a. 解剖学的特徴と病態生理
心房中隔は,発生段階で一次中隔とそれに引き続く二次 中隔から形成される.心房中隔欠損(
ASD
)は,発生過程 で心房中隔に欠損孔を生じ,心房レベルでの短絡をきたす 疾患である.成人先天性心疾患では,大動脈二尖弁を除く ともっとも多くみられる疾患で,40
歳以上の先天性心疾患 の35
〜40%
を占める777).欠損孔の部位により,二次孔欠損型,一次孔欠損型(房 室中隔欠損不完全型と同義),静脈洞型(上静脈洞型・下 静脈洞型),冠静脈洞型に分類される(図5).二次孔欠 損型がもっとも多く,冠静脈洞型はまれである.約
2
:1
で女性に多い.小欠損孔は自然閉鎖率が高いが,診断時10 mm
以上の欠損孔をもつ症例では,ほとんど自然閉鎖しない777–780).
心房間短絡の方向と量は,欠損孔のサイズと心房間圧較 差,左右心室のコンプライアンス,
PVR
によって規定され る.加齢とともに修飾因子が加わり,短絡量や方向が変化 する.通常は左―右短絡が主体であるが,PH
の進行による 右―左短絡の出現がみられる.一方で,加齢や高血圧,冠 動脈疾患の合併に伴う左室コンプライアンスの低下によっ て,左―右短絡の増加がみられる.また,40
歳以降には心 房細動/
心房粗動などの不整脈発生の頻度が増し,病態の 悪化に関与する.ASD
の約30%
が,何らかの先天性心病変を合併する(表49)777).合併する病変の診断も,見落とすことがない ように注意が必要である.
b. 臨床所見 i. 症状
ASD
患者の多くは,成人期までほとんど無症状に経過 する.学校検診の普及により,無症状の小児期に発見され ることが多いが,成人期になって初めて発見される症例も まれではない.症状としては,息切れ,動悸,易疲労感が 多く,心房細動などの不整脈の発症に伴って症状が出現す ることがある.ii. 身体所見
聴診所見では,左―右短絡が中等度以上の症例で,
II
音 の固定性分裂,肺動脈弁通過血流の増大による収縮期駆出 性雑音を高位傍胸骨左縁で,相対的三尖弁狭窄による拡張 期雑音を下位胸骨左縁で聴取する.c. 検査所見 i. 心電図
洞調律であることが多いが,中年以降にはときに心房細 動を呈する.不完全右脚ブロック,右軸偏位,右室肥大な どの所見がみられる.
ii. 胸部X線
左―右短絡を反映して,肺動脈の拡大による左第
2
弓の 突出,右室の拡大,肺血管陰影の増強などがみられる.iii.心エコー検査
経胸壁エコー法(
TTE
)は,ASD
の画像診断において まず施行すべき検査である.TTE
の画像不良例,TTE
で 検出困難な小欠損孔例や静脈洞型の診断,肺静脈還流異 常などの合併症の診断,カテーテル治療の適応評価や術中 モニタリングには,TEE
を併用する152, 781, 782).(
1
)欠損孔の検出傍胸骨左縁四腔像,心窩部アプローチ,胸骨右縁アプ ローチなどで評価する.心尖四腔像では,欠損孔と超音波 ビームが平行になるため,ドロップアウトによるアーチファ
クトとの鑑別を要する.カラードプラも併用して判断する.
