第 4 章 第一原理計算から構築した有 効模型による熱電効果の理論効模型による熱電効果の理論
4.3 熱電効果における電子相関の影響 -Na x CoO 2 のスピ ン揺らぎを例に ン揺らぎを例に
4.3.1 背景
電子相関効果のゼーベック効果への影響を調べる場合、NaxCoO2が最も適して いる物質のひとつとなる。NaxCoO2は既に述べたように、酸化物熱電物質として 初の無次元性能指数ZT >1の物質であるが、その起源は電子相関効果が重要な要 素の一つとして考えられている。小椎八重らのボンド極限における理論[9, 10]で は大きな電子相関効果がある場合を前提としている。バンド極限の立場にしても、
電子相関効果によってバンド幅が大きな変化することを考慮しなければ、黒木ら の理論から大きなゼーベック係数を説明することはできない[11]。角度分解光電 子分光の実験からバンド幅が第一原理バンド計算の約60%と狭くなることが知ら れている[70, 97–99]。バンド極限とボンド極限のどちらの立場からもNaxCoO2で は電子相関効果が熱電効果に対して大きな影響を与えていると考えられているが、
それだけでなく電子相関効果は超伝導や磁性など様々な物理現象を起こす原因と なっている。本研究とこれらの現象は深く関わっているため、NaxCoO2における 超伝導と磁性、バンド構造との関係について紹介する。
第一原理バンド計算によるバンド構造
NaxCoO2のx =0.5における第一原理バンド計算が行われており、フェルミ面、
バンド構造は図4.15で表される[69]。NaxCoO2のフェルミエネルギー近傍のバン ド構造は6つの軌道からなり、d軌道のうちのdxy、dyz、dxz軌道で構成され、三角 格子による対称性から4本のe′g軌道と2本のa1g軌道に分類できる。単位格子に コバルトが2つ存在していることから各軌道由来のバンドが2本存在し、Γ点で4 重縮退しているバンドがe′g軌道由来で、縮退していないフェルミエネルギーより 上にある2本のバンドがa1g軌道由来となる。kz =0の平面を見たΓ−K−M−Γでは バンドの縮退する点はΓ点などの対称性の良い点でしかないが、kz = π/c面を見 たA−L−H−Aでは全ての点においてバンドが2本ずつ縮退して3本に見える。こ
4.3. 熱電効果における電子相関の影響-NaxCoO2のスピン揺らぎを例に- 117
の縮退する原因は、NaxCoO2の結晶構造にある。単位格子内にコバルトが2つあ る理由は、CoO2平面のCoを中心としたOの八面体配置が2つのコバルト面でz 軸方向に反転しているため、ひとつのCoO2で単位格子を形成できないことによる
(図3.3)。単位格子の各CoO2面におけるCoをCo1、Co2と呼ぶと、Co1の上下 の面はCo2がおり、そのCoO6八面体は自分がいる面と比べて反転している。こ れはもうひとつのコバルトに着目しても同様に、自分がいる面と比べて酸素の位 置が反転しているため、これらの区別をつけることはできない。そのため2つの コバルトからなるバンドはkz =π/c面では等価と扱え、2つのコバルトのバンドは 縮退し、A−L−H−Aでは常に縮退する。
x= 0.5の場合、d5.5の電子配置となり、d5+xの関係がある。フェルミエネルギー はバンドの上端に位置し、e′g軌道がほとんど占有され、a1g軌道が主となるバンド のほとんどにホールが入っている状況となっている。そのためフェルミ面はa1g軌 道が六角形のような形状をした大きな2つの電子フェルミ面を形成し、e′g軌道が 小さな6つのホールフェルミ面を形成する。
a1g a1g
e’g
kz=π
kz=0
図4.15: NaxCoO2のx=0.5における第一原理バンド計算のバンド構造(左)とフェ ルミ面(右)[69]
超伝導と磁性
NaxCoO2はNa量を変化させることによって様々な物性が起こる。各Na量にお ける磁化率と抵抗率の実験から、x= 0.5では電荷秩序による絶縁体になり、x= 0.5 を中心として、xが小さい場合はパウリ常磁性金属、大きい場合はキュリーワイス 常磁性金属となる[106](図4.16)。特に本論文に対して重要な点はx=0.3付近の水 和物で超伝導が発現する点と、x=0.75付近でスピン密度波が現れる点である。
図4.16: NaxCoO2のNa量における相図[106]
2003年にNaxCoO2の水和物NaxCoO2·yH2Oが超伝導になることが発見された [107](図4.17)。水和物はCoO2層の間に入るため、NaxCoO2よりも大きなブロッ ク層がCoO2層の間に挟まっている。x≃ 0.35、y≃1.3で転移温度は約5Kとあま り大きくないが、多くの研究者の注目を集めた。その理由の1つとして、コバル トが高温超伝導体の中心元素となる銅の周期表の近くに位置するため、何らかの 関連性が考えられ、高温超伝導体の起源を探る上で重要となることが挙げられる。
それだけでなく、フォノン媒介によって超伝導が発現する従来型超伝導では理解 できない性質が発見され、電子相関が重要となる非従来型超伝導の可能性が示唆 された。その例として、上部・下部臨界磁場実験から、従来型超伝導とは異なる
4.3. 熱電効果における電子相関の影響-NaxCoO2のスピン揺らぎを例に- 119
磁場侵入長などが示唆され[108]、CoのNQRからは緩和率T1−1と温度の逆数の積 (T1T )−1が従来型超伝導にある超伝導転移温度以下で一時的にピークを持つコヒー レンスピークが観測されなかった[109]。また、同様の実験から(T1T )−1が転移温 度に近づくに従って発散する振る舞いを見せることから、スピン揺らぎが超伝導 に大きく影響している可能性が示唆された。
ȨψFP ȨψFP
7HPSHUDWXUH.
