a. 妊娠を避けることが望ましい疾患・病態 i. 母体の予後規定因子
妊娠・分娩に伴う容量負荷,血管の脆弱性や凝固亢進な どによる原疾患への影響が問題となる.多変量解析にて明 らかとなった心疾患母体の心事故(肺水腫,持続性頻脈性 不整脈,治療を要する徐脈,脳梗塞,心停止,心原性死亡)
を発症する
4
項目の危険因子(表28)について,それぞ れを1
点として点数化すると,心事故の発生は0
点で5%
,1
点で27%
,2
点以上で75%
との報告がある565).また,上記 に加えて,重度の肺動脈弁逆流や肺循環心室の機能低下,喫煙が母体危険因子であるとする報告もある566).
米国産婦人科学会(
American College of Obstetricians and Gynecologists; ACOG
)は,母体死亡率をもとに各心 血管疾患の危険度をクラス分類している(表29)567).ま た,リスクの高い疾患についての母体死亡率も報告され ている(表30)567a, 568).Eisenmenger
症候群の妊娠出産の予後は不良であり,1970
年代は母体死亡率が52%
と高率であった569).また,22
人・39
妊娠で,15
件が人工妊娠中絶,14
件が自然流 産で,30%
が帝王切開後に死亡したとの報告がある570).Eisenmenger
症候群の母体死亡は40%
との報告もある571).1978
年から1996
年の報告の集計では,27
件の妊娠で母 体死亡が36%
であった572).近年,新しいPH
治療薬を用い た妊娠管理もされているが573, 574),母体予後は不良である.表29 心疾患別にみた妊産婦死亡率 Group 1 軽度リスク疾患 妊産婦死亡率<1%
• ASD
• VSD
• PDA
• 肺動脈/三尖弁疾患
• Fallot四徴(修復術後)
• 生体弁置換術後
• 僧帽弁狭窄(NYHA心機能分類I〜II度)
Group 2 中等度リスク疾患 妊産婦死亡率5〜15%
2A
• 僧帽弁狭窄(NYHA心機能分類III〜IV度)
• 高度大動脈弁狭窄
• 大動脈縮窄(弁合併症のない場合)
• TOF(未修復術)
• 心筋梗塞の既往
• Marfan症候群(大動脈拡張軽度)
2B
• 心房細動を合併した僧帽弁狭窄
• 人工弁
Group 3 高度リスク疾患 妊産婦死亡率25〜50%
• PH
• 大動脈縮窄(弁合併症あり)
• Marfan症候群(大動脈拡張中等度以上)
米国産婦人科学会の分類による.(American College of Obstetricians and Gynecologists. 1993 567)より改変)
表28 心疾患患者において妊娠中に心臓合併症を発症する 危険因子
• 妊娠中の心臓合併症の既往(心不全,一過性虚血あるいは妊娠 前の脳血栓,または不整脈)
• 妊娠前のNYHA心機能分類 III〜IV度あるいはチアノーゼ
• 左心閉塞病変(僧帽弁口面積<2 cm2,大動脈弁口面積<1.5 cm2あるいは心エコー法での最大左室流出路圧較差 >30 mmHg)
• 体心室収縮期心機能低下(駆出率<40%)
(Siu SC, et al. 2001 565)より作表)
チアノーゼ性心疾患の予後も不良で,
23
妊娠のうち13
妊娠が心機能低下,うち7
妊娠は心不全を発症との報告が ある575).チアノーゼ性心疾患44
人・96
妊娠で,死亡1
件(感染性心内膜炎),心合併症14
件,心不全8
件とも報 告されている106).Marfan
症候群で大動脈径が40 mm
以上の大動脈拡張 や僧帽弁逆流がある場合は,妊娠中のリスクが高い576, 577).欧州心臓病学会(
ESC
)の成人先天性心疾患ガイドライ ン2003
年版では,妊娠高リスク群および妊娠を避けるこ とが望ましい疾患群を表31のように示している578). ii. 胎児の予後規定因子心機能低下例の妊娠では,胎児合併症が多いが,ニュー ヨーク心臓協会(
