トルコの反原発運動は、何を問題として取り上げ、どのように主張しているのだろうか。
原発に関するトルコでの論争を整理したウドゥム[Udum 2010: 367-369]は、トルコの原 発反対派の主張を以下のようにまとめている。
原発には事故のリスクがあり、人体や自然環境、観光業、農業などが悪影響を受ける。
特に、トルコは地震国であり、地震による事故リスクが大きい。
原発はコストが高く、経済的に見合わない。
再生可能エネルギーなど、エネルギー源の代替案がある。
先進国が原発から撤退する中、新たに原発を導入することは合理的でない。
原発の導入はエネルギーの外国依存を高める。
原子力ロビーに影響され、民意を尊重しない政府が非民主的な意思決定を行ってい る。
放射性廃棄物の処理など未解決の課題があり、将来世代へ負担を押し付ける。
原発の利用は核兵器の拡散につながる恐れがある。
以上のような主張は、反原発運動の運動組織によって、出版物やメディアでの発言、デモ でのスピーチ、講演会やシンポジウムの開催を通じて発信されている。図6-1は、1990年 代にNKPが作成したチラシである。ここには、原発に反対する理由として、①環境への悪 影響、②放射能が健康に与える悪影響、③事故のリスク、④経済的非合理性、⑤核兵器拡散 への懸念、⑥再生可能エネルギーの利用や、エネルギー利用の効率化を進めるべきであるこ とが挙げられている。
また、NKPが2014年に作成したパンフレット「原子力の神話と真実」[図6-2]では、
「原子力神話」を否定して真実を伝えるという形式で、以下のことが説明されている。
136
先進諸国は脱原発へ向かっている。原子力ロビーは民主主義に問題のあるトルコのよ うな国に原発を押し付けようとしている。
政府による電力需要予測は過大であり、原発が無くても電力不足は起きない。
トルコには再生可能エネルギーの高い潜在力があり、送電網の効率化や省エネを進め る余地も大きい。
トルコに建てられる第3世代の原発は技術が確立されていない。
原発の経済的コストは高い。アックユ原発事業でロシアに与えられた電力購入価格保 証は、市場価格と比べ非常に高い。安全対策のため、原発の建設費は世界的に上昇し ている。
原発建設はエネルギーの外国依存を悪化させる。アックユ原発は、立地国とは別の国 によって所有される世界初の原発になる。
原子力はクリーンなエネルギー源ではない。事故がなくても、ウランの採掘、原発の 運転、長期にわたる廃棄物管理のどの段階でも、環境に深刻な害を与える。温排水は 周辺の海の環境や気候に影響を与える。
放射性廃棄物を何万年も安全に管理する技術は存在しない。
原発は嘘にまみれている。チェルノブイリ原発事故や、トルコ国内で起きた被ばく事 故で、政府は正しい情報を伝えなかった。
福島原発事故は最後の警告である。これまでも地震やその他の原因による原発事故が 起きてきたが、人々は真剣に向き合ってこなかった。
137
<日本語訳>
私たちは原子力に反対!
なぜなら:
・発電の全プロセスで環境に大きな害を与 える、最も汚い発電方法である。
・原子力とは、放射能のこと。放射能はガン、
遺伝子異常、出産異常の原因になる。
・完全な技術は存在しない。私たちに押し付 けられようとしている西欧の原子力技術 は、過去に何度も事故を起こしている。大小 合わせて6000もの事故が起きた!
・原子力は最もコストの高い発電方法であ る。巨額の投資が行われたにも関わらず、生 まれた雇用は小さい。
・核兵器の材料であるプルトニウムは原発 で生産される。
なぜなら:
・最も安く、最もクリーンなエネルギーは、
再生可能資源や、効率的な利用や節約によ って生まれるエネルギーである。
図6-1:NKPのチラシ(1990年代)
図6-2:NKPのパンフレット(2014年)
「原子力の神話と真実」
138
次に、2016年4月と2017年4月にシノップで開催された反原発集会におけるスピーチ の内容を図6-3と図6-4にまとめた。第3章で述べた通り、毎年4月のチェルノブイリの 日にシノップで開催される反原発集会は、トルコで最大規模の反原発イベントであり、全国 から参加者が集まる。したがって、シノップ反原発集会でのスピーチ内容は、トルコの反原 発運動全体の主張を代表するものと考えて良いだろう。スピーチ内容は、筆者が集会で参与 観察を行いながら動画に記録し、書き起こしたものから要点をまとめたものである。
本章では、社会運動論におけるフレーミング論を用いながら、反原発運動がその主張をど のように人々へ伝えようとしているのかを明らかにする。分析の対象とするのは、図6-3と
図 6-4 のスピーチ内容に加え、反原発運動の運動組織が発行した冊子やポスター、チラシ
等の内容やデザイン、集会やデモ行進での横断幕やプラカード、シュプレヒコールの表現な どである。分析を行うにあたって、まずは次節で、社会運動論におけるフレーミング論につ いて整理する。
図6-3:2015年4月25日シノップ反原発集会のスピーチ 発言者の
