第 9 章 積分の応用 133
11.10 本当のベクトルとは
時刻 風向(北からの角度) 風速(m/s)
00:00 15 3.0
06:00 40 5.2
12:00 320 1.5
18:00 260 2.0
「北より」を0度とし,北→東→南→西の時計回り順に増える とする。例えば風向45度は北東よりの風,風向90度は東よ りの風である。
11.10 本当のベクトルとは
本章もそろそろおしまいだが,最後に衝撃的な話をひ とつ。
本章の最初で, 「ベクトルを座標で複数個の数(スカ ラー)を並べた形で表すとき, それを数ベクトルと呼ぶ」
と述べた。実はこれは嘘である。数ベクトルの本当の 定義はもっとシンプルであり, ぶっちゃけ, 「数(スカ ラー)を順番に並べたもの」である。座標とかはそもそ も数ベクトルの本質には関係ない。それがどのような幾 何ベクトルを表すかはおかまいなしに, 数を適当に並べ たものが数ベクトルである。なので, 何個の数を並べて もよい。例えば(1,3,2,−6,3,5)も数ベクトルである。
そして, 数ベクトルを構成するひとつひとつの数を, 成 分といい, 成分の数を次元という。例えば(2,−1,4,3) は4次元の数ベクトルであり, その2番目の成分は−1 である。
よくある質問132 4次元の数ベクトルなんて,イメージでき ません... なんで? 数を4つ並べただけじゃん。
よくある質問133 それがどういう図形というか空間の中の 存在になるのかがわからないのです... そんなの考える必要あ りません。数ベクトルは「数を並べたもの」です。それだけ。
図形とかをイメージしたくなるのは,数ベクトルと幾何べクト ルをまだごっちゃにして考えているからです。たまたま2次 元や3次元のときは,幾何ベクトルと数ベクトルを区別せずに 使うと便利だったからそうしてただけです。4次元以上では, 幾何ベクトルのことは忘れて下さい。
よくある質問134 4次元以上の数ベクトルなんか,何に使う
のですか? ... 高校数学では,数ベクトルは平面ベクトルや空
間ベクトルの座標だったので, 2次元または3次元の数ベクト ルしか考えませんでしたが,大学では経済学や統計学,物理学 などで, 4次元以上の数ベクトルが出てきます。もちろん,そ の場合は,それらに対応する幾何ベクトルは存在しません。
というわけで,幾何ベクトルと数ベクトルは同じもの を表すと言っていたが, あれは嘘である。本来, 両者は 別の概念だ。というか, 片方は矢印, もう片方は数字の 羅列なのだから, それらが「同じ」という方が不自然で ある。
ということは,「ベクトルは向きと大きさを持つ量で ある」というのも嘘である。幾何ベクトルは確かに「向 きと大きさを持つ量」だが, 数ベクトルについてはそも そも向きとか大きさは考える必要がない。2次元や3次 元の数ベクトルなら,適当な座標軸を考えて, 2次元の平 面ベクトルや3次元の空間ベクトル(いずれも幾何ベク トル)に対応させて,その「向き」や「大きさ」を考える ことはできる。しかし,必ずそうしなければならないと いうものではない。それに, 4次元以上の数ベクトルに ついては, そもそも対応する幾何ベクトルを考えること など不可能である。
よくある質問135 なんでそんな嘘を教えたのですか? ... 大 人にならなきゃわからないことってあるでしょ? サンタさん とかさ。いきなり抽象的なことを教えられたら,頭がパンクし ちゃうでしょ?
ならベクトルとは何だろう? それを知るには, 数ベク トルについてもう少し考えよう。
まず, 同じ次元の数ベクトルどうしは, 足すことがで きる(それぞれの成分どうしを足せばよい)。また,数ベ クトルをスカラー倍することもできる(それぞれの成分 をスカラー倍すればよい)。
さて,ここで幾何ベクトルに話を戻す。幾何ベクトル どうしも足すことができる(平行四辺形を描けばよい) し, 幾何ベクトルをスカラー倍することもできる(矢印 の長さを何倍かすればよい)。
このように, 「足す」ことと「スカラー倍する」こと ができる, というのが数ベクトルと幾何ベクトルに共通 する性質である。もう少し丁寧にいうと, 「2つのベク トルa,bと,任意のスカラーα, βに対して,
αa+βb (11.68)
のように, それぞれのベクトルをスカラー倍して足し あわせることができる(そしてその結果もベクトルにな る)。」という性質を, 数ベクトルも幾何ベクトルも持っ ている。このように, 「スカラー倍して足す」ことがで きるような量のことを, ベクトル (vector)と呼ぶのだ!
