第 9 章 積分の応用 133
9.5 ロジスティック方程式
これが, 高校の生物学で習った「個体群の成長曲線」
である。グラフを描いてわかったように, 十分長く時間 がたてば, N(t)は一定値に収束する。このようにほと んど一定値に至った状態を「定常状態」という。定常状 態では, N はほとんど増えないから, dN/dt = 0とし てよい。すると式(9.66)が0になるということだから, αN−βN2 = 0 となり, すなわち, N =α/βとなる。
つまり,定常状態では個体数N はα/βとなる。これが, その空間に生物が末永く生息できる個体数の最大値であ る。生物学ではこの値を「環境収容力」と呼び,Kと表 す。また, 生物学では, αを「内的自然増加率」と呼び, rと表す。
● 問219 Kとrを使うと,式(9.66)は, dN
dt =r( 1−N
K
)N (9.73)
となることを示せ。
よくある質問106 dN/dt=αN−βN2 について,αN <
βN2 となり,個体数が減るようなことはないのですか? ... そ れは個体数が定常状態を上回った時(個体数が環境収容力を上 回った時)ですね。実際の自然では,何かの拍子にNがたまた ま大きくなったり,環境変動のせいで環境収容力が小さくなっ てしまったときでしょう。その場合は,dN/dtが負になるの でN は減少し, やがて,βN2 =αN となって,dN/dt= 0, つまり定常状態に復帰します。
● 問220 β = 0のときは,ロジスティック方程式の解 はどうなるか? それを生物学的に説明せよ。
よくある質問107 生物学で出てきたグラフが微分方程式か ら出てきてびっくりしました。微分や積分って生物学にも使 われるんですね。...まだ序の口。数学は,生物学を含めて,あ らゆる科学で活躍します。
よくある質問108 高校ではそういう話を教えてくれません でしたが,なぜでしょう? ... 数学の先生の多くが「数学の専 門家」であり, 数学の応用例にはあまり興味が無いんじゃな い? 数学はそれ自体が美しくて面白いから,応用なんかどうで もいい,と思われているのかもね。でも我々は生物資源学類だ から,応用を意識した数学をやります。
よくある質問109 垂れ下がった電線の形がexを含む関数 で表せると聞いたのですが,なぜですか? ... 電線の重さを電 線自身が張力で支えること(力の釣り合い)から得られる微分
方程式を解くと,y=ex+e−xのような関数が出てきます。
演習問題
演習24 理 想 気 体 の 断 熱 変 化 に お い て, P Vγ が 変 化 の 前 後 で 不 変 で あ る こ と を 導 け 。た だ し, P, V, n, R, T, Cv, U をそれぞれ, 圧力, 体積, モル数, 気 体定数, 絶対温度, 定積モル比熱, 内部エネルギーとす る。また,γ= (R+Cv)/Cvとする。定積モル比熱は温 度によらない定数とする(厳密には違うのだが)。ヒン ト: 理想気体の内部エネルギーはU =nCvTと書ける。
体積の微小変化をdV とすると, 気体が外界に対してな す仕事はP dV である。これらを熱力学第一法則で組み 合わせ,理想気体の状態方程式P V =nRT を使ってP を消去すると,V とTに関する微分方程式ができる。そ れを解き,最後にTをPとV で書き換えればよい。
演習25 植物の成長の速さについて考えよう。ある微 小時間dtの間に植物個体の乾燥重量wがdwだけ増加 したとする。一概には言えないものの, 大きな植物(つ まりwが大きい植物)は,光合成のための生産器官も多 く持つので,たくさん光合成ができる。そのぶん,dwは 大きくなるのが自然だろう。そう考えると, 植物の成長 量は, ざっくり言って, 植物の大きさに比例すると考え てよかろう。つまり,
dw=α w dt (9.74)
となる。αは適当な定数である。右辺にdtがあるのは, 成長量が時間に比例する, という, 至極当然のことを表 す。この式を変形すると,
α= 1 w
dw
dt (9.75)
となる。このαを「相対成長率」(relative growing rate)
と呼び, RGRと書き表す。すなわち,
RGR := 1 w
dw
dt (9.76)
である。もしt =t1とt =t2の間のRGRが一定であ ると仮定できるならば,
RGR = lnw2−lnw1
t2−t1
