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第1章 北朝鮮の経済政策と経済・産業の現状

② 北朝鮮経済の課題

以上見てきたとおり、北朝鮮は過去の歴史に学びながら全く独自の国造りに邁進し ているが、外部から観察するとさまざまな問題を抱えていることが見える。

北朝鮮は社会主義計画経済の下で国造りを進めているが、「人民の生活向上」という 普遍的な目的達成にはその方式のみでは十分にこたえきれないが故に、市場(チャン マダン)が自然発生的に芽生え、やがて商品経済の有用性・必要性に気づき、国家経 済の仕組みに取り入れることになった。また、ヒトの能力や可能性を一握りの国の指 導者が権力に任せて行動規範を規定し縛り付けるやり方のみでは、社会の発展は限界 があることを経験則的に理解したが故に、「朝鮮式経済管理方法」と銘打って、個人や 企業、農民や労働者・経営管理者に自由裁量権を与え、その成果で国全体の経済を活 性化し富を増やす道を模索している。

ひとつの国の将来を決めるのはその国の国民であり、決して少数の指導層でもなけ れば一個人でもない。他国がそれに干渉することは避けねばならないが、その国の国 造りに手を差し伸べる分野があるのであれば、またそれをその国が望むのであれば大 いに協力していくべきであろう。その観点から、北朝鮮の特にその経済の将来につい てもう少し考察し問題提起しておきたい。

イ.社会経済システムの変革

北朝鮮は、建国以来堅持してきた「社会主義計画経済」を今後も維持していくのか。

これが北朝鮮が直面する最大の課題であろう。北朝鮮当局は個人および企業レベルの 商取引を計画経済を補完する範囲内で容認している。また、ICT 化と技術革新は国の 体制を問わず経済活動に大きなインパクトを与え、これまでとは全く異次元の社会の 発展、生活の向上につながる可能性を持つ。そうすればいずれ当局の統制が及ばなく なる状況に遭遇することも想像に難くない。国家の社会経済システムをめぐるグラン ドデザインを構築しうる人材の育成=教育やある程度自由な議論が可能な組織の土壌 づくりの重要性が高まっている。

ロ.北朝鮮式経済改革の推進

「社会主義計画経済」を維持していくとすれば、一定の範囲内で現行のシステムを 改善し有効に作用するよう不断の努力を続けねばならない。その努力の一環が、農業・

工業部門で現在試行・展開されている「朝鮮式経済管理方法」である。しかし、これ らの措置を進めることで市場取引や不動産への課税の問題が提起され、いずれは「所 有」の問題で頭を悩ますことになる可能性もある。それが計画経済の質的変化を引き 起こせば、結局は経済そして社会システムの変革へとなし崩し的につながっていくこ とにもなる。このようなリスクと背中合わせの中、北朝鮮経済の改革・開放がどこま で進むか注目される。

ハ.基礎工業部門の改革

世界的にクリーンエネルギーへの転換が進み石炭離れが生じる中で、中国のエネル ギー構造は変化し、北朝鮮はその影響を受けざるを得なくなることは間違いない。北 朝鮮は前時代的な産業構造や燃料システムから脱却できるか問われている。これから は国内の石炭に依存せず、例えばロシアから天然ガス、電力を輸入することを検討す る必要がある。それは、また「自立」という概念の根本的な変革に直面することでも ある。そしてそれは、これまでの既得権勢力、北朝鮮の「石炭マフィア」とも言える 経済体制をどう改革して新しい産業を生み出していくかという問題でもある。技術革 新による対処が喫緊の課題である。

ニ.農業、軽工業部門の振興

農業および軽工業部門はこの数年間北朝鮮が最も力を入れてきた部門であり、それ なりの成果を上げてきた。今後もこの部門にどれだけ注力できるのか、それが北朝鮮 経済を発展させる重要な一要素になるだろう。

北朝鮮は1990年代に農業・軽工業・貿易の「三大第一主義」を提唱したが、98年 頃には重工業重視の伝統的な社会主義路線に回帰してしまった。これを21世紀の今日 に復活させて生産力を向上させることができるかがポイントになるであろう。

これまでの重工業中心の経済政策から、国民経済に即した産業の「選択と集中」に シフトさせる必要がある。

ホ.経済特区の活用

北朝鮮は金正恩時代に入って経済特区・開発区を全国に相次いで設置し、外資誘致 に向けた宣伝活動にも乗り出している。

北朝鮮が目指す「経済強国」建設にはそれを支える資金を安定的に調達し、最先端 の技術を導入することが不可欠である。そのためには「自力更生」に基づく一国完結 型の経済を変化させていく必要がある。

