a. 移行について
i. 移行の必要性7, 13, 741, 742)
外科手術技術と術前後管理の改善により,
95%
の先天 性心疾患患者が成人期を迎えることがきるようになり,先 天性心疾患は生涯にわたる経過観察,ときには治療が必要 な疾患であることは,現在,共通の認識である13, 741, 742). そうしたなか,成長期から成人期以降にかけては,未手術 例への対応,修復術後の合併症・遺残症,遠隔期続発症,加齢による病態悪化,社会的・心理的問題など,小児期と は質の違う問題が生じることになる.また,患者が小児医
療の場で保護的な医療を受け続けることにより,患者の自 立が妨げられ,生活の質(
QOL
)の低下にもつながり743), 年齢と成熟度に応じた医療を提供されないこともある744). これらに対応し,最善の医療を提供するためには,小児科 医だけでは不十分であり,また医師・看護師だけでなく多 くの医療スタッフの連携が必要である.移行は,成人とな るまでに患者本人が病気を認識し直し,成人の診療体制に 変更する過程であり,小児期から続く慢性疾患において,あらゆる医療資源を最大限に生かすべき重要な課題であ る.
ii. 移行期医療についての動向・基本的考え方 7, 745)
(表47)744)
2002
年に米国小児科学会・米国家庭医療学会・米国内 科学会・米国内科専門医学会が疾患を有する小児(children with special health care needs; CSHCN
)の移行に関する合 同声明を発表し745),また日本小児科学会も2014
年に移行 期の患者に関するワーキンググループによる「小児期発症 疾患を有する患者の移行期医療に関する提言」を発表して いる744).ここに述べられている内容に準じ,先天性心疾 患においても移行期に受ける医療の決定権は患者にある,ということを基本的な考え方に据えるべきである.移行期 診療の目的は,患者の発達に即して,継続的で良質な医療
表46 成人先天性心疾患の専門教育体制でのトレーニング内容(案)
1)成人先天性心疾患外来を指導医とともに研修する(18〜24ヵ月).
2)指導医のもと,成人先天性心疾患の入院患者(心不全,不整脈,術前術後,心外病変の管理など)を受けもつ(9〜12ヵ月).
3)経食道心エコー法,CT,MRなどの画像診断に携わる(3ヵ月以上).
4)心臓カテーテル検査,カテーテルラボに従事する(2ヵ月以上).
5)成人先天性心疾患の集中治療および術後管理を経験する(1ヵ月以上).
6)内科医は小児循環器病棟へ配属され(3ヵ月以上),小児科のカンファレンスに参加し,心エコーや心臓カテーテル検査に従事する.
7)小児科医は循環器内科病棟に配属され(3ヵ月以上),虚血や弁膜症などの後天性心疾患,心エコーや心臓カテーテル検査に従事する.
8)成人先天性心疾患患者の生理機能や運動耐容能検査に従事し,その結果を分析する.
9)妊娠出産の管理とその後の経過観察を経験する.
10)補助循環や心臓移植が必要となるような重症心不全患者を経験する.
11)成人先天性心疾患に伴うPH患者を経験する.
12)成人先天性心疾患に合併する不整脈の診断と治療を経験する.
(Warnes CA, et al. 2008 8),Warnes CA, et al. 2015 736),Murphy DJ, et al. 2005 737),Stout K, et al. 2015 738),Baumgartner H, et al.
2014 740)より作表)
図4 成人先天性心疾患の専門トレーニングのために必要と考えられる研修内容(案)
(Warnes CA, et al. 2008 8),Warnes CA, et al. 2015 736),Murphy DJ, et al. 2005 737),Stout K, et al. 2015 738),Baumgartner H, et al.
