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荒 木 小松先生、どうもありがとうございました。もう十分に語り尽くした内容で、まとめ る必要はありませんが、広い意味ですと、洪水、地震、疫病という大きな災害につい て、前近代から近代までの流れを先生ご専門の知識のお話をいただきまして、私が非常 に印象的だったのは、絵の問題と、あと歌が非常に重要な、いわゆる災害の文化表象と しての絵と歌をまとめようと思ったら、コレラに関しては絵がないという、これも非常 に重要な現代的な問題で、文化表象ということを考えると重要ではないかと思います。

それに対して、踊りが展開したということですが、あまりメタボリカルに考えてはい けませんけれども、現在、我々がこのコロナウイルスに対してどのような文化表象を見 出し、また先ほど最後のおまとめにあったレジリエンスという点で、どこへ戻り、どこ へ戻れないのかという問い掛けもあったと思います。

今回は小松先生、最初に2020年の本から議論を始められまして、そして鯰絵に話を 展開されました。その後、鯰絵の翻訳のお仕事をされていますが、先生が修士のとき修 士論文で「信貴山演義」をお書きになった、その期間の中で鯰絵というものに当時先生 が注意を向けられて、それから高い関心をお持ちになって、したがって、まさに先生の 持っている研究の起源と現在とが結びついた講演であったと思いますし、また、その鯰 絵を研究された方というのは、オランダのライデン出身で、日文研とも連携のあるライ デン大学に出された論文が日本で受け止められ、そして現在の私たちの鯰絵から今、文 化のレジリエンスを議論しているということで、さらにその鯰絵の先に大津絵という、

ちょっと面白い民間の絵がありまして、大津絵は、今度フランスのクリストフ・マルケ さんという人が膨大な資料を集めて、昨年小松先生とパリで劇的な対話がございまして、

今年東京で大きな展覧会があって、新聞にも取り上げられたりしていまして、まさにこ の問題は文化の国際性にも展開する話題かと思います。

それで、そんなに時間はないのですけれども、会場の皆様で質問があれば手を挙げて いただき、それからオンラインの方はスライドというシステムに書き込みをしていただ きますと、こちらのほうでそれを受け取って小松先生に質問を向けることができますが、

まず会場、もしすぐにちょっとこれは聞いてみたいなとかで。どうぞ、お願いします。

澁 谷 プレゼンテーション、ありがとうございました。非常に興味深く拝聴いたしました。

文化科学研究科の一年の澁谷と申します。

災害とか疫病に対して民衆の人たちがどういった対応をしたのかとか、反応とかを非 常に興味深くお聞きしたのですけれども、私の質問として、民衆一人一人にしても、い ろんな例えば支配階層、江戸時代の士農工商とかがあったり、そういうのを一括りにし ていく面と、みんな同じような対象を信仰していたとか、同じような対応を大所高所 であったりとか、それとも、その社会階層には異なる信仰のあり方とかそういうのがな かったのかなと、そこがちょっと疑問に思いまして質問させていただきました。

小 松 ありがとうございます。どこかの国の首相のように、「お答えは控えさせていただき ます」と言わないで、答えさせていただきます。

自然災害や地震、疫病、それぞれの研究があるのですが、例えばコレラに関して言い ますと、たまたま高橋敏さんという方の『幕末狂乱』の文庫版が『江戸のコレラ騒動』

と改題してまもなく刊行されますが、これには、江戸のコレラ騒動を民衆のレベルから、

すなわち、江戸の庶民(町人)と静岡に当たる農山村の村民や町場の人たちがどのよう にコレラの対応したのかということが、史料を使って書かれております。江戸と地方で は、そこに示される対処状況は微妙に違います。要するに、江戸民はどちらかというと、

信仰などに対して冷やかな態度が見受けられる、「三十六仙」の歌をもじった歌を歌っ たりしているわけですけれども、まあどちらも似たりよったりで共通しております。

ただ、農山村では、どういう神様にお願いをすると疫病退散に効果があるかを村を挙 げて考え、一生懸命に、お題目を唱えたり、近くの大きな神社に頼んだけれど、ダメ だった。そうすると、もっともっと大きな神様に頼まなければいけないということに なって、、静岡県の富士山を神格化した神を祀る浅間神社に参拝したり、秩父の三峰神 社に「お犬様」を貰いに行ったりしていることです。京都の吉田神社の神様がどうも効 果があるらしいということを知って、吉田神社まで人を派遣して、そしてそれを勧請し たというところもありました。その地域によって、地元の民間信仰的な神様では駄目 だったら、より大きな地域を超えた確かなものを求めていっておりますが、一概にそれ とは言えないですけれども、今言ったような越後、関東地方、江戸もそうですけれども、

首都圏も一部に共通した部分もあります。

大名たち政治的支配層は調べていないのでわかりませんが、知識人層は信仰的な対応 には距離をとっていたと思います。でも、庶民とある程度共通した信仰行動を取ってい るということも書かれています。この本は間もなく角川ソフィア文庫から刊行され、私 が解説を書いていますので、ぜひそれを読んでいただきたいと思います。