そして, 式(11.68)のように複数のベクトルをスカラー
倍して足すことを 線型結合*8 (linear combination)と か 一次結合 と呼ぶ。
● 問277 線型結合とは何か?
よくある質問136 線型結合ができるもの,といっても,幾何 ベクトルと数ベクトルしか思いつきませんが,他に何かありま
す? ... たくさんあります。例えば2次関数。2次関数のスカ
ラー倍は2次関数だし, 2次関数どうしの和も2次関数です。
だから2次関数はベクトルだ,と言ってもOKなのです。
よくある質問137 えっ...!? そんなムチャな。関数がベクト ルなのですか? ... はい,そうです。大学数学では関数をベク トルとして扱います。
よくある質問138 よくわかんないですが,関数をベクトル として扱うことに,何のメリットがあるのですか? ... 物理で はよく,力のベクトルをいくつかの力のベクトルの和として考 えますよね。あれと同じようなことが関数についてできるの です。特に,関数を多くの三角関数の和(というか線型結合)
で表す手法があります。これを「フーリエ解析」と呼びます。
関数をフーリエ解析した結果のことを「スペクトル」と呼び ます。具体的には,音や光といった波や,振動現象などについ て,スペクトルは重要な概念です。様々な波長の光を使って果 物や食品を検査したり,人工衛星を使って地球の大気の二酸化 炭素濃度を測ったり,ということに,この手法は使われます。
また,「化学」で,原子や分子の中の電子の挙動を「波動関 数」という概念で扱います。そのときに,このような考え方は とても大事になります。
それらを知りたければ「基礎数学II」や「数理科学演習」を とりましょう。
よくある質問139 P39には,「数を適当な順番に並べた ものを数列という」と書いてあります。でも, P167には,「数 (スカラー)を順番に並べたもの」が数ベクトルであるとも書い てあります。数列と数ベクトルってどう違うのですか?... 同 じです。強いて言えば,数がだんだんどのように変わっていく かとか,並べ方の規則性に関心があるときは数列と言うし,そ うでないときは数ベクトルと言います。
*8「線型」を「線形」と書くこともある。どちらでもよい。
よくある質問140 でも,数列は{1,2,3}のように{}で括っ て表すけど,数ベクトルは()で括って表しますよね。どっち が正解? ... うーん,困りました。数列のときは,なぜか{}で 括る慣習なんですよ... 私としては,本当は()で括るほうが適 切だと思っています。{}は集合を表しますが, 集合として見 たら{1,2}と{2,1}は同じになってしまいます。でも,数列 として見たら,並び方が違いますからね。こういう風に,数学 の記号って,時々,形式的な矛盾を見せることがあります。
演習問題
演習30 直線ax+by+c= 0と,直線外の点P(x0, y0) があったとする(a, b, c, x0, y0は任意の定数で,aとbの どちらかは0以外)。Pからこの直線への距離は,
|ax0+by0+c|
√a2+b2 (11.69)
で与えられることを示せ。ヒント: 点Pから直線へ下ろ した垂線の足を点Q(x1, y1)として, (x1, y1)を求める。
そのためには, −→PQが直線の法線ベクトル(a, b) と平行 であることと, Qが直線上にあることを使う。そうして 求まったQの座標を使って, PQの距離を計算すれば OK。
演習31 外積の定理2を証明しよう。2つの空間ベク トル
a=
a1
a2
a3
, b=
b1
b2
b3
(11.70)
について,
(1) |a×b|2が次式になることを示せ(愚直に計算!):
a21b22+a21b23+a22b21+a22b23+a23b21+a23b22
−2(a1a2b1b2+a2a3b2b3+a3a1b3b1) (11.71) (2) 式(11.27)を使って, aとbが張る平行四辺形の面 積を計算せよ(愚直に計算!)。その結果を変形し,そ の2乗が式(11.71)に一致することを示せ。注: 式
