第3章 低温での電気抵抗温度特性測定
MoS 2 結晶薄膜の低温測定に関するここまでのまとめ
3.6 超伝導転移のデバイス依存性
様々なデバイス改良を経て,MoS2結晶薄膜デバイスの低温測定の成功率は著しく上昇し,
複数のデバイスにおいて繰り返し電気抵抗温度特性測定を行うことができるようになり,
その内のいくつかのデバイスにおいて超伝導転移の観測を行うことに成功した.一方で,こ れまでのデバイス改良を経ても,必ずしもすべての試料において超伝導を観測できている わけではない.本項ではそのデバイス依存性について,インターカレーションが発生する Gate電圧や試料の膜厚,超伝導転移温度など様々な角度から考察していく.
超伝導転移の観測に成功したデバイス
本研究では,Device 8,9,13,15,16の5つの試料において超伝導転移と見られる極低 温領域での振る舞いの観測に成功し,さらにDevice 9,13,16の3つの試料においては,
磁場依存性測定により超伝導転移の確認にも成功している.Device 9 においては本研究で 初めて4端子デバイスにおける超伝導転移の観測に成功したものであり(付録5.4.6参照), また,Device 15(付録5.4.11参照),および16においては,3He Resistivity Optionを使 用することによってT = 2 K付近での超伝導転移温度が観測されたものである.
◼ MoS2 Device 16:3He Resistivity Optionを使用した2 K以下の測定
(付録5.4.12参照)
Device16については,Device 15(付録5.4.11参照)と共に初めて3He Optionを用
いて2 K以下のさらに極低温の領域についても温度特性測定を行った.3He Optionの使い
方やSequenceの書き方については4He Optionと異なる点が複数あるので,詳細について
は付録5.1を参照してほしい.
また,ここでは重要な結果のみ示すので,残りは付録5.4.12を参照してほしい.
Device 16ではVG = 2.5 Vという比較的小さなGate電圧でカリウムイオンインターカレ
ーションと見られるDrain電流の急上昇が観測され(図 5-112), VG = 2.5 Vでの電気 抵抗温度特性測定を行ったところ極低温領域で抵抗の急降下が観測された(図 3-31の左 図).そして極低温領域の磁場依存性測定から3 K以下の抵抗減少が超伝導転移によるも のだと確認でき(図 3-31の右図),したがって本試料ではVG = 2.5 Vという小さなGate 電圧でMoS2結晶薄膜を超伝導転移させることができた.一方で,Device 13と同様に,ゼ ロ抵抗の観測には成功していない.
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図 3-31:60 K以下の電気抵抗温度特性(左)と 10 K以下の電気抵抗温度特性の磁場依存性(右)
なお,本試料についてはこれ以降Gate電圧を印加してもさらに抵抗値が下がったり,
超伝導転移温度が上昇したり,ということは観測できなかった.
本試料はVG= 2.5 Vという比較的小さなGate電圧において超伝導転移を示したが,一
方で超伝導転移はT =2 K付近と,Device 9や13の結果と比較して転移温度が低い.この 超伝導転移するGate電圧と転移温度について3.6.4で考察する.
付録で述べるDevice 15,およびこのDevice 16の結果はいずれも3 K以下という非常 に低い温度での振る舞いが特徴的であり,4He Optionによる2 Kまでの測定では超伝導転 移の観測まで到達できなかった可能性が高い.このことは,4He Opitonによる2 Kまでの 測定において超伝導転移が観測されなかった別のデバイスにおいても,3He Optionによる
0.5 Kまでの測定においては超伝導転移が観測される可能性が示唆されており,今回 3He
Optionを使用し,測定の温度範囲を広げたことでこれらの結果が得られたことは非常に重
要なことである.
しかし一方で3He Optionは4He Optionと比べて温調が難しく,測定に非常に時間がか かってしまう.そのため,複数の試料を限られたマシンタイムの中で測定するのは困難で あるというデメリットもある.
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超伝導転移が観測されなかったデバイス
複数のデバイスにおいてカリウムイオンインターカレーション後に超伝導転移が観測さ れた一方で,広い範囲のGate電圧印加領域の抵抗温度特性測定においても超伝導転移が観 測されなかったデバイスも存在する.
◼ MoS2 Device 10:広い範囲の Gate 電圧印加領域で抵抗温度特性測定に成功したもの
の,超伝導転移が観測できなかったケース
(付録5.4.7参照)
本試料ではVG = 12 Vでカリウムイオンインターカレーションと見られるDrain電流の 増加が見られ(図 5-98),VG = 3 Vごとに電解質ゲーティングと電気抵抗温度特性測定 を繰り返した.抵抗温度特性測定の結果のまとめが次の通りである(図 3-32).