7HPSHUDWXUH.
+ 2H
+ N2H
+ N2H
+ N2H
+ N2H
+ N2H
図4.17: NaxCoO2·yH2Oの抵抗率[107]
Coの価数は様々な実験結果から、+3.5価近傍と推量され、NaxCoO2のx= 0.5 と近い電子構造になっていると考えられている[110–112]。NaxCoO2·yH2Oの第一 原理バンド計算によると、バンド構造はNaxCoO2と大きな違いはなく、x= 0.5で はa1g軌道、e′g軌道ともフェルミ面に存在するが、大きなブロック層により2次元 性が強くなっていることが確認された[113, 114]。当初、NaxCoO2 ·yH2Oはクー パー対の全スピンがS = 1となるスピントリプレット超伝導が示唆されたことか
ら[115]、理論計算においてe′g軌道を起源とする f 波超伝導ギャップが提案された
[116, 117]。しかし、角度分解光電子分光の実験結果ではe′g軌道を由来とするバン
ドがフェルミ面として観測されておらず、フェルミエネルギーより下に存在する ことが観測された[70, 97–99]。この実験から、e′g軌道が超伝導の起源とならない ことが予想される。さらにナイトシフトの実験結果では磁場をCoO2面に並行と垂 直のどちらにかけても減少することが確認され[109, 118]、S =1のスピントリプ レット超伝導ではスピンの向きと同方向の磁場に対してナイトシフトが転移温度
以下で下がりにくくなる結果と異なるため、超伝導はスピンシングレット対であ る可能性が高くなった。これに対して黒木らは、a1g軌道のみを考慮したハバード 模型を構築し、スピン揺らぎが強い系に適用される揺らぎ交換近似を用いて、ス ピン揺らぎを媒介としたs±波超伝導が起こることを示した[119]。a1g軌道のフェ ルミ面はx= 0.5近傍において2枚のフェルミ面を持ち、このフェルミ面の間のネ スティングベクトルによって超伝導ギャップの符号が反転する。
kz
(k ,k )x y
(0,0) (π,0)
(−π,0) 0 π c/2
−π c/2
nesting vector
~ (0.5 π ,0, k )
kz
(k ,k )x y
(0,0) (π,0)
(−π,0) 0 π c/2
−π c/2
nesting vector
~ (0,0, π )
horizontal cross section through this cut
H N H
L B
図4.18: NaxCoO2·yH2O(左)とNaxCoO2(右)における強束縛模型によるフェルミ面
(kx−kz面(上)、kx−ky面(下))とネスティングベクトル[120]
NaxCoO2·yH2Oではスピン揺らぎが強いことが観測されているが、NaxCoO2に もスピン揺らぎによる磁性が発現する。NaxCoO2のx= 0.75付近において、3次元 的な構造を持つスピン密度波が確認され[106, 121–123]、中性子散乱の実験から、
面内強磁性、面間反強磁性的な性質を持つことが知られている[124, 125]。この起 源についても、黒木らは超伝導と同様の手法からa1g軌道を起源とするスピン密度 波が起こることを示した[120](図4.19)。a1g軌道によるkx−kz方向から見たフェ
4.3. 熱電効果における電子相関の影響-NaxCoO2のスピン揺らぎを例に- 121
ルミ面から、(0,0,2π/c)のネスティングが起こりスピン感受率が増大し、x=0.8近 傍でスピン密度波が現れる。このネスティングベクトルとバンド構造の関係によっ て、超伝導とスピン密度波の両方をa1g軌道から統一的に見ることが出来る。大き なブロック層が存在し2次元性が大きい場合はネスティングベクトルが(π/2a,0) の方向を向いているため、このスピン揺らぎによって超伝導が発現する。ブロッ ク層が小さく3次元性がある場合は、フェルミ面が3次元的に変化し、(0,0,2π/c) 方向のネスティングベクトルが生まれることでスピン密度波が発現する。この研 究は、a1g軌道によって引き起こされるスピン揺らぎがNaxCoO2において重要と なることを意味している。
0 0.01 0.02 0.03
1.65 1.7 1.75 1.8 1.85 1.9
SDW
0 1 2 3
0 0.1 0.2
n=1.82 n=1.70
[χ (0,0)]s−1
T
n TSDW
0.0 0.5 1.0 1.5 2.0
Γ Γ
A
A L H K M
χs
q = π/2z
q = 0z
q = πz
k
z(k ,k )
x y(0,0) (π,0)
(−π,0) 0 π c/2
−π c/2
remnants of inner FS outer FS
nesting vector
~ (0,0,π)
図4.19: NaxCoO2のスピン密度波(SDW)とドープ量の相図(左上)、各k点における スピン感受率(左下)とx= 0.82におけるフェルミ面とネスティングベクトル[120]
ゼーベック効果と電子相関効果
NaxCoO2のゼーベック効果が注目されている範囲はx=0.75付近に存在するた め、スピン揺らぎはゼーベック効果に大きな影響を与えていると考えられる。し
かしながら、ゼーベック効果とスピン揺らぎに注目した研究はない。NaxCoO2に おけるゼーベック効果の電子相関による影響については、動的平均場近似による 計算が行われている[126]が、動的平均場近似は自己エネルギーの波数依存性を無 視するため、波数に依存するスピン揺らぎの効果は取り込まれない。また、線形 応答理論を高周波数近似した計算もあるが[127]、スピン揺らぎの特徴的な点がど のような影響を与えるかについてはそこから理解することはできない。そこで本 節において、スピン揺らぎがNaxCoO2のゼーベック効果にどのような影響を与え るか研究を行った。