職業・所属 発言内容
シノップNKP 【A-1】政府はトルコ中で鉱山開発や発電所建設のために嘘をつき、偽の環 境影響評価を行い、私たちの生活の場や自然を破壊している。
【A-2】核ではなく自然、死ではなく命のために団結しよう。
【A-3】核も搾取もない平和な世界を求める。市民を無視してシノップに原 発を建てることを許さない。
TMMOB理事長 【B-1】AKP政権下で女性への暴力が増加。労働災害も毎日起きている。
各地のテロで仲間たちが命を落とした。
【B-2】原発は人間に対する災害。原発建設は原子力ロビーのための事業。
KESK共同代表 【C-1】権威主義的・全体主義的なレジームが反対派を黙らせようとしてい る。私たちはここで、自由を取り戻そうとしている。
【C-2】資本家の代表である AKP は、私たちから全てを奪おうとしてい る。未来を資本家へ売り渡している。資本主義とともにルール違反や安全 軽視が蔓延し、危険な未来へと向かっている。幅広い団結により、AKP政 権を打倒する必要がある。
漁業協同組合長 【D-1】最後まで皆と共に原発と闘い続ける。
アバルキョイ住民 【E-1】私の村にも、シノップにも、トルコや世界のどこにも原発はいらな い。誰にも私の土地や生活を奪う権利はない。
シ ノ ッ プ 選 出 CHP 国 会 議 員 Barış Karadeniz
【F-1】政府は私たちを騙そうとしている。原発によって国が発展すると言 うが、自らの利益しか考えていない。原発は嘘にまみれている。
【F-2】原発とは死であり、生きる権利を手放すことであり、子供たちの未 来を奪うことである。
139 図6-3続き アルトウィン県選
出CHP国会議員 Uğur
Bayraktutan
【G-1】ジェラーテッペの鉱山開発反対運動に、シノップからも仲間が駆 けつけてくれた。私たちは常に共にある。
チ ョ ル ム 県 選 出 CHP国会議員 Tufan Köse
【H-1】トルコや世界のどこにも原発はいらない。
サ ム ス ン 選 出 CHP国会議員 Kemal Zeybek
【I-1】サムスンやシノップ、黒海地方を原発で汚染させない。汚いエネル ギーに反対。
バ ル ケ シ ル 選 出 CHP国会議員 Mehmet Tüm
【J-1】原発は環境を汚染し、破壊する。人間を病気にする。農作物をダメ にする。
【J-2】自然が破壊される国の人々に自由はない。政権は各地で自然を破壊 している。これを止めよう。原発に反対しよう。CHPは常にあなたたちと 共にある。
CHP サ ム ス ン 代 表・弁護士 Tufan Açıkgöz
【K-1】美しいシノップの街を犠牲にしない。トルコのどの街も犠牲にし ない。
CHP政治家
Çetin Sosyal 【L-1】ゲルゼの石炭火力発電建設反対運動で、シノップとゲルゼの住民は
連帯し、勝利した。シノップでも連帯し、自由と平和、自然環境と人間を 守ろう。
メルスィン県選出 CHP国会議員 Aytuğ Atıcı
【M-1】「雇用が生まれる」「エネルギーが必要」といった宣伝を信じては いけない。トルコは太陽光エネルギーだけで需要以上の発電ができる。
【M-2】メルスィンでは住民の8割が原発に反対。原発事故の被害は、支 持政党や信仰、民族に関係なく及ぶ。原発は全ての人に共通の課題。
【M-3】原発は核兵器ともつながりがある。我々は命のために闘っている。
【M-4】原発は高コストなエネルギー。放射性廃棄物は数百万年も管理が 必要。将来世代にまで被害が及ぶ。
EMO代表 【N-1】30年前のチェルノブイリ原発事故で、多くの人が被ばくで命を失 い、土地を追われた。放射能汚染により、ガンが増加した。
【N-2】世界では再エネの利用が拡大し、コストも低下。それなのにトル コは原発の電力に高い購入保証価格を与えている。
【N-3】原子力ロビーは苦境に立たされている。先進諸国が原発から撤退 する中、トルコや発展途上国に原発を売り、核のゴミ捨て場にしようとし ている。
ÇYDD・弁護士 【O-1】原発を建てようとする者たちは、シノップの人々に是非を尋ねて いない。この土地の所有者は私たちです。
【O-2】国を愛する者として、最後まで原発と闘う。ゲルゼでは勝利した。
シノップでも勝利できる。
SİAD(シノップ出 身ビジネスマン協 会)
【P-1】この土地は先祖から預かったもの。原発によって失ってはならな い。世界では脱原発が進んでいる。放射性廃棄物の処分場は見つかってい ない。
ウクライナの元リ クビダートル
【Q-1】チェルノブイリ原発の事故収束作業で国から表彰されたが、健康 は取り戻せない。共に働いた仲間の多くは命を失った。大勢の子供も犠牲 になった。チェルノブイリ原発事故は人類への警告。
IPPNW ドイツ代 表
【R-1】原発事故による健康被害は何年も後になってから明らかになる。病 気になった人々は私たち医師のもとに来るが、病気は治療よりも予防の方 が簡単。原発の利用を止めるべき。
出所:参与観察を基に筆者作成。