2014 740)より作図)
内科専門医/循環器専門医
成人先天性心疾患専門トレーニング
小児科専門医/小児循環器専門医 成人先天性心疾患専門医取得
成人先天性心疾患外来研修
生理機能検査,心不全,不整脈,肺高血圧症(PH),妊娠出産など
(18〜24ヵ月)
成人先天性心疾患入院研修 心不全,不整脈,PH,術前術後ケア,
全身管理,妊娠出産など(9〜12ヵ月)
画像診断 経食道心エコー
法/ CT/MR
(3ヵ月)
生理機能/ 運動耐容能検査
(3ヵ月)
心臓 カテーテル
研修
(2ヵ月)
内科医 小児病棟 ローテート
小児科医 内科病棟 ローテート
(3ヵ月)
集中治療/ 外科
(1ヵ月)
0年 1年 2年
表48 先天性心疾患の小児期から成人期への移行についての課題
• 成人期医療に向けた患者教育
• 関心のある内科医・循環器内科医のリクルート
• 成人診療科医の先天性心疾患に対する知識・経験の蓄積
• 小児科循環器医と循環器内科医のシームレスな連携
• 成人先天性心疾患を診療する施設の設立・ネットワークを活かした診療システムの構築
• 疾患の長期予後や生涯歴の解明
• 小児病院におけるスタッフ間の移行への意識の統一
• 患者の社会的自立の困難さへの対策:教育・就職の機会拡充
• 妊娠・出産・遺伝カウンセリングの充足
• 精神心理学的問題・知的障害・発達障害についての医療者の知識不足の改善
• 成人期の社会保障・福祉(健康保険,障害者認定,年金,医療費公費負担)の研究および知識の補足
• 現在ある医療資源の最大限の活用
(丹羽公一郎ほか.2002 4),日本小児科学会.2014 744)より作表)
サービスを提供することにより,成人期に達した患者が個 人の状況に応じて,もてる最大限の力を発揮できるように することである.実際の移行に際しては,医療者の都合だ けで患者や家族が望まない成人診療科への転科を推し進め るのではなく,患者本人が年齢や能力に応じて理解・判断 し,自己決定する方向へ導いていくことが必要である.こ の実現のためには,送る側(小児科)と受ける側(成人診 療科),両者の医療の担い手が,それぞれが得意とするア プローチを用いて病態の変化を的確に捉え,シームレスな 医療を提供するシステムを作りあげる必要がある.
iii.移行の現状
医療者間でも,移行についての意識は
5
年前にくらべて 大きく変わってきている.循環器内科医の先天性心疾患診 療への参加が促進され,いくつかの地域・県・医療施設で それぞれ独自に,循環器内科医・小児循環器医の協働によ るグループ診療の動きが始まっており,循環器内科医同 士の間でも成人先天性心疾患ネットワークが形成されている741, 746).今後はさらに,集学的専門施設の充実と,小
児病院・地域総合医療施設・かかりつけ医との組織的ネッ トワーク形成が進み,スムーズな移行期医療が提供される ことが期待される.しかし,移行医療においては日本より も先進的であるはずの米国でも,いまだ小児病院における 成人患者の数は増加傾向にあり747),移行と同様に小児専 門病院・科での継続的治療を必要とする患者もあると報告
され744, 748),移行にはまだ多くの課題が残されている.現
実の移行においては,ハード面だけではなく,患者の立場 に即した柔軟かつ緩やかな対応も必要と考えられている.
患者自身も相互支援という形で動いており749),患者と医 療者,さらに社会との連携のもとで進められていくことが 必要である.
iv.移行についての課題(表48)4, 744)
移行を規定する因子は医療側,患者側,社会側の
3
者す べてにある4).これらの課題をクリアする体制は一朝一夕 には構築されないが,現状の医療資源を活かして,各現場 で可能な部分からの実践が望まれる.移行の成功のために は,移行する前から,移行についての明確なビジョン(成 人後の医療は成人施設で行う,など)を患者に示すことが 必要である750).v. 移行時期
成人した後に小児病院で診療を続けることは,患者に とっても医療者側にとってもさまざまな面で問題が多い.
