安井眞奈美 こんにちは、安井眞奈美です。
本日のシンポジウム「災いから考える文化のレジリエンス」にようこそお越しくださいまし た。4時までの長丁場ですが、どうぞお付き合いください。
昨日のフォーラムでは、小松和彦先生が基調講演をされて、タイトルにあるように「見えな い物に対する恐れと人間―文化科学研究の観点から」というお話をされました。文化フォーラ ム実行委員会の院生の皆さんのリクエストにもお応えされ、レジリエンスと予言する妖怪アマ ビエの関係―レジリエンスは元来、環境学、生態学の概念でありますが―を基に、文化人類学 の立場からどのようなことが言えるのか、そういった点を中心にお話しされました。
今日のシンポジウムでも、登壇者の皆様には実行委員会の方から、アマビエやレジリエンス といったキーワードが事前にお話しされていますので、さらに議論を深めていけると思いま す。昨日から話題になっています、均質化していく世界の文化や多様性の維持にどう迫ってい けるのかについても考えたいと思います。これは、基調講演の中で小松先生が取り上げられ た、ブライアン・ウォーカーとデイヴィッド・ソルトの『レジリエンス思考―変わりゆく環境 と生きる』10の「レジリエンス思考」に関連しています。「レジリエンス」とは、持続性とか復 元力とか修復可能力とか、そのような言葉に置き換えられ、『レジリエンス思考』の中では、
幸福の追求された望ましい世界では、文化の多様性が非常に大事だという点、一方で世界中の 文化が均質化しているという点が指摘されています。これは、昨日の質疑応答の中でも出てき た論点ですので、シンポジウムでは、その点についてもぜひディスカッションできればと思い ます。
加えて、身体の問題についても触れたいと思います。昨日の挨拶の中で、日文研所長の井上 章一先生が、文化と身体との関わりで、日本の私たちは家では靴を脱ぐ、老若男女、貧富の差 に関係なく、皆、家で靴を脱ぎます、と例を挙げられました。それほど文化が身体に重くのし かかっている。あるいは身体は拘束されている、という話をされました。
井上先生は、ご挨拶の後、席に戻られまして、ちょうど私の前に座っておられたのですが、
小さな机のついた座りにくい一人掛けの椅子で、やおら靴を脱いで、なぜか座禅を組むという か胡坐をかくようにして、座り直されました。文化が身体にのしかかっているという趣旨のご 挨拶からすれば、家の外で靴を脱ぐあの姿勢は、文化に拘束された身体に対する “抵抗” のス タイルなのか、‟レジリエンス” のスタイルなのか、何なのだろうと、いろんなことを考えま した(笑)。ディスカッションでは、身体性の問題を、文化の多様性に関連させて取り上げた いと思います。
それでは、報告者の皆さんをご紹介させていただきます。お一人目は、国文学研究資料館の 相田満さんです。相田満さんのご専門分野は和漢比較文学、説話文学・人文情報学などでござ います。総研大では日本文学研究を担当されています。主要著書の『和漢古典学のオントロ ジ』など、情報学の技術を駆使して人文学と情報、理系の学問をつなぐような、たいへん興味 深いご研究をされています。
相田さんには、私が日文研で担当しております共同研究会「身体イメージの想像と展開」に 10 ブライアン・ウォーカー、デイヴィッド・ソルト著、黒川耕大訳『レジリエンス思考―変わりゆく
環境と生きる』、みすず書房、2020年。
もご参加いただき、そこで相田さんには観相を担当いただいています。人の顔や声、容貌など で、その人の人となり、幸福、不幸などを占ったり、見通したりするという観相について、非 常に興味深いご研究をされています。
お二人目の登壇者は、国立歴史民俗博物館の川村清志さんです。専門分野は文化人類学、民 俗学です。川村さんは総研大では日本歴史研究を担当されています。東日本大震災の後は文化 財レスキューに加わるなど、各地で多彩な活躍をされております。長年にわたって石川県輪島 市門前町七し つ ら浦の山王祭りに関わっておられ、調査もしつつ、祭礼の実践にも関わりつつ、民俗 映像も撮っておられます。
ついこの間刊行されました『比較日本文化研究』20号では、「人文社会科学の四半世紀を振 り返る」という特集の中で文化人類学、映像人類学の映像としてどのように作品を作っていく か、批判的なまなざしを持って「民俗文化の表象批判からその実践へ」という論文を執筆され ています。現在、二作目の民俗映像を作っておられるとのこと、その辺りについてもぜひ聞い てみたいと思います。
三人目のご登壇者は木場貴俊さんです。木場さんは、国際日本文化研究センターのプロジェ クト研究員でいらっしゃいます。専門分野は日本近世文化史で、最近、『怪異をつくる―日本 近世怪異文化史』を刊行されました。
12月1日に発表されました2020年の流行語大賞に予言獣の「アマビエ」が選ばれました。
そのときに賞状を受け取っておられたのが、妖怪研究者の湯本豪一さんで、彼のコレクション を集めた「湯本豪一記念日本妖怪博物館(三次もののけミュージアム)」で、現在、「京都から やってきた妖怪たち」という展示をしております。これを一緒にプロデュースされたのが木場 さんで、現在、すでに来館者1万人超えという人気の展示となっております。