北朝鮮は目下そのための法制度の整備を進めているが、特区が指定され法制度が整 っただけでは誰も投資しない。まずは外資受け入れに向けた政治環境、法治(人治で なく)支配の徹底、そして最も重要なことは、誘致機関および外資企業で働く人材の 育成である。

ヘ.通信・IT技術の発展

オラスコム・テレコム社の進出以降、北朝鮮では携帯電話が急速に普及し、平壌以 外の主要都市でも通信インフラが構築されている。インターネットへの接続は一般住 民には事実上認められていないが、国内向けのイントラネットが整備され、住民はス マートフォンやタブレットPCを利用し、メールなどで情報交換を行っている。

このような通信インフラは個人や企業による経済活動を支える役割を果たしている ものと思われるが、同時に、人々は制限的とはいえ全国各地の情報にリアルタイムで 接するようになり、国家による社会的・経済的統制を弱体化させていく可能性をもは らんでいる。特に北朝鮮の為政者にとってIT社会の到来は悩ましい問題である。しか し、情報は今や空気と同じ存在となっている。これを遮断すれば自らの死をも招くか もしれない。

ト.商業・サービス分野の振興

平壌では近年、大型百貨店やカフェ、コンビニエンスストア、各種娯楽施設が相次 いで登場し、「目に見える」部分では華やかさを誇っているが、そのようなサービスは 今のところ、一部の富裕層・特権層に限られているとの批判もある。しかし、このよ うな商業サービスが、通信インフラの普及や流通事情の改善を通じて全国に広がって いけば、社会生活に及ぼす影響は計り知れない。それは、製造業や農業、水産業とい った産業活動にも大きなインパクトを与えるだろう。

チ.その他の課題

・電力問題

この数年国内の電力事情は改善されたといわれているが、依然として厳しい状態が 続いている。韓国のエネルギー経済研究院(KEEI)の推計によると、2013年基準の 発電容量は724万kW(水力428万kW、火力296万kW)であるが、発電量は221

億kWh(IEA推計では192億kWh)で、設備容量に対する設備利用率(稼働率)は

35%に過ぎない。また、火力発電所の設備の老朽化などにより、水力発電と火力発電 の割合は能力としては6:4だが、実際は8:2の割合となっている。それに加え、送 配電の老朽化や被覆線の不足などによる損失率は30~50%に上るとも言われる。

これに対応して、大規模水力発電所の建設や再生可能エネルギーの開発、LED照明 の導入や地熱利用など、問題を改善するための努力はされている。しかし、水力発電 所については、そもそも冬季に使用できないため効率が良くない。急増する電力需要 に対し、根本的な解決には程遠い状態である。

・外貨収入源の確保

現在北朝鮮の貿易はそのほとんどを中国に依存している。その中でも一番の輸出品 が無煙炭の輸出である。しかし温暖化問題や中国の景気減速などにより石炭需要は減 少傾向にある。

北朝鮮にとって、毎月1億ドル分の輸出が可能な資源は現在のところ無煙炭しかな い。それをレアメタルなどで代替するためには大規模な投資が必要であろう。また、

中国への過度の依存から脱却し、貿易の多角化を進めることも喫緊の課題といえる。

(2)今後の見通し

今後の北朝鮮経済を展望するにあたり、最後に指摘しておきたいのは、「核と経済の 並進路線」の正当性に関する疑問である。

北朝鮮は、通常兵器による武装に比較して費用対効果の高い核開発に集中的に資源 を投入することで、余剰となる軍事資源を経済建設に振り向けることが可能となり、

国内の団結力も高まって経済が振興すると主張している。

しかし、実際には核・長距離ミサイル開発に北朝鮮の有する資源(ヒト、モノ、カ ネ)の多くが投入される一方で、国際社会から孤立し、厳しい経済制裁が北朝鮮経済 の発展を長期的には阻害することになる。また、軍および軍需産業への過剰な資源配 分により社会生活や民生経済にひずみが生じ、結局そのしわ寄せは社会で最も脆弱な、

権力から最も遠いところに居る一般市民、なかでも女性や子供にその災禍が集中して しまう。

体制内部の結束や国際社会における自国の安全保障を優先させて、結局は経済がそ の犠牲になるという構造が定着しているのが、これまでの北朝鮮の実情であった。し かし、人民が豊かになり幸せに生活できる社会を求めるのであれば、まずはここから 変革していく必要があるのではないだろうか。