(11.27)は「三角形」の面積。平行四辺形はその倍
であることに注意せよ。
演習32 a,b,cを任意の3 次元の数ベクトルとする。
11.10 本当のベクトルとは 169 次式を示せ
a×(b×c) = (a•c)b−(a•b)c (11.72) ヒント: 成分を地道に計算する。かなりの計算量になるが,必 ずできると信じてがんばろう! なお, (a•c)bの(a•c)はス カラーなので,その後のbとの積は,ただのスカラー倍である (だから•や×は書いていない)。
演習33 直線とは何だろうか? ひとつの定義は, 「2点 間を最短距離で結ぶ曲線」である。これをもとに,「球面 上の直線」を考えよう。球面上の2点間を, 球面に沿っ て結ぶ最短経路は, 球の中心を中心とする円弧である。
これは3次元空間の観点では直線ではない。しかし, 球 面上に束縛された観点で, 先ほどの「直線の定義」に照 らせば,これが「球面上の直線」である(これは「直線」
の拡張概念である)。さて, 長さの等しい3本の「直線」
で囲まれた図形を正3角形という。正三角形の内角の和 は, 平面上では180度である。しかし, 球面上では正三 角形の内角の和は180度より大きな値になり得るのだ! (1) 球面上の正三角形で,内角の和が540度になるよう
な例を説明せよ。ヒント: その場合, 1つの角の角 度は?
(2) 球面上の正三角形で,内角の和が270度になるよう な例を説明せよ。
(3) 球面上には,「正二角形」が存在しうる。それはど のようなものか?
問題の解答
(以下, ?は「解答丸写し」を防ぐための伏せ字。自分 で考えよう!)
答245
(1) 2a= 2(1,2) = (2,4)
(2) a−b= (1,2)−(2,3) = (−1,−1)
答246 2a= (2,4,−2)。3a−2b= (−1,8,1)。 答247 a =kbと置く(kは未知の定数)。これを成分 で書くと, (1,2,6) =k(x, y,−2)。各成分では, 1 = kx, 2 =ky, 6 =−2k。最後の式からk=−3。これを他の 式に代入し, 1 = −3x, 2 = −3y。従って, x =−1/3, y=−2/3。
答248略解(1)√
3 (2) 5 (3) 0
答249 aを平面ベクトル(a1, a2)とすると,
|αa|=|α(a1, a2)|=|(αa1, αa2)|
=√
(αa1)2+ (αa2)2=
√
α2(a21+a22)
=√ α2
√
(a21+a22) =|α||a|
aが空間ベクトルのときも同様(成分が1つ増えるだけ で同じ手順)。
答250
(1) |(1,0)|=√
12+ 02= 1 (2) |(−1/√
2,−1/√ 2)|=
√ (−1/√
2)2+ (−1/√ 2)2
=√
1/2 + 1/2 =√ 1 = 1 (3) |(1/√
3,1/√ 3,1/√
3)|
=
√ (1/√
3))2+ (1/√
3))2+ (1/√ 3))2
=√
1/3 + 1/3 + 1/3 =√ 1 = 1 (4) |(cosθ,sinθ)|=√
cos2θ+ sin2θ= 1 (5) |a/|a||=|a|/|a|= 1
答251 a•a=|a||a|cos 0◦=|a|2
答252a,bのなす角をθとする。a•b=|a||b|cosθ= 0,|a| ̸= 0,|b| ̸= 0より, cosθ= 0。よって, θ= 90◦ 答253 a•b=|a||b|cosθ ⇔ cosθ= a•b
|a||b|
答255 a•b= 1·2 + 2·3 = 8
答256 (1,2,−1)•(3,−4,5) = 3−8−5 =−10 答257式(11.17)を使って, cosθ= 1/√
5
答258 角AOBの大きさをθとする。OP=OAcosθ である。一方,a•eb =|a||eb|cosθである。
