第 4 章 第一原理計算から構築した有 効模型による熱電効果の理論効模型による熱電効果の理論
4.3 熱電効果における電子相関の影響 -Na x CoO 2 のスピ ン揺らぎを例に ン揺らぎを例に
4.3.2 計算手法
かしながら、ゼーベック効果とスピン揺らぎに注目した研究はない。NaxCoO2に おけるゼーベック効果の電子相関による影響については、動的平均場近似による 計算が行われている[126]が、動的平均場近似は自己エネルギーの波数依存性を無 視するため、波数に依存するスピン揺らぎの効果は取り込まれない。また、線形 応答理論を高周波数近似した計算もあるが[127]、スピン揺らぎの特徴的な点がど のような影響を与えるかについてはそこから理解することはできない。そこで本 節において、スピン揺らぎがNaxCoO2のゼーベック効果にどのような影響を与え るか研究を行った。
4.3. 熱電効果における電子相関の影響-NaxCoO2のスピン揺らぎを例に- 123
x z
t
x11t
x11t
x22t
x22t
x11= t
x22t
12= t
z21Co 原子
t
12t
z21単位格子
t
xt
xt
z2 軌道模型 等価な 1 軌道模型
z
z
図4.20: NaxCoO2のCo1つに1軌道ずつを考える2軌道模型とそれと等価な1軌 道模型の模式図
はCo1とCo2で同じ値となり、
t11x =t22x (4.22)
を満たす。上下逆転しているため、同サイト内のCo1からCo2への飛び移りと、
Co2からその上のサイトのCo1への飛び移りは等しくなり
t12z =tz21 (4.23)
となる。ホッピングパラメータがCo1を基準にした場合とCo2を基準にした場合 で等しくなるため、この模型は単位格子内にCoが1つしかない1軌道模型に変換 することができる。このときのブリルアンゾーンは単位格子のz方向が半分になっ たため、kz方向に2倍に伸びる。これをブリルアンゾーンのunfoldという。unfold されたブリルアンゾーンにおける(kx,ky,kz)点と(kx,ky,kz+2π/c)点のバンド構造を 重ねたものが通常のブリルアンゾーンの(kx,ky,kz)点におけるバンドと対応する。
バンド構造の図を載せる場合はunfoldされたブリルアンゾーンから通常のブリル アンゾーンに戻して表記した。
ブリルアンゾーンをunfoldするためには、NaxCoO2の各Coで酸素の位置が上 下逆転しているため(図3.3)、同じ波動関数の形をしながら上下反転した軌道が 必要となる。しかし、e′g軌道は2つの軌道から構成されるため、2つの軌道の線形 結合による自由度が生まれる。wien2kとwannier90により得られるe′g軌道の最局 在ワニエ関数はCo1とCo2で上下反転しているだけでなく、xy平面に回転した形 となっているため、ブリルアンゾーンをunfoldしてバンドの数を半分にすること ができない。擬ポテンシャル法であるpwscfでは、仮想結晶近似が使えないため Na0.5CoO2のバンド構造を計算することができないが、e′g軌道は同じ波動関数の形 状で上下反転した形にすることができる。そこで、本研究ではa1g+e′gの3軌道模 型を作る際には結晶構造は同様で、x= 1のNaxCoO2のバンド計算をpwscfを用い て計算し、その波動関数から最局在ワニエ関数を構築した。しかし、そのホッピン グパラメータは式(2.135)から求められるが、このときに必要なエネルギーバンド ϵ˜mkはpwscfによって得られた値でなく、wien2kから得られた値を用いた。この手 法は、正確にはwien2kとpwscfの波動関数(の形)が完全に一致する場合に成り 立つ操作である。wien2kとpwscfはどちらも第一原理バンド計算のためx = 1で
4.3. 熱電効果における電子相関の影響-NaxCoO2のスピン揺らぎを例に- 125
はほとんど一致し、x= 0.5でもCoO2平面に大きな変化はないため、近い波動関 数が得られると考えられることから、この手法を用いることができる。また、本 研究ではその波動関数を直接用いることはしておらず、エネルギーバンドのみを 再現できればよいことからこの方法を使用した。a1g軌道のみの1軌道模型を作る
際にはwien2kからwannier90を用いてホッピングパラメータを求めた。
