a. 社会的自立
成人期に達した先天性心疾患患者の多くは,依然として 遺残症や続発症などの多くの医学的問題を抱えている.ま た,背景となる心臓病に関した問題だけでなく,教育,就 職,結婚,妊娠,出産,育児,子供への遺伝,旅行,運動,
レクリエーション,社会保障(保険,年金,身体障害者認 定,療育手帳,医療費助成,更生医療,指定難病)など,
社会的な問題も重要であり4, 616, 617),主要
4
課題の1
つで ある618).成人先天性心疾患患者は,一般とくらべ社会的 自立の程度が劣るとされ619–622),健常者と比較して多くの 社会的問題を有することが多い.社会的自立という概念について単一の定義はなく,報告 によりさまざまであるが,広い意味で個人が一般社会に参 加し,社会的に貢献できるということである.生活への満足 度,進学率,就職率,結婚率,保険加入状況などが,その 指標として用いられる.患者の精神的苦痛,経済的苦痛,
生活上の不安,困難,要望などへの把握・対応も重要であ る.患者の社会的自立は患者の社会生活のみならず,患者
図2 わが国における医療保険制度などの適用順序
指定難病の医療費助成 患者負担割合:未就学児2割,成人 3割,高額医療費制度による負担上限あり
健康保険(国民皆保険)
医療保険
国の 医療費助成
自治体の 医療費助成
小児期 20歳〜成人期
自立支援医療(育成医療) 自立支援医療(更生医療)
小児慢性特定疾病医療助成
重度心身障害者医療費助成制度 乳幼児・こども医療費助成
公費負担
患者負担割合:1割 自己負担上限額の設定あり
患者負担割合:1割 自己負担上限額の設定なし
患者負担割合:2割(経過措置3年)
自己負担上限額(外来+入院)
食費:1/2自己負担
患者負担割合:2割(経過措置3年)
自己負担上限額(外来+入院)
食費:全額自己負担(経過措置)
患者負担割合:0割
自治体により対象年齢・所得制限が異なる
患者負担割合:0割(経過措置3年)
身体障害者手帳・療育手帳所持者
障害等級・所得制限など対象が自治体により異なる 医療機関自己負担
の生活の質(
QOL
)や診療体制にも影響を及ぼす.自立を 妨げている要因を明らかにして,対策を立てることが重要で ある11, 623–625).b. 生命保険
生命保険加入率は一般の人にくらべてはるかに低
い4, 595, 626–629).生命保険とは,人間の生命や傷病にかかわ
る損失を保障することを目的とする保険である.統計に基 づいて,年齢ごとの死亡率に応じた保険料を設定すること で,保険会社が受け取る保険料と保険会社によって支払わ れる保険金が均衡する仕組みになっている.先天性心疾患 に対する心内修復術は
1950
年代に開始されたため,先天 性心疾患の多くは自然歴,術後生命予後,長期遠隔期罹病 率が十分には明らかでない.単に保険金支払が起こるから だけではなく,保険のもつ公平性を欠き,健常者の保険料 も押し上げてしまう可能性があるため,生命保険加入基準,就業基準の設定が難しいと考えられている.
先天性心疾患の長期予後や生涯歴の解明が進み,心房 中隔欠損や心室中隔欠損などの単純な疾患の術後において は,成人期に遺残病変がなく,無治療で,定期的な経過観 察のみの場合には,生命保険への加入が可能な場合もある.
Fallot
四徴(TOF
)などの術後では,現時点では加入は困難 である.告知義務違反に該当すると不払いの原因になるの で,契約時には注意が必要である.先天性心疾患患者の生命保険において,配偶者・扶養 家族がいない場合は死亡保障の必要性は小さいが,配偶 者・扶養家族がいる場合には,死亡保障(いわゆる生命保 険)が必要であるにもかかわらず加入が困難であることは 大きな社会問題の
1
つである.c.医療費助成(図2)
心疾患患者の生活を支える障害者福祉システムとして は,社会福祉制度,保険・医療制度,所得保障制度を
3
本 柱とする社会保障制度,生命保険や医療保険などの民間保 険への加入,教育支援,就職支援,税制配慮などがある.医療費負担と医療費に関連する社会保障制度の利用状況を 調査した研究は少ない4, 630–632).トランジションのすべての 過程における医療費助成を含む社会保障制度の適用は,大 きな課題である.
