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運動参加の背景

ドキュメント内 学位授与年月日 2020‑03‑21 (ページ 113-125)

2-1. チェルノブイリ原発事故

世論調査では、トルコで原発に反対する人々が、健康への悪影響や食品の汚染を懸念して いることが明らかになった。エルトル=アクヤズも指摘するように、チェルノブイリ原発事 故の経験が世論に影響していると考えられる。

1993 年のNKP設立で中心的役割を果たしたEMOのキュナルは、チェルノブイリ原発 事故は自身にとって、原発に注目し、原発問題に身を捧げる契機となったと述べている

[Künar 2002: 39]。筆者が聞き取りを行った反原発運動参加者の多くも、原発に注目する

ようになった理由や運動に参加した理由として、チェルノブイリ原発事故を挙げた。

シノップ環境の友を設立した A01 氏は、先述したように1994 年にアンカラで原発建設 への抗議行動を目撃したことで、シノップでも原発建設の可能性があることを知り、シノッ プで反原発運動を開始した。A01 氏が最初に原発に関心を持ったのは、チェルノブイリ原

図4-8:2015年シノップ反原発集会の参加者

2015年のシノップ反原発集会に子供を連 れて参加していた女性。宗教的保守層に特 徴的な、全身を黒い布で覆う服装をしてい る。宗教的保守層は一般的に、親イスラーム の姿勢を強調する AKP 政権の支持基盤と 考えられている。集会への彼女の参加は、原 発問題が既存の政治対立の枠組みを超えた 課題であることを示唆している。

筆者撮影(2015425日、シノップ)

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発事故がきっかけだったという。A01氏は大学卒業後、1986年の6月頃に故郷のシノップ を訪問した。このとき、「村で親戚たちが育てている農産物がすべて、まるで熱湯をかけら れ茹でられたような、しわを寄せた状態で枯れていた」という。その後A01氏は、「テレビ 番組で中東工科大学の 2 人の研究者がチェルノブイリ原発事故や、チェルノブイリから到 来した放射能プルームがトラキア地方や黒海地方を汚染したことについて話していた」の を聞き、村の農作物に起きたことは放射能汚染と関係があるのではないかと考えるように なった。A01氏は「もともと原発に関する知識があったわけではない」というが、以上のよ うにトルコでの放射能汚染を知ったことで、原発に反対するようになったという。

メルスィンの医師で、メルスィンNKP 代表も務めたA10氏も、チェルノブイリ原発事 故をきっかけに原発に反対するようになったという。事故当時、A10 氏は大学医学部で学 んでおり、被曝の危険性については理解していた。A10 氏は当時の通産大臣を始め政府当 局者たちが「紅茶に放射能はない。好きなだけ飲める」と言って紅茶を飲む様子をテレビで 観て、「間違ったことが行われている」と感じたという5

チェルノブイリ原発事故後のトルコ政府の対応は、被ばくによる被害と、政府への不信感 を拡大させた。特にチェルノブイリから距離が近い黒海地方では、「原発事故の影響でガン が増加している」という不安が広がっている。朝日新聞による取材では、ガン患者の増加に ついてトラブゾンやリゼの住民が「チェルノブイリの影響としか考えられない」、「リゼでは どの家にもガン患者がいる」と語っている[平田2011]。トルコで少数言語の調査を行った 言語学者の小島剛一も、白血病による死者の急増など、チェルノブイリ原発事故がトルコ北 東部地域に与えた健康被害について報告している[谷岡 2013]。

「どの家にもガン患者がいる」という言葉は、シノップでも度々語られる6。筆者による 聞き取り調査でも、反原発運動参加者らはガンの増加とチェルノブイリ原発事故の関連を 疑っていた。

A02氏:30年前の1986年4月26日、ウクライナのチェルノブイリで事故が起きまし た。この事故が起きたとき、トルコ政府は必要な措置を講じませんでした。バルト海諸

5 筆者によるA10氏への聞き取り。2019年4月17日、メルスィン。

6 2018年、BBCの取材に対し当時のシノップ市長バキ・エルギュル(Baki Ergül)は「黒 海地方ではチェルノブイリ原発事故後、どの家にもガン患者がいる。このようなことは誰も 経験すべきではない」と話している[BBC 2018 August 7]。

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国が国民に甲状腺ガンを防ぐヨウ素剤を配ったのに対し、トルコの大臣たちは紅茶を 飲むパフォーマンスを行い、放射能汚染はないと言いました。しかし事故から数年の間 に、黒海地方ではガン患者が増加しました。今日、亡くなる人の 3人に1人はガンが 原因です。トルコの他の地域ではこれほどではありません。

