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第1章 北朝鮮の経済政策と経済・産業の現状

④ 農業および水産業の現状

上述のとおり金正恩第1 書記は2015 年の年頭に行った「新年の辞」で食の問題を 解決する3本の柱として農産、畜産、水産をあげ、当該部門で成果を上げることを課 題として示した。その中でも農業は、その中心となるものである。

北朝鮮ではここ数年間天候に恵まれず農業に不利な条件が続いているにもかかわら ず穀物生産量は増産の傾向にあった。

国連食糧農業機関(FAO)と世界食糧計画(WFP)の推計によると、北朝鮮におけ る穀物生産量は2011/12年度59 に527万トンあったが、2012/13年度には573万トン、

2013/14年度には593万トン、2014/15年には594万トンと3年連続前年比増を記録

している(図表21参照)。

図表 21 北朝鮮の穀物生産量

(単位:1,000 トン) 2011/12 年度 2012/13 年度 2013/14 年度 2014/15 年度 主作期 4,750 5,031 5,267.1 5,347.1

コメ* 2,477 2,681 2,900.9 2,626.4 トウモロコシ 1,857 2,040 2,002.0 2,349.1 その他の穀物 49 59 65.8 53.7 ジャガイモ 121 84 135.1 157.5 大豆 245 168 163.4 160.4 冬・春作 224 399 366.2 301.0 小麦・大麦 71 103 76.6 60.0 ジャガイモ 153 296 289.6 241.0 農場全体 4,974 5,430 5,633.3 5,648.1 傾斜地 220 220 220.0 220.0 自留地 75 75 75.0 75.0 総計 5,269 5,725 5,928.3 5,943.1

※ コメは精米前基準 出所:FAO・WFP

59 FAO/WFP11月から翌年10月までの期間を1つの年度(穀物年度)としてしている。例 えば、2011/12年度とは201111月から201210月までとなる。

一方、北朝鮮政府は経済統計数値をほとんど発表していないが、穀物生産量につい ては、社会科学院などが訪朝した外国人などに政府の公式見解として公表している。

それによると、2012年には530万トン、2013年には562万トン、2014年には571 万トンであった。

穀物生産量についての北朝鮮公表値とFAO/WFPの推計値の比較は次のとおりであ る。

図表 22 穀物生産量:北朝鮮公表値と FAO/WFP の推計値の比較

(単位:万トン)

2012 年 2013 年 2014 年 北朝鮮公表

(精米後) 529.8 562.4 571.3 FAO/WFP

(精米前) 572.5 592.8 594.3 FAO/WFP

(精米後*) 484.6 497.6 508.2

※ FAO/WFP はコメの精米換算率を 66%と設定している

出所:FOA/WFP、北朝鮮公表値については社会科学院経済研究所からの聞き取りによる。

これを見ると双方の数値には50~60万トンほどの差があることが目に付く。

北朝鮮は統計年度を当年1月から12月までとしており、FAO/WFPが設定している 穀物年度(10月~11月)とずれがあるので、数字に齟齬があってもおかしくはないが、

それにしても少なくない量といえる。要因としては、統計の基準になる年度の設定だ けでなく、対象とする農地の把握、各種穀物を統計値に換算する基準が異なるなどが 考えられるが、現在のところはっきりとしたことはわかっていない。これからも精査 が必要であろう。

ただし絶対量については隔たりがあるものの、これを見る限り穀物生産量が増加傾 向にあることは間違いないようである。

このように双方の統計数値に隔たりがある中、2015年の穀物生産については双方が 異なる見解を見せている。

2015年前半期朝鮮半島は全体的に日照りが続き、北朝鮮でも前年に続き6月までほ とんど雨が降らず、北朝鮮メディアでは100年来の大干ばつで被害が出ていると報じ

られていた60 。このような状況を受け韓国政府は、北朝鮮での穀物の収穫が最大20%

減少し「1990年代中盤の「苦難の行軍」以降最低値」を記録すると予想していた61

FAO/WFPが2015年10月に発表した報告書62によると、北朝鮮の2015/16年度の

コメ(精米後)およびトウモロコシの生産量は各々150万トン、220万トンであると推計 した。

FAO/WFPの報告書は、2001年より現地調査に基づき作成発表されており、比較的

正確なものとして評価されていた。しかし、2014年からは北朝鮮政府から調査訪問の 許可が下りず、2014年以降の報告書は現地調査を行わないで作成されている。

そういうこともあってか、以前は当該年中に行われていた報告書の公表は 2014 年 からは翌年に持ち越されており、2015年度版も2015年12月現在発表されておらず、

先の発表も北朝鮮の穀物生産についての年次報告書ではなく、FAOが半期に一度発表 する世界食糧マーケットの見通しについての報告書の中で触れられていたものである。

同報告書によるとコメとトウモロコシ以外の作物(ジャガイモや大豆など)の状況に ついてはわからないが、コメ(精米後)は前年比20万トン減(-13.3%)、トウモロコシ は前年比40万トン減(-15.4%)の大幅減産になる。