(9.77) と表すことができることを,式(9.76)から示せ。注: 本 来は式(9.76)がRGRの定義だが,植物学や生態学の教 科書では,式(9.77)をRGRの定義としているものも多 い。それはおそらく, 微分積分がわからない人のために
9.5 ロジスティック方程式 141 書かれているのだろう。
問題の解答
答208
(1) 略(式(9.3)に問205の結果を適用)。
(2) Xは円の1/4だから,S= 4X =πR2
答212式(9.20)でt0をt,t1をt+dtと置き換えれば, x(t+dt) =x(t) +
∫ t+dt t
v(t)dt (9.78)
となる。dtが微小量ならば, tからt+dtまでの間で v(t)はほとんど変化しないと考えられ,
∫ t+dt t
v(t)dt=v(t){(t+dt)−t}=v(t)dt となる。従って,x(t+dt) =x(t) +v(t)dt ■ 答213式(9.21)でt0をt,t1をt+dtと置き換えれば,
v(t+dt) =v(t) +
∫ t+dt t
a(t)dt (9.79)
となる。dtが微小量ならば, tからt+dtまでの間で a(t)はほとんど変化しないと考えられ,
∫ t+dt t
a(t)dt=a(t){(t+dt)−t}=a(t)dt となる。従って,v(t+dt) =v(t) +a(t)dt ■ 答214
df
dx = 3f を変数分離して, df f = 3dx この両辺を不定積分して(積分定数をCとする),
∫ df f =
∫
3dx よって, ln|f|= 3x+C
よって,f =±e3x+C=±eCe3x (9.80) これにx= 0を代入すると,
f(0) =±eC=−2 (9.81)
となる。従って,f(x) =−2e3x。 ■ よくある間違い49 式 (9.80)や式(9.81) の±をつけない で,式(9.81)のかわりに「eC=−2」と書いてしまう... これ は間違いです。Cがどのような数であっても,eC が負になる
ことはありません。この場合は,±は−であり,eC= 2であ ることによって,初期条件が矛盾なく満たされるのです。この ようなことが起こるから,±は省略できないのです。
答215式(9.61)を変形すると, df
dx = 3f2 (9.82)
df
f2 = 3dx (9.83)
∫ df f2 =
∫
3dx (9.84)
−1
f = 3x+C (9.85)
f =− 1
3x+C (9.86)
初期条件より, f(0) = −1/C = 1。よってC = −1。 よって,
f(x) =− 1
3x−1 (9.87)
答216式(9.62)を変形すると, df
dx =−2xf (9.88)
df
f =−2x dx (9.89)
∫ df f =
∫
(−2x)dx (9.90)
ln|f|=−x2+C (9.91)
f =±(expC) exp(−x2) (9.92) 初期条件より,f(0) =±expC= 3だから,
f(x) = 3 exp(−x2) (9.93)
143
第 10 章
微分積分の発展
10.1 テーラー展開
P.75で学んだ線型近似は, 関数を一次式(直線の式) で近似する考え方である。ところが, 本来, 一次式より 二次式や三次式のほうが多様な関数を表現できるので, 関数を二次式や三次式, いや, もっとたくさんの次数の 多項式で近似するほうが, 高い精度が得られるだろう。
次数を無限大にすれば,もとの関数と近似式の間の誤差 を限りなく0にすることもできるかも! そうだったら 素敵だ! 多項式は四則演算(加減乗除)だけで計算でき, 微分も積分も簡単だから, 取り扱いが楽だし。そこで, 以下のように関数f(x)を多項式で近似することを考え よう:
f(x) =a0+a1x+a2x2+· · ·+anxn+· · · (10.1) この左辺と右辺が一致するなら,それぞれをx= 0にお いて何回か微分したもの(x= 0での微分係数)も等し いはずなので,
f(0) =a0
f′(0) =a1×1 f′′(0) =a2×1×2 f′′′(0) =a3×1×2×3
· · ·
f(n)(0) =an×1×2×3· · · ×n
となるはずだ。ここで,f(n)(x)は, f(x)のn階導関数 である。(xn)をn回微分すると1×2×3· · · ×n=n!
となることに注意せよ。すると, a0=f(0)
a1=f′(0)/1 a2=f′′(0)/(1×2) a3=f′′′(0)/(1×2×3)
· · · an=f(n)(0)/n!
