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肺高血圧症, Eisenmenger 症候群

成人先天性心疾患の病態は多彩であり,症例の

5

10%

が 肺動脈性肺高血圧症(

pulmonary atrial hypertension;

PAH

)を併発している481).先天性心疾患(

congenital heart disease; CHD

)に伴う肺動脈性肺高血圧症(

CHD-PAH

)は,経過とともに内皮細胞機能障害,アポトーシス 抵抗性細胞増殖による肺血管のリモデリング(再構築)が 進行する.病理学的にも血管内微小血栓,血管壁細胞増生 と細小動脈壁肥厚・内腔閉塞があり,血管内皮増殖因子

VEGF

)の発現亢進,内皮型一酸化窒素合成酵素(

eNOS

) やプロスタサイクリン(

PGI

2)の発現低下と,エンドセリ ン

-1

の発現増強が認められる482)

4.3.1 遺伝子異常

PAH

の分子学的異常には,

bone morphogenetic protein receptor type II

BMPR2

),

activin receptor-like kinase-1

Alk1

ま た は

HHT2

),

ENG

HHT1

),

Smad8, 1, 4, BM-PR1b

Alk6

),

CAV1, Notch3, KCNK3, TBX4, EIF2AK4

の遺伝子変異が報告されている.全体では

PAH

の散発例

20

30%

,家 族 例 で は

70

80%

に 認 めら れ る が,

Eisenmenger

症候群では

6%

との報告がある.その他の修 飾遺伝子(

modifier gene

)として,

eNOS

,セロトニント ランスポーター,アンジオテンシン

II

ACE

の遺伝子多型,

カルシウムチャネル(

transient receptor potential

TRP

チャネル),カリウムチャネル異常(

KCNQ3

KCNA5

),

内皮由来過分極因子(

endothelium-derived hyperpolarizing factor; EDHF

),細胞外マトリックスの異常などが報告さ れている483)

4.3.2 定義

前毛細血管性

PAH

は,安静時仰臥位での平均肺動脈が

25 mmHg

以上,肺動脈楔入圧

15 mmHg

以下,

PVR

3 Wood

単位(

240 dynes

・秒・

cm

−5)以上と定義される483) この群の

PH

には,特発性,遺伝性のほか,肺疾患,慢性 肺血栓塞栓,原因不明で多彩な疾患に合併する

PH

が含ま れる.

PH

の世界保健機関(

WHO

)分類(

2013

年)では,「

I

: PAH

」の,「

1.4:

各種疾患に伴う

PAH

」に属し,「

1.4.4:

CHD-PAH

」に分類されている484).さらにこの

CHD-PAH

には,表25のように

4

つの病態が含まれている484)

このほかにも,下記のような,分類に含まれない肺血管 床の異常がある485)

1

区域性

PAH

(片肺もしくは両肺における一葉異常の部 分的

PAH: V

群)

表25  CHD-PAHの臨床分類:改訂版(ニース,2013年)

1. Eisenmenger症候群 あらゆる種類の大きい心内/心外欠損により,体肺短絡を呈し,時間とともにPVR

の重篤な上昇と逆(肺体)もしくは双方向短絡をきたす.チアノーゼ,二次的に生 じる赤血球増加症,多臓器病変を認める.

2. 左―右短絡 ・修復可能

・修復不可能

中欠損から大欠損を含む.PVR上昇は軽度〜中等度.チアノーゼは特徴とはいえな いが,体肺短絡が存在する.

3. 偶発性先天性心疾患に伴う PAH

PVR上昇との関連性は小さいが心欠損を認める.欠損孔の大きさの割にPVR上昇 は顕著である.臨床像は特発性PAHと酷似している.なお,吻合術は禁忌である.

4. 術後発現のPAH 先天性心疾患部位は修復済みであるが,PAHの手術直後からの持続がみられる.ま たは術後には有意な血行動態病変がみられなかったにもかかわらず,術後数ヵ月〜

数年経過した後にPAHが再発/発症する.臨床表現型は進行性であることが多い.

5PH世界シンポジウム(ニース,2013年)の定義による.(Simonneau G, et al. 2013484より)

2

)大血管転位に伴う術前や術後の

PH

3

Fontan

循環のように,

PAH

をきたさないが,

PVR

軽度上昇や肺血管床または肺微小循環不全がある 4.3.3

Eisenmenger 症候群への進行

本来,出生前の肺動脈圧は大動脈圧とほぼ同一であるが,

出生後は生理的に生後

3

週間で成人レベルまで低下する.

中等度以上の左―右短絡が持続すると乳幼児期に

PAH

発展するが,適切な時期に手術を行えば可逆的である.し かし,検査時にすでに手術適応のない症例や,欠損孔が存 在するにもかかわらず出生後も左―右短絡血流の増加の時 期がみられないまま

PH

が進行する症例もある.

