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安 井 皆様お待たせいたしました。今から約1時間、総合討論、ディスカッションに入りた いと思います。登壇者の皆様、よろしくお願いいたします。

参加者の方々からの質問も届いていますが、まずはご発表の内容に関連させて、ディ スカッションのポイントを幾つか、司会の安井からご提示させていただきます。お互い の発表を聞かれた中で、「この点はこうだ」とか、「この点については補足したい」とい う部分もあるかと思いますので、のちほど併せてご発言ください。

今回のシンポジウムでは、「レジリエンス」が一つの重要なキーワードとして上がっ ていました。この用語を積極的に捉えるかどうかを考える上で、林さんがレジリエンス の用語の由来について、また日本での用いられ方―とくに日本政府が東日本大震災後に

「強靭化」と翻訳して使用するようになったことなど、丁寧にご紹介してくださり、理 解にたいへん役立ちました。

また川村さんは、たとえば被災地で「どの程度、回復しましたか?」と質問するよう な「レジリエンス」に対して強烈な違和感を抱くと発言され、これら「レジリエンス」

の示す姿勢は「上からの目線である」、「外からの評価である」と指摘されました。川村 さんのご指摘のように、レジリエンスが「外からの評価」であるとすれば、たとえば私 たちが調査研究する中で、フィールドの外側からではなく内側から物事を見ようとした 時に、「レジリエンス」という外からの押しつけ、“上から目線的な” 評価とは異なる、

どのような記述が可能になるとお考えでしょうか。レジリエンスという用語の来歴を共 有した上で、ご意見をお聞かせいただきたいです。これが一点目でございます。

二点目は、レジリエンスの中で付随的に言及された鎮魂についてです。これは林さん がご指摘された、東日本大震災の復興構想の最初に追悼と鎮魂が取り上げられてきたこ と、―赤坂憲雄さんが関わっておられた、という補足説明もありましたが―、生者と死 者が一緒にいるんだという点を改めて確認する、このような追悼、鎮魂そして供養につ いてどのように考えていくのか、という点です。

それぞれのご発表の中で、たとえば相田さんは、ご専門にされていた六国史の時代だ けでなく現代も、災害などが起こった場所で歌を歌うという鎮魂について言及されまし たし、川村さんは東北の災害支援に関わる中で、この点について触れておられました。

木場さんはご発表の最後に、高野山の流れ灌頂の写真を紹介されました。たとえば妖 怪・ウブメは、子どもを産みたかったのに産めずに亡くなった無念さを抱いていて出現 した妖怪であり、流れ灌頂は、そうした産死者に対する供養でもあった。高野山で現代 も行われている流れ灌頂は、産死者に限らず、さまざまな死者への鎮魂を含んでいます が、この流れ灌頂という儀礼のあり方についてもお伺いしたいと思います。

三点目は、文化表象という点です。川村さんがご発表の中で、二次元的な絵画的なも のだけではなく、たとえば石像などを含む三次元的な造形物の中に、より無意識の部分 を表現していくような力があるのではないか、と指摘されました。文化表象のあり方に ついて、これはフロアからの質問にもありますので、その点、お答えください。

文化表象に関連させて、片目、片足、つまり欠損する身体という点についても再度、

取り上げます。欠損という概念、発表では「ゼロからではなくてマイナスからだ」と指 摘された欠損の概念について、少し早足で川村さんがご説明されましたが、「失われて

しまったものからの出発」という点について、議論を深められればと思います。

今いくつか提示した点について、また皆さんのご発表を聞かれた中で、気のつかれた ことを含めてご発言ください。発表の順番に従って、相田さんからお願いします。

相 田 先ほどの補足も兼ねて、説明をし損ねてしまったところが、こちらの資料4(P184 下段)の表をご覧になっても分かりますように、まず大きな病気があるときに、これは コロナに重なりますが、貞観5年と14年の所の咳しはぶきのやまい逆病ですね。それが霊の祟りだとい うことで、神泉苑で御霊会を行い、その後、またそれを意識して一年後に始まった御霊 会が恒例となり、これが祇園祭になるわけです。その祇園祭は今に至るまで1000年間 続いてきています。

この咳逆病、恐らくは一年間続いたものですが、貞観14年のときにも流行ります。

そのときにその最初の神泉苑の流行の時のことが思い出されて、その際も鎮魂の集まり が行われている。そして、こういう記憶は『古今集』の編纂者たちだけでなく全ての同 時代の人の記憶と、体験であったということが言えるわけです。

その鎮魂という意識が、最後に東歌として共有の記憶をそこへまとめられたという仮 説だったのですが、ただ、後々にそういうものがそういう悲惨な時代に役立っている状 況を示した注釈書というのは『古今集』の注釈書には全然残っておりませんというか、