四人目のご登壇者は、国立民族学博物館の林勲男さんです。林さんは、総研大では地域文化 学を担当されています。専門分野は社会人類学、オセアニア研究です。フィールドとされてき たパプアニューギニアでは、1998年7月にマグニチュード7.0の地震が起き、壊滅的な被害を 受けました。そのようなパプアニューギニアでいち早く調査を開始し、インフラが整備されて いない地域での生活の支援、生活の再興など、調査の依頼を受けて研究を続けておられます。
この点については、日本語、英語で論文を発表されておりますので、今回の「レジリエンス」
という用語は、研究の中で早くから使っておられますので、世界的な視野の中での災害人類 学、災害支援などについてもお伺いしたいと思います。
それでは、発表に移っていきたいと思います。お一人のご発表は20分をめどに考えており まして、15分で一鈴、ベルが鳴ります。20分たちましたら二鈴ということですので、聞いて おられる皆様にも音が聞こえるかもしれませんが、その点はよろしくお願いいたします。まず 相田満さんに、「平安前期のレジリエンス―六国史時代と現代を見比べて―」と題して発表し ていただきます。よろしくお願いいたします。
講演1 「平安前期のレジリエンス―六国史時代と現代を見比べて―」
相田 満 資料(P183)のほうは見えますでしょうか。それでは、こちらの資料(P183)を使わせて いただきます。
「平安前期のレジリエンス」というタイトルにしましたが、題を与えられましたときにレジ リエンスというテーマに結構難渋しました。今回のお話は、まず流行病と疱瘡神、そして平安 前期となりますと、何といっても東北震災ですね。それからの復興に何が考えられたか。そし て、実はその時代と対照的なものとなりますものに、現代も考えたいということと、さらにも う一つ、その後に編纂されました『古今和歌集』を考えたく思います。
最初に、今のコロナウイルス、疫病退散ということでは小松先生の御講演にもありました が、冒頭の資料(P183上段)は調布市の布多神社のお札です。その摂社に疱瘡神社というの がありまして、そのお札です。調布市は水木しげるの家がありますところで、そこの水木プロ の製作のアマビエのキャラクターがこのように疫病鎮静の御札となっております。布多神社は その裏の森に鬼太郎が住んでいるという設定になっておりますので、こういうお札があるわけ なんですね。
その摂社としまして、三つの神様が祭られております。御嶽、祓戸、そして疱瘡の三つ神社 です。疱瘡は、疫病退散のための象徴としまして、赤い房で祭られております。
そうした疫病とか、あるいは地震とかが盛ん、盛んというのは変ですけれども、そういうも のがすごく多くありましたのが平安時代前期でありました。その平安時代前期の貞観年間を中 心とする出来事をいろいろ書いておりますのが資料4(P184下段)の表です。特に薄だいだ い色で記しましたのが、貞観11年(869) 5月26日の貞観大地震です。『三代実録』を読んで おりますと、非常に現代と共通するお話、出来事がたくさんあります。例えば、熊本の大風雨
(貞観6年(864) 7月14日)、これは2020年にもありました。それから、播磨国の大地震、こ れは1995年阪神・淡路大震災が想起されます。そして、何といっても貞観大地震からは、こ のことが古代地震についての関心が喚起されました。そしてまた、少し異色な共通点になるの ですけれども、貞観の入寇は、地震の直後辺りから新羅が多く攻めてきたことが想起されま す。というのは、2011年の頃の日本といいますと、日韓関係が悪化し、韓国というのは新羅 の後裔ということを自認しておりますので、そんな所まで重なってしまうのです。
そういうようなのが立て続いて起きていることが、『三代実録』をひも解くと、数多く見え てくるわけですけれども、その最後の巻には、光孝天皇の亡くなる寸前に京都の大震災があっ たことが記されています。そうした災害と、それがどこであったかというのを『古今和歌集』
の東歌と重ねてみたものが資料13(P188下段)の図です。こちら資料4(P184下段)の表の 歌番号は『古今和歌集』の東歌の番号です。そうした自然災害と東歌とを重ねてみると、また 面白い仮説も浮かんでまいります。そのことと併せまして報告してみたいと思います。
六国史の時代といいますのは、『日本書紀』から、さらに『三代実録』まで続く六種の史書 がまとめられていたの時代です。その最後の『三代実録』の記録が一番詳しくて、しかも取り 扱われているっている時間が29年1か月、ちょうど平成の時代と同じぐらいの長さであります。
また、内容もすごく濃蜜で、例えば六国史に出現するキツネの記事というのが資料6(P185 下段)に示しましたように、一番多く現れますのが、この『三代実録』の時代です。
また資料7に示しましたように、その東北震災が起こった頃、新聞記事に「海底遺跡が語る