そして

PH

が非可逆的になり,左―右短絡の減少と右―左 短絡の増加によるチアノーゼが出現すると,

Eisenmenger

症候群とよばれる血行動態となる.肺血管抵抗は

10 Wood

単位

/m

2

800 dynes

・秒・

cm

−5)以上となり,肺体血管抵 抗比も

1

に近くなる.

Eisenmenger

症候群の生命予後は,

多くは

30

歳台後半から

50

歳台であり,最後の数年間は低 酸素血症,不整脈,両心不全症状が強くなる.

4.3.4 臨床診断

短絡のある非手術例の

CHD-PAH

では,労作に伴い右―

左短絡が増加し,酸素飽和度の低下に対する呼吸中枢の反 射で呼吸促迫となり,「息苦しさ」を感じる.

Eisenmenger

症候群では,労作で増悪する低酸素血症,チアノーゼ,ば ち指,高尿酸血症,慢性腎障害(蛋白尿,慢性腎炎,ネフ ローゼ症候群),肥厚性骨関節症,血栓塞栓症,感染性心 内膜炎,不整脈,過粘稠度症候群などを伴う.診察上,聴 診では心音Ⅱ音の単一亢進,短絡性の収縮期心雑音は減 弱し,三尖弁閉鎖不全雑音や肺動脈弁逆流による

Graham

Steell

雑音,ときに肺動脈性収縮期クリックが聴かれる.

Eisenmenger

症候群でも,三尖弁前短絡(例:

ASD

)と 三尖弁後短絡(例:

VSD

や動脈管開存[

PDA

])では血行 動態が異なる.

ASD

に伴う

PAH

では,活動に伴う右―左 短絡が十分ではない.右室機能低下が強く,右室圧は全身 血圧以上に高くなることがある.左室は歪んで押しつぶさ れた三日月状である.一方,

VSD

に伴う

PAH

では心室中 隔が平坦で左室は

D

型を示すことが多い.右室

/

左室の壁 肥厚は同程度,右室機能は比較的正常である.右室機能低 下時は,左室機能もある程度低下している.

PAH

の一部には

ASD

を合併している場合があるが,欠 損孔が

1.5 cm

以下と小さいにもかかわらず

PVR

20

30 Wood

単位(

1,600

2,400 dynes

・秒・

cm

−5)と高値を示 す症例は,

PAH

ASD

が合併したと考えるのが妥当であ る.心修復術後で短絡のない

PAH

残存では運動誘発性の

失神発作がときにあり,突然死のリスクもある.

その他,

6

分間歩行試験,肝エコー,肺血管

CT

,肺機能 検査を行い,合併症

PAH

の診断精度を上げる( クラスI

レベルC483, 484)4.3.5

CHD-PAHの内科治療

CHD-PAH

について,

2015

年の

ESC/ERS PH

ガイドラ

イン 483)

2013

年にニースで開催された第

5

PH

世界シ

ンポジウムのコンセンサス484)に基づいた内科的治療を表 26 483)に示す.

1

静注用エポプロステノールは

Eisenmenger

症候群にも 有効で,

NYHA

心機能分類,酸素飽和度,運動能力 が改善する486)

2

)エンドセリン受容体拮抗薬(

ERA

)のボセンタン

BREATHE-5

試験)とホスホジエステラーゼ(

PDE

5

阻害薬のタダラフィルは,二重盲検プラセボ対照ラ ンダム化比較試験で有意な効果が認められている

クラスIレベルB487, 488)

3

PDE5

阻害薬のシルデナフィル,

ERA

のアンブリセン タンは,少数例の非比較試験ではあるが,

NYHA

心 機能分類,酸素飽和度,血行動態の改善が認められて いる489, 490)

4.3.6

CHD-PAHの手術適応

左―右短絡(シャント)を伴う

CHD

の手術適応について は各疾患で基準が異なるが,おおまかな目安を表27484)

示す483)

PVR

上昇を伴う

PAH

の状態において,欠損孔閉鎖術が もたらす長期予後効果については広く知られていない.議 論の余地が多く,データが限られており,注意が必要であ る.安易に

treat and repair

として閉鎖し,その中〜長期経 過 後 に

PVR

が 再 上 昇 す る と, 閉 鎖 し て い な い

Eisenmenger

症候群よりも予後が悪い491).小児期の手術 は,肺血管抵抗係数(

PVRI

)<

6 Wood

単位(

480 dynes

・ 秒・

cm

−5),

PVR /

体血管抵抗(

SVR

)比<

0.3

では予後が よいが,

8 Wood

単位(

640 dynes

・秒・

cm

−5)以上,

PVR/

SVR

0.5

では予後不良である492)

PVR

が規定以上に上昇している場合は,修復術が適応 外である.それぞれの疾患で手術適応の目安が決定されて いる(各論参照).心臓カテーテル検査での血行動態指標

クラスIレベルC483, 484)と,静注

PGI

2,アデノシンな

どの血管拡張薬や,吸入イロプロスト,一酸化窒素(

NO

),

100%

酸素吸入への急性血管拡張反応の結果が目安となる

クラスIレベルC483, 484).肺動脈圧(

PAP

)が

10 mmHg

以上低下するか,絶対値として

40 mmHg

以下になるとき

を陽性反応とする( クラスIレベルC483, 484).境界線上 の症例では,肺生検において,

Heath-Edwards

Grade I

VI

493),八巻(

index of pulmonary vascular disease

IPVD

法)494),または

Ravinovitch

の基準(

A

B

C

495)を参考 にして適応を判定することがある.