i. 社会福祉制度 (表42)
障害者総合支援法による各種サービスを利用するために は,身体障害者手帳,療育手帳が重要である.心臓病では,
その等級は,
2
級を除いて1
・3
・4
級があり,療育手帳はA
(重度:IQ
〜35
),B
(B1
[中度]:IQ 36
〜50
,B2
[軽 度]:IQ 51
〜75
)の2
種類がある.先天性心疾患には,一 定の割合で知的障害や発達障害などの重複障害を合併す る.知的障害の有無によって利用する社会保障は大きく異 なるため,その判定は重要である4, 633, 634).ii. 保険・医療制度 (表42)
医療を受ける機会を平等に保障するため,
1961
年(昭和36
年)に「国民皆保険」制度が開始され,医療費の負担 が軽減されている.また,高額療養費制度により,医療費 負担の上限額は,1
ヵ月に一定額(80,100
+α円,所得に より異なる)以上を支払うことがないように保障されてい る.多数回該当者や低所得者の場合には,さらに負担が軽 減される仕組みもある.2015
年1
月に改正され,年収約770
万円以上の上位所得者は自己負担額が増大したが,年 収約370
万円以下の人は負担がさらに軽減されている.自 己負担限度額適用「所得区分」認定証を提示すると,一時 払いも不要になる.先天性心疾患患者の公的医療費助成は,自立支援医療
(育成医療
/
更生医療),難病・慢性疾患対策,重度心身障 害者医療費助成制度が重要である.心臓手術・カテーテル 治療などは,小児期は育成医療により助成される.成人期 には更生医療の対象になるが,身体障害者手帳の取得が必 要であり,費用負担上限額が定められていないために高額 な費用を負担する可能性があり,前述の高額療養費制度が 適用される.内科的治療では,難病・慢性疾患対策として,2015
年1
月1
日に小児慢性特定疾患治療研究事業が小児 慢性特定疾病対策に引き継がれ,514
疾病から704
疾病に 拡大され,対象となる慢性心疾患に新たに「Fontan
術後 症候群」と「肺静脈狭窄症」が追加され,さらに722
疾病 に拡大された635).また,「慢性的な疾病を抱える児童及び その家族の負担軽減及び長期療養をしている児童の自立や成長支援について,地域の社会資源を活用するとともに,
利用者の環境等に応じた支援を行う」635)小児慢性特定疾 病児童等自立支援事業の実施が都道府県・指定都市・中 核市に義務付けられ,必須事業として相談支援事業が位置 づけられている.
2014
年5
月23
日には「難病の患者に対する医療等に関 する法律」が成立し,これまで法律に基づかない予算事業 として運営されていた特定疾患治療研究事業が,「特定医 療費の支給」として法定化された.2015
年7
月1
日には指 定難病が従来の56
疾病から306
疾病に拡大され,先天性 心疾患関連では,無脾症候群,多脾症候群,総動脈幹遺 残,修正大血管転位,完全大血管転位,単心室症,左心 低形成症候群,三尖弁閉鎖,肺動脈閉鎖,TOF
,両大血管 右室起始,Ebstein
病のうち,NYHA
心機能分類II
度以 上の者が新たに「特定医療費の支給」の対象となった636). また,心疾患を伴う染色体・単一遺伝性疾患であるMarfan
症候群,Williams
症候群,22q11.2
欠失症候群が 加わっている.さらに,2017
年4
月から24
疾病が追加さ れ,330
疾病に拡大された637).成人期への移行において,小児慢性特定疾病と指定難病 には継続性がなく,切れ目のない支援,対象患者の認定基 準・患者負担の範囲などについて課題が残されている.
重度心身障害者医療費の助成対象者は,身体障害者手 帳
1
級・2
級(自治体によっては1
〜3
級),療育手帳A
, または療育手帳B
と身体障害者手帳(3
〜6
級)を合わせ もつ重複障害者であり,心臓機能障害の身体障害者手帳に表42 わが国における社会福祉,保険・医療,所得保障制度
社会福祉制度 1) 身体障害者手帳〔身体障害者手帳で受けられる制度の例〕
• 税の減額…本人または保護者の所得税と住民税の控除,自動車取得税の減免
• 医療費の補助…更生医療,自治体の障害者医療費助成制度
• 交通運賃の割引…JRなどの鉄道運賃,航空運賃,高速道路利用料金など
• 補装具の支給…車イス(手押し・電動)など
• 雇用援助…障害者雇用促進法による就労支援
• 障害者総合支援法による福祉施策…施設入所,ホームヘルプサービスなど 2) 手当や年金の支給
(1) 特別児童扶養手当
(2) 障害児福祉手当
(3) 障害年金
① 障害基礎年金
② 障害厚生・共済年金
(4) 特別障害者手当 保険・医療制度 1) 手術にかかる費用補助
(1) 自立支援医療(育成医療)
(2) 自立支援医療(更生医療)
2) 内科的治療の費用補助
(1) 小児慢性特定疾患治療研究事業
(2) 難病医療費助成制度
(3) 重度障害者医療費助成制度
所得保障制度 障害基礎年金