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6.1 教科書/指導書の記述に関する調査と考察

6.1.1 表の説明

対象教科書/指導書のうち、発音を専門に編んであるものは6番、9番、17番、18 番、32番、34番の6冊であり、各番号の下に専門と記してある。表では、まず左側に 教科書/指導書の番号と記述や表示を掲載している頁を記し、次の欄に

–n

の説明、その

次の欄に

–ng

の説明を記した。両者ともに関係する説明や、まとめた方が良いと判断した 説明は、一番右の欄にその他特記事項として記した。表中ではスペース省略のため、日本 語を「㊐」と簡略表記にした。

–n

の説明および

–ng

の説明のうち、直前の母音に関する 説明のあるものは同一欄の下方に長短点線で区切ってまとめて表記してある。

32番(日下、2007)は、多くの文言を費やして極めて詳細に記述されているため、表 に入れることができず、以下に簡単にまとめる(pp.124-126)。但し、直前の母音に関す る説明は

6.1.2.2

に別記する。下線は筆者による。

138

〔鼻音は裏門を使います〕

鼻音の発音そのものはとても簡単です。なぜなら代表的な鼻音は、中国語なら 声母の“

m

”と“

n

”、日本語ではマ行とナ行の子音なのですから。(中略)

肺から来た呼気は喉頭(腔)と咽頭(腔)を通過したあと咽頭のところで2つ の道に分かれます。1つは口腔(口むろ)へ進む道で、多くの音声はここを通過 しながら何らかの加工を受けて音声になります。もう1つは鼻腔(鼻むろ)へ進 む道で鼻腔を通過して鼻の穴から息を出すまでの過程で作り出される音声もある のです。それを「鼻音」というのです。(下線は筆者)

とはいえ、ふつう軟口蓋の端は咽頭の壁に密着していますから、呼気は鼻腔に 進めません。鼻音を発音するには口腔のどこかで閉鎖を作ります。すると軟口蓋 の端が下がり咽頭の壁との間に隙間ができて息の通り道になるのです。口腔の出 口(要するに口)を正門とすれば、奥の門というか「裏門」のほうが開いている ことになります。それで呼気は正門からでなく「裏門」から鼻腔に入り、鼻の穴 から外界に出て行くというわけです。