(2016年3月6日、シノップでの聞き取り)

A16氏:チェルノブイリで事故があってから、トルコの黒海地方では大きな影響があ り、多くの人がガンにかかりました。多くの人々が家族を失い、ヘーゼルナッツや紅 茶などの農作物が放射能で汚染されました。

(2016年4月26日、イスタンブールでの聞き取り)

A17氏:チェルノブイリ原発事故の影響はまだ続いています。人々は病気にかかり、困 難を経験しています。私たちが非常に愛する芸術家のキャーズム・コユンジュを失いま した。出会ったことのない大勢の人々も失いました。

(2016年4月26日、イスタンブールでの聞き取り)

A06氏:祖父は2人ともガンで亡くなった。喫煙も飲酒もしないのに。出身地リゼの 友人にもガンが多い。キャーズム・コユンジュもガンで亡くなった。

(2018年4月29日、イスタンブールでの聞き取り)

A17氏とA06 氏が言及したキャーズム・コユンジュ(Kazım Koyuncu)は、黒海地方 東部のアルトゥウィン県ホパ出身のフォークロック・ミュージシャンである。コユンジュ は黒海地方東部の民謡を取り入れたロック系音楽を少数言語のラズ語で歌い、トルコだけ でなく隣国グルジアでも注目されていたが、ガンが原因で2005年に33歳で亡くなった。

コユンジュは自身のガンはチェルノブイリ原発事故の影響であると考えていた。反原発運 動や環境運動にも力を注いだ彼は、トルコの反原発運動や環境運動のシンボル的存在であ る。

A01氏も、「シノップにはどの家にもガン患者がいる」と話し、黒海地方でのガンの増加 とチェルノブイリ原発事故の関連性を疑っている。A01 氏は複数の親族や友人をガンで失 っており、それが原発に対する怒りにつながっている。

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A01氏:昨日、ハルドゥン・モスクで5人の葬儀がありました。5人ともガンで亡くな っています。毎日このようなことが起きます。すべての家庭から一人はガンで亡くなり ます。とても深刻なことです。事故の約10年後から、障がいのある子どもが大勢生ま れるようになりました。妊婦が影響を受け、障がい児の出産や流産が起きました。現在 も、人々はガンで亡くなっていきます。電力のために、これほどのリスクや未解決の問 題を受け入れるのでしょうか。解決できない問題があり、影響を受ける自然や人間の数 を考えると非常に危険であり、原発は必要ありません。私の親族からも、6人をガンで 失いました7。わたし個人の問題としても、原発と闘わなくてはなりません。最近も50 日前に、親しい人をガンで失いました。これほどガンが多いのは普通ではありません。

親しい人をこれ以上、ガンで失いたくありません。

(2016年3月7日、シノップでの聞き取り)

また、トルコへの原発導入を容認する立場の者でも、チェルノブイリ原発事故がトルコに 悪影響を与えたという認識は共有しているようである。会話の中で原発が話題になった際、

A08 氏は「トルコはエネルギー源の多くをロシアとイランに頼っている。エネルギー源の 確保を確実にするために、原発は必要だ」と原発建設を容認する一方で、トルコで続く反原 発運動について、「彼らは原発を怖がっている。黒海地方ではチェルノブイリ原発事故の影 響でガン患者が増えたからだ」と話した8

チェルノブイリ原発事故の影響が疑われる健康被害はトルコで数多く報告されている。

トルコ医師連合は2006年、チェルノブイリ原発事故後にトルコの黒海地方東部でガンが増 加したと報告するレポートを発表した9[TTB 2006]。また筆者が2015年4月に出席した サムスンで開催されたシンポジウムでは、ウルダー大学医学部のカユハン・パラ(Kayıhan Pala)が黒海地方東部でのガン増加について報告した。パラによると、発見されたガンのう ち、原発事故の影響が疑われる甲状腺ガンの占める割合はイズミルで男性0.3%、女性1.3%

7 A01氏はこの聞き取りの後も新たに親族をガンのために失ったという。2017年4月の聞

き取りでは7人、2018年4月の聞き取りでは8人の親族がガンによって亡くなったと話し た。

8 2016年3月14日、イスタンブールでの聞き取り

9 トルコ医師連合が2006年4月に行った記者会見では、黒海地方で腕や足、頭部の欠如し た子どもの出産が増加したことも言及された[Aksu and Korkut 2017]。

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