一方で北朝鮮当局者はこれとは違った見通しを述べている。

2015 年秋に訪朝し社会科学院経済研究所との面談を行った研究者やビジネスマン、

マスコミ関係者などによると、干ばつなどで生産に影響があったが、2015年の穀物生 産は前年比同程度という見通しを述べていたという。63

同時期に協同農場を訪れた訪朝者の話によると、前年にも干ばつに見舞われた教訓 を生かし、その被害を最小限にするための対策として節水農法などをはじめとする科 学的農法を取り入れることで被害を最小限に抑えたということであった。

北朝鮮有数の穀倉地帯である黄海北道沙里院市に所在する嵋谷協同農場では、例年 は5月に行っていた田植えを6月に延期し、苗床で苗を大きく育ててから田植えを行

60 「総合された資料によると、8日現在全国的に441,560余ヘクタールの田植えを終えた

水田で136,200余ヘクタールの苗が干上がっている。その中でも被害が大きい地域として

は、黄海南北道、平安南道、咸鏡南道である」(「朝鮮の農村深刻な干ばつ被害」『朝鮮中央通 信』2015.6.16)

61 「北、来月初まで干ばつが続く場合 食糧生産最大20%減少」(『聯合ニュース』、2015.6.9)

62 FAO “Food Outlook, Biannual Report on Global Food Markets October 2015” 201510

63 福田恵介「北朝鮮、農業強化で食糧増産に走る」『週刊東洋経済』20151114日号

うという節水型農法を導入したことから、1 カ月分の農業用水を節約し、上半期の干 ばつの影響はほとんど受けることがなかったという。結果として収穫量は前年度より 若干高く、場所によって多いところでは1 ヘクタール当たり13 トン、平均して1ヘ クタール当たり10トンを見込んでいるということであった64

収穫が終わった嵋谷協同農場の水田(訪朝者撮影)

社会科学院でのヒヤリングによると北朝鮮では当面、穀倉地帯では1ヘクタールあ たり8トン、その他山間地帯などでは同5トンの生産を目標にしているとのことであ るが、穀倉地帯である同農場で1ヘクタール当たり平均10トンという数字は豊作とい ってよいであろう。

また、北部にあるジャガイモ生産の拠点である両江道大紅湍郡では 1998 年以来の 大豊作で年間生産計画を129%達成したという報道65もあった。

一部の例だけを挙げて全体を語ることは難しいが、100 年来の干ばつといわれ大き な生産減を心配されたわりには、あまり大きな被害はなかった可能性も少なくない。

64 「現地視察報告 中朝国境地域と北朝鮮経済の現況」『東アジア経済情報』201512

65 「ジャガイモ生産で最高生産度水準突破」『今日の朝鮮(ウェブサイト)』20151226

このように実際の生産高については不明確ではあるが、現地からの情報を伝えるイ ンターネットメディアなどによると、農民たちの間では日照りなどはあったが作況は 良く、前年よりも収穫は多いというのが一般的な判断であるという66。また、昨年か ら市場におけるコメの価格は依然として安定しており、現在のところ一般市民の生活 においても穀物生産が減少したという実感はないようである。

FAO/WFPによると北朝鮮の穀物需要量は約 550万トン、そのうち食料用は約430

万トンとされている。生産量が少ないとみるFAO/WFPの統計に従っても食料用穀物 の絶対量は自給できる水準にあることが市場価格安定の要因の一つであると思われる。

このようなことからFAO/WFPの発表が事実であっても食料供給にはあまり大きな 影響はないとの判断も可能である。

ロ.水産業の現状

北朝鮮は近年水産業に力を入れており、国家的な投資が行われている。

第一に、2015年にはこれまで水産部門においての一番のネックであった漁網やロー プ、養殖いかだなどの漁具を一新するための国家的な投資が行われ、その結果多くの 水産事業所で設備の更新が行われた。その結果黄海での上半期の漁獲量が前年比2倍 になったということである67

第二に、ロシア沿海地方での遠洋漁業に力を入れてはじめている。

遠洋漁業は1960年代から行われて、1990年代の「苦難の行軍」期から漁船や設備 の更新などが滞り、最近までほとんど中断されている状態であった。

ソ連(当時)とは1970年代から共同委員会をつくり相互の排他的経済水域(EEZ)

での漁獲割当量について協議をしており、1970~80年代北朝鮮の割当量は年間20万 トン程度であったが 2000 年代に入ってからは大幅に減少しそれに従って漁獲量も激 減している。

ロシアの資料によると 2009 年の割当量は 4,440 トンであったが、実際の漁獲量は 8.1トンにすぎなかった。2010年には割当量は1万210トンに増え、17隻の漁船が 操業を行ったが実際の漁獲量は535.2トンにとどまった68とされる。

66 「北、今年の作況昨年に劣らず」RFA 20151019

67 社会科学院経済研究所 金相学室長、201511月訪朝者によるインタビュー

68 金学基、金錫煥、Tagir D. Khuziyatov「南北露三角経済協力法案研究」産業研究院2014 12