2.5.1 揺らぎ交換近似
VΣを計算する場合、すべてのダイアグラムを用いて計算する必要があるが難し い。そこで、その系において重要と思われるダイグラムのみを取り込むことを考 える。その取り込んだダイアグラムから得られるラッティンジャー・ワードの熱 力学ポテンシャルをΦ[G]としたとき、グリーン関数の汎関数微分による自己エネ ルギーから、グリーン関数
Gσ(k,iϵn)= 1
iϵn−ξk−Σσ(k,iϵn; [G]) (2.177)
2.5. 揺らぎ交換近似 47
を得ることができる。ここで、ξk = ϵk−µである。両辺にGがあるため、自己無 撞着に解くことになる。この手法のメリットは、どのようなΦ[G]をとっても全電 子数保存則、全運動量保存則などの各種保存則が満足された形ですべての結果が 得られることである。この手法をベイム・カダノフの方法という[52, 53]。
ダイアグラムを取り込む手法としては変分量子モンテカルロ法[54]、補助場量 子モンテカルロ法[55]や厳密対角化法[56]、動的平均場近似[57]、密度行列くり
こみ群[58, 59]などがあるが、サイト数が少なくなってしまうことや波数依存性を
議論できないなどの欠点がある。本論文では、計算サイズを比較的大きく取るこ とや波数依存性を計算することができ、スピンや電荷の揺らぎが強い系でよく用 いられる揺らぎ交換近似[60]を用いた。
揺らぎ交換近似(FLuctuation EXchange approximation : FLEX)では、考慮するダ イアグラムとしてバブル型とラダー型と呼ばれる2種類のみのダイアグラムを考
える(図2.8)。バブル型、ラダー型ともに無限次までのダイアグラムを考慮する
ことができ、かつスピンや電荷の揺らぎが強い系においてそれらの揺らぎの発散 的な振る舞いを記述できる。本論文で電子相関効果を扱う物質はスピンの揺らぎ が発達していると考えられているため、良い近似であると考えられる。
σ
σ
σ
σ
図2.8: バブル(左)とラダー(右)のダイアグラム
本研究では多軌道模型から計算を行うため、グリーン関数等を多軌道に拡張す る。グリーン関数は、
Gµν(k, τ−τ′)= −⟨T cµkσ(τ)cν†kσ(τ′)⟩ (2.178) で与えられる。スピン揺らぎと電荷揺らぎの強さはスピンと電荷の感受率によっ
て決まる。スピン演算子Siと数密度演算子ρiから
M = ∑
i
Si (2.179)
P = ∑
i
ρi (2.180)
を定義する。波数と松原周波数のフーリエ成分をそれぞれM(q,iω)、P(q,iω)、磁 場と電場のフーリエ成分H(q,iω)、E(q,iω)とするとき、線形応答の範囲内から
M(q,iω)= χs(q,iω)H(q,iω) (2.181) P(q,iω)=χc(q,iω)E(q,iω) (2.182) と波数、松原周波数に対するスピン感受率χs(q,iω)と電荷感受率χc(q,iω)が定義 される。
線形応答理論により、波数依存したスピンの横(xy)方向の感受率χ+−sp、縦(z)方 向の感受率χzzspと電荷の感受率χcは、
χ+−sp,µνµ′ν′(q,iωn) = 1 N
∫ β
0
dτeiωmτ⟨S+qµν(τ)S−qµ− ′ν′(0)⟩ (2.183) χzzsp,µνµ′ν′(q,iωn) = 1
N
∫ β
0
dτeiωmτ⟨Szqµν(τ)S−zqµ′ν′(0)⟩
= 1
4[χ↑↑µνµ′ν′(q,iωm)+χ↓↓µνµ′ν′(q,iωm)
− χ↑↓µνµ′ν′(q,iωm)−χ↓↑µνµ′ν′(q,iωm)] (2.184) χcµνµ′ν′(q,iωn) = 1
N
∫ β
0
dτeiωmτ⟨ρqµν(τ)ρ−qµ′ν(0)⟩
= 1
2[χ↑↑µνµ′ν′(q,iωm)+χ↓↓µνµ′ν′(q,iωm)
+ χ↑↓µνµ′ν′(q,iωm)+χ↓↑µνµ′ν′(q,iωm)] (2.185) より与えられ、Nはサイト数である[61]。4つの軌道µ, µ′, ν, ν′によるテンソル量 で表され、実際にスピン感受率として観測される量は、µ = ν = µ′ = ν′のみであ る。ωm= β2πm (m= 0,±1,±2,· · ·)はボソンの松原周波数、Sq±µνはスピン昇降演算 子行列、Sqzµνは波数qのスピンz成分演算子行列、ρqµνは波数qの電荷の演算子行 列を表し、パウリ行列σを用いて、
