第3章 低温での電気抵抗温度特性測定
MoS 2 結晶薄膜の低温測定に関するここまでのまとめ
3.8 議論:MoS 2 結晶薄膜でゼロ抵抗を観測できないのは何故か
文献との結果の比較
これまででゲート制御アルカリ金属イオンインターカレーションを MoS2結晶薄膜に適 用し,カリウムイオンインターカレーションによる超伝導転移の観測に成功したことにつ いて述べてきた.しかしながら,そのいずれの結果において,超伝導転移の最も大きな特徴 であるゼロ抵抗の観測に成功していない.
過去の文献において興味深い結果がある.まず,Yeらの2012年の論文では多層のMoS2
結 晶 薄 膜 に 対 し て イ オ ン 液 体 (N,N-Diethyl-2-methoxy-N-(2-methoxyethyl)ammonium bis(trifluoromethanesulfonyl)imide,DEME-TFSI)を用いたゲーティングで超伝導転移を観 測しているが,ゼロ抵抗になったかどうか不明であり[22],Taniguchiらの2012年の論文 においても,同様に多層のMoS2結晶に対してイオン液体(DEME-TFSI)を用いたゲーテ ィングで超伝導転移を観測しているが,ゼロ抵抗は観測されていない.ここでは超伝導相の 不均一性,すなわちチャネルに超伝導相と超伝導でない相が存在するために残留抵抗が生 じると推測している[11].この超伝導相の不均一性についてはShiらの2015年の論文中で WS2結晶のオーバードープなどにおいても同様の議論がされており[12],また,他の報告で はMoS2やWS2の結晶薄膜へ電解質ゲーティングを施して低温にした際に,試料と凍った 電解質との間に局所的な脱離が生じ,試料へのキャリアドーピングの不均一性が発生し,超 伝導相の不均一性が生じるとの議論がされている[28, 29].
また,Costanzo らの 2016 年の論文では,劈開した MoS2結晶薄膜に対してイオン液体
(DEME-TFSI)を用いたゲーティングによってゼロ抵抗を伴う超伝導転移の観測に成功し ており,層数による転移温度について詳細に記載されている.その中で1 ~ 4層の抵抗温度 特性が明らかにゼロ抵抗を示しているのに対して 6 層のものは若干の残留抵抗が生じてお り[28],さらに同じデバイスにおいても測定回によって残留抵抗の大きさが異なっている.
また同じくCostanzoらの2018年の論文では,6 ~ 10層のMoS2結晶で残留抵抗が生じて いる[30].
一方で,Shi らの 2015 年の論文では非常に薄くて小さな WS2薄膜において,KClO4 + PEG(600)を用いたカリウムイオンインターカレーションよって,明らかなゼロ抵抗を示す 超伝導転移が観測されている[12].したがって,本研究においてMoS2結晶薄膜デバイスが 超伝導転移してもゼロ抵抗にならないという測定結果について,まずMoS2結晶自体の超伝 導相の不均一性による残留抵抗の可能性が原因だと疑い,まったく同じデバイス構造の WS2結晶薄膜デバイスを用いた検証実験を行った.しかしながら,WS2結晶薄膜においては カリウムイオンインターカレーションによる電流の増加が観測された一方で,超伝導転移 およびゼロ抵抗の観測には至らなかった(5.5参照).
したがって,MoS2結晶自体が不均一性を持っているのではなく,本研究で用いたデバイ
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ス構造あるいは測定方法など,試料以外の別のところに原因がある可能性が示唆された.
デバイス構造や測定方法の問題の指摘
MoS2,WS2いずれの結晶薄膜デバイスでもゼロ抵抗が観測できなかったことについて,
これらのデバイス構造や測定方法に対して,問題点と思われる指摘がある.
1つは結晶薄膜の厚さや大きさなど形状における点である.過去の文献においてMoS2お よびWS2でゼロ抵抗を観測しているケースでは[12, 28],試料は膜厚が1 nm ~ 10 nm程度,
幅と長さが~10 µmで,数層からなる結晶薄膜であり,非常に均一な薄膜デバイスにおける 測定結果である.一方,本研究で測定したMoS2,WS2結晶薄膜デバイスの膜厚は20 ~ 300 nm程度,幅と長さは10 ~ 1000 µm程度であることから,数十から数百のMoS2,WS2層が 重なっている試料である.そして数十個以上の作製したデバイスにおいて,電極の端から端 までが同じ層数で繋がっているものは存在しないと見られ,大半は明らかに途中から層数 が大きく変わっていたり,亀裂などが存在したりと,試料へのキャリアドーピングの不均一 性および超伝導相の不均一性が生じる要因が十分に考えられる[11, 12, 28, 30].したがって,
本研究のデバイスにおいてゼロ抵抗の観測ができなかった原因の 1 つとして,結晶薄膜が 厚くて大きいことから,超伝導相の不均一性が,薄くて小さな結晶よりも顕著に発生してい るからだと考えられる.
一方で,本研究で用いた結晶はいずれも純度の高い人工合成の単結晶であることから,超 伝導相の不均一性だけではなく,別の原因が存在している可能性もある.試料自体以外のデ バイス構造や測定方法についても問題点が指摘されており,電気抵抗温度特性測定でゼロ 抵抗を測定するためには以下の工夫をする必要があることを,名古屋大学の竹延大志教授 よりご教授頂いた.
・AC モードで(電流を両方向で流して)測定し,わずかな熱起電力の寄与も排除する.
・ロックインアンプを回路に挟み,測定ノイズを除去する.
・4端子測定をする際,電圧端子は試料を完全に横切ってはいけない(図 3-27).
(参考)図 3-27:MoS2 Device 13 (thickness ~ 110 nm)
本研究で測定したデータはいずれもこの指摘をクリアしておらず,それによって仮に試料
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がゼロ抵抗になっていてもゼロ抵抗の観測ができなかった可能性が示唆されている.この 問題を解決するには電極蒸着をする際のメタルマスクを変更し,電圧端子が試料を横断し ない電極パターンを形成するなど,さらなるデバイス構造および実験方法の改善をする必 要がある.
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