静脈洞型は傍胸骨左縁アプローチでは欠損孔を見逃しやす い.右房・右室拡大がみられるにもかかわらず欠損孔が明 瞭でない,または欠損孔が小さい場合は,静脈洞型や肺静 脈還流異常の合併を疑い,積極的に
TEE
や他の画像診断 を施行する.最近ではデバイスを用いたカテーテル治療が 選択の1
つとなっているため,TEE
によって欠損孔のサイ ズ,形,辺縁組織との距離などを正確に計測する必要があ る.右―左短絡の有無の評価,左上大静脈遺残の合併の診 断には,撹拌生理食塩水を用いた経静脈コントラストエ コーが有用である161, 162).塞栓症例,原因不明の低酸素血 症例などで,ASD
や卵円孔開存による右―左短絡が隠れて いることがあり,コントラストエコーにて診断が可能であ る.(
2
)右室負荷・PH
の程度右房・右室の拡大,それに伴う三尖弁逆流,心室中隔の 奇異性運動,三尖弁逆流シグナル最高流速により求めた右 房−右室収縮期圧較差から
PH
の程度を推定する.ただし,肺動脈弁狭窄や漏斗部狭窄を合併する場合は,右室収縮 期圧=肺動脈収縮期圧とならないため,注意を要する.
(
3
)Qp/Qs
の計測右室流出路と左室流出路の血流速度波形とそれぞれの流 出路径から計測する.ただし,成人の場合,右室流出路が 明瞭に描出できないことも多く,誤差が大きいため,参考
特徴
(A)二次孔欠損型 心房中隔の中央の卵円窩に欠損孔が存在する.
全体の75%を占める.
(B)一次孔欠損型
心房中隔下方の房室弁直上に欠損孔が存在する.
不完全型房室中隔欠損症ともいう.
多くが僧帽弁前尖に裂隙(クレフト)を伴い僧帽弁逆流を合併 する.
(C)静脈洞欠損型
上大静脈流入部の上位欠損型と下大静脈流入部の下位欠損型に 分類される.
上位欠損型には部分肺静脈還流異常を伴うことがある.
(D)冠静脈洞欠損型
冠静脈洞に欠損孔を認めるまれなタイプでunroofed coronary sinus(屋根のない冠静脈洞)ともいう.
左上大静脈遺残を伴うことがある.
図5 ASDの病型分類 上大静脈 大動脈
三尖弁
冠状静脈洞 下大静脈
肺静脈
A B
C
D D C
表49 ASDに合併する心病変
• 肺動脈弁狭窄症
• 僧帽弁逸脱症
• 僧帽弁クレフト(一次孔欠損型に多い)
• 肺静脈還流異常(静脈洞型に多い)
• 左上大静脈遺残(冠静脈洞型に多い)
(Geva T, et al. 2014 777)より作表)
程度にとどめる.右心系の拡大がみられれば有意な左―右 短絡があると考えられる.
(
4
)合併症の診断僧帽弁逸脱やクレフトの合併などによる僧帽弁逆流,肺 動脈弁狭窄症,部分肺静脈還流異常(静脈洞型に多い),
左上大静脈遺残(冠静脈洞型に多い)などの合併症の診 断にも有用である.
iv.CT
冠動脈病変合併の診断に有用である.さらに欠損孔や肺 静脈還流異常の診断にも有用である.ただし,造影剤を使 用することや被曝の問題があり,適応には制限がある783). v. MRI
欠損孔や肺静脈還流異常の診断に有用である.また,右 室拡大や右室機能の定量評価も可能で,手術リスクや術後 回復にかかわる因子の評価に有用である784).造影は必ず しも必要ではない.
