第 3 章 背景:熱電効果
3.2 ゼーベック効果の理論計算
3.2.1 概要
ゼーベック効果の理論研究は線形応答理論、ボルツマン輸送理論などの手法か ら計算することができる。近似的手法としては様々あるが、一般的にこれらの理 論を近似して計算するため、これら2つの理論について説明する。
3.2.2 線形応答理論
線形応答理論の立場からは、粒子流密度Jとエネルギー流密度JE、熱流密度JQ が重要な役目を負う。粒子流密度演算子j、エネルギー流密度演算子jE、熱流密度 演算子jQを定義し、それぞれ
j = ∑
kσ
vknkσ (3.14)
jE = ∑
kσ
vknkσϵk (3.15)
jQ = jE −µj=∑
kσ
vknk(ϵk−µ) (3.16)
となる[64]。これらを用いて各種流密度はその平均値から得られる。
J = ⟨j⟩ (3.17)
JE = ⟨jE⟩ (3.18)
JQ = ⟨jQ⟩ (3.19)
粒子流密度とエネルギー流密度のi方向成分は以下の関係式で結ばれ、温度T、電 位差Vと化学ポテンシャルµからなる線形関数となる。
Ji = ∑
j
−Mi j(11) [e
T∇jV+∇j
(µ T
)]+Mi j(12)∇j
(1 T )
(3.20) JEi = ∑
j
−Mi j(21) [e
T∇jV+∇j
(µ T
)]+Mi j(22)∇j
(1 T )
(3.21)
M(i j)は2階のテンソルであり、オンサーガーの相反定理からM(i j) = M( ji)が成り立
つ。また、粒子流密度と熱流密度についても同様に以下の関係がある。
Ji = ∑
j
−L(11)i j [e
T∇jV+ 1 T∇jµ
]
+L(12)i j ∇j
(1 T )
(3.22) JQi = ∑
j
−L(21)i j [e
T∇jV+ 1 T∇jµ
]
+L(22)i j ∇j
(1 T )
(3.23)
L(i j)についてもL(i j) = L( ji)となる。これらの式に現れるMとLについては
L(11) = M(11) (3.24)
L(12) = L(21)= M(12)−µM(11) (3.25) L(22) = M(22)−2µM(21)+µ2M(11) (3.26) の関係がある。
熱伝導率Kは電流が流れていないと仮定し(J=0)、粒子流密度と熱流密度の関 係式から
JQ = −K∇T (3.27)
K = 1 T2
[L(22)−(L(11))−1(L(12))2]
= 1 T2
[M(22)−(M(11))−1(M(12))2]
(3.28)
3.2. ゼーベック効果の理論計算 63
と求まる。電気伝導度は温度差がないことと化学ポテンシャルが変化しないと仮 定し、粒子流密度と熱流密度の関係式から
eJ = −σ∇V (3.29)
σ = e2
T L(11) = e2
T M(11) (3.30)
と得られる。ゼーベック係数は電流が流れていない(J=0)、化学ポテンシャルが 変化しないと仮定し、粒子流密度と熱流密度の関係式から以下の式となる。
∇V = −S∇T (3.31)
S = 1 eT
L(12) L(11) = 1
eT M(12) M(11) − µ
eT (3.32)
粒子流密度やエネルギー流密度の関係式をJi = ∑
jZ(i j)·Xjとまとめると、粒子
流密度とエネルギー流密度の関係ではZ(i j) = L(i j)のようになる。各種流れの密度 は線形応答理論から、
Ji = 1 βT
∫ ∞
0
e−stdt
∫ β
0
dβ′Tr
ρ0
∑
l,j
jl,j(−t−iβ′)Xl,jji(r)
(3.33)
を求めることで得られ、sは定数、jlは各種流密度を示す。このとき各種係数L,M は総じてZと表し
Zi j(lm)= 1 βT
∫ ∞
0
e−stdt
∫ β
0