となることがわかる。すなわち, 式(10.1)は, 次式のよ うになる*1:
f(x) = f(0)
0! +f′(0)
1! x+f′′(0)
2! x2+· · ·
=
∞
∑
n=0
f(n)(0)
n! xn (10.2)
これを,関数f(x)の マクローリン展開 という。
● 問221 式(10.2)はP.75の式(5.77)で出てきた線 型近似の式
f(x)≒f(0) +f′(0)x
の拡張になっていることを説明せよ。
ここまではx= 0での微分係数を考えたが, 一般に, x=aでの微分係数を考えると,
f(x) =f(a)
0! +f′(a)
1! (x−a) +f′′(a)
2! (x−a)2+· · ·
=
∞
∑
n=0
f(n)(a)
n! (x−a)n (10.3)
となる。これを関数 f(x) の x = a のまわりでの テーラー展開 という*2。
マクローリン展開は, テーラー展開の一種である。
x= 0のまわりのテーラー展開がマクローリン展開で ある。しかし, 世間的にはテーラー展開と言えば, マク ローリン展開のことを意味することも多い。
ところで, 導関数の定義式(5.5)(P.66)において, x0
をaと書き換えれば,
f(a+dx) =f(a) +f′(a)dx (10.4)
*10!は1とする。
*2ただし,テーラー展開できない関数もある。また,特定の定義 域(xの取りうる値の範囲)でしかテーラー展開できない場合 もある。どのような関数が,どのような定義域でテーラー展開 できるのか,ということは,大学の数学の教科書を参照せよ。
となる。さらに, a+dxを改めて xと書き換えれば, dx=x−aとなり, この式は,
f(x) =f(a) +f′(a)(x−a) (10.5) となる。これは, 線型近似の式であり, テーラー展開の 式の最初の 2項と一致する。ただしこの式は, x−a, つまりdxが十分に0に近いときにしか成り立たない。
従って,テーラー展開の式は,導関数の定義式(あるいは 線型近似)を, dxが0に近くなくても成り立つように, 拡張したものだ,とも言える。
● 問222 ex, sinx, cosxをそれぞれマクローリン展 開(x= 0のまわりでテーラー展開)すると, 以下の式に なることを示せ:
ex= 1 0!+ x
1!+x2 2! +x3
3! +x4
4! +· · · (10.6) sinx= x
1!−x3 3! +x5
5! −x7
7! +· · · (10.7) cosx= 1
0!−x2 2! +x4
4! −x6
6! +· · · (10.8)
● 問223 ex, sinx, cosxのそれぞれのマクローリン 展開(x= 0のまわりでのテーラー展開)の式を用いて,
(ex)′=ex (sinx)′= cosx (cosx)′=−sinx を確認せよ。
● 問224 式(10.6)から,次式を導け: e= 1
0!+ 1 1!+ 1
2!+ 1
3!+· · ·+ 1
n!+· · · (10.9)
これは, P.45の例3.26でコンピュータが出した結果を
理論的に裏付けるものである。
よくある質問110 なぜ近似する必要があるのですか。2次
近似, 3次近似, ...と,どんどん近づけたら元の関数にものす
ごく近くなって近似する意味がよくわかんないんですけど...。 ... 多項式は計算が簡単なので(加減乗除だけでできる), 近似 式として有用なのです。例えばsin 23度 のような値を求める とき,計算機の内部では関数をテーラー展開した有限次数の近 似式(多項式)に,値を代入しているのです。
また,そもそも無限次の多項式で表すしか手が無いというよ うな関数もたくさんあります。例えば,
1− x2 (1!)2 + x4
(2!)2 − x6 (3!)2 +· · ·
-1 1
-3π/2 -π -π/2 π/2 π 3π/2 y=x
O x
y
-1 1
-3π/2 -π -π/2 π/2 π 3π/2 y= x-x3/3!
O x
y
-1 1
-3π/2 -π -π/2 π/2 π 3π/2 y= x-x3/3!+x5/5!
O x
y
-1 1
-3π/2 -π -π/2 π/2 π 3π/2 y= x-x3/3!+x5/5!-x7/7!
O x
y
図10.1 実線はy= sinxのマクローリン展開(1次, 3次, 5次, 7次近似)。点線はy= sinx
という関数は,「ベッセル関数」と言って,円形膜の振動等の 解析で重要な関数です。これらは三角関数や指数関数,対数関 数等の,君がよく知っている関数で表すことはできません。
よくある質問111 テーラー展開ってすごいですね!1次式 から多項式になって精密になった気がします。 ... テーラー 展開は,凄い考え方です(マクローリン展開はテーラー展開の 一種です)。テーラー展開による無限次の多項式は,もとの関 数との誤差が限りなく0になるため,もはや近似ではなく,関 数そのものと言えます。そしてそれは,もとの関数の定義より ずっと扱いやすいのです。例えば, 実数で定義された関数で も,それをテーラー展開で多項式にすると,複素数や,後に学 ぶ「行列」というものを「代入」できます。実数でしか考える
10.2 複素数 145