vi.心臓カテーテル検査
PH
や他の合併症を伴わない若年患者で,非侵襲的画像 診断が十分になされている場合,心臓カテーテル検査は必 ずしも必要ではない785, 786).PH
合併例で,PVR
の評価と 酸素や薬物負荷による肺血管病変の可逆性の評価に,右心 カテーテル検査は有用である.また,非侵襲的画像診断で は十分な情報が得られない場合は,Qp/Qs
の評価や肺静脈 還流異常などの合併症の診断のために心臓カテーテル検査 の適応となる.さらに,年齢や危険因子から冠動脈疾患の 評価が必要な場合に,冠動脈造影の適応となる.d. 自然予後
現在ではほとんどの症例で治療介入がなされるため,自 然予後のデータは
1970
年に遡る778).そのデータによると,20
歳までの自然歴は良好であるが,30
歳を過ぎると心不 全死が増加し,その後,急速に生存率は低下する.60
歳 以上の死亡率は年7.5%
と報告されている.また,60
歳台 で初めて症状を示す例では,70
歳時の生存率は約95%
で,80
歳では約50
〜60%
が,90
歳では約20%
が生存した779). e. 治療・管理i. 内科治療
(
1
)心房細動に対する内科治療心房細動を発症した場合,十分な抗凝固療法下で除細動 を試みる.心房細動に対する除細動および抗凝固療法に関 しては,日本循環器学会の「心房細動治療(薬物)ガイド ライン(
2013
年改訂版)」に準ずる787).(
2
)PH
に対する内科治療I
章4.3.5 CHD-PAH
の内科治療の項(p. 37
)を参照のこと.(
3
)感染性心内膜炎に対する予防的抗菌薬投与ASD
単独では感染性心内膜炎のリスクとならないため,予防的抗菌薬投与は不要である.外科治療またはデバイス 治療後
6
ヵ月間は予防を行う152).(
4
)閉鎖術後の抗血小板薬術後
6
ヵ月間は抗血小板薬を投与する.ii. ASD閉鎖術の適応(表50)10, 189)
右心系の拡大を生じるような有意な短絡を認める症例で は,心房不整脈,運動耐容能の低下,
PH
の進行,三尖弁 閉鎖不全症の進行,心不全の発症などを予防する目的で,症状がなくても
ASD
閉鎖術がすすめられる655).ASD
閉 鎖術には,外科的閉鎖術と経皮的デバイス閉鎖術があ り,閉鎖術の適応がある場合にどちらかの方法で治療を行 うことになる.2010
年欧州心臓病学会(ESC
)成人先天性 心疾患ガイドライン10)および2008
年米国心臓病学会(
ACC
)/
米国心臓協会(AHA
)成人先天性心疾患ガイドライ ン189)に準拠し,ASD
閉鎖術の適応に関する推奨を示す.症状の有無にかかわらず,右房・右室拡大を認めるよう な有意な左―右短絡(目安として
Qp/Qs
>1.5
)があり,PVR
<5 Wood
単 位(400 dynes
・ 秒 ・cm
−5) の 症 例( クラスI )10),欠損孔の大きさにかかわらず,
ASD
による 奇 異 性 塞 栓 症 発 症 例または 体 位 変 換 性 低 酸 素 血 症(
orthodeoxia-platypnea
)が証明された症例(クラスIIa )は,ASD
閉鎖術の適応である.PVR
>5 Wood
単位(400 dynes
・秒・cm
−5)であっても,肺動脈圧
/
体動脈圧<2 / 3
またはPVR /
体血管抵抗<2 / 3
表50 ASDに対する閉鎖術の適応クラスI
1 . 症状の有無にかかわらず,右房・右室拡大を認めるような有
意な左―右短絡(目安としてQ p / Q s >1 . 5 )があり,P V R <
5 W o o d 単位の症例
2 . 一次孔欠損型,静脈洞型,冠静脈洞型に対する外科的閉鎖術
3 . 経皮的デバイス閉鎖術を行う場合,施設基準を満たした施設
で,術者基準を満たした医師が施行する
クラスIIa
1 . 欠損孔の大きさにかかわらず,ASDによる奇異性塞栓症発症
例または体位変換性低酸素血症(orthodeoxia-platypnea)が 証明された症例
2. デバイス閉鎖術に適した形態(38 mm未満で前縁以外の周囲 縁が5 mm以上)の二次孔欠損型に対するデバイス閉鎖術 3. 同時手術を要するような合併症(中等度以上の三尖弁逆流や
僧帽弁逆流,部分肺静脈還流異常など)を有する症例または デバイス閉鎖術が適さない形態を有する症例に対する外科的 閉鎖術
クラスIIb
1. PVR>5 Wood単位であっても,肺動脈圧/体動脈圧<2/3 またはPVR /体血管抵抗<2/3で左―右短絡が証明された症例
クラスIII
1. 非可逆的PHで左―右短絡のない症例
(Baumgartner H, et al. 2010 10),Warnes CA, et al. 2008 189)よ り作表)