反原発運動は原発やその建設プロセスにおける問題点を明らかにし(診断的フレーミン グ)、原発推進派の主張に対抗するとともに代替案を提示し(予後的フレーミング、対抗フ レーミング)、運動への人々の参加を促す(動機付けフレーミング)。以下ではトルコの反原 発運動が、主張を広げるためにどのようなフレームを用いているのかを分析する。分析の対 象としては、図6-3と図6-4のスピーチ内容や、デモや集会といった直接行動の場における 表現を中心に取り上げる。
3-1. 原発の危険性を訴えるフレーム
原発に反対する大きな理由として取り上げられるのは、原発事故のリスクと、事故が人体 や自然環境に与える被害の大きさである。原発には事故のリスクがあり、事故が起きれば大 きな被害が生じると説明することは、診断的フレーミングにあたる。また、原発事故の被害 は全世界に広がると強調すること[スピーチW-1]は、原発の立地点から離れた地域に住む 人々に対しても原発への反対を呼び掛ける動機付けフレーミングに分類できる。
原発の危険性を語る際には、過去に起きた原発事故が引用される。トルコの反原発運動が 原発の危険性を訴えるために最も頻繁に引用するのは、チェルノブイリ原発事故である。史 上最悪の原発事故であるチェルノブイリ原発事故では、30 万人以上が汚染された地域から の移住を余儀なくされ、事故直後の急性放射線障害やその後のガン発症によって大勢の命 が失われた1。さらに、チェルノブイリ原発事故はトルコにも放射性物質による汚染被害を もたらした。第3章で論じたように、チェルノブイリ原発事故の経験は、トルコにおける反 原発世論の形成にも大きく影響している。
1 チェルノブイリ原発事故の影響によるガン死者数については論争が続いている。2005 年 に開催された国際会議「チェルノブイリ・フォーラム」は、被ばくにともなう死者数は急性 障害死とガン死を合わせて約4000人と結論付けたが、この報告はベラルーシやウクライナ の専門家やNGO、ベラルーシ政府から抗議を受けた。フォーラムに参加したWHOや国際 ガン研究機関は、翌年にそれぞれ9000人、1万6000人という死者推定値を発表した。2006 年にNGOキエフ会議は3万~6万人、グリーンピースは9万3000人という死者推定値を 発表した。京都大学原子炉実験所の今中は、チェルノブイリ原発事故によるガン死者数の見 積もりとして全世界で2万~6万人が妥当だろうとしている[今中2007a]。
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過去に原発事故が繰り返されたことは、原発は危険であるというフレームを支える証拠 となる。原発の危険性を強調するフレームは、チェルノブイリ原発事故による経験を経たト ルコにおいては経験的確実性が高く、有効性の高いフレームであると言える。
以下では反原発運動が用いる表現を基に、原発の危険性を訴えるフレームの具体例につ いて分析する。
(1) 「核は死を招く」
図6-5のNKPのチラシにはチェルノブイリ原発事故で急性放射性障害に罹り治療を受け る人物の写真、図6-6のシノップ環境の友のチラシには、ガンに罹ったキエフの子供の写真 が使用され、原発事故が人間の健康に与える被害を訴えている。さらに図6-5のチラシには
「放射能は死を招く」と書かれており、死を招くほどの重大な事故を起こし得る存在として 原発をフレーミングしている(フレーム増幅、診断的フレーミング)。
原発を死と結び付ける表現は、デモ行進や集会の場においても盛んに使用される。図6-7 の2017年シノップ反原発集会のプラカードには、「核は死を招く」と書かれている。図 6-8 のプラカードには、「ニュークリア」という文字と共に、原子力のシンボルマークと棺桶 を組み合わせた絵や、首つりの絵が書かれている。図6-9は2015年4月26日のチェルノ ブイリの日にイスタンブールで行われた反原発デモで、参加者がダイ・インのパフォーマン スを行う様子である。地面に横たわって原発事故による犠牲者を演じる抗議者が手に持つ プラカードには、「核とは死や障がいのことだ」と書かれている。
原発事故による被害の大きさを理解することは、それを防ぐために行動しようとする動 機付けにもなる。アックユ原発のゲート前で図6-10の男性が抱えるプラカードには、「明日 ラジオアクティブになりたくなければ(被ばくしたくなければ)、今日アクティブになろう
(運動に加わろう)」と書かれている。これは原発建設を止めるために行動しないことのリ スクを強調し、被ばくを防ぐために今行動しようと呼びかける動機付けフレーミングであ る。
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<日本語訳>
放射能は死を招く!