先ほどの話の中で申し上げましたように、コレラにせよ、地震にせよ、疱瘡にせよ、

研究書がすでにありますし、そういうものを読んでいただいて、あなたの関心にそって 興味を深めていけば、問題がクリアになるのではないかと思います。

澁 谷 ありがとうございました。

荒 木 ありがとうございます。今回の「おしなべて」という言葉は、災害はまさにおしなべ て到来し、身分を問わず対等な過酷さを与えるのですけれども、それに対しての対応と いうのは、確かにおっしゃるように身分とか環境、あるいは場所ですね。それは非常に 面白い問題。面白いと言うとちょっと語弊がありますけれども、文化分析としては面白 いテーマではないかと思います。

もう一人ぐらい。どうぞ。お名前とご所属をお願いします。

 宋   総研大の国際日本研究専攻の宋ですが、先生は先ほど「地震を引き起こしたのは、古 い時代は龍が起こした」とおっしゃいましたが、その時代は龍をどのようにおさえたの か。そして、なぜ龍からナマズに変わったのでしょうか、その二点についてすごく興味 を持ちました。以上です。

小 松 龍はやっぱり同じです。先ほどの絵になっている、龍はぐるっと回ってですね、頭と 尻尾を交差させて、そこに頭を下げているのですね。ですから、頭で押さえているとい うことと、要石で押さえている。ただ、龍からなぜナマズに変わったのか、残念ながら 現在も分かっておりません。

それから、いろいろ議論をしているのですが、はっきり分からないですね。ナマズの ほうが、江戸や、あるいは関東地方ではナマズを食べたりして、ナマズに親しんでいた などというふうなことを推測する人はいますけれども、分かりません。

 宋  ありがとうございました。

荒 木 宋さん、むしろ中国でのナマズの形象というのは、何かないですか。

小 松 鯰絵の根拠は何だとか、下にいて地震を起こすのは、世界でいろいろ地震を起こすの は下にいる動物だというふうに言われています。中国では。

 宋  亀ですね。

荒 木 ありがとうございます。

あと、何かございますでしょうか。お願いします。

池 谷 研究科長の池谷です。

大変興味深いお話で、おそらく科学全体の方向性みたいなものが大きなテーマになる かと思います。が、前半では現在の文化多様性の創出であるとか、どっちかというと民 間であるとか、日本式文化とか地域文化で、後半は歴史的なことで、おそらく日本の文 化史の研究のあり方ともかかわるかと思います。全体に議論は二つ、文化研究の現代と 歴史の未来のところで、一つ目は小松先生がおっしゃったように、地域文化の多様性が 失われる方向に懸念を持っています。例えば国立民族学博物館の展示では地域性という のは全然得られなくなると地域別の展示の必要がなくなってくるのです。道具一つ出せ ば世界中の……の、あれだけたくさんの面積がなくなって、民博の人は困っちゃうので すけれども。

そういう意味で、やはり一週間前に開催された比較文明学会なんかでも、現代文明の 消滅論について議論されていました。むしろ、僕個人的にはホモサピエンスが消滅し て、ネアンデルタールに、文化の多様性みたいなのが加わって、ホモサピエンスのほう の適応……、そういう多様性の……だと思うのですけれども、やはり小松先生は今後、

民博……そういうことを言ってはいけないでしょうけれども、また、現在の文化の多様 性がなくなると困る分野っていっぱいあると思うのですね。そっちの方向でいくと、文 明研究という、まさに近代文明研究の方向に文化関係がいってしまうのか。でも、何と なく、やはり小松先生がおっしゃったように常に現状の文化が再編されているわけで す。ので、よほど大事だと個人的には思うのですけれども、なかなか力のパワーバラン スがますます文明研究のほうへ行ってしまうというような、その方向性について教えて ほしいのですが。

もう一つは、先ほどから議論になっている音楽とか絵とか、この辺の重要性といの は、人類史上で非常に重要で、むしろホモサピエンスらしさみたいな、むしろ人間とは 何かみたいな議論に通じる大きなテーマだと思うのです。そういう点で、今回の報告で は江戸時代の事例とはいいながら、かなりこういったものというのは、例えば三陸の津 波のときの様々な言説であるとか、いろんな災害とか危機とかリスクときょう話したこ とは非常に重要なテーマだと思うのです。だから単なる芸能研究とかではなくて、こう いうレジリエンスという切り口で、また新しい分野といいますか、そういったような方 向性がないでしょうか。今後、文化学はみんな歴史研究になっちゃうのでしょうか。結 局、一般の展示というのは歴史博物館になってしまうということで、では歴史研究とし てのそういうところから文化学をやっていくのがもう一つ残っているので、その辺、過 去と現在について、ちょっと大きなテーマなのですけれども、すみません。

小 松 大きな問題ですね。ここでそれに全部は答えられないと思いますが、民博の方々と基