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アンケートの項⽬

当日の発表内容(提出していただいた方のみ)

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要旨旨::本発表では、神儒仏三教史の研究視野に立ち、思想家の川合清丸を取り上げて、彼の 思想を通して明治初期における神儒仏三教思想と国教とのかかわりを考察する。 年に 川合清丸は山岡鉄舟の援助で「日本国教大道社」を設立した。 年に彼は『日本国教大 道社設立主意』を著し、冒頭に「国教は国の精神なり、我が国の精神は神儒仏の三道なり、

三道合して大道をいう」と書かれ、彼は神儒仏三道による国教を確立しようとしていた。川 合清丸の活躍していた時期に、 年に「大日本帝国憲法」が制定された。憲法には国の 宗教についての内容が含まれるが、それは主に伊藤博文などの政治家の意思であると思わ れる。結局神儒仏三道は日本の国教とはされなかったが、在野思想家としての川合清丸は

「国教」について自らの理解と主張を打ち出した。それゆえ、彼の思想の分析によって、政 治面ではなく、社会面における国の「宗教」への希求を窺うことができるのであろう。

キーーワワーードド::神神儒儒仏仏 国国教教 川川合合清清丸丸 伊伊藤藤博博文文

一、、矛矛盾盾すするる「「国国教教」」とと「「信信教教のの自自由由」」

『精選版日本国語大辞典』によれば、「国教」の意味は、国家がその国民が信奉すべきも のとして指定し保護する宗教である。この内容から見れば、国教は「宗教」である。明治時 代の日本には、川合清丸(~)という人物は、神儒仏三道による国教を確立しよう としていた。彼は国教をどのように理解したのか、またなぜ神儒仏を国教として提唱したの か。

まず時代背景を確認してみる。明治 ()年の国会開設の勅諭の発布以後、政府内 では伊藤博文を中心に憲法案の起草が進められた。七年後の明治 ()年「日本国教 大道社」が設立され、川合清丸はその主幹であった。翌年の明治()年月日、

大日本帝国憲法が正式に発布され、なかの第二十八条の内容は、「日本臣民ハ安寧秩序ヲ妨 ケス及臣民タルノ義務ニ背カサル限ニ於テ信教ノ自由ヲ有ス」。日本は国教を設置しなく、

「信教の自由」を憲法に書き入れた。そのあと、「信教の自由」は日本に定着した。昭和

()年に公布された日本国憲法の第二〇条第一項の内容は、「信教の自由は、何人に対 してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使 してはならない」。これは実行している憲法なので、「信教の自由」は今の日本においても有 効である。

「信教の自由」は日本の独創ではなく、西欧の多くの法令に現れてきた。例えば早い