dβ′Tr[
ρ0jl,j(−t−iβ′) jm,i(r)]
(3.34) より求めることができる。
3.2.3 ボルツマン輸送理論
3.2.4 電気伝導度、ゼーベック係数、熱伝導率
電場や温度差が弱い場合に線形応答理論のほかにボルツマン方程式から輸送現 象を求める手法もある。固体中の輸送現象において、外場とフォノンによる電子 散乱が特徴的なメカニズムになる。これらの競合関係を記述するのがボルツマン の輸送理論である。
外場がなく、一様な温度の下での平衡常態の電子分布は、フェルミ分布関数 f0{E(k)}= 1
e[E(k)−EF]/kBT +1 (3.35)
で表される。これが平衡状態から離れると空間座標と時間に依存する関数になる。
ただし、原子スケールに比べれば大きいが巨視的には微小とみなせる領域で、こ の分布は局所的な平衡条件を満たすものとする。まず、外場による平衡分布の変 化を考える。電場Eの作用の下で、時刻t−dtおよびtの間に起こる f の変化を考 えると、時刻tに状態(r,k)にくる電子は散乱がないとすると、
f (r,k,t)= f (
r−v(k)dt,k+eEdt ℏ,t−dt
)
(3.36) となり、eは素電荷を表す。さらに、衝突による項を追加し、散乱によってdt秒間 に生じる分布の変化を(∂f/∂t)sと表せば、f は
f (r,k,t)= f (
r−v(k)dt,k+eEdt ℏ,t−dt
) +
(∂f
∂t )
s
dt (3.37)
を得る。これをdtについて1次まで展開すると
∂f
∂t +v(k)· ∇rf − e
ℏE· ∇kf = (∂f
∂t )
s
(3.38) が導かれ、ボルツマン方程式と呼ぶ。ボルツマン方程式の左辺をドリフト項、右 辺を散乱項と呼ぶ。散乱項を詳細に議論することは難しいため、簡略化した形で 表す。通常は散乱によって f が平衡分布 f0へ復帰していく速度が、f の平衡分布
f0からのずれに比例することを仮定する。
(∂f
∂t )
s
=−f (k)− f0(k)
τ(k) (3.39)
τは緩和時間で準粒子の寿命を表す。この式を用いてボルツマン方程式の定常解 (∂f/∂t= 0)は電場と温度勾配が時間変化しない場合
f (k)= f0(k)+ e
ℏτ(k)E· ∇kf (k)−τ(k)v(k)· ∇rf (3.40) と求まる。さらに平衡からのずれが小さい場合(f − f0が小さい場合)を考える と、∇rf (k,T (r))=∂f/∂T∇rTから、分布関数は、
f (k)= f0(k)+ e
ℏτ(k)E· ∇kf0(k)−τ(k)∂f0
∂Tv(k)· ∇rT (3.41)
3.2. ゼーベック効果の理論計算 65
となる。
電流密度J′は、
J′ = e∑
k
v(k) f (k) (3.42)
に式(3.41)の f を代入することで得られ、x方向のみに電場があると考えると
J′x =σxxϵx+∑
k
τ(k)v2x∂f0
∂ϵ (ϵ(k)−µ)∂T
∂x (3.43)
となる。ここで、vは群速度、µは化学ポテンシャルを表す。σxxは電気伝導度で、
σxx =e2∑
k
τ(k)v2x(k)∂f0
∂ϵ (3.44)
で表される。J′を一般化した形で表すと、
J′ =e2K0E+eK1
T (−∇rT ) (3.45)
Kn =∑
k
τ(k)v(k)v(k) [
−∂f (ϵ)
∂ϵ (k) ]
(ϵ(k)−µ)n (3.46) とテンソル量になることが知られている[65]。温度勾配がない場合を仮定すると、
電気伝導度は以下の式となる。
σ=e2K0 (3.47)
電流が流れていないが温度勾配があると仮定すると、J′ =0からゼーベック係数 S= 1
eTK−01K1 (3.48)
