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第1章 北朝鮮の経済政策と経済・産業の現状

③ 建設部門の現状

北朝鮮では建設は「強盛国家の基礎を固め、人民の幸せのよりどころを築く重要な 部門」であるとされ58 、近年つとに力を入れている部門である。

2012年の金日成主席誕生100周年に向け平壌市内が大々的に再開発されたが、金正 恩時代に入っても建設ブームは続いており、「建設の大繁栄期」であるとされる。特に 朝鮮労働党創建70周年を迎える年ということもあり、大規模な建造物が次々と完成し た。

2015年の建設における特徴の第一は、平壌市をはじめとして住宅建設が活発に行わ れていることである。

平壌市内に新たにニュータウンが完成した。昨年完成した金策工業総合大学教職員 アパートから、大同江に沿って造られたニュータウンは総敷地面積39万9,500余平方 メートル、延べ建設面積87万6,750立方メートルで53階建ての超高層アパートなど

56 ウェブサイト「朝鮮の今日」2015114日付記事「世界的水準の化粧品を!」

57 ウェブサイト「朝鮮の今日」20151126日付記事「国内産商品で人気を集める平壌第 1百貨店を訪ねて」

58 金正恩『新年の辞』201411

を含む19棟のアパート2,584世帯、各種商店や映画館など17棟153の商業施設、11 の公共建物などで構成されている。また、水害防止のため1,540 余メートルの護岸工 事も行ったとされる。

訪朝者によるとアパートの外壁などは色とりどりのタイルで外装されており、カラ フルな街並みが続いており、ところどころに芝生が植えられたスペースや公園なども 設置され、市民たちが思い思いに休んでいる姿を見ることができるという。

このニュータウンは「未来科学者通り」と名付けられたが、その名のとおり新築さ れたアパートには平壌市内にある大学の教職員、研究者たちが入居している。

「未来科学者通り」全景(出所:「労働新聞」ウェブサイト)

これは、2013 年の金日成総合大学教職員アパート建設、2014年の金策工業総合大 学教職員アパートや衛星科学者通り建設の流れを汲んだもので、金正恩時代の特徴で ある科学者優遇策の一つである。

平壌市内ではそれ以外にも、市内のいたるところで高層アパートの建設が進んでお り、この数年で街並みが大きく変わってきたという評判である。これらの住宅は大体 が国営企業所の投資で造られているものであるが、従業員用の住宅を確保したうえで それ以上の部分については一般に分譲することで投資資金を集めているといわれてい る。

住宅建設は地方においても活発に行われている。

平壌市郊外にある将泉野菜専門協同農場は 2014年6 月に農村近代化のモデル農場 として近代化させるという政策の下、全面的に再開発され、野菜栽培温室665棟が建 設されたが、その際、住宅422棟や公共施設18棟なども新設された。

すべての住宅には太陽熱温水器と太陽光パネル電池が設置され、住宅で使う燃料用 ガスは家畜や家庭内で出る排せつ物などを使うメタンガス発生装置で賄うように作ら

れるなど、環境にやさしいものとなっている。国内でのエネルギー不足が深刻である といわれる中、科学技術を積極的に導入し結果的に環境にやさしい住宅がつくられる ようになっている。

それ以外でも、咸鏡南道咸興市でも平壌に倣い科学者向けアパートの建設が進んで おり、また平安南道順川市でも住宅建設が行われていると伝えられている。

羅先市でも住宅建設が大々的に行われた。

羅先市のケースは少し特殊な事例ではあるが、2015年8月末の洪水で99棟の公共

建物と 1,070 余棟の住宅が崩壊し、5,240 余世帯が被害を受けた。これを受け金第 1

書記は現地を訪問し被害状況を視察するという前例のない対応をし、復旧作業を進め るにあたって直接の指示を行った。第1書記の号令の下数十万の軍人が復旧作業に動 員され1カ月のうちに1,800棟の住宅を新しく建設し、住民たちに明け渡したという。

2015年の建設における第二の特徴は、大規模な商業サービス、文化施設、福祉施設 が完成したことである。

未来科学者通りのすぐ近くにある大同江の中州に建設された科学技術殿堂や北朝鮮 の玄関口である平壌国際空港ターミナル、小中学生を対象にした課外活動の拠点であ る万景台学生少年宮殿、また、各地に養老院や孤児院などが新設・改装された。

科学技術殿堂はその名のとおり、科学技術の普及を目的として作られた総合的な科 学技術教育センターである。延建設面積10万6,600平方メートルにわたるこの施設は、

電子図書館を中心として基礎科学技術館、応用科学技術館、地震体験室、仮想科学実 験室などの室内科学技術展示場と、未来のエネルギー区域、科学遊園地区域などで構 成された野外科学技術展示場などがあり、これらの施設の照明や空調などは太陽光、

