第3章 低温での電気抵抗温度特性測定
MoS 2 結晶薄膜デバイスの低温での電気抵抗温度特性測定の試み
3.4 低温測定を目的とした MoS 2 結晶薄膜デバイスの改良
これまでの測定結果により,ゲート制御カリウムイオンインターカレーションの再現性 が確認できている一方で,現状のデバイス構造ではナノチューブネットワーク系デバイス よりも強度で勝る結晶薄膜系デバイスにおいても,電気抵抗温度特性測定を行う際の温度 変調による体積変化によってデバイスが破損してしまうことが根本的な問題であることが 示された.したがって,低温測定に耐えうる構造を持つMoS2結晶薄膜デバイスを作製すべ く,以下に挙げるデバイス改良に取り組んだ.
◼ カバーガラスの導入(シリコンプールの撤廃)
◼ 薄膜転写後に真空アニール100 ℃・2時間,およびアセトン還流洗浄
◼ ななめ蒸着の廃止(Ti/Au = 10 nm/300 nmに蒸着量を増加)
◼ カーボンペーストの導入(銀ペーストおよび電極部分にかかるエポキシ樹脂の撤廃)
◼ 基板洗浄後に真空乾燥100 ℃・2時間
◼ アセトン還流後に真空アニール200 ℃・2時間
改良前後のデバイス作製方法の比較を(図 3-6)に,デバイス概略図の比較を(図 3-7)
に示す.
図 3-6:改良前後のMoS2デバイス作製方法の比較
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図 3-7:改良前後のMoS2デバイス概略図の比較
本項ではこれらのデバイス改良を行うことになった経緯と共に,その詳細の状況につい て述べていく.
カバーガラスの導入
これまでに複数のデバイスにおいて低温での電気抵抗温度特性に失敗している.その原 因は温度による体積変化で試料や電極が断線してしまうためだと考えられる.現状のデバ イス構造の中でおそらく最も体積変化が大きいと考えられるのが,T = 250 K付近にガラ ス転移点を持ち,降温過程において液体から固体へと状態変化するカリウムイオン電解質 である.そこでシリコンゴムシートによるプールを使用しないデバイス構造として,滴下 した電解質をカバーガラスでデバイス上に固定する方法を採用することになった.電解質 は表面張力が非常に大きく,シリコンプールを用いて電解質を基板上に滴下する場合に は,電解質が測定中にシリコンプールから外れて試料上などからずれないよう,パスツー ルで数滴分を滴下する必要があった.一方,シリコンプールの代わりにカバーガラスを使 用することよって電解質の滴下量をごく少量に抑えることができ,試料上で電解質の体積 が大きく変化することで試料や電極が損傷するリスクを減らした(図 3-8,図 3-9).
カバーガラスはあらかじめ適切な大きさにカットし,有機溶媒を用いた超音波洗浄など で洗浄,真空引き状態で保管しておく.
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図 3-8:シリコンプールを使用したデバイス(左)と カバーガラスを使用したデバイス(右)の構造の比較
→
図 3-9:カリウムイオン電解質を1滴垂らし(左), カバーガラスを被せたデバイス(右)
そして,カバーガラスを導入したMoS2結晶薄膜デバイスにおいて,カリウムイオンインタ ーカレーションおよび PPMS を用いた低温での電気抵抗温度特性測定を行うための 4He
Resistivity Optionパックへのデバイスの接続の概略図を図 3-10に示す.
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図 3-10:PPMS 4He Resistivity Optionパックへのデバイスの接続の概略図
サンプルパックには4He Resistivity Optionのパックを使用し,Ch. 1に試料から配線した 4本の電極端子を,Ch. 3にGate・Reference電極端子を接続した.これによってカリウム イオン電解質を用いた電解質ゲーティングを行う際には図 3-10の青文字で示したよう に,Ch. 3のV+をGate,I+をReference, Ch. 1のI+をDrain, I-をSourceとして使用す ることができ,PPMSにて4端子法による電気抵抗温度特性測定を行う際には図 3-10の 赤文字で示したように,Ch. 1のI+,V+,V-,I-を使用することができる.
◼ MoS2 Device 4:一度だけ電気抵抗温度特性測定に成功
カバーガラスの導入を採用したDevice 4は,4端子に電極を蒸着できる大きさにMoS2
結晶薄膜を劈開・転写することができなかったため,試料に2本の電極のみ蒸着で取り付 け,デバイスを4He Resistivity Optionのパックにセットした際に,4端子測定の電流端子 に用いるCh. 1のI+,I-端子をそれぞれV+,V-端子に金線を用いて短絡した(図 3-11).
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図 3-11:MoS2 Device 4
4He Resistivity OptionのパックのCh. 1のI+,I-端子をV+,V-端子に金線を用いて短絡.