NYHA
)心機能分類Ⅳ度では胎児死亡 率が30%
とされている579).母体の高度チアノーゼは流早産と胎児死亡を引き起こし やすい580).母体のヘマトクリット値
65%
以上では妊娠の 継続は難しい580).母体の動脈血酸素飽和度が86
〜90%
では児の生存率は
50%
以下,85%
以下では12%
とされて いる(表32)106).チアノーゼ性心疾患の妊娠の分析では,自然流産
51%
, 死産6%
,早産16%
,正期産27%
と高率に胎児合併症を 認めた106).また,別の検討では,14%
が死産,36%
が子 宮内胎児発育不全(intrauterin growth restriction; IUGR
) と同様の傾向である581).早産率は17%
(自然早産59%
),子宮内胎児発育不全は
3.6%
とする報告もある.早産・子宮内胎児発育不全・新生児死亡をあわせた新生 児合併症の解析では,
NYHA
心機能分類>II
度またはチ アノーゼと左室閉塞性病変が有意な危険因子であった565). また,NYHA
心機能分類I
度,II
度の心疾患患者(先天 性心疾患72%
)で,子宮内胎児発育不全は20%
であった582).さらに,心疾患患者(
NYHA
心機能分類I
〜II
度:175
人,III
〜IV
度:32
人,先天性心疾患11.5%
)での早 産率25%
,子宮内胎児発育不全18%
で,早産率と低出生 体重児はNYHA
心機能分類III
〜IV
度で有意に多いと報 告された583).重症心疾患の妊娠は,子宮内発育遅延,早 産や低出生体重児の比率が高い.Eisenmenger
症候群は児の予後も不良で,早産率53
〜100%
,新生児生存率75
〜92%
とされている570–572). iii.妊娠が母児にとって危険で,妊娠中絶,妊娠中の厳重な管理,あるいは妊娠前に修復術の施行を考慮することが 望ましい疾患
(
1
)NYHA
心機能分類III
度以上(
2
)未修復術のチアノーゼ性心疾患(
3
)狭心症発作歴(
4
)中等度以上の左室流出路流入路狭窄(僧帽弁,大動脈弁,大動脈)
(
5
)心機能低下(駆出率<40%
)(
6
)Eisenmenger
症候群(
7
)大動脈径が40 mm
以上のMarfan
症候群(
8
)機械弁(
9
)Fontan
術後これらの疾患群では専門医と協力し,患者に十分な説明 をしたうえで方針を決定する必要がある.
NYHA
心機能分類I
〜II
度の母体死亡率はほぼ0%
だ が,心合併症を認めることがあり,妊娠出産には注意が必 要で,患者への十分な説明が必要である.表32 チアノーゼ性先天性心疾患の母体動脈血酸素飽和度
と生産児出生率
動脈血酸素飽和度(%) 妊娠 %生産児
≦85 17 12
86〜89 22 45
≧90 13 92
(Presbitero P, et al. 1994 106)より抜粋)
表31 妊娠高度リスク群 高度リスク疾患
• 高度大動脈弁狭窄(平均圧較差>40 mmHg,弁口面積<
0.72 cm2)
• 高度大動脈縮窄,とくに大動脈合併症を伴う場合
• 高度僧帽弁狭窄
• 体心室機能低下
• 機械弁手術後
• PH
• Marfan症候群
• チアノーゼ性心疾患
妊娠を避けたほうがよいと考えられる患者
• Eisenmenger症候群
• Marfan症候群で大動脈拡張
• 高度大動脈弁狭窄/大動脈縮窄
• 体心室駆出率<35%
ESCの成人先天性心疾患ガイドラインによる.(Deanfield J, et al. 2003 578)より作表)
表30 妊産婦の高度リスク心疾患と母体死亡率
心疾患 母体死亡率(%)
大動脈弁狭窄 10〜20
大動脈縮窄 5
Eisenmenger症候群 30〜70
Marfan症候群 25〜50(推定値)
僧帽弁狭窄(心房細動の合併) 14〜17
周産期心筋症 15〜60
特発性PH 50
TOF(未修復術) 12