代表的な鼻音には、上下の唇で閉鎖を作る[

m

]、舌先と歯(歯茎)で閉鎖を作 る[

n

]、奥舌と口蓋の奥のほう(軟口蓋)で閉鎖を作る[

ŋ

(=ng)]の3つがあ ります。それらの鼻音と破裂音との対応関係はこんなふうになります。

閉鎖の場所 破裂音 鼻音 上と下の唇 [b] [

m

] 舌先と上の歯付近 [

d

] [

n

奥舌と軟口蓋 [

g

] [

ŋ

(=

ng

〔鼻音だけを発音する〕

m

」で鼻音を実感するには、まず上下の唇をしっかり閉じます。その状態で 何か「コエ」を出せば[

m

]です。

n

] は 舌 先 ( 舌 尖 と 舌 端 ) を 上 の 歯 か ら 歯 茎 あ た り に 押 し つ け た 状 態

( 正 門 の 内 側 で 閉 鎖 ) で コ エ を 出 せ ば [

n

] で す 。 あ ま り 口 を 大 き く 開 け ずに「ナン、ン、ンナ・・・」といいながら[ン]のところだけを発音しても「

n

です。そのとき舌尖と舌端が歯から歯茎にかけておしつけられていることを確認 するのをわすれないように。

ng

”も簡単です。舌先を、少し不自然ですが意識的に下の歯茎の奥に押し付 けます。その構えを保ったまま、大きく口を開けた状態で、「ガん、んガ、んガ、

ん・・・」と続けていいながら「ん」のところで伸ばして発音してみます。する と“

ng

”(発音記号は[

ŋ

])が得られるのです。

鼻音を発音している最中に鼻を両側から強く摘んでみると、急に音声は聞こえ

139

なくなります。こうすることで鼻音というものが口腔ではなく鼻腔を活用して生 じる音声だということを確認するのです。――中略――

なお“

ang

”を大きく口を開けて発音するようにおっしゃる先生も多いはずです。

私もこれまでそう言ってきました。大きく口を開けることは“–

ng

”を発音する必

須条件というわけではないのですが、結果としてそれらしい音声が得られるので す。

6.1.2

表から読み取れることとそれに関する考察

6.1.2.1 音節末鼻音を中心とした考察

まず、

–n

–ng

そのものに関する説明を見て考察する。

–n

–ng

を作るために舌

をどのようにするかについては、7番、20番、21番、22番、29番、31番、36 番の7冊以外すべて説明があるが、その内容は様々である。筆者が適切でないと考えたも のは以下の通りで、表中では網かけになっている。不適切な理由を簡単に記述した。特に 本質的な情報が不足していると思われるものの番号を で囲んだ。

1番―――本来

–n

–n

g のための説明として記述された「案内の『アヌ』」の ように」「アングリの『アン』のように」という説明により、それが

an

ang

に各々相当するかのような印象を与えて不適切である。本間(1992)

は日本語の母音をサウンドスペクトログラムで分析する実験を行なった 結果、「日本語の母音は、前の子音または半母音の影響は受けるが、後の 子音または半母音の影響はあまり受けないと思われる(p.15)(下線は筆 者)」と述べる。そうであるなら「案内」「アングリ」に含まれる「ア」

は後続の[

n

][

ŋ

]の影響は受けないことになる。

3番―――

ang

IPA

用括弧[ ]で表示をつけているにもかかわらず[

とし前舌母音の [

a

] を用いている。また、

an

は「短め」、

ang

は「長

め」としているのもうなずけない。学習者の中には確かに

ang

を長め に発音することによって

an

と区別しようとしている者がいる。

4番―――

–n

の説明として「舌先を上歯茎にあてる」だけでは

–n

音は出ない。

–ng

の説明として「舌先をどこへもあてずに」という説明は良いが、後 舌に関する具体的動きの指示をしないまま「息を鼻に通す」ことはうな ずけない。また、「息を鼻に通す」だけだと呼気音のみが聞こえてその他 の音は出ない可能性がある。

6番―――

–n

の説明として「最後がヌで終わる感じ」は破裂を伴う可能性があ るので適切でない。「舌先を上歯茎裏につけたまま」という説明があった 方が、学習者の誤解を招かない。

8番―――

–n

の説明として「舌を上顎につけて」は舌のどの部分を上顎のどの

140

部分につけるのかが不明であるし、「息をせきとめ」てしまって、音はど う出るのか説明がない。また

–ng

については「息を鼻にぬくン」として いるが、閉鎖の位置など具体的指示に欠ける。この著者は、

–n

も息を 鼻から抜く音であることを知らないのかもしれない。

10番―――㊐「ほんと」の「ん」(

n

)「とんがり」の「ん」(

ng

音声の説明にはなっていても、調音の説明になっていない。

11番―――

–n

の説明として「舌先を上歯茎におき」は良いが、「口を閉じる」

は通常の考え方に従えば

m

の発音になってしまうため適切でない。著 者はたぶん両唇で舌をはさむ状態をこう記述したのだと考えられる。

12番―――

–n

の説明として「軽くヌと発音するように」という指示だと、破 裂させてしまうかもしれないので、適切でない。

13番―――「音の流れをスッパリと断ち切ってしまう」という記述が不適切で ある。

17番―――

–n

の説明として「音(空気)が鼻に抜けないように(空気が鼻の 中で共鳴しないように)」は不適切である。

–ng

の説明において「舌を反 らせ、浮かせたりすることなく」は「舌を反らせたり浮かせたりするこ となく」の誤記と考えられるが、初学者は混乱してしまうかもしれない。

この指導書の

an

ang

では、[

n

]と[

ng

](この表記自体も不適切)