が導かれ、線形応答理論と同じような形式が得られる。エネルギー流密度はKnの 中にある波数の和を分解してKn(k)と書くと、
JE =∑
k
ϵkv(k) f (k)= e
∑
k
ϵkK0(k)E+∑
k
ϵk
K1(k)
T (−∇rT ) (3.49) のようになる。熱流密度JQは
JQ= JE −µJ′
e =eK1E+ K2
T (∇rT ) (3.50)
と表せられ、線形応答理論と同様に熱伝導率Kは K= 1
T
[K2−(K0)−1(K1)2]
(3.51) より求まる。
ゼーベック係数と電気伝導度
金属におけるゼーベック効果を理解するために、ゼーベック係数と電気伝導度 の式を簡略化する。まず、ゼーベック係数の式(3.48)中に現れるK0とK1はテン ソル量となるが、xx成分のみを考えKn,xx = Knのように表す(n=0,1)。次にゼー ベック係数を準粒子寿命τ一定として近似することを考える。ゼーベック係数は S = 1/eT ×K1/K0で与えられるため、準粒子寿命τを一定として扱うとゼーベッ ク係数はτに依存しない関数となる。
S = 1 eT
∑
kv2x(k)[
−∂∂ϵf (ϵ)(k)]
(ϵ(k)−µ)
∑
kv2x(k)[
−∂∂ϵf (ϵ)(k)] (3.52) フェルミ分布関数は化学ポテンシャル近傍のみでしか値が変化しないため、その エネルギー微分は化学ポテンシャルから数kBT の範囲でしか値を持たない。
S = 1 eT
∑′
kv2x(k)(ϵ(k)−µ)
∑′
kv2x(k) (3.53)
∑′
は|ϵk−µ|<数kBTでしか和を取らないことを意味している。さらに、化学ポテ ンシャルより上のエネルギーを持つ平均の群速度をvB、化学ポテンシャルより下 のエネルギーを持つ平均の群速度をvAとする。このとき、∑′
に含まれる群速度を 平均の群速度vA,vBと仮定すると、
S = 1 eT
K1
K0 (3.54)
K0 ∼ Σ′(v2A+v2B) (3.55) K1 ∼ (kBT )Σ′(v2B−v2A) (3.56) となる。K1にある(ϵk−µ)は大まかな平均値kBT で置き換えた。
例としてフェルミエネルギー(≃化学ポテンシャル)がバンドの中間にある金属 的な状況を考える(図3.2(b))。この例では、化学ポテンシャルより上側のバンドと 下側のバンドの傾きがほぼ等しく大きな勾配を持っている。そのため、群速度vB と下側の群速度vAはvA =vBとなり、ゼーベック係数は
S ∼ kB e
Σ′(v2A−v2B)
Σ′(v2A+v2B) ∼ 0 (3.57)
3.2. ゼーベック効果の理論計算 67
E
EF
k
E EF
k
T1
電子 ホール
ve vh
T2
ve vh
ve
vh A
B
A B
~0
~vh
(a)
(b) (c)
図3.2: バンド構造から見たゼーベック効果の概念図
と求まり、金属のゼーベック係数がほぼゼロとなることがわかる。電気伝導度は e2K0 ∼Σ′(v2A+v2B)であるため、vAが大きいことで電気伝導度は大きくなる。半導 体のような状況ではvB = 0とすることができるため、ゼーベック係数は
S ∼ kB e
Σ′(v2A)
Σ′(v2A) ∼ O(100)µV/K (3.58) と大きな値を持つ。
バンド構造とゼーベック係数の関係について図3.2(a)と対応付けると、ゼーベッ ク係数はホールの群速度と電子の群速度の差が付くほど大きくなる。簡略化した ゼーベック係数の式(3.55)-(3.56)から見ると、K0,K1のvAが励起した電子の群速 度に対応し、vBが励起したホールの群速度に対応する。v2Aとv2Bの差がゼーベック 係数に大きく関わることは、ホールと電子の群速度に差が付くことを意味してい る。ホールと電子はどちらも電気伝導度に寄与するため、K0のホールと電子の群 速度の2乗の和が電気伝導度を表す。