣習的には, 固有値の大きい 順に)。
• すると,P−1AP は対角行列になる。その対角行列 の対角成分(行番号と列番号が同じ成分)には,Aの 固有値が並ぶ。
注意: 行列Aを対角化するための行列Pは,ひとつに 定まるものではない。
● 問293 式(12.59)と, 以下のそれぞれのP につい て,P−1APを計算せよ。
(1) P=
[ 1 3
−2 2 ]
(2) P = [3 1
2 −2 ]
(3) P=
[−1 6
2 4
]
*13固有ベクトルの並べ順を左右入れ替えて, [5 3
4 1
] [3 1 2 −2
]
= [3 1
2 −2 ] [7 0
0 −1 ]
としてもよい。その場合,式(12.63)に相当する式は,
Q= [3 1
2 −2 ]
として, Q−1AQ= [7 0
0 −1 ]
● 問294 以下の行列を対角化せよ: [−1 2
−6 6 ]
(12.64) さて,ある2次正方行列Aが,行列Pによって対角化 されるとき,
P−1AP =
[λ1 0 0 λ2
]
(12.65) となる(λ1とλ2はAの固有値である)。両辺に,左から Pを,右からP−1をそれぞれ掛けると,
A=P
[λ1 0 0 λ2
]
P−1 (12.66)
となる。従って,Aの行列式は, detA
= det( P
[λ1 0 0 λ2
] P−1)
= detPdet
[λ1 0 0 λ2
]
detP−1
= detPdetP−1det
[λ1 0 0 λ2
]
= det
[λ1 0 0 λ2
]
=λ1λ2 (12.67)
となる(ここで式(12.24), 式(12.30)を使った)。つま り,行列式は,固有値の積に等しい (定理)。
対角化はいろんなことに応用できる。以下の例を考え よう:
例12.7 ある国の森林100 km2が山火事で荒廃して裸 地・森林のモザイク状になった。その後を1年間調査し た結果,次のようなことがわかった:1) 調査した裸地の うち, 8割は裸地のままで, 2割は植生が繁って森林に なった(1年間でそんなに早く森林が回復するわけがない! と いうツッコミは勘弁してほしい)。2) 調査した森林のうち, 1割が再び山火事によって裸地になり, 9割は森林のま まだった。このような変化がずっと続くと仮定しよう。
n年後の裸地(bare)・森林(forest)のそれぞれの面積を bn km2,fn km2とすると,
[bn+1
fn+1
]
=
[0.8 0.1 0.2 0.9
] [bn
fn
]
(12.68) と書ける。t(bn, fn)をcn とおき, 上の式の右辺の係数 行列をAとすれば,式(12.68)は次式のように書ける:
cn+1=Acn (12.69)
● 問295
(1) この行列Aを対角化せよ。
(2) cn =An c0となることを示せ(c0は現在の状態)。
(3) 対角化の結果を用いて, An を計算せよ。(ヒント:
(P−1AP)n=P−1AnP)
(4) 現状で裸地が80 km2,森林が20 km2とする。3年 後のそれぞれの面積を予想せよ。
(5) 長い将来(n→ ∞), 森林と裸地はそれぞれどのく らいの面積になると予想されるか?
このように,時間的に変化する現象を,複数の状態(上 では森林と裸地)の混在として表現し, さらにその比率 が, その瞬間の比率に依存して変化していくとみなす考 え方を, 「マルコフ過程」という。上の話に草原と農地 を含めて拡張したければ, ベクトルcn を4次元の数ベ クトルとし, 係数行列A (マルコフ過程の遷移行列と呼 ばれる)を4次の正方行列にすればよい。
よくある質問152 行列って何の役に立つのですか? ... むっ ちゃ役立ちます。例えば問295のマルコフ過程は,生態学,市 場予測(経済学),気象予測,作物収穫予測などで使われます。
2次正方行列よりももっと大きな行列にも同様の理論が成り立 ち,それは,多くの変数が関与する統計学(多変量解析学)や, 電子や原子の状態を解析する量子力学・量子化学,ものの強度 や変形を解析する材料力学・構造力学等,多分野で中心的な役 割をする理論です(特に対称行列と直交行列)。
12.10 3 次の行列式
これまで, 主に2次の正方行列について学んできた。
初学者が行列に慣れたり基本的な概念を学ぶには, まず 小さい行列でやる方が(取り扱いが簡単なので)よいか らだ。しかし, 実際は, もっと大きな行列を扱うことの 方が多い。
既に学んだように, 2次正方行列 A=
[a1 b1
a2 b2
]
(12.70) の行列式det(A)は,a1b2−a2b1で定義される。この計 算過程を図式的に書くと, 図12.2のように,左上から右 下への2つの数字の積(図12.2の左;つまりa1b2)に正 符号, 右上から左下への2つの数字の積(図12.2の右; つまりa2b1)に負符号をつけて, 足し合わせたものだ。
要するに「左上× 右下− 右上× 左下」である。この操 作を「たすきがけ」*14という。
*14本来は,和服の袖をたくし上げるために,左肩から右脇,右肩か ら左脇にかけて紐でしばること。
図12.2 2次の行列式(たすきがけ)
この考え方を拡張して, 3次正方行列
B=
a1 b1 c1
a2 b2 c2
a3 b3 c3
(12.71)
の行列式det(B)を,次のように定義する: 図12.3上段 のように,「左上から右下への3つの数字の積」として, a1b2c3, a2b3c1, a3b1c2 を考え, これらに正符号をつけ る。一方, 図12.3下段のように, 「右上から左下への3 つの数字の積」として, a3b2c1, a2b1c3, a1b3c2を考え, これらに負符号をつける。そうしてこれらを足し合わせ るのだ。つまり,
det(B) :=a1b2c3+a2b3c1+a3b1c2
−a3b2c1−a2b1c3−a1b3c2
(12.72)
と定義する。これを サラスの公式 と呼ぶ。
図12.3 3次の行列式(サラスの公式)
● 問296 以下の行列の行列式を計算せよ:
(1)
1 0 1
2 1 0
1 −1 3
(2)
1 1 2 1 2 4 1 3 5
(3)
1 2 2 1 4 4 1 6 5
(4)
1 2 1
2 4 0
3 6 −1
12.11 ベクトルの線型変換 183