原子力技術が生まれてから、広島の 原爆や原発事故で広がった放射性 物質は、大勢の人々の命を奪い、障 がいを負わせ、ガンの発生や障がい のある子どもの出産の原因となっ た。そして今も、これらの原因とな り続けている!
図6-5:NKPのチラシ(1990年代)
<日本語訳>
キエフの腫瘍クリニック 診断:ガンとその他多数の病気 原因:1986年のチェルノブイリ原発 事故による放射線の影響
「将来世代が生きていてほしい」
アックユにもシノップにも原発はい らない!
図6-6:シノップ環境の友協会のチラシ(1990年代)
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図6-7:2017年シノップ反原発集会
プラカード左:「毒を吸い込みたくない」、右:「核は死を招く」
筆者撮影(2017年4月22日、シノップ)
図6-8:
2015年シノップ反原発集会のプラカード
図6-9: ダイ・インの様子
筆者撮影(2015年4月25日、シノップ)
筆者撮影
(2015年4月26日、イスタンブール)
147 (2) 「原発事故を繰り返すな」
NKPをはじめとするトルコの反原発運動組織は、チェルノブイリ原発事故発生日である 4月26日に合わせて記者会見やシンポジウム、集会を開催してきた。中でも毎年4月にシ ノップで開催される反原発集会には、トルコ全国から多くの参加者が集まる。「チェルノブ イリの日」に抗議イベントを開催することは、過去に原発事故が起きたという経験的確実性 に基づき、トルコでも同じ事故が起きる可能性を訴える(経験的確実性)。
反原発集会のスピーチではチェルノブイリ原発事故について、「多くの人が被ばくで命を 失い、土地を追われた」「放射能汚染により、ガンが増加した」[スピーチN-1]、「チェルノブイ リ原発事故では何十万人もの人々が家を捨てなければならなかった」[スピーチU-1]など、
被害の大きさが繰り返し語られた。2016年のシノップ反原発集会にはチェルノブイリ原発 事故の収束作業に従事した元リクビダートルのウクライナ人男性が参加し、「事故収束作業 で国から表彰されたが、健康は取り戻せない。共に働いた仲間の多くは命を失った」と自ら の経験を語り、チェルノブイリ原発事故は人類に対する警告であると訴えた[スピーチ Q-1]。
図6-10:「明日ラジオアクティブになりたくなければ、今日アクティブになろう」
(アックユ原発ゲート前の抗議者)
筆者撮影(2016年7月11日、アックユ)
148 図6-11はチェルノブイリ原発事故から10 周年となる1996年4月に開催された反原発 イベントのポスターである。「アックユをチェ ルノブイリにするな」というスローガンの背 景には、原発事故のイメージとして、防毒マ スクで顔を覆った子供の写真が使用されてい る。上半分には反原発デモの写真が使用され ており、チェルノブイリのような原発事故を アックユで繰り返さないために反原発運動を 行っているというメッセージが読み取れる。
「チェルノブイリのような原発事故をトル コで繰り返すな」というメッセージは、運動 の様々な場面に登場する。2017 年 4 月のシ ノップ反原発集会でグリーンピース地中海が 掲げた横断幕にも、「シノップをチェルノブイ リにするな」と書かれている[図6-12]。
図6-13は、チェルノブイリ原発事故30周年の2016年4月26日にイスタンブールで開 催された反原発コンサートの会場に掲げられた横断幕である。「チェルノブイリの苦しみを 既に味わった。アックユで、シノップで、共に抵抗しよう」と書かれている。
図6-11:チェルノブイリ原発事故10周 年イベントのチラシ
(1996年4月、イスタンブールNKP)
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チェルノブイリ原発事故を想起させる際には、音楽家のキャーズム・コユンジュのイメー ジも頻繁に用いられる[図6-14]。先述の通り、反原発を訴え、チェルノブイリ原発事故に 由来するとされるガンが原因で亡くなったコユンジュは、トルコの反原発運動のシンボル である。彼のイメージは、チェルノブイリ原発事故による汚染が引き起こしたトルコでの健
図6-12: 「シノップをチェルノブイリにするな」
(2017年シノップ反原発集会にて、グリーンピース地中海)
筆者撮影(2017年4月22日、シノップ)
図6-13:チェルノブイリ原発事故30周年反原発コンサート会場の横断幕
「チェルノブイリの苦しみを既に味わった。アックユで、シノップで、共に抵 抗しよう」
筆者撮影(2016年4月26日、イスタンブール)