Heath-Edwards III

以上 は手術禁忌とされている.

CHD-PAH

では適切な時期に手術を行うことによって

PH

が正常化する( クラスI レベルB483, 484).しかし適切 な時期を逸した症例では,術後に

PAP

PVR

が十分低下 しない場合や,遠隔期に再上昇することがある( クラスI

レベルB496).適切な時期での心内修復は肺血管床の正常な 発育を促すが,一部では修復術施行数年〜

10

数年後に

PAH

の再発がみられることがある.

Eisenmenger

症候群に対す る修復手術は絶対禁忌であり,また内科治療には抵抗性で 表27  CHD-PAH患者における短絡閉鎖術の基準*(ニース,2013年)(クラスII・レベルC)483, 484)

PVRI,Wood単位/m2 PVR,Wood単位 閉鎖術の可否**

4 2.3

8 4.6

4〜8 2.3〜4.6 第三次医療機関における個別患者評価

*分類基準:PVR上昇を伴うPAH発症を示す状態における欠損閉鎖術がもたらす長期効果については広く知られていな い.この分野については議論の余地が多く,データが限られており,注意が必要である.

**外科手術または血管内非外科的手術による閉鎖の可否.

5PH世界シンポジウム(ニース,2013年)での提案.(Simonneau G, et al. 2013 484より)

表26  CHD-PAHの内科治療指針 1.内科治療

1)慢性期治療(NYHA心機能分類I〜II度)

a.在宅酸素療法(鼻カニューラにて1〜4 L/分) (クラスIIa・レベルC)

b.経口抗凝固,抗血小板療法(喀血・出血傾向・血小板減少がない場合)(クラスIIb・レベルC)

ワルファリン INR 1.52.0に維持,アスピリン 1〜2 mg/kg/

c.強心薬  ジゴキシン (クラスIIb・レベルC)

d.利尿薬  フロセミド1〜2 mg/kg,スピロノラクトン2〜3 mg/kg e.経口肺血管拡張薬 単独または併用療法

• 単剤(クラスI〜III)

プロスタサイクリン 

ベラプロスト 20〜60 μg/日 分3(クラスIIb・レベルB)

ベラプロスト徐放錠 60〜180 μg/日 分2

イロプロスト 2.5〜5.0 μg/回,吸入6〜9/(クラスI・レベルB)

② ERA

ボセンタン(クラスI・レベルB) 250 mg/日 分2(クラスI・レベルB)

アンブリセンタン(クラスIIa・レベルC) 5 mg/日 分2(クラスI・レベルA)

マシテンタン 10 mg/日 分1 (クラスI・レベルB)

③ PDE5阻害薬(クラスIIa・レベルC)

シルデナフィル 60 mg/日 分3(クラスI・レベルA)

タダラフィル 40 mg/日 分1〜2(クラスI・レベルB)

④ カルシウム拮抗薬はすすめられない (クラスIII・レベルC)

• 併用(クラスI・レベルB〜 クラスIIb・レベルC)

特発性PAHと同様,肺血管拡張薬を組み合わせて使用する

   f.その他:瀉血 ヘマトクリット≧65%のとき(クラスIIa・レベルC),貧血是正(クラスIIb・レベルC)

2)心不全増悪期の急性期治療(NYHA心機能分類III〜IV度)

   a.高濃度酸素吸入 (クラスI・レベルC)

   b.静注カテコラミンと静注PDE3阻害薬 (ミルリノン,オルプリノン塩酸塩水和物)(クラスI・レベルC)

   c.プロスタサイクリン(PGI2)エポプロステノール 0.5〜1 ng/kg/分,静注で開始(クラスI・レベルA)

     トレプロスチニル 0.625〜1.25 ng/kg,皮下注または静注で開始(クラスI・レベルA)

   d.NO吸入 2.外科治療

バルーンカテーテルによる心房中隔裂開術(balloon atrial septostomy),Pottsʼ 短絡術(クラスIIb・レベルC)

肺移植,生体肺葉移植,両側死体肺移植(NYHA心機能分類III〜IV度)(クラスI・レベルC ) 2015ESC/ERS PHガイドラインによる.(Galiè N, et al. 2016 483より作表)