・カリウムイオンインターカレーション実験および電気抵抗温度特性測定の結果
次に,Device 4におけるカリウムイオン電解質を用いた電解質ゲーティングの結果(図 3-12),および電気抵抗温度特性測定の結果(図 3-13)を示す.
図 3-12:カリウムイオン電解質ゲーティングの結果(Device 4)
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図 3-13:電気抵抗温度特性測定(2端子)の結果(Device 4)
Device 4においては,VG = 6 Vまでカリウムイオン電解質を用いた電解質ゲーティングに
よって,Non-dopeの状態に対し約1ケタ抵抗値を減少させることができた.そしてゲー ティングを行っていた温度T = 300 Kから200 Kに温度を下げ,カリウムイオン電解質を 凍らせることでキャリア注入状態を保持したままPPMSにて電気抵抗温度特性測定を行う ことができた.電気抵抗温度特性測定の結果のグラフを見ると,温度を下げるにつれて電 気抵抗が減少している,すなわち金属的振る舞いをしていることがわかる(図 3-13).
MoS2結晶薄膜は元々半導体(絶縁体)であることから,カリウムイオン電解質を用い た電解質ゲーティングによってMoS2結晶薄膜を金属転移させることに成功したと言え る.また,この時初めて,MoS2結晶薄膜デバイスにおいてT = 2 Kまでの極低温領域で の測定に成功した.
これは,デバイス構造にカバーガラスを導入し,電解質の量を最小限に抑えたことで,
極低温にしてもデバイスが断線しない可能性が以前の構造より高くなったためだと考えら れる.
しかしながら,この低温測定の後にさらにGate電圧を印加し,MoS2結晶薄膜にさらな るキャリア注入を試みたが,導通が取れなくなってしまった.
Device 4の測定後の様子を確認してみると,試料が浮き上がり断線している様子が確認で
きた(図 3-14).
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図 3-14:低温測定後のMoS2 Device 4
したがって,カバーガラス導入によって電解質の液量を最小限に抑え,MoS2結晶薄膜デ バイスにおいて初めて低温測定に成功したものの,それだけでは断線の原因を完全に解消 できたわけではない,ということがわかった.
ななめ蒸着による電極のずれ
また,ここでデバイス構造に新たな問題が生じた.Device 4 と全く同じデバイス作製方 法で作製したDevice 5において,ななめ蒸着によるチタンと金のずれによって,低温測定 時に金電極が剥がれてしまっていたことがわかった.
◼ MoS2 Device 5:ななめ蒸着による電極のずれが原因と考えられる断線を発見
(付録5.4.3参照)
まず,Device 5におけるカリウムイオン電解質を用いた電解質ゲーティングの結果を示 す(図 3-15).(詳細な実験結果は付録5.4.3参照)
図 3-15:カリウムイオン電解質ゲーティングの結果(Device 5)
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Device 5においては,ゲーティングを行っていた温度T = 300 Kから200 Kに温度を下げ
ている途中で導通が取れなくなってしまった.これによりPPMSによる電気抵抗温度特性 の測定を行うことはできなかった.
そして,低温測定後のデバイスを確認したところ,チタンと金がずれて蒸着された箇所 で低温測定後に金電極が剥がれてしまっていることが確認された(図 3-16).
図 3-16:Device 5の測定後の電極の様子
これまで結晶薄膜デバイスにおいては電極蒸着にはTi/Auのななめ蒸着を用いていたが,
電極のずれによって金が接着層であるチタンを挟まずに直接基板上に堆積しており,それ によって剥がれやすくなってしまっている.これでは低温測定中に電極が断線してしまう ため,ななめ蒸着による電極形成は低温測定デバイスに適さないということがわかった.
転写後のアニールと還流洗浄の追加およびななめ蒸着の廃止
Device 4 の結果より,カバーガラスの導入によって低温測定に初めて成功したこと,し
かし低温測定後に試料の浮きにより断線してしまったことが判明した.さらにDevice 5の 結果より,ななめ蒸着による電極のずれが断線を引き起こすことを発見した.
したがって,Device 6以降は次の2つの改良を加えることにした.
◼ 劈開・転写後に100 ℃,2 時間の真空アニールおよびアニール後にアセトン還流 真空アニールをすることで,試料や基板に付着している水分や気体などを取り除くこと ができ,基板と結晶薄膜の貼り付きを良くする効果が期待される.これによって低温測定 時の試料の浮きを抑制する狙いである.
さらに劈開・転写・アニールを行った後にアセトン還流を行うことで,残留したテープ の粘着成分を洗浄し,かつ還流に耐えられる結晶薄膜のみが基板上に残るため,その試料 を選択することで低温測定にも耐えられる可能性が高くなる.真空アニールの温度は,
200 ℃で行ってしまうと残留したテープの粘着成分が炭化して基板に貼り付き,還流で洗 浄できなくなるため,100 ℃に設定した.