小児病院ではプライバシーに関する意識が低いため,とく にプライバシーに敏感になる年頃から,病状や患者の希望 に合わせて移行の準備を進めていくことが求められる.ま た,保護者の疾患に対する理解が乏しい場合には,小児 期〜移行期の間にドロップアウトしてしまうことも少なくは ないため751),社会に出る前(
15
〜18
歳頃)に改めて今後 の診療について患者とよく話しておく必要がある645).一方 で,先天性心疾患の小児が成人に移行する時期は,年齢で 簡単に切ることはできない場合も多い.重症であればある ほど,成人した後は,自分自身が病気を認知し,合併症や 不整脈への対処法を知る必要があるが,逆に重症であれば あるほど,両親への依存が強く,疾患の理解も難しく752), 告知の困難さも問題となり,移行の障害になりやすい.結表47 先天性心疾患の小児期から成人期への移行期医療の基本的な考え方 自己決定の原則 移行期医療においては患者本人に決定権がある 年齢により変化する病態に対応 小児循環器医・循環器内科医の協働による診療と研究
年齢相応の医療提供 人格の成熟により変化する患者・保護者・医療者関係に対応する
(日本小児科学会.2014 744)より作表)
果として,移行時期は,本人の成熟度,両親への依存度に よって大きく左右される.また,小児循環器医の立場から も,重症患者を手放すことは「見捨てた」ような気持ちに なることがある.とくに重症患者の移行に関しては,医療 者側が診療内容をいかに循環器内科医へつないでいくかが 難しく,互いに診療内容を確認できるシステムの構築など を通して協働を深めていかなければならない.
b. 病気に対する理解
移行において,患者教育は必須である.患者自身への説 明は,一定の年齢になるのを待って行うものではなく,病 気になったときから,その年齢と成熟度に応じて行うべき である744).一方で,小児期に両親に連れられて受診をし ている段階で,患者自身は「心臓の病気であることは何と なくわかっている」状態にあり,医療者側も「多分ある程 度わかっているだろう」と思いがちである.疾患名,定期 受診の理由,スポーツの影響,予後に影響を及ぼす心疾患 の症状,感染性心内膜炎の具体的な知識については理解度 が低いとされる753).医療者側は説明したつもりになってい ても,とくに複雑心疾患においては患者の理解はそれより も低いことを認識して,患者の認知・発達の段階に応じた 説明と理解度の確認が必要である11, 752).
米国心臓協会(
AHA
)の先天性心疾患移行期医療に関 するscientific statement
では,患者教育は幼少時から始 まっていることが示されており7),カナダや米国の子ども病 院でも独自の移行プログラムを作成している(SickKids
のGood 2 Transition Program
754)やBritish Columbia Children
ʼs Hospital
のONTRAC
755)など).また,日本でも移行プロ グラムの作成が試みられており756),年齢ごとに興味を持 ちやすい内容から始めて,徐々に自己の病気の理解を深めていくように工夫されているが,実際の医療現場での標準 的使用には至っていない.
理解を深める過程では,以下の点を念頭に置いて,患者 によく説明をする.患者に説明する以前から保護者に対す る教育は重要である7).定期検診は,不整脈・心不全・再 手術などについて早期に的確に対応し,
QOL
を良好に保 つためにも必要である645).また,突然の病状悪化,感染 性心内膜炎など続発症の発見が遅れることのないように,生活上の注意点や体調管理について,患者自身が知ってい る必要がある645).さらに,妊娠出産の危険因子を有する 女性では避妊教育も重要である757).理解度は患者によっ て異なるが,男性ではスポーツへの参加が問題となる中学 生頃から,女性では性の問題が身近になる高校生頃から,
自分の身体・病気に対する興味が強くなるため,こうした 生活上の具体的な事案を通して理解を深めるきっかけにす るとよい.知的障害がある場合には,生活状況の変化に合 わせてキーパーソンを設定する必要がある.
c. 病気告知時期
小児期からの慢性的疾患であるため,患者は小学生で あっても日常生活の場面に応じた病気の理解をしている.
ここでの「告知」は,幼少期からの診療過程で両親や医療 者から漠然と聞かされていたこと,日常生活・学校生活に おける制限や検査・治療を介して漠然と理解していたこと を,医療者と患者が一緒に整理し,改めて患者自身が自分 の病気を捉え直し,病気と向き合うために行うものとする.
このタイミングは,患者の成熟度に応じて,あるいは患者 にとって病気のことが生活上現実味を帯びる時期に合わせ て行うとよいが,実際には