揺らぎ交換近似では、1軌道模型、3軌道模型両方とも、オンサイト相互作用 は3d電子系においてよく使われるのと同様の値であるU = 2.0eV、U′ = 2U/3、
J = J′ =U/6を用い、k点はkx×ky×kz= 32×32×4点に取り、kBT =0.01eV、松 原周波数の最大値n=4096として計算した。
4.3.3 バンド構造
ワニエ関数による有効模型
wien2kによるNa0.5CoO2の第一原理バンド計算のバンド構造とa1g軌道とe′g軌 道の軌道成分の重みを図4.21に示した。Γ−K−Mではほとんど軌道成分が混じら ないが、M−Γでは軌道成分が大きく混ざっており、a1g軌道とe′g軌道間へのホッピ ングが存在していることがわかる。そのため、SrTiO3のように、t2g軌道のうちの 1本のバンドを完全に再現するような模型を作ることはできない。NaxCoO2は3次 元性が弱い物質だが、3次元性の度合いをΓ点における同じ軌道間のエネルギー差 から推量することができる。Γ点のa1g軌道を主成分とする2つのバンドに着目す ると、unfoldした場合の(0,0,0)と(0,0,2π/c)点に相当するため、そのエネルギー 差とバンド幅の比が3次元性の指標となる。このエネルギー差は約0.18eVとなる ため、a1g軌道の成分を持つバンド幅の約1.45eVから、0.18/1.45 = 0.12となる。
この値はNaxCoO2の3次元性を推量するときに用いられる。
unfoldしたt2g3軌道模型模型とa1g1軌道模型のバンド構造と軌道成分を図4.22 に示した。第一原理バンド計算の結果と重ねてあるが、3軌道模型の結果は第一原 理バンド計算の結果と一致することがわかる。3軌道模型において、バンド構造だ けでなく軌道成分も再現していることから、第一原理バンド計算のモデル化が成 功していることを示している。1軌道模型のバンド構造を見るとΓ−M間で軌道成
Γ M K Γ
Energy (eV)
0.0 1.0
-1.0
-2.0
図4.21: NaxCoO2の第一原理バンド計算によるt2g軌道のa1g軌道(青)とe′g軌道
(赤)の軌道成分量。軌道成分が大きいほど丸が大きくなる。
4.3. 熱電効果における電子相関の影響-NaxCoO2のスピン揺らぎを例に- 127
分が混ざり合っているため、この部分は第一原理バンド計算の結果と重ならない。
一方K−Γ間ではa1g軌道が主成分となっているバンドが一本の線として繋がって いるため第一原理バンド計算とほとんど一致する結果となる。また、a1g軌道主成 分のバンド上端は平らで状態密度が高いプリン型バンドとなっている。
Γ M K Γ
Energy (eV)
0.0 1.0
-1.0
-2.0
Γ M K Γ
E F
Γ M K Γ
E F
a1g 軌道成分
eg’ 軌道成分 0.18eV
図4.22: NaxCoO2の第一原理バンド計算(黒線)とa1g1軌道模型(左)とt2g3軌 道模型(中央)のバンド構造とその軌道成分(右)
揺らぎ交換近似による自己エネルギーを考慮したバンド構造
揺らぎ交換近似による自己エネルギーの効果を取り入れたエネルギーバンドは エネルギーがフェルミエネルギーに近い場合に以下の式から求めることができる [128]。
Det|(zlkω−µ)δlm−Hlm(k)−ReΣRlm(k, ω= 0)|=0 (4.24) ここで、l,mは軌道、ωはエネルギー固有値を表す。Hは強束縛模型のハミルトニ アン、Σは自己エネルギーである。zlkは自己エネルギーの効果による重みで、
zlk= 1− ∂ΣRll(k, ω)
∂ω |ω→0 (4.25)
より得られる。用いる手法では自己エネルギーは松原周波数に対して得られるた め、実周波数の自己エネルギーを正確に得るには解析接続しなければならない。解 析接続を行うためにはパデ近似を行うなどの操作が必要になるが、これを高精度 で実行するには困難が伴う。そこで、最低松原周波数の自己エネルギーを用いて、
zlkは
zlk≃ 1− ImΣll(k,iπkBT )
πkBT (4.26)
と近似することとする。以上の近似は正確にはフェルミエネルギー近傍でしか成 り立たないが、ゼーベック係数の計算はフェルミエネルギー近傍の情報(室温で
は0.1eV程度)にしか依存しないため、これを行うことができる。