図 3-32:複数のGate電圧印加量に対応する電気抵抗温度特性
いずれのキャリア注入量(=Gate電圧の印加量)においても,正のGate電圧印加によっ てMoS2結晶薄膜が金属転移していることがわかる.しかしながら,本試料においては極 低温領域における抵抗の急激な減少,すなわち超伝導転移のような振る舞いは観測されな かった.その後VG = 20 VまでGate電圧を印加したもののVG = 15 V以降Drain電流が 増えることはなく,測定を終了した.しかし,VG = 15 Vでの電気抵抗値は2 Ω以下とな り,MoS2結晶薄膜に対するカリウムイオンインターカレーションで最も抵抗値を下げる
86 ことに成功したのは本試料である.
考察①:超伝導転移と膜厚との関係性
Device 9,13,15,16で超伝導転移が観測されたのに対し,Device 10では他のデバイ
スよりも抵抗値を下げることができたのにも関わらず超伝導転移が観測できなかった,と いうように,カリウムイオンインターカレーションによって電気抵抗がどれくらい減少す るか,また超伝導転移と見られる振る舞いを示すかどうかはデバイスに大きく依存すると いうことがわかった.
そこでMoS2結晶薄膜試料の違いについて議論するため,試料の膜厚を測定することに した.膜厚測定にはWITec社製光学顕微鏡のAFMモードを使用した(付録5.2.3参 照).
まず,3.4のデバイス構造の改良によって低温での電気抵抗温度特性測定に成功した
MoS2 Device 7 ~ 10について,いずれもPPMS測定後に試料をエタノール洗浄して膜厚測
定を行った.その結果を表 3-1に示す.
表 3-1:Device 7 ~ 10の膜厚測定の結果まとめ
測定後の写真を見ると,試料の一部が欠けていたり,高Gate電圧印加によって焦げた Gate電極の一部が付着して汚れていたりと,試料の状態が悪くなっていることがわかる.
したがってこのPPMS測定後の膜厚測定の結果はあくまで参考程度となってしまうが,い ずれの試料も数十nmから数百nmの厚さであることがわかる.
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また,MoS2 Device 11 ~ 16の内,低温測定に成功したDevice 13,15,16については いずれもPPMS測定前に膜厚測定を行った.その結果を表 3-2に示す.
表 3-2:Device 13,15,16の膜厚測定の結果まとめ
いずれも数百nm程度の膜厚を持っていることがわかり,Device 7 ~ 10の結果も併せて考 えると,最も結晶サイズの小さいDevice 8は一番薄いという結果になっているものの,そ れ以外については結晶の幅や長さと膜厚との関係性,さらには膜厚と超伝導転移の有無と の関係性については明確な規則性があるようには見えない.
カリウムイオンインターカレーションや超伝導転移が起きるかどうかについては,膜厚 だけでなく試料の平坦さや端面の綺麗さにも依存すると推測され,これらの現象と膜厚と の関係性を明確に議論するには,さらに試行回数を増やして実験結果を蓄積する必要があ ると考えられる.
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考察②:超伝導転移温度のデバイス依存性
本研究ではいずれのデバイスにおいてもゼロ抵抗にならなかったため,超伝導転移温度 は電気抵抗温度特性の振る舞いが極低温領域で明らかに減少し始めた最初の温度(onset)
とする(図 3-30を参照).
(参考)図 3-30:極低温領域におけるVG = 12 Vの電気抵抗温度特性の磁場依存性
そして超伝導転移温度を含めてデバイス依存性について議論するため,抵抗温度特性の磁 場依存性に成功した3つのデバイスを抜粋して膜厚および超伝導転移したGate電圧,超伝 導転移温度を表 3-3にまとめた.
表 3-3:超伝導転移温度のデバイス依存性
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Device 9,13については,過去の文献で報告されている超伝導転移転移温度と近く[11,
22],妥当な結果と言える.Device 16についてはVG = 2.5 Vと比較的低いGate電圧印加 でインターカレーションおよび超伝導転移が観測されており,キャリア注入量が他の2つ に比べて少ないと考えられ,そのため転移温度が低くなっていると推測できる.
また,超伝導転移するGate電圧と超伝導転移温度との関係性についても,例えば“超伝 導転移するGate電圧が高いと転移温度も高い”というような物理として意義のある結果と はならなかった.また,そもそも今回超伝導転移の観測に成功したサンプル数が少ないた め,そうした議論をするにはサンプル数を増やす必要がある.
したがって,超伝導転移するGate電圧と超伝導転移温度のバラつきについては,現段 階ではあくまでデバイスの状態などに依存するものとしか考察できない.