おくびにも出されていないというわけですね。

思いのほか歴史的なものに悲惨な記憶に関する記述というものは、大勢が死んだと か、そういう即物的な表現でしかなされていないものですね。あとはその鎮魂のために 行われた演芸とか、あるいは謡曲なんかもそもそも鎮魂のために起こったものなのです けれども、そういう魂を回復させる営みが、文化とか文学、音楽とか、様々な芸能を生 んでいっているということは、文化の中で大きな意義があることではないかと感じてお ります。また、そういう諸事象をたどって行くことによって、改めてこの文学的な意義 というのを強く、また確かに共有していくというようなことが大事だと思います。

レジリエンスという言葉を最近に聞きましたのは、トランプ大統領(当時)が宇宙に ロケットを発射するプロジェクト視察した際に発されたキーワードが、レジリエンスで した。そういう何か、みんなで共有する夢みたいな、古いところでは歌とかというよう なものに表象されるわけです。やはり催行される際には、とにかく一番効果的で効率的 な形でできるものがいい。そこには音楽が一番手っとり早いということが再確認でき た。繰り返しになりますが、いかがでしょうか。

安 井 ありがとうございます。補足していただいた中で、レジリエンスが皆で共有する夢で ある、という定義も、現代のコロナ禍の時代にはたいへん説得力のあるものかと思います。

相田さん、一つ質問があります。三代実録の時代にキツネの記事が多くなるという 点、キツネの絵の図も出してご説明くださいました。この点少し補足していただけます か?文化表象や鎮魂などにも関わってきますか。

相 田 当初、キツネというのは六国史には二種類の形で現れていたのです。つまり祥瑞と、

それからあと凶兆の二種類のイメージがあったわけです。ところが、時代が下るにつれ てだんだんとそれが凶兆の象徴になっていきます。吉祥の形で現れたものは『日本書 紀』に記された数例しかありませんで、後にはどんどん凶兆の象徴になって、六国史時 代よりも後の時代には稲荷とかそういうふうなところと関わって幸福を与えるものとい

うふうに変化することはあるのですけれども、ただ、『三代実録』の時代に見えるキツ ネは、いろんないたずらをしたり、宮中に上がってきて、糞をしたりとか、ろくなこと はしていませんね。

また仁和地震の時も、大勢の人が急に集まって大きな声が聞こえるけれども、行って みると誰もいないという不思議なことがあったと、どなたかおっしゃりました、やはり この縁起の仁和地震のときにも同じことが現れていてというふうなことがあります。

そういう意味で、キツネの凶兆というのは時代とともに性質を変えていっているわけ です。ただ不思議なことに、実は狐狸といいながら、キツネの事象はどんどん増えてい るわけですが、タヌキは必ずしも多くはない。現代の表象でいきますとタヌキが映画に なったのは『平成狸合戦ぽんぽこ』とか篠丸のどか原作の『うどんの国の金色毛鞠』や 森見登美彦原作の『有頂天家族』など、数例しかないのですけれども、キツネというの はそれこそ、日本人とか世界的にも好まれて多数現れています。こういう現象も今後ど ういうふうに変わっていくかということも、その怪異の表徴の例として非常にメジャー なものと言えます。ということですか。

安 井 ありがとうございます。キツネの表象が多いということがよくわかりました。

それでは次に川村さんにご発言お願いします。幾つも質問を挙げましたが、どこから でも結構です。

川 村 すみません、二つぐらいかと思うのですけれども、もう少し簡単に質問内容を言って いただければ助かります。

安 井 はい、一つは発表の中で石像を挙げられたときに、二次元のものよりも三次元のもの に、より表象の無意識の部分が現れたり、様々なものが見えていたりするのではない か、とおっしゃった点について少し補足いただけますか。

川 村 はい。半分ぐらいはこちらの解釈ですが、基本的には三次元の作品として、身体の 欠損像が見当たらないという事実から出発しています。これは気仙沼だけではなくて、

様々な地域の石仏や木彫などを見ても、ほとんどみることができませんでした。確かに 歴博の所蔵品の中には、九州の大分のほうの山の神として、一つ目の神の像の複製をみ ることはできます。そういう特殊な例を除いて今のところ、欠損像というのはやはり一 般的ではないと思っています。逆に身体の過剰性については枚挙にいとまがありませ ん。例えば仏様、菩薩や明王、天部の象などでは、一面六臂とか三面六臂みたいな形で 過剰なものは幾らでもつくられるのです。千手観音なんてそのさいたるものかもしれま せん。けれども、欠損した身体、過少な身体というのがほとんど見当たらない。そのこ とが、どうしてまたこの気仙沼で見られたのかというところから出発しての今回の解釈 になります。

だから私自身、今のところはこれらの像を無意識の発露、より深いところから出てき たがゆえに、単なるビジュアル(二次元)ではなくて、具体的なもの(三次元)という 逆のベクトルが働いて造形されたというふうに解釈したわけです。できれば今後、他の 地域にもこういう事例があるのかを含めて考えていきたいし、それは特定の時代状況に 収斂するのかということも、もう少し見ていかないと分からないかなと思っています。

安 井 ありがとうございます。フィールドワークから出てきた見地ということで理解いたし ました。確かに一つ目、片目、片足の妖怪など身体部位が欠損した妖怪の中でも、一つ