3軌道模型のハミルトニアンに、上記の揺らぎ交換近似の自己エネルギーを取 り込んで得たバンド構造を図4.23に示す。これはx = 0.5における3軌道模型を 用い、バンドフィリング(= 電子数/サイト数)を変化させた場合のバンド構造であ り、バンドフィリングはn= x+5の関係にある。
計算結果では、自己エネルギーを考慮しない結果と比較してバンド構造が変化 していることが見て取れる。傾向として、バンドフィリングが小さい、つまりxが 小さい状況ほどバンド構造が大きく変化している。一般に電子相関効果は1サイト に電子、またはホールが半分詰まっている状況となるハーフフィリングになるほ ど強くなるため、小さなバンドフィリングほどバンドの変形が大きくなると考え られる。しかし、スピン揺らぎはスピン密度波が発生するバンドフィリングに近 づくにつれて強くなるため、ハーフフィリングから離れたn=5.7の場合でもバン ド形状の変化が大きい。特にa1g軌道成分を持つバンドの変化が激しく、バンド幅 はn=5.5の場合約20%ほど第一原理バンド計算のa1g軌道を持つバンド幅から縮 んでおり、n= 5.7で約29%、n= 5.8で約48%、n= 5.9で約75%となる。角度分 解光電子分光ではx=0.7近傍においてバンド幅が60%程度になることが確認され ているため、全体的なバンド幅はn= 5.5(60%)からn=5.7(80%)における揺らぎ 交換近似による結果と対応することがわかった[70, 97–99]。また、e′g軌道がフェ ルミエネルギーより下に存在していることも角度分解光電子分光の結果と定性的 に一致する。バンド構造はa1g軌道が大きな影響を受けるが、特にM点近傍のバ ンドの位置が大きく変化している。e′g軌道にはほとんど電子が埋まっているため、
4.3. 熱電効果における電子相関の影響-NaxCoO2のスピン揺らぎを例に- 129
e′g軌道の1サイトあたりの電子占有率は約4となり、a1g軌道の占有数はn−4と なる。このため、e′g軌道には電子相関効果が効きづらく、相対的にa1g軌道では電 子相関効果が大きくなる。
スピン揺らぎによる電子相関効果の影響として、バンド幅が狭くなっているこ と以外に、3次元性が小さくなっていることが挙げられる。Γ点におけるバンドは (0,0,0)と(0,0,2π/c)のエネルギーを表すためその差が3次元性を示すが、n=5.7 からn=5.9まで、a1g軌道の2つのエネルギー差はほとんど変化していない。2つ のエネルギー差はn=5.7とn=5.8で最小の0.03、n= 5.5と5.9で0.05eVとなり、
元の3軌道模型における値の0.18eVから1/3以下となる。揺らぎ交換近似の自己 エネルギーを取り込んで得たa1g軌道のバンド幅は第一原理計算から縮むため、バ ンド幅とΓ点のエネルギー比を見ると3次元性は小さくなっていることがわかる。
この原因はスピン揺らぎがn= 5.7近傍で強くなっていることから、電子相関効果 が取り込まれたことでバンド幅が縮んだと解釈される。これより、揺らぎ交換近 似の自己エネルギーを取り込んで得たバンド構造に起こる変化は、主に「バンド 幅の減少」と「3次元性の低下」にまとめることができる。
n= 5.7における各軌道成分とフントエネルギーJの値を変化させたときの揺ら ぎ交換近似によるバンド構造を図4.24に示した。Jが小さいほどe′g軌道の位置が 下がっていることからバンド構造が変化する傾向にある。ここから軌道間相互作 用U′がバンド幅に大きく寄与していることがわかった。この結果はフント結合と ペアホッピングの、数演算子の積で書けない非対角クーロン成分よりも対角クー ロン成分が大きくバンド形状に影響していることを意味している。
次にa1g軌道のみを考慮した1軌道模型の揺らぎ交換近似による自己エネルギー を考慮したバンド構造を図4.25に示す。バンド幅が自己エネルギーを考慮したこ とによって大きく変化している。3軌道模型の結果(図4.25緑点線部分)と比較す ると、1軌道模型から得られたa1g軌道が主となるフェルミエネルギー近傍のバン ド構造はほとんど一致している。この結果はNaxCoO2のフェルミエネルギー近傍 のみを議論する場合、a1g軌道が最も重要となることを示している。しかしながら、
状態密度を比較すると3軌道模型と1軌道模型で異なり、模型を変えたことによ る微妙な差が現れる。