(Ueland K. 1978 567a),Blanchard DG. 2004 568)より)
表33 心疾患およびPHの臨床症状別にみた避妊法の使用基準に関するWHO分類 臨床症状*1/ WHO分類
低用量エスト ロゲン含有避 妊薬
プロゲストー ゲン単剤避妊 薬
Cerazette® Implanon® Depo-Provera® Mirena® IUS 標準的な IUD
ホルモンを 用いた緊急 避妊処置
生理学的心雑音 1 1 1 1 1 1 1 1
心臓構造異常のない発作性 心房細動(ワルファリン使 用例を含む*2)
3 1 1 1 1(ワルファリン
使用例は3) 1 1 1
修 復 術 後 のTOF( 合 併 症
のないもの) 1 1 1 1 1 1 2 1
未修復ASD 3 1 1 1 1 1 1 1
拡張型心筋症 4 (1)*3 1 1 1(ワルファリン
使用例は3 *2) 1 1 1
中等度以上の大動脈弁狭窄 2 1 1 1 1 2 3 1
僧帽弁のBjork-Shiley弁*2 4 1 1 1 3 3 4 1
僧帽弁の二葉弁*2 3 1 1 1 3 3 4 1
チアノーゼ性心疾患(PH
を伴わないもの) 4 (1)*3 1 1 2(ワルファリン
使用例は3 *2) 2 3 1
Eisenmenger症候群やPH 4 (1)*3 1 1 1 4(3 *4) 4 1
Fontan循環(ワルファリ
ン使用例を含む*2) 4 (1)*3 1 1 3 4(3 *4) 4 1 WHO分類群1:使用制限なし
WHO分類群2:全般に,使用の有益性が理論上または実質上のリスクを上回る WHO分類群3:全般に,理論上または実質上のリスクが有益性を上回る WHO分類群4:健康上のリスクがきわめて高い
*1 詳細については文献584を参照.
*2 ワルファリン使用例の場合,Depo-Provera®の使用期間は国際標準比(INR)をモニタリングする必要がある(エストロゲン・プロ ゲストーゲン合剤の併用で変化する可能性がある).Depo-Provera®使用例では,限局性の血腫をきたすおそれがある(文献584を 参照)。
*3 安全とされているが,プロゲストーゲン単剤避妊薬の効果は限られているため,妊娠によって特定のリスクのある者では使用を制限 する.
*4 ほかに適切な避妊法がなく,妊娠のリスクが使用に伴うリスクを上回ると判断された場合には使用してよい.
IUS:子宮内避妊システム,IUD:子宮内避妊器具
(World Health Organization. 2004 583a),Thorne S, et al. 2006 584)より)
b. 人工妊娠中絶術
Eisenmenger
症候群の人工妊娠中絶(6
〜20
週)で合併 症はなかったとの報告がある570).心疾患合併では,出血による循環動態の変化や感染性心 内膜炎に注意する必要がある.麻酔法に関しても,専門医 と相談のうえ,十分な検討が必要である.妊娠
12
週以後 の中期中絶では,分娩時と同様の管理が必要である.c. 避妊
i. カウンセリング
性成熟期に入った患者は,妊娠・避妊に関するカウンセ リングを必要とする.避妊に関するカウンセリングは,母 体・児のリスクから判断すべきであり,カウンセリングを 行う人の個人的観念にとらわれないことが大切である.妊
娠を望まない,あるいは妊娠は望ましくないとされる心疾 患をもつ女性には,それぞれに適した避妊法をすすめる.
妊娠が危険と考えられる患者,または妊娠出産後の経過 観察中に心機能の悪化がみられ,次回の妊娠をすすめられ ない患者には,避妊の必要性,また避妊方法について,循 環器担当医と産婦人科医の双方から,本人およびその家族 に個々の状況に即した最適な避妊法を十分説明し,同意を 得ておくことが望ましい.
ii. 避妊法(表33)583a, 584)
避妊に失敗すれば重大な転帰がもたらされるため,心疾 患の重症度が高いものほど効果の高い避妊法が推奨される.
一定の避妊方法を使用したうえでの