Sqµν = 1 2
∑
k
∑
s1s2
cµ†ks
1σs1s2cνk+qs2 (2.186)
2.5. 揺らぎ交換近似 49
S+qµν = Sqxµν+iSyqµν =∑
k
cµ†k↑cνk+q↓ (2.187) S−qµν = Sqxµ−iSyqµ =∑
k
cµ†k−q↑cνk↓ (2.188) ρqµν = ∑
k
(cµ†k↑cνk+q↓+cµ†k↓cνk+q↑)
(2.189) となる。また、χσσµνµ′′ν′ は
χσσµνµ′′ν′(q,iωm)= 1 N
∫ β
0
dτeiωmτ∑
k,k′
⟨cµ†kσ(τ)cνk+qσ(τ)cµk′′†+qσ′(0)cνk′′σ′(0)⟩ (2.190)
で与えられる。この各感受率の統計平均部分を摂動展開し、バブル型とラダー型 のダイアグラムのみを用いて求める。自由電子のスピン感受率は既約感受率と呼 ばれ、バブル型とラダー型のダイアグラムは同じ式
χ0µνµ′ν′(q,iωm)=−kBT N
∑
k,ϵn
Gµ′µ(k+q,iϵn+iϵm)Gνν′(k,iϵn) (2.191)
より求まる。秩序のない常時性状態では対称性から
χˆ+−sp(q,iωm) = 2χzz(q,iωm)≡χˆs(q,iωm) (2.192) χˆ↑↑(q,iωm) = χˆ↓↓(q,iωm) (2.193) χˆ↑↓(q,iωm) = χˆ↓↑(q,iωm) (2.194) が要請される。バブル型ダイアグラムでは、並行スピンを持つ電子間の感受率行 列は
χσσ(q,iωm)= [
A(qˆ ,iωm)]−1
χˆ0(q,iωm) (2.195) となり、反平行を持つスピンは
χσσ¯(q,iωm)= −[A(q,ˆiωm)]−1χˆ0(q,iωm) ˆV1
[ˆI+χˆ0Vˆ2
]−1
χˆ0(q,iωm) ˆV1 (2.196) を得る。ここで、異なるスピン同士の相互作用項Vˆ1 = ( ˆC+S )ˆ /2、同じスピン同士 の相互作用項Vˆ2 =( ˆC−S )ˆ /2とする。ただし、
A(q,iωm)= ˆI+χˆ0(q,iωm)V2χˆ0(q,iωm) ˆV1
[ˆI+χˆ0(q,iωm) ˆV2)]
χˆ0(q,iωm) ˆV1 (2.197)
ラダー型のダイアグラムからは横方向のスピン感受率はχˆsp,+−が与えられる。スピ ン、電荷の感受率は既約感受率とHIを表す行列Sˆ,Cˆから、
χˆs(q)= [
ˆI−χˆ0(q,iωm) ˆS]−1
χˆ0(q,iωm) (2.198) χˆc(q)=[
ˆI+χˆ0(q,iωm) ˆC]−1
χˆ0(q,iωm) (2.199) より求まる。
自己エネルギーと異常自己エネルギーのバブル型とラダー型のダイアグラムか ら得られた相互作用項VΣ、は図2.10より、
VˆΣ = Vˆbubσσ+Vˆlad (2.200) となる。バブルとラダーの項はそれぞれ
Vˆbubσσ = −Vˆ2+Vˆ2χˆσσ¯Vˆ1+Vˆ2χˆσσVˆ2+Vˆ1χˆσσ¯ Vˆ2+Vˆ1χˆσ¯σ¯Vˆ1 (2.201) Vˆlad = S ˆˆχ+−spSˆ =S ˆˆχsSˆ (2.202) と表される。ここで、磁場がない場合に対称性から
χˆσσ = 1
2( ˆχc+χˆs) (2.203) χˆσσ¯ = 1
2( ˆχc−χˆs) (2.204)
χˆσσ¯ = χˆσσ¯ (2.205)
を用いてSˆ とCˆは1次を省略すると VˆΣ(k,iωm) = 3
2Vˆs(k,iωm)+ 1
2Vˆc(k,iωm) (2.206) Vˆs(q,iωm) = S ˆˆχs(q,iωm) ˆS (2.207) Vˆc(q,iωm) = C ˆˆχc(q,iωm) ˆC (2.208) より表される。揺らぎ交換近似は波数q以外のモード間結合が存在しないため、自 己エネルギーを過大評価する傾向にある。