地熱などの自然エネルギーを使って賄われているという。この施設を建設するにあた り、中州の護岸工事および交通機関として路面電車の引き込みなども行われ、未来科 学者通りを含めたこの周辺一帯の様子が一新された。

平壌国際空港ターミナルは金第1 書記の関心の下、完成まで数回にわたり設計の手 直しなどがあったとされ、特色のある作りになっている。

改装前のターミナルには飛行機が横付けできるゲートはなく、乗客は発着時には飛 行機とターミナル間はバスや徒歩での移動、飛行機への乗り降りにはタラップを使用 していた。しかし、新ターミナルにはボーディングブリッジが設置されたゲートがつ くられ、直接乗降できるようになった。また、ターミナル内にはコーヒーショップや

レストラン、免税店などがあり、規模は大きくないが国際線ターミナルとして遜色の ない形となっている。

また、これから空港周辺の開発にも着手するといわれており、空港と市内を結ぶ高 速鉄道、高速道路などの建設が予定されている。

平壌国際空港新ターミナル(出所:朝鮮中央通信)

平壌学生少年宮殿は、2014年5月より1年7カ月をかけて大きくリフォームされた。

また、各地に養老院、孤児院などが建設された。2015年6月には江原道元山市に元 山育児院、愛育院(孤児院)、同年9月には平壌養老院が竣工した。

このような動きは地方でもあり、咸興化学工業総合大学や咸興医学大学の図書館の 完成、咸鏡北道清津市の 4D 映画館完成や平安北道での孤児院建設を挙げることがで きる。

2015年の建設における第三の特徴は、大規模な水力発電所が建設されたことである。

10 月に白頭山英雄青年発電所1 号発電所および2 号発電所が完成し、11 月には清 川江階段式発電所が完成した。

白頭山英雄青年発電所は3号まで計画されており、すべて完成すると出力は5万キ ロワットになるという。この発電所は、近隣の両江道の電力需要を賄うために作られ たものである。

一方、清川江階段式発電所は、80 キロメートルの間に 10の発電所が設けられた発 電所で、出力はすべてを合わせて12万キロワットである。慈江道煕川市、平安南道南 興地区などの工業地帯への送電を目的としたものである。

北朝鮮は慢性の電力不足に陥っているが、火力発電所は化石燃料の不足と設備更新 の滞りにより発電効率が悪いとされる。そのような条件の下で水力発電に依存する割 合は大きく、大規模な水力発電所の建設が課題となっている。

今回の大規模水力発電所の建設により、地方の工業地帯や一般家庭に向けた電力供 給が行われるだけでなくその一部が平壌市民の家庭用電力としても供給されることに なるといわれている。

これらの大規模建設のうち養老院や孤児院などを除くほとんどのものが、党創建70 周年に向けて作られた「記念碑的建造物」といわれるもので、建設過程や完工時に金 第1書記の現地指導を受けた対象である。

このような「記念碑的建造物」は以前も大規模な投資の下造られていたが、金正恩 時代に入ってからは特に、人々の生活レベルや教育レベルを向上させることができる、

実利のある建築物がつくられているということが特徴的であろう。

このような大規模建設に軍隊が労働力として動員されていることにも注目する必要 がある。北朝鮮は 2013 年に経済と核武力建設の「並進路線」を提示したが、これに より通常兵器での武装時より兵員を減少させ、労働力に回しているという見方も可能 であろう。しかし「並進路線」の本旨は、核保有により通常兵器に投入される軍事費 を減らし、これを民生経済に回すものであり、経済においても軍主導ではなく民間主 導の流れを作り出すのがあるべき姿であろう。大規模建設には軍を動員するという、

金正日時代に確立された「先軍政治」の手法はある意味「非正常」であり、今後、金 正恩政権下で党主導の国家運営への回帰が進めば変化が生じてくる可能性もある。

また、国際的な経済制裁の中で、北朝鮮は大規模建設に伴う資金・資材の調達を基 本的には国内で賄っているものとみられる。これは、北朝鮮経済がそれなりの力を内 部に蓄えている証左とみることもできるが、他の経済部門に回すべき資金・資材を大 規模建設事業に集中させれば、結局は健全な経済建設を阻害することにもなり、非常 に危うい部分でもある。

北朝鮮の大規模建設ラッシュはこれからも続きそうだが、その裏面にも注目する必 要があるだろう。