の他はそっくり同じ説明でわざわざ字数を費やす意味がない。

in

ing

でも同様の説明がついている。

en

の[

e

]は[

ə

]の誤りか。また、「喉 の奥から発声」という記述が合理的でない一方、[

ə

]か[ ]であるはず の

eng

の母音も[

e

]としているのも不適切である。

18番―――

–n

の説明として「舌尖部で口腔をふさぐ。唇は閉じない」は正し いが、その後、音を発するための指示が不足している。また「唇が響く」

というのは合理的でない。

–n

の場合、口腔前方はほぼ塞がれており、唇 が知覚可能な共鳴を発するほどの呼気はないと考える。

–ng

の説明で

「舌根部で口を塞ぐ」は不適切であり、「舌根部」は「後舌」の誤りかも 知れない。またその後、音を発するための指示が不足している。

19番―――

–n

の説明として「母音の直後に舌先を上顎にしっかりつける」と いう説明そのものは誤りではないが、それだけでは

–n

音は出ないので不

適切である。

23番―――「『案内』の『ン』のように」が「舌先を上歯茎に押し付け」までし か修飾していないように読むと、声を出さずに息のみ鼻に送ってしまい

–n

は出ない可能性がある。

–ng

も同様。

24番―――音声の説明にはなっていても、調音の説明になっていない。

25番―――

–n

(前鼻音)の説明として「発音した後、舌先を上歯茎につけ息

141

をぬく」となっており、発音した後、舌先を上歯茎につけ息をぬいても タイミングが遅すぎる。あるいは「発音した後」は「母音を発音した後」

を意図したのかもしれないが、それであっても息をぬくだけでは

–n

音は

出ないので不適切である。

–ng

の説明として「舌のつけ根をもちあげ、

軟口蓋につけ」という説明は正しいが、その後「鼻から息を出す」だけ では

–ng

音は出ないので不適切である。

26番―――

–n

の説明として「舌先を上の歯茎にあてる」だけでは

–n

音は出 ない。

–ng

の説明として「舌のつけ根をもちあげ、舌先はどこにもつか ない」だけでは

–ng

音は出ず不適切である。

27番―――

–n

の説明として「舌先を上顎につけて終わる」では、

–n

音は出ず

不適切である。

–ng

の説明として「舌先を上につけずに下におろしたま まの状態をキープ」だけでは

–ng

音は出ず不適切である。

28番―――(「案内」「案外」の「ン」以外具体的説明なし。)

30番―――

–n

の説明として「舌先を上の歯茎につけて、鼻から息が出るよう に発音」では、何を発音すべきなのか具体的提示がなく不適切である。

–ng

の説明として「舌根(筆者補注:後舌の誤りか)を奥に引いて息を 口からも鼻からも抜くように発音」も、やはり何を発音すべきなのか具 体的提示がなく不適切である。

35番―――舌先に関する指示は正しいが、その後の発声に関する指示が不明瞭 である。4番と同様。

37番―――4番、35番と同様。

で囲んだ理由を述べるために、まず鼻音がどのように生成発出されるか、述べ てみたい。松矢、古郷(2006)によれば、

「パ」と「マ」は口や舌の形が全く同じであるが、人は「パ」と言おうと思えば

「パ」を発することができ、「マ」を発しようと思えば「マ」を発することができ る。これは、「マ」では「口蓋垂」が、呼気が鼻へ抜けることを許し、「パ」では 鼻 へ 抜 け る こ と を 許 さ な い か ら で あ る 。 そ の た め 「 パ 」 で は 口 へ 抜 け る 空 気 の 圧

力が増し、唇に圧力がかかり、上唇と下唇が離れるとき破裂音となって「パ」と なる。「口蓋垂」の働きがないと、「パ」は「マ」になってしまう。この呼気が鼻 へ抜けることを許さない動きを「鼻咽腔閉鎖」という。だれも「パ」というとき に「鼻咽腔を閉めて、口唇に空気の圧力をかけて」とはまったく意識していない。

が、自然にそのようにできるのが人の能力の不思議なところである。「ママ」「マ ンマ」という言葉は、比較的容易に、先に赤ちゃんにみられるようになってくる が、気道を調節できることが分かってくると、自然に「パパ」と言えるようにな