揺らぎ交換近似を用いた実際の計算の流れは図2.11となり、自己無撞着に方程 式を解く。まず、強束縛模型のハミルトニアンからグリーン関数を得る。このグ
2.5. 揺らぎ交換近似 51
=
+ +
χ
σσ=
σσ
σ
σ
σ
σ σ
σ
σ
σ σ
σ
= + +
σ
σ
σ
σ σ
σ
σ
σ σ
σ
+
σσ σ
σ
σ
σ
+
σσ σ
σ
σ
σ
+
…=
+
χ
σσ=
σ
σ
σ σ
σ
σ σ
σ
=
σ+
σ
σ
σ σ
σ
+
σσ σ
σ
σ
+
σσ σ
σ
σ
+
…σ σ
σ σ
σ σ
χ
+−sp=
^
^
^
+ +
σ
σ
σ
σ
σ
σ
V
2V
1S^ S^ S^
図2.9: 感受率のダイアグラム
=
=
σ
σ
V
bubσσ
V lad
σ
σ
σ
σ
σ
σ
σ
+ + +
σ+
Σ =
V Σ
σ σ
S^
S^
図2.10: 自己エネルギーのダイアグラム
リーン関数を用いて既約感受率χ0を計算する。既約感受率からスピン感受率と電 荷感受率を計算し、有効相互作用VΣを求める。そして、自己エネルギーΣを計算 し、再度グリーン関数を求める。このグリーン関数から既約感受率を計算し、以 下グリーン関数が収束するまで繰り返す。
2.5.2 スピン感受率とネスティング
揺らぎ交換近似では、スピン感受率が大きな状況で適用されるが、スピン感受 率の大きさは主にフェルミ面の形状から決定することができる。フェルミ面の内 側となる波数の範囲に電子が存在する場合を電子フェルミ面、ホールが存在する 場合をホールフェルミ面という。本研究ではこれらを省略して電子面、ホール面 などと呼ぶこともある。
例として1バンドのフェルミ面を銅酸化物超伝導体の最も簡単な模型である単 一バンド正方格子ハーフフィリングのハバード模型を例とする(図2.12)。1バン ドの場合にはSˆ = U,Cˆ =Uとなる。スピン感受率式(2.198)は分母に1−Uχ0があ
2.5. 揺らぎ交換近似 53
相互作用のないハミルトニアンからグリーン関数を求める
スピン、電荷感受率を求める
自己エネルギーを求める
得られた自己エネルギーからグリーン関数を求める
χ s χ c
G
0Σ
G
(n+1)G
(n+1)= G
(n)?
yes no
G
(n+1)を正しいグリーン関数とするグリーン関数から既約感受率を求める
χ
0図2.11: 揺らぎ交換近似の流れ
るため、1−Uχ0がゼロに近づく場合に大きな値を持つ。1バンドの場合、既約感 受率χ0(式(2.191))は
χ0(q,iωn)=∑
k
f (ϵk+q)− f (ϵk) iωn−(
ϵk+q−ϵk
) (2.209)
より求まり、f はフェルミ分布関数である。簡単のために絶対零度を考えると、フェ ルミ分布関数はフェルミエネルギーを境界として0か1を取る。このとき、波数 kとk+qにおけるエネルギーがほぼ等しく、フェルミエネルギーの上側と下側に ある場合に最も大きな値を持つ。このため、スピン感受率はフェルミ面の情報に 大きく影響される。フェルミ面を波数Qだけずらしたときに重なりが大きい場合 をネスティングが良いといい、このベクトルをネスティングベクトルという。例 の正方形をしたフェルミ面においては、フェルミ面をQ= (π, π)ずらしたときに完 全にフェルミ面が重なる。ネスティングが良いことは、波数Qの場合、スピン感 受率にある和の項に大きな値を持つ項が増えることを意味する。ここから、ネス ティングベクトルはスピン感受率が大きくなる波数をおおまかに決定することが できる。実際はフェルミ面以外からの寄与が含まれるためにスピン感受率が大き くなる波数はネスティングベクトルとは限らない。スピン感受率は既約感受率が 大きくなるベクトルQ近傍で
Uχ0(Q)→1 (2.210)
となる。これよりスピン感受率の分母がゼロに接近し発散的な振る舞いをする。
χs(Q)= χ0(Q))
1−Uχ0(Q) → ∞ (2.211)
この時電荷感受率はχ0/(1+Uχ0)となるためχsよりも非常に小さくなる。
2.5. 揺らぎ交換近似 55
kx
ky
-π-π π
π Q=(π,π)
図2.12: フェルミ面とネスティングベクトル
57