ところが, a の長さはOA で, eb の長さは1だから, a•eb = OA cosθとなる。これは, OPに等しい。
答259 bに平行で長さ1 のベクトルeb は, 問250 の(5)より, eb =b/|b|= (−1/√
10,3/√
10)。従って, a•eb = 2/√
10 =√ 10/5 答260
(1) 角AOBをθとする。式(7.48)において, a=|a|, b=|b|とすれば,s=12|a||b|sinθ。ここでsinθ=
√1−cos2θであり,式(11.17)より,
sinθ=
√
1−(a•b
|a||b| )2
である。従って,
s=1 2|a||b|
√
1−(a•b
|a||b| )2
=1 2
√|a|2|b|2−(a•b)2
(2) |a|2=a2+b2,|b|2=c2+d2,a•b=ac+bdを 前小問の結果に代入して,
s=
√(a2+b2)(c2+d2)−(ac+bd)2 2
=
√a2d2+b2c2−2abcd 2
=
√(ad)2−2(ad)(bc) + (bc)2
2 =
√(ad−bc)2 2
=|ad−bc| 2 (3) 前小問の結果から,
s=|1·4−2·3|
2 = |4−6|
2 = 1
答261 (3,−1)が法線ベクトルなので, 3x−y+c= 0 という形の方程式になる(c は定数)。ここで(1,2)を 代入すれば, 3−2 +c = 0より, c = −1。従って, 3x−y−1 = 0。
答262 (1,1)が法線ベクトルなので,x+y+c= 0とい う形の方程式になる(cは定数)。ここで(1,2)を代入す れば, 1+2+c= 0より,c=−3。従って,x+y−3 = 0。
答263 (1,2,−1)が法線ベクトルなので, x+ 2y−z+d= 0
という形の方程式になる(dは定数)。ここで(0, 0, 1) を代入すれば,−1 +d= 0より,d= 1。従って,
x+ 2y−z+ 1 = 0
答264
(1) nとaが垂直だから,n•a=p+q−3r= 0 (2) nとbが垂直だから,n•b=p+ 2q+r= 0
(3) 上の2つの式からqを消すと,p= 7r。上の2つの 式からpを消すと,q=−4r
(4) 前小問より, (p, q, r) = (7r,−4r, r) =r(7,−4,1)。 (5) 法線ベクトルを(7,−4,1) として, 平面を表す式 は7x−4y+z+d = 0と書ける(dは未知の定 数)。これに(0,0,1)を入れると, 1 +d= 0。よっ てd=−1。従って,求める式は7x−4y+z−1 = 0
答265
(a×b)•a=
a2b3−a3b2
a3b1−a1b3
a1b2−a2b1
•
a1
a2
a3
= (a2b3−a3b2)a1+ (a3b1−a1b3)a2+ (a1b2−a2b1)a3
=a1a2b3−a1a3b2+a2a3b1−a1a2b3+a1a3b2−a2a3b1
= 0
(a×b)•bについては解答略。
答266 結果だけ示す: (7,−4,1) レポートには計算過程 も書くこと。
答267略解を示す。レポートには計算過程も書くこと。
(1) a×b= (−2,1,−1)
平行四辺形の面積は,|(−2,1,−1)|=√ 6。 (2) a×b= (−1,−3,1)
平行四辺形の面積は,|(−1,−3,1)|=√ 11。 答268
b×a=
b1
b2
b3
×
a1
a2
a3
=
b2a3−b3a2
b3a1−b1a3
b1a2−b2a1
=
a3b2−a2b3
a1b3−a3b1
a2b1−a1b2
=
−a2b3+a3b2
−a3b1+a1b3
−a1b2+a2b1
=−
a2b3−a3b2
a3b1−a1b3
a1b2−a2b1
=−a×b
答269式(11.47)でbにaを入れると,a×a=−a×a。 右辺を左辺に移項して, 2a×a=0。両辺を2で割って 与式を得る。
答270略(成分に基づいて計算するだけ)。